10年来の相棒との別れ
19.10年来の相棒との別れ
逸樹たちがサーティンヒルズにやってきてから、瞬く間に半年近くが経過した。逸樹の傷の治療は、途中の無理がたたって少し伸び、更にフォーティンの都合もあり本格的な訓練が始められたのは、4ヶ月経過してからだった。それでも5ヶ月目にはチームにサポート参加してダンジョンクエストをこなすようになっていた。
本来は月一か二のクエストを、逸樹は勘を取り戻すためと言って、サポートとして各チームを渡り歩くことにより、週一でこなしていた。
身についた技術は全て暗殺技である為、公に使うことは出来ず、神脚の秘技はもちろん居合い抜きや逆手の抜刀術も全て封印……それでもダンジョン内の魔物相手に後れを取ることはなく、ボス魔物ですら一撃で仕留める剣技は、達人揃いのサーティンヒルズでも群を抜いていた。
「いや……これほどまでの腕前とは……御見逸れ致しました。」
ダンジョンクエスト終了後の清算を終えて、宿舎に帰ろうとしているところをサーティンに呼び止められた。
「いや……大したことはやっていない。チームのほかのメンバーが皆優秀なので、俺なんかいてもいなくても結果は変わらないはずだ。」
大げさに頭を下げるサーティンに対し、苦笑いを浮かべながら逸樹は否定する。
「そんなことはないさ……魔物の群れに遭遇した時点でいち早く逸樹が突進していき魔物の群れを分断してくれるので、残りのメンバーは逃げまどう魔物を一匹ずつ落ち着いて倒していけばいいから、楽勝だと言っていた。中で宿泊が必要な中級ダンジョンですら日帰りできるほどに、簡単にこなせるようになったようだね。
これは応援に入ってくれている、全てのチームの感想だから間違いない。
そこでその……相談なんだが……怪我のリハビリを兼ねてということだったのでサポートメンバーとしてクエストに参加していただいていたのだが、そろそろ正式にチームメンバーとなっていただいてもいいころではないかと思ってね……それで……出来れば一つのチームを受け持っていただけるとありがたい。
そろそろ年度が切り替わる時期に来ていて、中学を卒業する子たちが冒険者申請して、合格すれば晴れて冒険者となる。いい機会だから、うちのパーティのチーム編成の見直しをしてみようかと考えていてね……どうだろうか、チームリーダーを引き受けてはいただけないだろうか……怪我の具合は良好なんだろ?」
どうやらサーティンは、逸樹に一つのチームを率いるよう依頼に来たようだ。
「怪我の具合は……優秀な神官のおかげで……かなり深刻な状態だったようだが、今ではすっかり回復した。元通りに体を動かしても、何ともない。」
「そうだろう?だったらチームリーダーとして……逸樹の連れの弥恵君も含めてのチームで構わないから、チームの面倒を見てやっていただけるとありがたいのだが……。」
「いや……弥恵は引き続き、サーティンさんのチームで面倒を見ていただけるとありがたい。俺はリーダーなんて柄ではないから、申し訳ないがご期待には沿えない。これまでもリーダーなんてしたことはないし、数少ないダンジョンクエスト時も単騎で行動することが多かったから、チーム戦には向いていないと思っている。
勿論お世話になっているのだから、これまで通りにサポートメンバーとして、クエストには参加させて頂く所存だ。」
逸樹はサーティンの依頼をきっぱりと断った。
「そ……そうか……残念だな……。」
サーティンはその大きな体から力が抜けたように、がっくりと肩を落とした。
「それよりも……そろそろ恒例の凶悪犯罪撲滅月間のはずだが……関連クエストは行わないのかい?ここは宮殿付きの冒険者パーティだと伺っていたはずだが……。」
逸樹は何とか話題を変えようとする。
「ああ……勿論うちも参加するよ……凶悪犯罪撲滅月間行事は、連邦あげての重要イベントだからね。
だがまあ……毎回毎回これと言った成果が上がるようなものではないけどね……だけど前回……半年前の活動では、なんと連邦一の規模で巨大ネットワークを作っていた組織暁連合の、人買い部門の黒幕の正体が暴かれ、なんとそれが児童福祉担当の大臣だったのだが……逮捕されるに至った。
10年前から畿東国王宮からの指導で行われていたのだが、これほど大きな成果が出たのは前回が初めてだ。
これは内々の話なんだが……」
突然サーティンの話す声のボリュームが抑えられ、ひそひそ話となった。
「宮殿付きのパーティであるサーティンヒルズであるからこそ、伝わってきた内容ではあるのだが……実はほぼ同時期に、蝦夷国にあった暁連合の殺しを専門とする部門の首領が暗殺されていた。更に更に児童福祉担当大臣を護衛していた神業を使う凄腕の殺し屋が、そのすぐ後でしかも水族館という公の場で変死している。
前回人買い組織に捜査の手が入ったのは畿南国の冒険者チームの活躍によるものなんだが、実を言うと組織の黒幕といえる大臣まで逮捕できたのは、組織を守っていた殺し部門の崩壊が大きいと聞いている。殺し部門が無事であったなら、官憲の手が組織の上層部にまで及ぶ前に捜査員は全滅していたはずというんだな……。
これまでも組織を追い詰める所まで捜査が進んだことは、なかったわけではないようだが、都度捜査員が謎の変死を遂げてしまい、お蔵入りとなるケースばかりだったようだ。そうなると誰も……自分の命をかけてまで追求しようとはしなかったわけだな……まあ仕方がない。
