本部へ
7.本部へ
(おいっ……物騒な雰囲気を感じるが、こいつは裏切り者じゃないぞ!お前だってわかっているんだろ?)
音もせず飛びあがった逸樹は、体をひねって道三の座る椅子の背後へ回ると、いつの間にか取り出していた細いロープを道三の首に巻き付け、思い切り引いた。道三は両手でロープを掴もうとするが叶わず、数回足をバタバタさせたが、やがて動かなくなった。
逸樹はロープの端を椅子の後ろ脚へきつく張ったまま結びつけ、力なく崩れそうになる体を固定させた。
(生かしては置けない……組織のボス……親父殿はこいつの実の父親だ……)
(はあ……だからと言って……)
(こいつだって覚悟していたはずだ……俺の姿を見てからはな……下手に生かしておくと、こいつから仇討で狙われることになる……)
(しかし……裏切りの制裁をするだけなら……)
(そうはいかん、裏切り者には死!あるのみだ。だからこいつも……)
(こいつとお前は、幼馴染でボスから一緒に殺しの訓練を受けたんだな?もちろんお前は、素性が分からない捨て子で、彷徨っていたところをボスに拾われた。飢えに飢えて、ろくに歩けなかったところを拾われ、飯を食わせてくれて、温かい寝床を与えてくれた恩人だ。
それからは家族同然……厳しい訓練も、息子の道三と一緒だったから頑張れたんだな?蘇ってくるお前の記憶の断片が伝わってくるよ。
恨みの連鎖を断つためにも……仕方がない……と言う訳か……かぁー……俺には分からん……だが、まあいいさ……お前だって好き好んで殺しをやっているわけではないという気持ちも伝わって来たからな。うん?何をやっている?)
(ああ……組織の報復を避けるには、組織をつぶさなければならない。組織の長の資料がないか探している。)
逸樹は道三が座っていた席の大きな机の引き出しを下から順に開け、中の書類を物色し始めた。
(壁の金庫を開けて中を調べたのはいいとして、なにも金まで取って行くことはないんじゃないのか?それとも……さっきあいつが言っていたように、裏切られた仕事の後金として頂いていくのか?)
金庫の中にはめぼしい書類は入っておらず、代わりに札束がうなっていた。殺しの報酬として頂いている稼ぎなのだろう。逸樹はショルダーバッグの中から風呂敷を取り出して札束を包むと、一抱えもある大きな包みとなってしまった。
(強盗の仕業に見せかけるためだ……そのほうが足がつきにくい……)
逸樹が重そうに風呂敷包みの一方の結び目をほどき背中へ回して担ぐと、たすき掛けし腹の前で結んだ。
(ええっ……強盗だったら警察へ……)
(殺しを専門としている裏組織が、警察へ訴えるはずはないだろ?そうでなくても新興組織との抗争もあるから、こうしておけば俺たちの犯行と気がつくまでに、時間が稼げるはずだ。)
(なるほど……)
「2階へは上がらずに、当面営業を続けろ。登記上も別会社だから、問題はないだろう。ここで商売を続けていきたければ、俺の顔は思い出さないほうが無難だぞ。」
何事もなかったかのように逸樹は階下へ降りてきて店長の後ろへ回り込むと、拘束していたガムテープをゆっくりと剥がしてやりながら耳元で囁く。
「は……はい……わわわ……分かりました。」
上の業務内容を知っているとはいえ、所詮は雇われの素人店長。店に入ってくる殺し屋たちを、上の階へ自然に案内する事しか役割はないのだ。このままここで仕事をさせていたとしても、組織は2度と彼に関わっては来ないだろうと考えられた。
「じゃあ、私はこれで……」
逸樹は入ってきた時とは全く別に、きちんとカウンター脇の敷居戸を通って営業中の店内へ移動し、店長へ笑顔で声をかけてから店を出た。
「あれ?どうしたの変装なんかして……こっちには誰も降りてこなかったよ……。」
弥恵の元へ戻ると、弓を降ろしながら弥恵が怪訝そうな顔をして振り返る。弥恵には一目で変装を見抜かれたようだ。
「ああ……手下どもは全員首都南本部へ出向中らしい。あそこには道三しかいなかった。」
「あの……役立たずの一人息子だね?そうか……これからどうするの?」
弥恵が狙撃用の長い弓を、冒険者の袋の中へしまい込みながら尋ねて来た。
「本部に乗り込む……親父殿に聞かないと、裏切った理由が分かりそうもないからな。」
「そうかい……じゃああたいも一緒に親父殿のところへ行くよ。なんせこっちは殺されかけたどころじゃないんだからね……。」
貞操の危機だった弥恵は、殺気立っている様子だ。
「ああそうだな……きちんと事情を聞き出すためにも、2人で行こう。だったら弥恵も変装しておくんだ。ターミナルへ向かうぞ。」
「合点承知……。」
弥恵も路地の影で変装道具で顔と髪の毛の色を変え、2人で来た道を引き返し馬車ターミナルへ向かい、新たに仕立てた貸し切り馬車へ乗り込んだ。
(おいおい……せっかく奪い取った金をどうするんだ?)
