「意味」や「理由」をわからなくも肯定し
カツン
小さな金属音、不発を知らせる音が俺と『スナキヨ』の間を流れる。
焦燥と安堵。繋いだ手から伝わってしまっただろう。だが『スナキヨ』の手からは動揺すら感じない。平常。
「次のチャンスだよ、シュンちゃん」
「……、くそ」
繋いだ手を振りほどく。
『スナキヨ』から得られる情報。俺が得たい情報。
そもそも根源からずれている気がする。冷静になれ。『スナキヨ』の言葉を反芻し、己を見つめ、正しい質問を選択しなくては。
次の確率は5分の3。つまり乗り越えられるのは40% そして最大でも残りの質問はあと3回。いや、そうじゃない。今回がラストと知るべきだ。
俺は何が知りたく、何が必要だ? いや、何を知るべきなんだ?
目標と目的。似て非なるもの。
目標とはあくまで目的へ至るための通過点の一つだ。そこを混同してはいけない。
俺の目的はなんだ?
あの天移門をくぐることか? そのために「七人殺し」という一つ一つの目標をこなしているのか? じゃあ何のために天移門をくぐろうとしているんだ? どうしてだ?
明確な「目的」を考えようとすればするほどに混乱する。
一体、俺は何をしたいんだ? どうしたいんだ?
それを知ろうと思うほどに迷走し、目の前が霞みがかる。
一旦、その思考から外れよう。駄目だ、これでは。
『スナキヨ』の目的は、異世界で女性として生きること。そのための目標は「俺に殺される」こと。それはわかった。表面上のことは理解した。
「なぁスナキヨ。
お前の言いたいこと、意志、目的は理解した」
「本当かなぁ、シュンちゃん」
いたずらっぽく苦笑いのような、茶化すような表情で俺を見つめる『スナキヨ』
「一つ質問なんだが。
いや違う、これは確認だ。正規の「質問」じゃあない。
だからこの確認が「質問」に該当すると思ったら答えないでくれていい。
俺の独り言としてスルーしてくれ」
「うん、わかった。いいよ?」
なにも写さない暗い窓の外。
微かに反射し映る『スナキヨ』を眺めながら俺は聞く。
「俺からの、さっきまでの正規な質問なんだが。
嘘をついたり誤魔化したりしてないよな?」
「ハハハハハッ!」
別に俺は面白いことを言ったつもりはない。
あくまで確認したかっただけだ。純粋に。
「うんうん、わかるよシュンちゃん。
それは疑ってしかりだよね」
「……。」
「でもさ、僕の言葉が信用できないわけ? って言いたいところだけれどさ。
僕は誓っていうけれど、嘘は言ってないし聞かれたことはちゃんと答えるよ?
そこまで制約されてないから大丈夫。
僕の意志で話してるからね? 安心して、シュンちゃん」
制約……、制約か。
それはあれか、「神」とやらの課す制約か。「そこまで制約されてない」のボーダーラインはどこだ? いや違う、惑わされるな。「そこまで」というのは、そんなに制約はないという意味じゃないか?
それを探り、理解するのは労力に対してメリットが少ない。考えてはいけない。
それよりも「神」なる存在だ。
言い方からして『猫乃木まどろみ』は神じゃない。おそらく使者みたいなもの。
……、その「神」なる存在を探るのも無駄だ。それは重要じゃない。
それよりも知るべきなのは「神」なる者の意志、目的だ。
いったい何が目的だ?
「それを聞いて安心したよ、スナキヨ」
「じゃあ、次の質問に移ろうか」
微笑む『スナキヨ』
俺は別に楽しくなんかねぇし、穏やかな気分じゃねぇ。
「急かすんじゃねぇよ。
始まったばかりだろ、同窓会が」
「あれからどうしてた?
って質問に使っちゃう?」
クスクスと笑う『スナキヨ』
見た目が見た目なだけに、あの頃と何も変わらなねぇな。
「バカ野郎ぅ、どうせ適当にはぐらかしながら喋るだけだろ、自分のことは。
さっきまでの話で察しが付く、つぅの」
「察しがいいなぁ、シュンちゃんは。
うん、僕の人生なんて聞いて面白いものじゃないよ。
常にボタンを掛け違えたシャツを着ているみたいな気分だった」
「まだかみ合ってるだけいいじゃねぇか。シャツとして機能してたんだろ?
俺は嚙み合わない歯車をずっと回してる気がしてた」
人生なんてそんなものなのかもしれないな。誰であっても。
性別も人種も、貧富も何もかもが違ったとしても。
「面白い例えだねぇ、シュンちゃん」
「そうか? 思い浮かばねぇんだよ」
「なんかグルグルと滑車を回すハムスターみたいだね」
「あいつらはあいつらでストレス解消とか、体力作りとか。あれだ、スポーツジムみたいなよ。目的は走ることだからいいんだよ」
「うん」
「でも俺のはなんだ。そのまんま空回りってやつだよ。
意味、目標、目的をそこに見いだせなかった」
「ねぇシュンちゃん」
『スナキヨ』の声のトーンが僅かに落ちる。再び俺は『スナキヨ』へと視線を合わせた。
「生きてくための「理由」なんて本当は必要ないと思うんだ」
「……。」
「例えばさ、道端に転がってる小石があったとするじゃない。
その小石ってさ、存在理由が必要かな?」
「んま、小石だからな。在っても無くても」
「うん、僕らが気が付いたから小石は「小石」として存在する。
気が付かなければ在っても無くても同じ」
「んなもん、小石だからだろ。生きてるわけじゃねぇし」
「じゃあ雑草は? 人知れず山奥で咲く野花は?
リスでもキツネでも、バッタでもダンゴムシでも。魚も菌も何もかも。
その一匹がいてもいなくても世界は何も変わらない」
「……、バタフライ・エフェクトってのもあるだろ」
「それはさぁ、緩さに縋り過ぎだよ、シュンちゃん。
わかってるくせに」
「じゃあ、」
「じゃあ俺らが生きてる意味は? って?」
くそ、達観して微笑むんじゃねぇよ。昔からだ、『スナキヨ』は。
「生きてく「意味」や「理由」なんてさ、必要ないんだよ、本当は。
僕らはさ、きっと承認欲求が強かったんだよ。
僕がシュンちゃんのことを好きになったのって、
そしてシュンちゃんに求めたのってそれだと思う」
「……承認欲求、か。」
「僕らを結びつける共通部分はそれだったんじゃないかな?」
「それで……、それでスナキヨはそれを満たされたのか」
「ううん」
俺からの問いに短く応え、そして柔らかくゆっくりと首を横に振る『スナキヨ』
だがそれは満たされなかった悲しみだとか、そういう負の感情は含んでいなかった。この先へと希望を持った、確かな否定だった。




