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リモート  作者: 飛鳥 友
第4章 今回は孤独な殺し屋……はたして彼は死地を乗り越えることが出来るのか?
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絶望の淵

第4章連載開始です。今回は組織の殺し屋の中に入ります。いかなる人物なのか・・・そうして無事窮地を脱することは出来るのか・・・孤独な殺し屋編スタートです。

1.絶望の淵

 男はすでに死を覚悟していた。長年コンビを組んでいた相棒の裏切りによる、背後からの攻撃。


 百戦錬磨で常に周囲に意識を張り巡らせ、360度どこからの攻撃でも避ける訓練はしていたが、大勢の敵に2重3重に囲まれ、相棒に背を預けて互いに正面の敵に意識を集中して反撃体制を整えていたがため、背中は全くの無防備だった。その背中に至近距離からのナイフ攻撃……相棒以外に考えられないことだった。


 さらに自分が深手を負って瀕死となったことを察すると、取り囲んでいた猛者たちの気配が潮が引くように消え、一切感じなくなってしまった。自分たちコンビを狙っていたというよりも、自分一人が標的であったことが丸分りだ。


 思えば、おかしなことばかりだった。通常なら標的の家族構成から生活習慣まで綿密に調査し、襲撃場所と時間をきっちり割り出して仕事に取り掛かるはずが、今回ばかりは全て相棒が一人で調査済みだから、自分はただ同行して標的を始末すればよいと言われていた。


 つまり標的の素性すら全く知らずに、超がつくほどの緊急な指令ということで、出先からほとんど着のみ着のままで現地へ赴いたのだった。


 裏社会に長く暮らす者として、その仕事に正義などかけらもないことは分かり切っていた。それでも手にかける標的は、絶対に堅気のものであってはならないと、えり好みというわけではないが依頼を受ける際に、殺されても当然と思えるような悪党以外はすべて断って来た。


 当たり前だが素人への殺しの依頼の方がたやすく、また見返りも大きい。悪党は用心深く常に細心で準備を怠らないので、標的にするのは難しく危険を伴う。しかも組織内の依頼だから割安で引き受けるため、引き受け手は少なく俺だけの独壇場とも言えた。


 それでも縄張り争いや権力抗争から、悪同士の殺し合いが尽きることはなく、仕事に窮することは一切なかった。組織の殺し屋として永く生きてきたが、自分の哲学を持ち仕事を選ぶ殺し屋は、決して少ない方ではないと考えてきた。


 それなのに……なぜだ?前回殺した組織の親分の仇討ちなのか?あるいは前々回の……?恨みを買うことに関して並べあげれば、恐らく一晩中かかってしまうことだろう。それくらい多くの悪人を手にかけてきた。


 悪人と言っても……殺されて当然の生き方をしてきたやつとは言っても……家族はいた……知人もいた……もちろん愛すべき対象もいただろうし、愛されていたかもしれない。仇討ちなのか?


 だが……仇討ちなど……組織の殺し屋であるから、基本的には敵対組織の中堅以上の役割を担っている人物が主な標的となる。その場合は仇討ちの対象は俺のいる組織そのものとなるはずで、俺ではないはずだ。


 標的が悪と認識出来れば一般人からの依頼も引き受けているのだが、その依頼人が口を割らなければ、直接手を下した人間など突き止められるはずもない。何せ動機がないのだ……標的と何の関連もないのだから当然だが……標的の交友関係などどれだけ深く調査したとしても、殺し屋の正体など突き止められるはずもない。


 依頼人だけが……依頼人はもちろん標的を殺したいと思っている(憎いと思っているかどうかは別として)わけだから、何らかの軽くはない関係にあるわけだ。だから依頼人を突き止めることは可能かもしれないが、依頼人が白状するとは思えない。その行為自体が自分が依頼したということを明かす事になるわけだから。


 当然ながら非合法組織ではあるのだが、それなりに仁義を重んじ、依頼を受けたら必ず依頼人と標的との関係を徹底調査確認する。


 依頼人の素性が確かで標的の素性も確かであり、依頼内容が理にかなっていない限りは引き受けない……いたずら(夫婦喧嘩などの一時的な感情のもつれからの依頼は、組織として認めない)や警察組織などのおとり捜査を防ぐ目的があるようだ。勿論密告などは厳罰に処されるし、依頼者が裏切れば当然報いを受ける。


