年齢と共に尖ることもストライクゾーンが広がることもあるだろ?
「にゃは! 忘れられる前に登場ですぅ!!」
『猫乃木まどろみ』がまるで俺らの一員かというように、元クラスメートだったかのように駆け寄ってきた。いつの間に出やがった、この野郎!
あぁ、この光景はまるであれじゃないか。俺と親友が言い争う、競い合う。それは一人の女性を巡っての三角関係。友情と愛情の間、葛藤、裏切りや試練……
恋愛系物語後半戦の最初のアクシデント、いや開戦合図! 青春か!!
放課後の誰もいない教室で繰り広げられるドラマ!
定番中の定番な流れ!!
キラキラ、キャピキャピ・エフェクトを纏って登場する『猫乃木まどろみ』
両腕を内側にしてフリフリ、当然に内股チックにステップ。わっかりやすい「空気読んでませんでした~」な唐突な登場。
そしてあれだ、この場合は『スナキヨ』のセリフか?
「じゃぁ、そういうことだから。僕は君が相手でも手抜きはしないよ?」
と言って立ち去るシーン。次いで
「え?えぇ? あたし、あたし、邪魔っだった……かな?」
というヒロインのセリフ……
手前ぇ『猫乃木まどろみ』! お前を取りあっての三角関係なんぞあるか!
ヒロイン気取りで居やがったらぶち殺すぞ!!
「このタイミングでおま」
「君さ、黙っててくれないかな。」
ひどく冷たいトーンで『スナキヨ』が静かにこの場を制す。
初めて見た気がする。『スナキヨ』がキレたところを。俺の中にいるこいつはこんな冷たい奴じゃない。いつも静かに微笑みを絶やさぬ奴だった。
『スナキヨ』が「ちょっと待って」みたいに片手で制す。静寂。凍結。
それに当てられた『猫乃木まどろみ』が、文字通りフリーズする。まるで動画の静止ボタンを押されたように。
「僕さ、
今シュンちゃんと喋ってるんだから、邪魔しないでくれる?」
なんだ? 何が起こったんだ? 理解が追い付かない。
確かに俺は『猫乃木まどろみ』に対して「邪魔すんな!」とは思った。
でも『スナキヨ』は今、何をしたんだ?
「ねぇシュンちゃん。
シュンちゃんってさ、こういう子が好みだったっけ?」
「いや……、あの、そいつはその、アニメの、」
「シュンちゃんってさぁ、
思春期の男子らしからぬ感じでさ、オッパイにはあまり興味示さなかったわけじゃない? ほら、クラスのヤンキー君たちがさ、「このグラビア! やべぇな!」みたいな、巨乳に興奮してた時にもさ、「もうちょい細っい感じのスレンダーな感じが良くね?」って、言ってたよね?」
「いやま、その、
うん、あれだ、確かに細身の子の方が、」
「だよね? だったよね?
でも何? この子。
バカの塊みたいじゃん。中身が何もない感じじゃない?
シュンちゃんってさ、
細身で知的で、ちょっと影がある感じの子が好きじゃなかったっけ?
え? なに? 趣味変わった?」
「いや待てスナキヨ!
趣味が変わったとか、そういうことじゃなく、ストライクゾーンがひろ」
「いいよシュンちゃん、言い訳はさ。」
『スナキヨ』が俺から視線を外し、『猫乃木まどろみ』へと視線を戻す。
「ねぇネコノキさん。
僕にも拳銃をくれないかな? あぁ僕はほら、あのくるくると回るやつがいいな」
「あ、そうだよね!
そうじゃないと対等じゃないもんね!
うふふ! これで本多くんも本気になってくれるんじゃないかな?」
再び動き出した『猫乃木まどろみ』が、赤いリボンで飾られた拳銃を『スナキヨ』に渡す。まるで誕生日とかなんかのプレゼントのように。
「君はいい子だねぇ」
そう言いながら『スナキヨ』が差し出された拳銃を受け取り、ゆっくりとそのリボンをほどく。そしてそのほどいたリボンを『猫乃木まどろみ』に絡めるように纏わせながら静かに抱き寄せた。
「ねぇシュンちゃん。
これで対等だよ? これで僕を心置きなく殺してくれるよね?」
『スナキヨ』の優しい微笑み。
『猫乃木まどろみ』の懐柔された猫のような笑み。
弄ぶ様に、曖昧に拳銃の照準を俺に向ける。
「ざけんなよ? スナキヨ。
それだけじゃ俺がお前を殺す理由になっちゃいねぇよ」
「う~ん、それは残念」
「俺はまだお前に聞きたいこともあるしな」
「なに?」
『スナキヨ』が『猫乃木まどろみ』を本当の猫のように顎や喉を撫で、艶やかに頭を撫でる。表面上は愛玩動物を愛でるような仕草だったが、そこに在る感情は「無機物」に対するのと同じだ。その眼は冷静さ、冷たさが残っていた。
お前は、お前はその眼の奥に何を求めている。
「スナキヨ、お前はやっぱ死んだんだよな」
「うん、ウイルス性疾患でね」
「……。」
「さっきも言ったけどさ、別に良かったとか何だとかじゃなくさ、役割を終えて、こうして次のチャンスも貰えて、そしてさ、」
『スナキヨ』が拳銃を『猫乃木まどろみ』のこめかみに当てる。
当てられた『猫乃木まどろみ』がヘラヘラと笑う。
「その上、次は自分として生きられるんだ。
その権利を貰ったんだよ」
『スナキヨ』のいつもの微笑み。
でもそこに寂しさを僅かに感じる。
「だからさ、シュンちゃん。
僕を早く殺してくれないかな? さっさと次の世界へと往かせてくれないかな?」
それを、それをなんで俺に求める
なんでその殺すを押すことを俺に求める
死を求める友の背を押すことが、
正解だというのか、お前は。俺に、お前を殺せというのか。




