新たな行き先
16.新たな行き先
(あれ?さっきまで弥恵達と十mに満たない距離にいたはずなのに、いつの間に……???)
(ああ……こっちが極大火炎を放つとほぼ同時に炎を貫きながら反撃がきた……しかも広範囲にな……直前まで炎で見えなかったから……仕方なく神脚を使って逃げた……周囲の客も一緒に掴んできたから……かなり無理をした……)
逸樹はそう言いながら、両手で3人の客を抱えていたのを緩め、その場にうずくまった。
「あれ?一体どうして?」
「変だなあ……出口は左側のはずだったのが……右側になってる……」
「不思議ー……」
先ほどまでいた場所には、数本の極細の金属製の長針が、数mの範囲に散らばって客席に突き刺さっていた。上空に浮かんでいた護衛が、攻撃してきていたのを初めて知る。
『まあいいや……、帰ろう。』
首をかしげてしばし考え込んでいた客たちが、他の客たち同様出口へ向かって行った。
(客は帰りかけていたからな……犠牲者を出さないで済んだのはよかった。周囲の客などお構いなしに撃ってきやがったんだな……なんて奴だ!だが……大丈夫か?何人も担いで神脚なんて……初めてなんだろ?無理したから、また傷口が開いてしまった。)
(ぐふっ……当たり前だ……帯刀しているだけでも躊躇うんだ……体への負担がものすごく大きい技だからな……限界の3回以上の負荷が一度でかかっちまった。それでも素人には迷惑をかけられないからな……。)
「逸樹……大丈夫かい?」
こちらの様子に気づいた弥恵が、駆け寄ってきていた。
「ああ……死にはしない……大臣はどうした?」
「えっ?うーん……そのまま置いて来けど……あれ?……男たちが5人ほど駆け寄ってきて、大臣を運んでいこうとしている……今から攻撃しようか?」
弥恵は巾着袋の中に隠し持っていた冒険者の袋の中へ、手を入れようとする。
「よせ、やめておけ……お前ひとりじゃ5人相手では敵わない。俺は戦えそうもないからな。仕方がない、引き上げよう。」
「それよりもこれ……見てよ……あたいが叫んだ途端に姿を消した奴の席に置いてあった……何か変だなって思って見に行ったんだけど、多分武器だよね……。」
「なんだ?これは……筒の中にバネが……しかもかなり強力なやつが2つ……大砲じゃあないだろうし……」
弥恵が持つ直径15センチで長さ50センチほどの黒く塗られた金属製の筒の中には、太く巻かれた鉄製のバネが仕込まれていた。
(このバネを使って、高く飛びあがったのか?)
(いや……違うだろう……バネは筒からはみ出してはいないから、人が乗っても飛び上がれない。筒の中に足は入らないからな。
そうじゃなく……金属球を射出したのだろうな……神脚の縦バージョンを使って高く飛びあがった後、射出されてくる金属球を蹴ってさらに高く飛びあがる……いわゆる空中の足場だな……球はプールに落とせば、イルカが未だにバシャバシャやっているから客には分からない。そうやって遥か高みへ舞い上がると言う訳だ……。
親父殿は機械に頼ることを嫌がるたちだから……親父殿から伝えられた秘技を自分で改良したのかもしれないな……恐ろしいほどのすご技だったわけだ……。)
(そうか……命拾いしたな……)
「まあいいさ……帰るとするか……。」
弥恵に肩を借りながら、大臣たちとは別の出口からイルカショーのステージを出て行く事にした。護衛の男たちは眠っている大臣を連れ出すことに精いっぱいで、弥恵のことや少し離れた場所での戦闘に気がつかなかったのは幸いした。
「大丈夫?病院へ行こうね。」
「ダメだ……病院は足がつく……傷口の形状から見て、誰かに殺されかけた事は丸わかりだからな……警察へ連絡されかねない。こちらが被害者と言うことにはなるだろうが、身元を調べられて旅行目的とか詮索される可能性があるからな。今後の行動に制限がかかっても困る。このまま宿へ帰るんだ。」
水族館を出て、目立たないよう乗合馬車を乗り継いで宿まで戻ることにした。
「えーとえーと……生きとし生けるもの?……うーん……その姿じゃなかった全てを……えー……み……見てるんでしょ?逸樹がすごく傷ついているの……だから……この傷を完全に治してくれない?力を貸してよー……精霊さん……お願い……。」
宿の部屋に布団を敷き逸樹を俯せに寝かせ、弥恵が逸樹の背中の10センチほど上に手をかざし唱えるが、何も起こらない。前日夜から1日かけて呪文を教え込み、何度も呟かせて覚えさせたつもりだった。
「どう?段々と傷口が温かくなって、気持ちよくなってきたでしょ?あたいも逸樹に回復魔法をかけてもらった時は、そうだったんだー……。」