街中を走っている途中で貸し切り馬車を路地に停め、低い塀に囲まれた2階建てのアパートのような建物の玄関わきに、先ほどの札束を小さな風呂敷に小分けして包んだものを置いて立ち去ろうとする。
(ここは孤児院だ。どうせこんな大金を持ち歩くことは出来ない、目立つからな……すぐに通報されて足がつく。だから、せめて人の役に立つように使ってもらう。)
(ああそうか……かなり嵩張るからな……銀行へ預金……と言う訳にもいかないよな……強盗に見せかけるだけだから、とりわけ金が必要と言うことでもないわけか……)
以降、数ヶ所で馬車を止め、孤児院や教会等に金を分配していった。
首都南本部は、中央ターミナルから馬車で1時間半ほどの場所にある、南部馬車ターミナルから10分ほど歩いた商店街の中にあった。殺しの仲介という本業を隠すため、ここでも旅行代理店を装っていた。首都中央とは別名の代理店であり、万一裏家業がバレた場合でも系列を手繰ってこられないよう、気を付けて設定されているが、こちらが本部だ。
「今日の夕方までは待った方がいいと、道三が電話で親父殿に言ってくれていたからな……親父殿はやきもきしているだろうが、まだこの時間はあわてていないはずだ。
だが……日が暮れて道三に電話してしまったら、すぐに電話に出られないことが分かって警戒されてしまう。だから、まだ日が高いが、このまま忍び込むしかない。
娘が卒業間近の親子を装うことにするぞ。こっちの店も下の営業は、堅気の店員が行っているからな。」
馬車の中で逸樹は、道着姿から羽織袴へ着替え始める。
「じゃああたいも……振袖なんかでいいかな?」
弥恵も袖のない着物から、振袖へ着替え始めた。仕事柄変装が必須となる為、常に数種類の服装は、バッグやリュックに入れて持ち歩いているのだ。
中央馬車ターミナルから南ターミナルまでは、定期運航の乗合馬車が発着していて、こちらの方が料金も安いし怪しまれずに済むのだが、わざわざ馬車を貸し切ったのは、着替えの都合のためだ。弥恵は逸樹の視線を気にすることなく、平然と袖すり合う距離の馬車の中で着替え始めた。
一緒にふろに入りたがるくらいなのだ……むしろ見せたいくらいなのだろうか。
首都南の馬車ターミナルを通り過ぎ、2ブロック先の辻で停車した貸し切り馬車から、日傘をさした若いご婦人と、羽織はかま姿の中年男性が下りてきた。どちらも高貴な身分なのか、羽織と手に持つ巾着袋には紋が入っている様子だ。
2人とも立ち止まって見惚れている通行人たちは気にもしない様子で、旅行代理店へ入って行った。
「いらっしゃいませ。」
カウンター奥から、すぐさま元気な声で出迎えてくれた。店の中は10畳ほどの広さで、入ってすぐ2m位先にカウンターが設けられていて、店員たちは全員カウンターの向こう側の席についていた。
客は椅子が設けられたカウンター前に座り、カウンター越しに注文をする形式だ。
「ご旅行ですか?」
4人いる店員のうち、3人がカウンター席に対面形式で座っていて、1人は奥の事務机の席に座っている。カウンター席の接客していない一人が、声をかけてきた。
「ああ……娘の卒業旅行で連邦内を回る計画をして友達を誘っていたら、ずいぶんと大人数になってしまってね。皆さん華族や大商人のご家庭のご子息たちで、いっそのこと海外旅行はどうだという話になりましてね。
蛮国の向こうの西欧とかへ向かう計画へと変わってしまって、この国で海外旅行を扱っているのは首都南のこの代理店とお聞きしまして、出向いた次第です。扱っておりますかね?」
逸樹が20台中盤であろうか、髪の長いスレンダーな美人店員に話しかける。勿論打ち合わせも何もないアドリブである。
「海外旅行でございますね?長い歴史がある西欧の古い街並みや郊外の美しい風景に、豪華で絶品の西欧の料理など、今若い方々に海外旅行はブームとなっております。
