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元勇者、王国最強に報告する



 翌日。


 「んで? わざわざ呼び出すとはどういう用件なんだい?」


 冒険者ギルドの端、待ち合わせ待機用の机に座っていた俺とエギスの所へ来たミヒャエルは、ぶつくさ言いながら目の前に座った。


 「ヒロも鎧直ってるんじゃねえか、もしかして王都へは行けないとかいう話じゃねえだろうな」


 「いや、一応約束したことは守るよ。念のためおやっさんにも見てほしいしね」


 俺のその言葉に、ミヒャエルはかすかにほっとしたような顔を浮かべる。俺が同行する前提の計画でも組んでいたのだろうか?


 「話は……魔族の話だ」


 その言葉を聞いて、ミヒャエルの表情が軽薄さを失った。


 「そうか……。念のため掛けとくぞ。お二人さん、ちょっくら俺に従ってくれ」


 「分かった」


 俺の声のあとにコクリ、と頷いたエギスを確認して、ミヒャエルは一言だけ、怒りと暴虐を呟く。


 「Mikha'el」


 ゾンッ、と、背筋が震えるような感覚が全身を貫いた。神経を目の前の敵に全て集中させている戦闘時ではなく、日常に掛けられたからこそ気づける全能感。


 『Mikha'el』。


 自軍指揮下の人間、その能力の強化と敵対者に対する特効効果付与。


 その『模倣神技』を掛けた状態で、ミヒャエルは口をほとんど動かさず口の中だけで呟いた。


 「聞こえているか?」


 その声は、本来なら届くはずが無いだろう。口の中だけで呟いた声はくぐもって分かりにくく、たとえ1メートル以内で耳を済ませていたとしても理解できるかどうかは分からないところだった。


 だが。


 『Mikha'el』の『模倣神技』で一時的にでも聴力をも強化されている俺とエギスには、はっきりとその声は聞こえた。


 頷く俺とエギスに、ミヒャエルは確認するように俺に訊く。


 「それで、魔族がどうしたんだ?」


 「ああ。……エインヘリヤルの魔族と、遭遇した」


 「……っ!」


 その言葉に息を飲むミヒャエルは、わざわざ声を聞こえなくしたことが無意味な程に大袈裟だった。


 息をなだめ、気持ちを落ち着かせて大きく深呼吸をしてからミヒャエルは確かめる。


 「……倒せたのか?」


 「いや、致命傷は負っただろうが逃げられた。後ろに数人いたみたいだし、野垂れ死んでいるってことはないだろう」


 「ちょっと待て、おいヒロよぉ」


 「どうした」


 ミヒャエルの怨みがましそうな声に反応すると、怒ったような返事が返ってくる。


 「あのなあ、報告は正確にするもんだぞ? 何人程度の魔族に遭遇して、何人と交戦したんだ、最初から説明しろ」


 こうして俺は、エギスの補正も合わせて護衛依頼中に起きたことをミヒャエルに説明した。


 「と、いう訳だ。エギス、もう話してないことはないよな?」


 「うん、たぶん無いと思うけど……」


 エギスまでがそう言うのを見てから、ミヒャエルは大袈裟に息を吐く。


 「……どうなってやがるんだ、この状況は……」


 その呟きは、俺とエギスの気持ちをも内包していた。


 「ああ、確認しようミヒャエル」


 「そうだな、ヒロ、お嬢さん」


 俺の言葉に、顔を引き締めたミヒャエルは、情報を整理するために頭を探るように宙を見詰めはじめた。


 「発端は、セーラムの街における魔物の大量発生だった。冒険者ギルドから要請を受けた俺達騎士団は、遠征帰りに救援へと向かった」



 「それは、魔族による人為的なものだったよね」


 「そしてその大量発生は、俺達騎士団が到着した翌日に止まった」


 そこでミヒャエルがそう断言する。


 「……騎士団が来たことで止めたのか、目標を達したから止めたのか……。その日に、他の要因は無かったのか?」


 「たとえば劇団詩季が来た、みたいな……」


 俺とエギスの確認に、ミヒャエルは頭を振る。


 「逆に、その日にあった大きな出来事は、俺達の到着しか無いってこった。劇団詩季の到着はその二日後だしな」


 「……つまり」


 「ああ。今は俺達の到着が襲撃を終わらせた可能性が否定的ないって訳よ。良くも悪くもな」


 その『騎士団が来たから襲撃が終わった』という言葉には、もちろんいろいろな意味が含まれている。


 騎士団が来たから目をつけられないように一度止めたのか、騎士団が来たことで目的を達したのか、騎士団をおびき寄せることが目的だったのか。


 他にも、騎士団が来ると同時に偶然目的を達したという可能性もある。


 良くも悪くもと言うことで、ミヒャエルはそのどれかかを判別出来ない苛立ちをあらわにしていた。


 「そして昨日の目撃、交戦か……」


 続けて発せられたミヒャエルの声に、俺の意識が襲撃が終わった考察から現実へと戻る。


 「まだこの街に留まっているってことは、目的を達した訳じゃない……ですよね?」


 少し珍しい、エギスの改まった声による確認に、ミヒャエルは鷹揚と頷いた。


 「だろーな。昨日までに一週間は経っている。撤収するのにそんなにはかかんねえだろうしな」


 「つまり、まだ計画は続行中ってことか」


 俺の言葉を聞いて、ミヒャエルは俺とエギスへと問い掛ける。


 「どう思う?」


 「ミヒャエルの方が詳しく考えているだろう」


 「まあな。ただ、たまには他人の意見も聞きてえのさ」


 仕方がないとばかりに俺は溜息をつき、まとまっていもいない推測を具体化しようと頭の中を整理する。


 その間にエギスが口を開いていた。


 「じゃあ……この先本格的にこの街を落とす予定だから、戦力を削いでおきたかった……とか?」


 「あってもおかしくはないが……わざわざ神跡として冒険者が集まっている街を選ぶ理由がなあ」


 「なるほど…」


 ミヒャエルとエギスの会話が終わったことを見計らって、俺もまとめた言葉をミヒャエルに告げる。


 「まず……意図的にミヒャエルをここにおびき出して釘づけにしようとしている訳では……ないよな」


 「ああ、だろうな」


 明らかな巨大戦力であるエインヘリヤルの魔族を未だをここに配置している以上、他の場所への干渉に、ミヒャエルが邪魔になったという線は捨てていい。


 「じゃあエインヘリヤルによる魔物の大量襲撃は、ミヒャエルの事を考えてなかったとして……この街の防御要員を疲弊させて、なにかしら潜入しようといていた、ていうのが妥当な所か……」


 「だよな」


 そうやって俺が到達した結論を言った瞬間、ミヒャエルは空を仰いだ。


 「そこまでは考えたんだ。だがな、ヒロ、お嬢ちゃん」


 そこでミヒャエルは一言区切り、溜めるように間を開けて言った。




 「そもそも、この街にはそういった魔族の欲しがるお宝の伝説・保管情報は無いんだ」




 「……」


 そう言われてしまっては、俺とエギスには何も反論が出来ない。


 騎士団が調べた、つまりは騎士団がこの街の関係各所に調査を入れたのなら、それは限りなく真実に近いということなのだから。


 「くっそ、どうなってるんだ……」


 ミヒャエルがそう頭を抱え、俺とエギスは顔を見合わせる。


 どことなく沈んだ雰囲気の中、そして俺はミヒャエルに言った。


 「そんなことより、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」



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