元勇者、勝てない戦いに命を燃やす
結果は圧倒的だった。
「な、ん……っ!?」
「えっ……?」
エギスの後ろから左を経由して打ちかかった俺の『雷神の重鎚』と右から放たれた『石化剣閃』。
そのどちらもが不発に終わっていた。
俺の剣は木に突き刺さり、エギスの剣は片手で止められている。
ジジッ、と音を立てて魔族の首の石化が解けて行く。
起きた現象は分かっている。
『トルの寵愛』、力のステータスが大幅強化された状態での高威力斬撃を、刀身に横からの衝撃を加えることでそらされたのだ。
『石化剣閃』の方はもっと簡単だ。
『蛇髪女怪の石眼』で石化させた首に向かって、岩を切り裂く程度の威力を持った剣を走らせたのを、片手でいとも簡単に真剣白羽取りされたのだ。
どちらも、それだけ見ればA級……いや、S級に届くかもしれない攻撃なのに、だ。
驚愕している暇はない。固執する事なく即座に制御不能になった剣から手を離し、俺は即座に徒手空拳で殴り掛かる。
「……ったか?」
手甲に覆われた拳は、『トルの寵愛』をもってすれば並の金づちによる打撃の攻撃を越えるだろう。それだけの衝撃を与えられれば、いくら魔族とは言え意識は一瞬は飛ぶはずだ。
「召喚系の魔法だから、体は鍛えていないとでも思ったか?」
「……っ!」
その言葉に心が揺れるが、判断は間違っていないはずだ。防御力に不安があるこの状態では、相手が防戦一方のままに押し潰すしかない!
しかし、拳撃は弾かれる。
剣の時と同じく、側面を確かに叩かれて軌道をずらされ、魔族をを捉えることは叶わない。
(こいつ、『アマルテイアのいななき』で隠された俺の姿が見えている、のかっ!?)
そして改めて見てみれば、魔族の目は涼やかに閉じられたままだった。
「な、んっ!?」
その時、もう一度だけ必死の攻勢に出る声が響く。
「石化剣閃」
今回の石化部分は……右腕。防御を出来なくして有利に攻略を進めようとするエギスの意図を瞬時に汲み取った俺は、エギスが当てやすいように、今まで以上に激しく殴り掛かる。
これで決める。そういう俺の意図さえ込めて。
そして。
……閉じられていた、魔族の目が開かれた。
「Einherjarは英雄の軍隊。ならばそれを統べる者が、英雄でない訳が無いだろう」
気付けば俺の胸にエインヘリヤルの魔族の右足が、エギスの胸に左手が添えられていた。
「……っ!」
「っ!?」
爆衝。
何も抵抗できずに、10メートル以上吹き飛ばされた。
「ご、がぁああっ!」
勢いそのままに木に叩きつけられ、力無く地面へと倒れてしまう。
(ま、さか……。『模倣神技』で、エインヘリヤル理想の英雄へと体が補正されているのか……? 筋力はもちろん、反射神経、予測精度に至るまでっ!)
蹴られた胸が、強打した背中が、衝撃で可動範囲ぎりぎりまで伸ばされてしまった節々の関節が痛い。
予想される事実に戦慄しながらも、俺は体を起こす。
いつまでも寝ている訳にはいかない。ここにはエギスがいるのだ、信じたくはないが俺が敵わないような相手なのだとしても、エギスだけは逃がさないといけない。
体を起こして目に入ってきた風景の中で、エギスは既に立ち上がっていた。
そして、ウシルとアセトが死兵相手に苦戦していた。
いや、当然のように、と言うべきか。
ウシルの『模倣神技』は命を奪うことで自身を強化する。しかし、死兵はすでに死んでいる。倒しても倒しても命を奪ったことにはならないし、『死者の書』も効かないだろう。
前衛が魔物を抑え切れなくなると、後衛であるアセトも満足に援護ができなくなり、負のスパイラルに陥ることになる。
既に、エインヘリヤルの魔族以外の気配は消えている。
逃げられた、と見れば悪いことだが、エインヘリヤルの魔族一人に集中できるようになったと考えれば良いことだ。
「ヒロ、大丈夫!?」
「ああ、まだ戦える」
エギスの方は『模倣神技』のお陰でノーダメージのようだ。別に英雄だからと言って、防御無視の攻撃手段を持っている訳ではないらしい。
「ふむ……」
その会話に、まだ交戦意思があることを読み取ったのか、内心息を吐く俺にエインヘリヤルの魔族はこう告げる。
「……では、今度はこちらから行くぞ?」
エインヘリヤルの魔族が、踏み込んで……消えた。
「……っ!」
咄嗟に腕を胸の前で掲げで防御したが、かすかに遅い。
俺の防御をすり抜けて、その拳は直接激突する。
「が、はっ……!」
拳は鎧を砕き、肺から空気を抜けさせ、全身に衝撃を伝播させる。
連鎖的にすべてが破片になった鎧が、金属音を立てて散らばった。
吐き出された空気のせいで、俺は十分に絶叫を上げることも叶わずただただ体を折り曲げる。
息が苦しい。
いっそ吐きそうになるくらいまでの不快感に、空気がうまく吸い込めない。
(雑踏の中で気付かれずに人を殺す準備として、肺の空気を吐かせ悲鳴を上げられないようにする、ていうのがあるのは知っていたが、喰らうのは別問題だっ!)