それでも弥恵は満足げに微笑を浮かべ、背中から覆いかぶさるようにして逸樹の顔を覗き込む。
「全くダメだ……魔法の呪文は深く精神を集中させて成功した魔法効果を思い描きながら正確に、途中で詰まったりせず、すらすらと最初から最後まで唱えられなければいけないんだ。それをなんだ?途中から勝手に言葉を変えて……これじゃあ何の効果も得られるはずないじゃないか……。」
「仕方ないでしょ!あんな長い呪文……覚えやすいように逸樹が紙に書いてくれたけど、書いてあるの読むんじゃあだめだって言われても……覚えきれるわけないでしょ!あたいだって必死に頑張ったんだからね……教えてもらった呪文の、大体の意味は合っていたでしょ?精霊さんたちだって、きっと叶えてくれると思ったんだけどなー……。」
肘を布団について上半身を少しだけ起こし振り返る逸樹に、弥恵はおもいきり頬を膨らませる。
(仕方がない……あきらめろ。どの道付け焼刃だ……全く経験ないのに中級魔法をぶっつけ本番でなんて……魔法効果を得られるはずもない。初級魔法だって普通なら魔法効果を得られるまでに何ヶ月もかかると言われているんだ。
お前はすぐに魔法効果が得られたが、あの時は切迫していたから必死だったし、神脚のような秘技を使う時の精神集中力が半端じゃないからな……もともと素質があったわけだ。弥恵には無理だ。)
(いや……弥恵の集中力だって、凄まじいものがある。何せ数百m先の的をわずかな隙間を通して射貫く力を持っているのだからな……出来るはずなんだ。)
(それでもいきなりは無理だろ……せめて初級魔法から初めて、魔法効果を認識させながら中級へと進んでいけば、もしかしたら唱えられるようになるのかもしれないがね。早急には無理だ。)
「逸樹は出来ても、あたいには無理だってわかったでしょ?逸樹みたいに頭良くないもの……テレビでもつけよおっと……。」
弥恵は逸樹のそばを離れて、テレビのスイッチを入れた。
(無理と言われても……まだ大臣は生きている。始末しなければ組織を弱体化させることは難しい。組織を混乱させて追手をかけられないよう……俺たちになんか構っていられないようにする必要性がある。戦うたびに傷口が開いているんじゃあ都合が悪いし、今後思い切り戦えなくなってしまう。)
(それは分かっているけど……じゃあどうする?自分で自分に治癒魔法は使えないぞ。せいぜい初級魔法で傷口塞ぐのが精いっぱいだ。)
『次のニュースです。児童福祉担当大臣の小杉慎太容疑者が、連邦軍に逮捕されました。人買い組織の支援者であったとの容疑です。』
『いやあ……驚きましたね……今期の凶悪犯罪撲滅月間で、人買い組織の子供の輸送ルートの検閲が行われていましたが、今回初めて実際に子供を移送している荷馬車を検挙することが出来ました。
そこから辿って行って、小杉大臣の検挙と言うことになった模様です。』
「あれ?小杉大臣……捕まってるー……水族館から帰ったところで捕まっちゃったんだねー……やっぱり人買いの黒幕だったんだー……ざまあ見ろってところだね。逸樹!見てみて!」
テレビの報道番組で小杉大臣が逮捕されたことが報じられ、弥恵が大喜びで逸樹を呼び寄せる。
(ああそうか……そんなタイミングだ……)
(うん?どういうことだ?)
(いや……なんでも……実は……この間、人買いの黒幕のことを占っただろ?その時に……軍隊に囲まれている黒幕の姿も見えていたんだ……近々起こる景色のようだったけど、いつ起きるかまでは特定できなかった。
そうか……やはり逮捕されたか……現役の大臣が捕まったんじゃあ大騒ぎだな……しかも人買いなんて人道上許されない組織の黒幕だからな……こいつの政治生命は終わりだろう。殺す手間が省けた。
秘技を使う護衛は倒せたし、よかったな……怪我が回復するまで療養できそうだ。)
(いやダメだ……もう一人秘技の使い手が残っている。恐らくそいつは麻薬密売の黒幕を護衛しているはずだ。そいつを始末しないことには、療養なんてしてはいられない。)
(分ったよ……じゃあ俺が麻薬密売組織の黒幕のことを占ってやろう。今回の件で俺の占いが本当に当たるって、信じられただろ?)
(ああ……まあな……じゃあ占ってくれ。)
「小杉が捕まったから、これで人買いの組織は弱体化するだろう。護衛の腕利きの殺し屋も始末できたから……土市か新八どちらかは分かってはいないけれどな。次は麻薬密売組織の方だな、ちょっと占ってみるか。」
逸樹が説明口調で呟き、鞄から以前購入した水晶球や香炉を取り出し、おもむろにお香を焚き始める。
(なんまいだ……さんまいだー……よんまいだー……)
(そのお経のような呪文……本当に必要か?)