だが……その完璧な防御壁ともいえる殺し部門がほぼ崩壊状態の今、暁連合に残った麻薬密売部門も壊滅させるいい機会だということで、ここ畿西国の首長である公爵様も張り切っておられる。何せ前回は蝦夷国、畿東国、畿南国でそれぞれ大きな進展があったというのに、畿西国では何の成果も上がらなかったからね。
だから今回こそは……とずいぶんと気合が入っていると聞いている。興味があるのかい?」
サーティンは、薄く笑みを浮かべながら頬をポリポリと?いた。
「ああ、もちろん……これでもA級冒険者の端くれなものでね。これまでは宮殿付きではなかったので、地域貢献活動は、地元密着クエストを選択していたわけだが……。」
「そうか……これまでだとこういった凶悪犯罪撲滅運動に従事するのは、うちの1チームだけと決めていたし、大抵の場合は最初の2週間だけ活動としていた。一生懸命頑張っても成果はほとんど上がらないし、魔物相手ではなく悪党とはいえ対人という、難しい戦闘能力が必要となるからね。
ヒルズ内の他チームは通常通りに、ダンジョンクエストに励んでいた。
だが今回は公爵様が張り切っていて、成果を上げるために前倒しして活動を始めろと矢のような催促が来ている。他国に負けてはならん……と言うことのようだな。その為1チームだけの参加では納得いただけないだろうと、困っていたところだ。逸樹が乗り気なら有難い……ぜひ、1チーム率いて参加してほしい。
弥恵君はうちのチームのスナイパーだが、長年培ってきた連携攻撃などもあるだろうし、勿論同じチームとしてもらって構わないし、他のメンバーだってパーティ内から選抜していただいてもいい。だからどうだろう……今回クエストだけでいいから、チームリーダーをやっていただけないか?
本来なら来月初からの活動となるのだが、畿西国だけ1週間早めて明後日から活動開始となりそうだ。」
渡りに船とばかりにサーティンは突然饒舌となり、逸樹にリーダーとなることを勧め始めた。
「いや……さっきも言った通り、俺にはチーム戦は向かない。
それに、こういった捜査は大人数でやると、どうしても情報が漏れてしまい……相手に警戒され準備されてしまう。どれだけ注意を払っていても家族からとか……酔った席でのたわいのない会話からとか……どうやっても防げない部分が生じてくる。だからと言う訳ではないが、今回の捜査は俺一人で行わせてほしい。
もちろんサーティンさんのチームもクエストとして参加するのだろうから、弥恵を連れて行ってやってくれ。2チーム参加するということで、俺は一人でやらせてほしいと思っている。決してサーティンヒルズ内の冒険者たちを信用していないということではないから、気を悪くしないでほしい。
俺のこれまでの冒険者生活から学んだ、経験則だ。巨大な敵がいる難しい作戦行動は、単騎で秘密裏に活動するに限る。そのほうが成功確率がぐんと上がる。
だが、やはり情報は欲しい……その暁連合とやらに関する、これまでに分かっている情報は……作戦に参加すれば頂けるんだろ?」
元々逸樹が所属していた組織だが、殺し部門以外の組織の全貌は逸樹も知らないところだ。組織をつぶすには詳細な情報が必要で、サーティンのもとでクエストに参加できることは逸樹にとっても好都合と言えた。
「それはもちろんだ。クエストに参加するチームには、対象組織の分かっている限りの情報が開示されるし、各都市の警察本部へ行けば、それぞれの地域で調べ上げた情報も逐一伝えられるよう、凶悪犯罪撲滅クエスト参加者全員には、特別な身分証が配布される。
だが……たった一人だけで……危険ではないのかい?君に何かあると……弥恵君が悲しむと思うのだが。」
伏し目がちに淡々と話す逸樹に対し、サーティンは心配そうに顔を覗き込んだ。
「自分の身くらいは自分で守れる自信はある……一人だけの方が目立たないしかえって安全だ。だから安心してくれ、弥恵を悲しませるようなことは絶対にしない。それでも弥恵が余計な心配するだろうから、俺が一人でクエストに参加することは、弥恵には黙っておいてくれないか?」
逸樹はようやく顔を上げた。
「あっああ……うーん……そうか……だったらいいのだが……くれぐれも慎重にね。そこまで言うのであれば、弥恵君にも、言わないでおくよ。」
逸樹の決心に気づかないサーティンは、少し戸惑ったがそれでも了解してくれた。
サーティンと別れ、弥恵の待つ宿舎へ戻って行く。
(ほお……麻薬密売組織のことはほとんど何も知らないから、クエストに参加して情報を頂くつもりか、考えたな……しかも弥恵を置いて一人だけで……。)
(凶悪犯罪撲滅運動のことは、俺が組織にいた時から知っていたからな。元々は時期が少しずれていたのだが、弥恵が子供や麻薬の輸送ルートと日程を長年にわたって警察機関に漏らしていたから、最近ではほぼ半期ごとの輸送時に被る日程となっている。
それでも警察組織の捜査が及ぶ時点になると、組織内に警戒情報が通達されるので、これまでは凌げていたんだ。それが黒幕の一人である児童福祉担当大臣のおかげだったことには驚いたが、もう一人の黒幕もお前の占い結果だと、閣僚の可能性が高いのだろ?