体に酸素が行き渡らない事で、上手く体が動かせない。800メートル走最後の50メートルのように、とてつもなく体が重い。
「ヒロっ!」
その心配そうな、今にも泣きそうな声に、消えかけていた意識がかろうじて踏み止まる。
この状態で俺が出来ることは少ない。体を動かすことがほとんど出来ないこの状態で、この魔族を攻撃できる手段なんて限られてる。
逆に……。
こんな状態だからこそ、思考のキャパシティが少ないからこそ、あれも小規模になるんじゃないかというぼんやりとした推論に基づいて、俺は刺し違える覚悟をも以って、呟いた。
「Levatein」
「……?」
いや、こんな状態でまともな声など出る訳が無い。それは、きっとかすれたただの呼吸だったに違いない。
しかし、その響きは確かに俺の体に染みわたり、そして魔力が鳴動した。
瞬間、終焔が現出する。
既に魔力は拡散し終わっている。一番最初、兄妹が出てきた時にキャンセルした『模倣神技』。発動を命じる以前のステップは全て終わっていたのだ。
現出した焔は弱々しいものだった。
普通のものよりも規模は小さく、色は薄く、密度は低く、陽炎のようにしか見えなかった。
だが。
七つの世界をも灼き滅ぼす終焔が、人間の制御できる範囲の倍率でどれほど希釈されようとも、生物一個体を滅ぼせない訳がないだろう。
「ちっ、悪あがきを!」
まるで幻のように揺らぐ焔は、この距離だ、俺までを蝕みながらしかし確実に魔族を焼いてく。
その焔から逃れようとする魔族だが、重くて鈍く、そして感覚のなくなった手でその手を握る。
「……さないぞ」
「なんだコイツはっ」
俺は、熱せられた空気を吸い込み肺が焼け爛れるだろう事をも無視して、息を吸い込み最後の力で絶叫する。
「逃が、さないぞ……っっ!!」
もう、腕の感覚はない。酸欠のせいなのか、火傷が神経までを焼いてしまったのか、それはわからない。
でも、決して逃がさない。逃がしはしない。
ここで逃がしたら、エギスが危険にさらされるかもしれないから。
「くそ、離せっ!」
魔族の蹴りが俺の顔に突き刺さる。意識が飛びかけるが懸命に留め、『模倣神技』の維持だけは行う。
たとえ相打ちだったとしても、エギスが生き残れば俺の勝ちだ。
俺の守りたかったものはそれで守られるのだから。
ついに、魔族が膝をついた。こんな焔の中で体を動かしたせいか、より焔が絡み付いたのだろう。
同時に、俺の手から力が抜ける。
でも、もう心配いらない。逃げられないのであれば、この焔は確実に敵を滅ぼせる。
(ああ、良かった……)
俺はそれだけ考えると、そっと笑みを浮かべた。
「……めぇ!」
だが、そこで。
(……?)
薄れ行く意識の中で、そんな声がかすかに聞こえた。
「だめぇぇぇええええええええええええええええええ!!」
薄く、まるで陽炎のように儚く揺らめく終焔を、あたかも切り裂くように突っ切ってきたのはエギスだった。
即座に終焔はエギスを焼こうとするが、そのダメージは決してエギスに届かない。
何者も傷付けることのできない両手に抱えられた俺は、安心とともにそっと意識を失った。