 それもこれも商売の特異性……クーポン券や回数券など、何度も利用する客など通常はあり得ないからだ……一見の客故裏切られる危険性は常に考慮され、殺しの依頼の際には前金半分で後金半分を支払いと、金銭授受に関しても厳格に決まっている。


 依頼人側は依頼金をただで持ち逃げされることを恐れ、引き受け側は殺しを行っても報酬を受け取り損ねることを恐れるから、半々という不文律が確立したようだ。


 尤もうちの場合、他部門の敵対組織の重要人物の暗殺の際は真っ先に自分のところが疑われるため、実行する場合は別組織とはたからは見える俺が所属する暗殺部門を使う事になっていて、その際は依頼人との関係性など詳細調査もされずに引き受けられることが多い。


 各部門は同一組織とはいえ完全独立採算性で、支払いは一般の客と同じく前後で半々となり、、同一組織と言うよりも、ただ単に互いに便宜を払っているだけにも思える程度の、浅いつながりだ。


 それら背景を何度も何度も見つめ直し導いた結論は……敵は恐らく今回の標的側……いわゆる返り討ちということであろうという推測に至った。


 殺し屋とはいえ、ダンジョンに潜って魔物相手に命懸けの殺し合いを行う冒険者と、標的が魔物から人間に変わるくらいで、大きな違いはないと常々考えていた。自分は特に悪と認識されるものしか標的としないから、決して人間社会に迷惑をかけているとは言えない、ダンジョン内に潜んでいるだけの魔物を殺して回る冒険者よりも、正義を感じてさえいた程だ。


 ましてや標的が寝静まった時や食事時などの隙をついて行う仕事は、相手もこちらの存在に気づいて対峙する、ダンジョンでの戦闘に比べてはるかに安全で楽な仕事と感じていた。


 それなのに……今回は相棒が標的の人物背景から隙を見せるタイミングまで、先乗りして確認済みということで、全てお任せで手の内に乗ってみようということになっていた。


 殺し屋としてコンビを組んで早5年……若いせいかめきめきと腕を上げ、相棒への信頼関係も強固なものとなり、親兄弟以上のそれこそ寝所も共にできるような間柄と、少なくとも自分は思っていた。なのになぜ?

 今回の依頼を受けてからここまでの経緯が、走馬灯のように何度も何度も繰り返し頭の中に流れてくる。


 依頼を受けたのはそう……先週の金曜日のことだった。前の殺しの後の逃走中、2人組の殺し屋ということは敵側に知られていたため、追手をまくために相棒と別行動をとり潜伏先で身を潜めている時だった。


 突然宿の電話が鳴り、緊急の殺しの依頼を受けた。俺は週末は必ず体を休めると決めているし、連続での依頼も受けないと決めている。疲れた体に鞭打って仕事をする事は、失敗する確率を格段にあげるからだ。


 ただでさえも難しい殺しという、一般の仕事よりもはるかに神経を使い、周囲の状況をいち早く察して、常に即応を要求される厳しい職業であるがゆえ、やたらとは行わないと決めていた。


 それなりに高額な報酬を受け取れるし、一仕事終えたなら十分な休息を取り、体調を万全にしてから次の仕事を請け負う……休息の期間はとりわけ決めてはいなかったが、移動を含めて1週間から10日の仕事を終えた後は、大抵1週間はオフとしていた。


 にもかかわらず緊急の案件が……しかも名指しで飛び込んできた。通常ならば、殺しの依頼を受けるかどうかは引き受ける自分たち主体であり、断ることは可能なシステムだった。だからこそ、俺のようなえり好みする殺し屋というものが存在するわけだが……初めてのご指名……。


 理由は簡単……腕利きの殺し屋を送ったのだが返り討ちにあったため、組織が誇る殺し屋ともいえる俺たちコンビに対して、指名がかかった。なんと3組もの名のある殺し屋たちが、失敗しているということだった。


 そもそも仕事を終えた後の潜伏先は、組織にも知らせていない……情報が開示されていれば、それだけ自分たちの身の危険性が高まる為で、知っているのは互いの潜伏先を知る相棒だけだ。

