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情報の対価・1

 袁紹に仕える事となった郭図。


 謁見が終わり群臣らが解散し疎となった玉座の間で郭図は早速許攸を捕まえていた。


 逃がさんとばかりの迅速な行動に許攸は愉快そうに笑い、



「ヒヒッ、いきなりかよ。せっかちな野郎だ。ま、気持ちは分からんでも無いがな」



 と、郭図に引き摺られる様に玉座の間を抜け、城も連れ出され近場の酒場に連れ込まれていた。


 そして席に着くなり、



「都で鍾繇と言う男の行方を探って貰いたい」



 これが郭図の第一声である。



「ったく、本当にいきなりだなおめぇさんはよ」



 あまりの強引さに許攸は呆れた様に肩を竦める。



「時間が惜しいんでな。生憎手持ちが心許無くて申し訳ないが出世払いで頼む。まあ、オレが出世出来るかは分からんが」



 もう郭図の言っている事は滅茶苦茶だった。


 しかし、許攸は気分を害した様子も無くゲラゲラと下品に笑っていた。



「ギャハハハハ!金がねぇのに仕事はしろってか!そんだけ面の皮が厚けりゃ出世するさ」


「無茶を言ってるのは理解してる。だが、こっちも動き出したんなら形振りを構っていられる程の余裕は無くてな」


「おめぇさんの事情は把握してるさ。その仕事は受けてやる。……っつーか、本初からそう命じられてるしな。金に関しては本初が出すから気にすんな。おめぇさんが出すのはここの酒代くらいだぜ?ヒヒッ」


「袁紹殿が?」


「ああ、本初はああ見えて情に深い。おめぇさんを迎え入れるって決めたからにはそっち方面での助力は惜しまねぇよ」


「随分と羽振りが良いな。オレとしちゃ助かるが。……それにしてもアンタは袁紹殿とかなり親しいみたいだが」


「ん?あー、俺様は本初と古い付き合いだからな。党錮に処せられた連中を助ける為に昔っから色々やってきたんだよ。おめぇさんに目を付けたのもその一環さ」


「本当に人は見掛けに拠らないなぁ……」



 運ばれてきた酒をチビリと舐めながら郭図と許攸は言葉を交わす。



「今の朝廷に残ってる官吏の殆どは宦官どもの息が掛かったクソ野郎どもだ。奴らが朝廷に蔓延ってる以上、漢室の威光は陰ったままさ。本初が金をばら蒔いてるのはいずれ来るべき時に備えての事だ」


「袁紹殿が今陛下と真名を交わしたって事は、十常侍の中にも協力者がいると考えて良いのか?」


「ああ。大長秋が本初に協力してる」


「……大物どころじゃねぇな」


「表向きは他の十常侍に本初を警戒しろと警告しているみたいだが、奴らの目が本初に向いてるお陰で俺様が自由に動き回れる」


「今が好機って事か」


「ヒヒッ、そういう事だ。俺様はあくまで本初の協力者でしかねぇ。今んトコは袁家の末席にも名を連ねてねぇはみ出しモンよ」


「通りであの場にいた百官がいい顔をしない訳だ。まさか袁家に属していないとは思わなかったよ」


「仕事柄留守にする事が多いからな俺様は。ま、おめぇさんの兄貴分はキッチリ探し出してやんよ。多少時間は掛かるだろうが大船に乗ったつもりで待ってな」



 そう言って許攸は席を立った。



「酒は一杯で良いのか?」



 その背に郭図が声を投げた。



「この程度の仕事なら一杯で十分釣りが出るさ。――ああそうだ。忘れる所だったが、朱のヤツには顔を出しておけ。冀州の人間で唯一本初に協力してる女だ。その周囲の連中は信用出来る」


「田豊と沮授殿は信用出来ないのか?」


「あの二人に限定すりゃある程度はな。だが、田家は日和ってるし、沮家は利権に目の眩んだカスどもだ」


「何処にでもいるんだな。そう言う連中は」



 吐き捨てるようにサラッと冀州を纏める豪族の筆頭両家を貶す許攸。


 下品な笑いを浮かべる事もなく真顔で断じた辺り、許攸が両家を相当蔑んでいる事が窺い知れる。


 尤も、郭図もその辺りの事情は薄々勘付いていたのであろう。


 そこまでの反応は見せなかった。


 むしろ、『これが許攸の素の顔か』と、そっちに興味があるようであった。



「……もう行く。次はもっと上等な店で楽しもうぜ」


「それまでにはなるべく稼いでおくよ」


「ヒヒッ!……その余裕がありゃ良いけどな」



 意味深な言葉を残して許攸は去って行った。


 許攸は許攸で忙しいのだろう。


 挨拶らしい挨拶も無く足早に店を後にした所を見るに、郭図に拉致され盃を傾ける時間は予定外だったに違いない。


 それでも嫌な顔一つ見せなかったのだから、許攸が郭図に対しそれなりに期待している事が窺い知れる。



「ふむ?余裕があれば良い……ねぇ?まあ、遊び場には困らなさそうだからオレが散財するのを見越してって感じか?それとも何か別の意味でもあるのか……。

 まあ、それは追々分かるだろうとして、朱の御仁ねぇ。恐らく御輿に乗っていたあのお嬢さんの事だろうが、さてさて、どう渡りをつけるかね」



 許攸が去り、空になった盃がポツンと残された中。


 郭図は自身の盃に残り僅かとなった酒を注いでチビリと煽る。


 考える事は多分にあった。


 表向きは袁紹に協力しているように見えながらも不安要素の塊である豪族。


 そして、その中で唯一袁紹に味方しているとされる『朱姓』を掲げる令嬢。


 郭図が自身の目的を成すには袁紹と言う存在が必要不可欠。


 その足元である冀州の地で、その支配を盤石な物とするのは必要事項であった。



「取り敢えずは嘉に報告かな」



 急遽、許攸を拉致して酒盛りをしていた郭図。


 彼にとっては必要な事だったので仕方ない事ではあるのだが、誰かに言伝を頼む事もなく街へ繰り出してしまった為、郭嘉を必要以上に待たせてしまっている。


 許攸の言葉も気になるのだが、今はそれよりも待たされ過ぎて機嫌が悪くなっているであろう郭嘉を想像してぶるりと身体を震わせる郭図であった。


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