目立たないように一人だけで行動したほうがいい……いかつい顔の冒険者チームで街中を闊歩していたなら、いかにもパトロールしていますよ……とプラカード掲げて行進しているようなものだ。)
(だが弥恵を置いていく必要性はない訳だろ?これまでだって夫婦や親子にカムフラージュして、敵に怪しまれずに行動出来ていたんだ。弥恵を置いていく必要性はないはずだ……。)
(だから……弥恵は……ここに留まってダンジョンクエストをこなすのが幸せなんだ。ここへ置いていく。)
(前にも言ったが、弥恵の幸せをお前が勝手に押し付けることは出来ないぞ。)
(ふん……)
(シカトかよ……)
『弥恵へ この手紙を読むのは、弥恵が畿西国内での凶悪犯罪撲滅クエストを終えて帰って来たときのはずだ。2週間ほど泊まり込みで交易路及び畿西国内の主要都市や国境の検問所などを警邏して、麻薬密売組織を取り締まると聞いた。成果は上がっただろうか?
俺は単独で畿東国王都へ乗り込み、警察がつかんでいる情報をもとに麻薬密売部門の壊滅を仕掛けるつもりだ。一人の方が目立たず隠密行動できるので有利と考え、弥恵とは別行動とした。
占いによると、そろそろ麻薬密売組織の黒幕に官憲の手が及ぶことになりそうだ。だがしかし、親父殿から秘技を仕込まれた凄腕の殺し屋が黒幕を守っている限り、警察や軍隊では手が出せないだろう。
俺がじかに行って護衛を倒す以外方法はない。
だが安心しろ、俺の標的は凄腕の殺し屋……土市か新八……以前、土市は身が軽く跳躍の技を使うと聞いたことがあるような気がするので、残りは恐らく新八ではないかと思っている……ただ一人だけだ。どちらもまだ20代の、俺に言わせれば駆け出しの殺し屋だ。1対1での戦いであれば、経験の差で俺の方に分がある。
護衛さえ始末してしまえば黒幕を守るものはおらず、簡単に警察組織でも逮捕に至ることだろう。殺し屋・人買い・麻薬密売と、組織の主要3部門が崩壊状態となれば、俺たちの身は完全に安全だ。
俺はそのままどこか遠くでひっそりと暮らすことにするから、もうここへは戻らないつもりだ。仮に組織の残党が俺たちのことを追うとした場合、男女のペアと考え捜索するはずだから、お互い単独で行動する方が分かりにくいだろう。弥恵はこのままサーティンヒルズに留まって、冒険者を続けるといい。
今まで弥恵を騙していたが、弥恵の父親を殺したのは俺だ。俺は以前から暁連合の人間で、お前の父親を暗殺するために、お前の父親の組織に潜入していたのだ。そうして人買いに売られるところを助けた恩人のふりをして、これまで10年以上も弥恵を利用していた。
裏切りが日常茶飯事の裏家業で、命の恩人だと信じ込ませた相棒は何より貴重であり、凄腕のスナイパーとして育て上げたおかげで、ずいぶん楽に仕事をこなすことが出来た。
助かったよ……だがもう……解放してやる。組織は壊滅状態で、もう殺し屋と言う職業を続けることは出来そうもないからな。相棒は必要ない。
俺を恨んで父親の仇討ちなんてことは考えず、新しくできた仲間たちと幸せな人生を送ってもらえることを祈っている。都合よく聞こえるかもしれないが、さすがにお前と戦いたくはないからな……だが俺を仇として追ってくるのであれば、俺としては容赦できないぞ……。
お互いこれから第2の人生を送ることになるが、お前の幸せを願っているぞ。
じゃあな……』
荷物をまとめた逸樹は、置手紙を食卓の上に置いて部屋を出て行こうとする。
(弥恵のいない隙に、こっそりと出て行くつもりか?)
(そうだ。俺が弥恵の父親を殺したと分かれば、弥恵は俺のことを追ってくることはなくなるだろう。俺のことを恨むだろうが、あいつの性格なら俺に復讐しようと迄は考えないと思う。これまで育てられた恩義を感じて、あきらめてくれると信じているさ。それで俺の事なんか忘れて、ここで幸せに暮らせばいい。)
(ふうん……それで弥恵は幸せになれるだろうかね?)
(……………………………………)