 ところが電話の声は相棒のものではなく、組織の代表のものだった。


「逸樹か……わたしだ……仕事を終えたばかりで悪いが、次の依頼に取り掛かってくれ、緊急の案件だ。期限が明日夕刻なのだ。今の潜伏先からだと恐らく移動だけでも丸1日かかってしまいそうな場所だから、すぐに出発してくれ。相棒にも連絡が行くようになっていて、先行で相手の素性を探るよう指示させている。


 もちろんこちらで相手の素性や悪行などはすでに把握済みだが、どうせお前たちのことだ……自分で調べた情報でないと信用しないだろうからな。情報検索のための準備は整えてある。逸樹好みの、根っからの悪党……極悪ともいえるような奴だから、容赦なく行けるはずだ。


 お前たちのルーチンとして、一仕事終えた後は必ず休養することは承知しているが何せ緊急……これまで失敗を重ねていて期限が迫り、他に依頼できる奴がいないんだ。悪いが受けてくれ。

 宿の外にすでに馬車を待たせてあるから、すぐに出発してくれ……頼んだぞ。」


 普通であれば組織としての調査内容を教えてくれて、その上で俺たちが引き受けるかどうかを確認してくれる(もちろん俺たちも現地についてから情報の信憑性確認を行うが……)。その上で、キャンセル有のルールなのだが、今回は待ったなしだからキャンセルは効かないだろう。


 標的が本当に言われた通りの極悪人であればいいなと思いながら……仕方なく広げた荷物を全てバッグに詰め直し、宿をキャンセルして馬車に飛び乗ったのだ。


 夜中も走り通しで馬車を変え、1日がかりで蝦夷国の首都近郊から南の端の町までやって来たのが、今朝の夜明け前のことだ。期限は今日の夕刻までという厳しい状況の中、前乗りしていた相棒と待ち合わせ場所で出会った。


「あたいに直接組織から連絡が来るなんて、この仕事を始めてから初めてだよね?すっごく緊急な案件と言うことで逸樹も知っているからっていうから来てみたけど、罠かもしれないから顔を見るまでは安心できなかったよ。


 3組もの腕利きの殺し屋を撃退するなんて、どんな凄腕野郎だろうね?あたいは南へ迂回している途中で連絡を受けて昨晩のうちについたから、一晩かけて相手の情報はつかめるだけ掴んでおいた。


 どうやら蝦夷国南地方の人買いの総元締めらしいよ。貧しい人たちから借金のかたや生活のためのわずかな金と引き換えに、子供を連れ攫って行って金持ちにペットとしてだったり、男の子だったら労働力として売りさばいている悪党だって。本当なら依頼者のことも調べたかったけど、さすがに時間がなくて無理だった。


 でも……標的が悪党中の悪党であることだけは間違いがないよ。期限が迫っているし、これだけの情報で仕事に取り掛かるしかないね。


 標的のスケジュールに関しても一応掴んではいる……今日の午前中は地元の商工会議所の催しで、伐採後の裸山に植林をする行事に参加するみたい。伐採している部分は山の東南側の面だけのようだし、植林地の幅は広いところで1キロはあるようだけど、祭事は東南端で行われるから、森側からの射撃は可能だね。


 人買いなんて極悪非道な商いをやっているのに、地域の商工会の会頭だって……世の中どうなっているのか疑っちゃうよね。」


 相棒の弥恵が大きなため息をつく。スレンダーな体型ではあるが、それなりに胸のふくらみが大きく張り出していて、その癖弓使いという、弓を射る時にその突起が邪魔にならないのか?と以前聞いたときに思い切り右頬にビンタを食らった記憶がある、細面で目がぱっちりと大きく、鼻すじも通っていて唇の形も艶っぽい美女だ。


 性格はあっけらかんとしていて男勝りであり、仕事で一緒に行動するときは相部屋で宿をとり……(夫婦然を装ったほうが、人目につきにくいから……)部屋の中で平気で下着迄取り換える仲でありながら、深い関係には至っていない。


 自分が弥恵に興味がないということではない……しかし職業柄……というか、弥恵とコンビを組むことになった理由を含めて、俺が弥恵を想うことは絶対にありえない……あくまでも仕事上の良きパートナーであり続けたいと思い接している。


