東京クリスマス 後編
2人は歩く。麻さんの手は、洋さんのポケットの中で、まだ手が繋がれたままで。
歩きながら麻さんが、ポツリポツリ言う。
「洋さん」
「なに?」
「ボイラー代、払うの忘れていてごめんね」
「うん」
「洋さん、東京行く時、挨拶しなくてごめんね」
「うん」
「洋さん、急に来ちゃって、電話の彼女と会えなくさせてごめんね」
「うん」
洋さんは、何の想いもないうんをただ繰り返す。そして不毛な麻さんの話に耐えきれず、洋さんが口を開く。
「麻さん、さっき俺を凄く好きって言ってたけど。俺のこと男として好きなの」
麻さんが言う。
「好き」
洋さんの目が丸くなる。
「俺、幸せ過ぎる。俺、どうにかなりそうだ。体が破裂しそう。俺も麻さんが好きだ」
麻さんが言う。
「でもダメなの。私たちには先はないの」
「ダメって? お互い好き同士で、何がダメなの? 何で先がないの?」
後ろ向きの麻さんが発動した。ママと言う魔女がかけた呪いは、ちょっとやそっとじゃ解けはしない。
麻さんの無意識に、長い間かけて刷り込まれた呪いの魔法が、発動する。
「私たちは、つり合わないから。好きまでは許されても、その先は許されないの。だって私と洋さんは釣り合わないから。洋さんは私には勿体無いもの。私は洋さんと付き合う資格がないの」
洋さんが声を荒らげた。
「そのつり合わないってなによ!」
麻さんが説明した。
「ほら、私、洋さんに相応しくないから。でも会いたくて来ちゃった。今日とっても辛かったから。でも会えてだいぶ心が落ち着いたよ。だから会えただけで満足するよ。その上洋さんに好きな気持ちも伝えられて、もう心残りもなくなった。クリスマスイブに洋さんと、東京で一緒に夕飯食べれた事を、大切な思い出にするよ。それだけで充分だよ。洋さんありがとう。洋さんはさっきの電話の彼女と幸せに……」
洋さんはイライラして言う。
「麻さん。何言っているんだよ。もう俺を翻弄しないでくれよ」
麻さんには理解できなかった。だって翻弄などしていないからだ。
「翻弄って? そんな事してないよ」
洋さんは強く言う。
「俺はおかしくなりそうだよ。会いたいって言われて、好きだって言われて、喜んだら、今度は俺を振るの?」
麻さんは、困ってしまう。
「振ってないよ。ただ私は、素敵な洋さんに相応しくないから、付き合えないんだよ。私は洋さんとつり合ってないから、洋さんに愛してもらう資格がないと思う」
「もう、やめて。お願い。そう言うのもう良いからやめて」
麻さんが小さく「え?」といった。
「俺は麻さんが好きなんだ。そして麻さんも俺が好きなんだろ? つり合っても好きじゃなきゃ意味がないだろう? 好きになるのに資格なんていらないだろう? だいたい資格ってなんだよ! 何処かで資格試験でもしているのかよ!」
麻さんは妙に納得して、頷いた。
“魔女が長い間かけてかけた魔法を、王子様が1つ1つ解いていく。”
麻さんが言う。
「そうか……。つり合っても、好きじゃなきゃ意味ないかぁ。思いもしなかった……」
洋さんが言う。
「そうだよ。好きだから、付き合うんだよ。つり合うから、付き合うんじゃないんだ。ねぇ麻さん、分かった?」
麻さんが言う。
「分かった……」
「だったら好きの先、あるだろう?」
麻さんが頷き言う。
「そうだね」
洋さんが言う。
「麻さんと俺には、先があるんだ」
“麻さんにかかった呪いを解けるのは、王子様だけ。”
麻さんは凄く考えた。
「先があるんだ。私と洋さん」
洋さんが、顔に憂いを浮かべて、言う。
「お願いだから、もう先がないなんて言わないでくれよ」
麻さんが尋ねた。
「じゃぁ、つまりそれは、私達、これから……。私たち、つきあ……」
麻さんの言葉を洋さんが遮った。
「あ、だめ、だめ、だめ。やめて」
麻さんは、言葉を遮られて、うろたえた。
「あっ、そうか……。話の流れから、私、てっきり……。付き合ってもいいのかと思って……」
麻さんは頑張って笑顔を作って、洋さんを見上げて言う。
「勘違いしたみたい。あーぁ、私、バカだァ……。」
麻さんが洋さんのポケットから手を抜こうとした。
しかし洋さんが離さない。洋さんが手を離そうとしない理由分からず、麻さんが洋さんを見上げる。優しい目で洋さんが麻さんを見ていた。洋さんが言う。
「手は絶対に離さないよ。やっと麻さんの手を握れたんだ。もう離さない」
それから洋さんが、麻さん肩に、洋さんの体を軽くぶつかって言う。
「大事な言葉だろう? こんな場所で言わせないでくれよ。ちゃんとした場所で、俺から告らせてくれよ」
”麻さんに、王子様が新しい魔法かけていく。”
”愛という名の魔法を”
麻さんの表情が一気に緩んだ。麻さんがポケットの中の洋さんの手を、キュッと握り直した。洋さんが笑う。
”恋と言う魔法が、頑な麻さんの心を変えて行く。”
麻さんが聞く。
「電話の女の人、どうするの?」
「後で、ちゃんと断るよ」
「良いの?」
「大丈夫だから。麻さんが思うほどの相手じゃないんだ」
洋さんはアプリで知り合って、まだ2回しか会ってない女性だとは言えなかった。洋さんはまた間に合わせで女と付き合うところだった。もしかしたら間に合わせで結婚していた可能性すらある。
その時、麻さんは携帯が振動している事に気がつく。
麻さんが、洋さんに気付かれないよう、そっと携帯画面を見る。
――時刻は18時15分――
――画面には元カレの名前 碧 ――
麻さんが携帯の電源を落とす。
それから麻さんが、洋さんを見上げて言う。
「またカーテン買ったら、吊ってくれる? 今度は洋さんと一緒に選びたい」
洋さんより20センチ弱小さな麻さんを見下ろして、洋さんが言う。
「いいよ、でも、カーテンどうしたんだ? 買ったばかりだろう?もう……」
すると麻さんが涙ぐむ。
「あれ、どうした。どうした」
麻さんが泣くのを堪えながら言う。
「気が緩んだんだよ。洋さんに久々に会って。洋さんに会えないと、心によくないみたい。洋さん……」
「何?」
「ずーと側にいて安心させてくれる?」
それで洋さんは、嬉しいような、悲しいような、綯い交ぜの表情をして言った。
「俺だって麻さんといると安心するんだ。麻さんだけが安心しているんじゃないんだよ」
麻さんが頷く。
さて、それから洋さんは、麻さんとの距離を縮めて、麻さんに寄り添うように歩いた。麻さんは洋さんの思いやりを感じた。
寄り添う洋さんに、麻さんがもたれかかる。洋さんは麻さんの重みを感じながら歩いた。麻さんに預けられた重みの分だけ、洋さんは幸せを感じる。
そして二人は、イルミネーションの洪水の中へと、消えて行った。
空に浮かぶ月が、二人の背中を押していた。
――――――――第1章・fin――――――――
第2章に続きます。