蝦夷国から畿東国へ抜けて、王都の港から発着している大型客船に乗って、3週間ほどで到着する船旅……こちらは途中の乗り換えがなく、直接欧州の港へ到着いたします。
若しくは畿西国へ抜けて陸路を鉄道と言う、馬で引く馬車ではなく大きな機械式の蒸気機関と言う汽車ですね……そちらですと10日ほどで欧州ですが、途中で3ヶ所乗り換えが生じます。勿論、全て1等の寝台客車をご用意できますが、お値段は国内旅行に比べて少々お高くなっております。
ご予算によりましては2等もございますが……どちらがよろしいでしょうか?」
美女店員は、船便と鉄道での概算の料金価格が記載された一覧表を提示した。
「ああ……ほお……1等と2等では、料金が倍ほども違うなあ……ふうむ……」
「あっ、でもお父様……私にとりましては一生に一度の卒業旅行ですから……出来れば豪華に……」
「そうだな……成人式も兼ねとるしな……1等で構わんだろうな……だがなあ……鉄道だと乗り換えがあり……船だと2倍ほども日程がかかるのか……1ヶ月の予定だと、船だと欧州への行き来は無理と言うことだな。」
「あら……それでしたら、旅行の日程を伸ばせば済む話ですよ、お父様……」
「ああ……そうだな。どうせ卒業してからは、家で花嫁修業だからな……少しくらい伸ばしてもよいか。」
「そそそれでは……鉄道と船……どちらにいたしますか?」
美女店員は、思いもかけない上客の登場に色めきだし、いつもよりもさらに満面の笑みで応対する。
「ああ……まあ、どちらでもいいのだが、人数が結構多くてね……先ほども申し上げたが、誘ったら意外と皆さん海外という言葉に弱くて……一人では行けないが大人数ならばと予想外に集まってしまった。
35人の大人数なんだが、どちらでも席の用意は大丈夫かね?半分1等で半分2等と言う訳にはいかないのは、分かるよね?どちらでもよろしければ、今からでも参加者に電話をして……電話をお借りできますかね?」
「はっはい……しょしょしょ……少々お待ち願えますか?ただいま所長が不在しておりまして……副所長……大口のお客様が……」
美人店員はツアーともいえる大人数の申し込みに、上長の元へと駆けて行った。
すぐに一番奥の事務机に座っていた中年の男が立ち上がって、美人店員からいきさつを聞いているようだ。所長の代理で事務処理をしていた、副所長なのだろう。頭が禿げ上がって、おでこ迄赤いのは酒やけだろうか。
「おおお待たせいたしました、わたくし辰巳観光副所長の亥吉と申します。
お嬢様の卒業旅行ということで海外へ……最近は若い方々に欧州旅行は大変人気となっております。
それで参加人数が多いということでしたけど、日程によりましては鉄道でも船便でもどちらでも、手配は可能となります。ご旅行日程と、旅先での移動スケジュールとホテルの手配など、詳細打ち合わせが必要と考えますので、こちらの別室にて応対させていただきます。電話もございますので、同行者様への確認にお使いください。では……こちらへ……。」
副所長は慇懃な態度で、手もみしながらカウンター奥から敷居戸を開けて出てきて、逸樹たちをカウンター奥の別室へと案内した。上の家業を知らないのであろう……プロなら変装も見破られる恐れがある為、逸樹の顔も知っているはずの所長が不在であることは、逸樹たちにとって有利な状況であった。
「そうだね……では詳細日程もいい機会だから詰めるとするか……大体この辺りで……と言う訳にもいかないだろうからね。まずは出発日と帰国日の第1希望日を上げて見なさい。
そこからどちらの便でどのように観光するのか、プロの意見も聞きながら検討するとしよう。」
「そうですね、お父様……」
弥恵も笑顔を見せながら、副所長らに連れられて奥の部屋へ入って行った。
「君っ!すぐにお茶をお出しして。」
「かしこまりました。」
最初に担当についてくれた美人店員が、店長に促されてお茶くみに飛び出していった。