 そのため性の処理は旅先での商売のお姉さん相手であり、弥恵がどう処理しているのかは、聞きたくても聞きだせないでいる。いくら親しき中でも……礼儀あり……だ……。


「じゃあ着いたばかりで悪いけど……このまま現地へ向かうよ。朝食は宿におにぎりをお願いしておいたから、道中食べながら行こう。」


 人目を気にしながら早朝の公園で打ち合わせ後、待たせていた貸し切り馬車に乗り込み街道を行く。休む間もなしなのは、徹夜で標的の情報を探っていた弥恵も同様であろう。


 馬車内で朝食を済ませ、はげ山のふもとで馬車を降りる。迎えに来させるとなると、いかにも一仕事終えてきましたとバレバレなので、バスケットを持ってハイキングを装い、一山超えて隣り町まで遠出をすると、御者に別れを告げる。こういった場面でも、男女のペアはアリバイ工作がやりやすいのでうれしい。


 山道を2時間ほど歩いて植林成功祈願の催事が行われるという、東南面の端側へ到着。勿論誰もまだ来てはいないが、森の木立の影に隠れながら、祭事のために準備された白い布がすでにかけられている、祭壇の様子を確認しておく。


 高さ80センチほどで幅が約1m、長さ3mほどの祭壇は、伐採が終わり切り株が除去された荒れ地のような山肌に、ぽつんと置かれていた。森との境目からは20mほどしかないが、当たり前だが直前の木立の影から標的を射抜くなど、居場所を知らせているようなもので、逃げおおせるはずもない。


 森の奥の方から木立の隙間を通して見えるか見えないか、ぎりぎりの位置まで下がった場所に潜むことにする。当然ながら護衛のものは警戒して、森の中はすでに確認済みのはずだ。


 射撃ポイントを事前に抽出しておき、祭事の最中はその地点を重点的に見回るはずだ。だが……弥恵の射的能力は一般のそれを遥かに凌駕しており、標的との間に矢一本分の隙間さえ通っていれば、そこを的確に射通して標的に当てることが可能だ。実に500m先の小さな薬瓶を射抜く、神ともいえる手練の技を持っている。


 対する自分はというと、どちらかというと暗殺……音もなく相手の背後へ忍び寄り悲鳴を上げさせることもなく絶命させる術を熟知している。関係者のアリバイを作るためにも殺害時刻を明確にする必要性がある為、通常は街中での……しかも標的の自宅内での暗殺依頼が最も多く、俺たちコンビでの立場はこれまで弥恵が調査担当で、実行役が俺という関係だった。


 弥恵に殺しをさせるつもりはなかったのだが、今回ばかりは仕方がない。しかも事前調査まで全て押っ付けてしまって、じゃあ俺は何をすればいいのか、照準を合わせている最中の弥恵の護衛はもちろんだが、他に何もすることがなければ、今回取り分は全て弥恵に渡してしまおうとすら考えていた。


 いつもなら取り分が7対3なのだから、今回ばかりは全額弥恵にくれてやるつもりだった。

 ところが……弥恵が冒険者の袋からスナイパー用の弓を取り出しにかかった時に……


「うん?囲まれているな……。」


「そうだね……ずいぶんと多いよ……あたいたち2人を囲んでいるのだろうけど……ちょっと大げさじゃない?何十人いるんだよ……」


 常識的な狙撃地点から遥かに離れた場所であったにも拘らず、周囲を2重3重に取り囲まれていることが、すぐに判った。しかも……取り囲まれるまで……全く気配を察しさせないほどの手練れ揃いということも知れた。アリのはい出る隙間もなくしておいてから気配を表して、諦めて降伏するのを待っているのかもしれない。


 どうしてこんなことに……理由は明白だった……情報漏れ……事前に標的が狙われていることが伝わっていた……しかも殺し屋が俺たちコンビであるということまで伝わっていたことになる。


 そうでなければ、こんな常識外れの森の奥まで、しかも高額の報酬が必要となる手練れたちを多数雇い入れること等するはずもない。一体どこから漏れた?あまり考えたくはない結論へ辿り着く前に思考を停止させる。


いつも作品を読んでいただいてありがとうございます。

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