(うるさいなあ……精神集中させるのに必要なんだよ!邪魔しないでくれ。なんまいだー……)
寝巻がわりの作務衣に着替えて、厳かに水晶球の上に手を掲げて見せる。
(うーん……また……議事堂かなあ……小杉の時と同じ建物が見えるな……しかも同じように議会で演説している風景……だけど……見ている角度が異なるな……演説している演壇を後方の上から見下ろしているような感じだ……)
(ほお……それは……議長席とかじゃないのか?内閣の閣僚だと、演壇の正面側に座るからな。議長は演壇後方の上の方の席のはずだ。)
(そうだな……議長かもしくはそれに近い役職の議員と言うことのようだな……それと……待て待て……場面が切り替わって……おお……麻薬密売の黒幕も軍隊に囲まれている風景が見えて来たぞ。
どうやらこいつも捕まる運命だな……だが、今日明日と言うほど近くではないな……外で桜の花が満開に咲いているのが見える……春先だな……半年先位かな?)
(半年に一度凶悪犯罪取り締まり月間を連邦あげて行っていて、今月がその月だったから、半年先の凶悪犯罪取り締まり月間で捕まるということか?とりわけ俺たちが手を出さなくても勝手に捕まってくれるということか……そいつはラッキーだが、そこまで待ってもいられないか……。)
(いや……殺し屋組織が壊滅状態で、人買い組織も黒幕が検挙だろ?連邦一の巨大組織だったんだろうがかなり弱体化しているはずだ。親父殿を殺したのがお前たちだってことも、まだ伝わってきていないだろうし、半年先でもいいんじゃあないか?組織の立て直しに必死で、お前たちに構ってなんかいられないだろ?
一人残った凄腕の殺し屋だって、対立組織との抗争に借り出されるんじゃあないのか?新興組織は、いつだって後釜を狙っているはずだからな。
まあ、お前たちが動かなくても麻薬密売組織に捜査の手が伸びるのかどうかはわからない……あくまでもそのような風景が見えるというだけだからな……だが動くにしても少し時間的な余裕があるということだ。
だったら、まずはお前の傷の治療を優先しよう。完治すれば、凄腕の殺し屋とも対等に渡り合えるだろ?昨日はうまい事中級魔法で始末できたからよかったが、次もそうだとは限らないからな。)
(ふうむ……そうだな……だったら、まずは傷を治すか……)
(じゃあ待っていてくれ、引き続き占ってやる……なんまいだーさんまいだー……)
なおも水晶球に手をかざさせ、精神を集中させるふりをする。
(ううむ……ここから西……大きな街だ……ここ、畿東国の王都と変わらないくらいの大きな街……しかも巨大な宮殿が見えるな……あれはここに来てみた、王宮にそっくりの城だ……。
その町の一角に……大勢の冒険者が集っている場所がある……そこへ行けば……傷の治療ができる。)
(うん?病院か?冒険者用の病院でもあるのか?ここから西の大きな街……しかも王宮と同じような宮殿がある街となると、そこは畿西国の首都で間違いないだろう。だが……病院はまずい……通報される。)
(いや……浮かんできた情景では施設内に教会があって、怪我人の治療を行ってはいるが別に病院と言う訳ではなさそうだ。恐らく冒険者たちで作ったファームだな。そこへ行けば治療できるはず……)
(ううむ……どこか郊外の温泉の湯治場へ行って、療養すると思っていたのだがな……そのほうがいいんじゃあないのか?)
(いや……肺まで達する傷はかなり重症だ。その間ほぼ毎日初級魔法で傷口をふさいではいるが、このままではじり貧だ。肺は息するたびに大きくなったり小さくなったりするから、内部まで傷口をきちんと修復しなければ、いつまで経っても治りそうもない。自然治癒力にも限界がある。
上級神官とかに本格的に治療してもらったほうがいい。怪我が絶えない冒険者たちのファームだ……そこだったら、腕利きの神官がいるはずだ。)
(だが……傷の様子から、警察へ通報されてしまわないか?)
(そこはそれ……うまく誤魔化すんだ。流れの冒険者として、短期間でもパーティに参加させてくれと願えば、治療はしてくれるだろうし、その間稼ぐことだってできるはずだ。
傷は……元のチームで仲間たちともめたとでも言っておけばいいはずだ。弥恵の取り合いとかにしておけばいいし、冒険者同士の争いだったら、そうも騒がないだろ?
とりあえず冒険者登録はしているんだし、傷が癒える間だけでも冒険者やっていれば良いんじゃないか?治療だけしてくれ……じゃあ怪しまれてしまうからな。あくまでも流れの冒険者として振舞うんだ。)
(そりゃあ確かに、一般人では持つはずのない冒険者の袋を携帯して武器も持つことを誤魔化すために、冒険者登録は済ませてあるし、パーティにだって所属していることにはなっている。
殺しの仕事がない時期には腕を鈍らせない為にダンジョンに向かうし、忙しい時は新人の殺し屋に研修がわりにダンジョン挑戦させて、僅かながら実績だって作っていたしな……ううむ……)
「よしっ……畿西国へ行くぞ!」
「えっ?急にどうしたの?」
「畿西国へ行って傷の治療をしてもらう。冒険者たちのファームが畿西国の首都にあって、そこへ行けば治療してもらえそうだ。」
「へえ……占いってそんなことまで分かるんだ……便利だね……。」
テレビ画面は報道番組からアニメへ既に切り替わっており、弥恵はそっちに気を取られていている様子だ。気もそぞろに頷いた。




