新たなクエスト
29.新たなクエスト
「ただいま、フミさん……双葉の面倒を見ていただいて、ありがとうございます。これが家政婦代と、王都土産の紋章煎餅です。煎餅に王族の紋章が焼き印された、人気の土産物のようです。」
「あら……わざわざ悪いわね……。双葉ちゃんはいい子でいましたよ。学校へも毎日通って、宿題もきちんとこなしていました。またいつでも呼んでくださいね。」
帰りは空馬車だったのでスピードアップし、3日で帰ってこられた。美都夫がいない間、双葉を一人で置いておけないので家政婦を雇っておいた。おかげで双葉の顔色もよさそうだ。
「おにい……お帰り。クエストは無事成功したの?」
「ああ……ばっちりさ。報奨金も沢山もらえたぞ。それでこれが……双葉の土産だ。着物も一着買ったが、王都には西欧という外国の洋服も売っていたので、ワンピースドレスとかいうのを買って来てやったぞ。一緒に靴とか靴下とかも買って来たから、着てみるといい。双葉の好きな花柄を選んだ、気に入るといいけど……。」
奥の部屋から元気に駆け寄ってきた双葉の頭をなで、リュックから土産物を出してやる。
「えっ……こんなにたくさん……半年前にも新しい着物を4着も買ったのに……無駄遣いして……双葉はおにいが無事に帰ってきてくれただけでうれしいんだよ!」
ワンピースや着物にアクセサリーと、美都夫が笑顔で広げるのを見て双葉が顔を曇らせる。
「双葉……そんなこと言うな、これまでさんざん苦労してきたんだ。今は収入が十分すぎるほどあるから、これくらい贅沢とは言えないぞ。もうすぐ6年生へ進級するし、学校にも慣れてきて友達だってできただろ?
友達とどこか遊びに行くにはお洒落もしたくなるだろうし、これくらいは持っていたほうがいい。ちょっと大きめにしておいたし、すぐに着なくてもいいから、きちんと畳んでタンスに入れておけば、いつでも着て行けるからね。」
美都夫が双葉の頭をポンポンと軽くたたきながら、笑顔を見せる。
「分った……ありがとうね……。」
双葉も最後は満面の笑顔を見せた。
(まるで子煩悩な父親だな……無理もないか……お前だけが双葉の身内だからな。まあ、ジャックのおかげで稼ぐに困ることはなさそうだ。双葉を中学高校どころか、大学へも行かせることは可能だぞ。)
(そうだね……双葉は頭がいいし勉強が好きだから、大学まで行かせてあげたいと思っているよ。そのためには、もっともっとクエスト頑張らないとね……)
(そうだな、地道に稼いで日々の生活費に困らなければ、これまでの稼ぎの蓄えだけでも十分学費くらいにはなるだろう。双葉が心配するから、今回のクエストのような命がけのクエストよりも、これまでのような地道なクエストがいいけどな……ジャックがやるといえば、危険があっても一緒に行くんだろ?)
(そりゃあもちろん……心の声さんももちろんだけど、ジャックはおいらたちの命の恩人だからね。どこまでもジャックの後を付いて行って、おいらにできることがあれば何だってするよ。)
(そうだな、その為には魔法もだが錫杖などの棒術の鍛錬も、しっかりやらないとな。)
(うーん、そうなんだけど……訓練前のランニングだけは……厳しいよね……。)
(体操から始まってランニングや柔軟等の基礎訓練を嫌がってはだめだぞ。体を鍛えることはもちろんだが、何より関節を柔らかくして筋肉をほぐし、けがをしにくい体作りには欠かせないんだからな。)
(はいはい、分かってますよ……頑張ります。)
山中の廃ダンジョンで匿っていた元締めと客たちは証人を裁判所へ届けたことにより、これ以上の身の危険もないだろうということで、山から降ろして警察へ引き渡した。黒幕とは別に裁判が行われて、それぞれ服役する予定だ。
その後もジャックの意向からかダンジョン挑戦は行わずに、街中での地域貢献クエストが続いた。体力づくりを兼ねた、お年寄りなどの手伝い仕事ももちろんあったが、里山から下りてきた獣の捕獲や、万引きや窃盗犯の追跡逮捕など、警察業務にかかわるようなクエストも追加され、内容はバージョンアップしていった。
そうして半年が経過したある日……
「久しぶりの出張クエストだ。これから王都へ行くぞ。恐らく1,2週間は帰ってこられないだろう。」
朝アパートまで迎えに来てくれたジャックが、王都への出張を告げる。
(…………………………)
(突然だな……内容を聞いておけ。)
「急だけど……ジャック……出張クエストって、どんな内容なの?」
「内容は分からん。王家で何かあったようだな。地方の軍は、保安上必要最低限の人員を除いて王都に集結しているらしい。さらに王室ご用達の冒険者も全員、王都に呼び出された。」
「王室御用達……?」
「俺は元々畿東国で冒険者をやっていて、王室御用達の冒険者の一人だった。いまはここ高松町を根城にしているがね……王都でのクエストでへまをして……故郷へ逃げかえってきたというところだな。
十和もそうだが八幡兄弟もこの地方の出身で、豊富な漁場のほかはこれと言った大きな産業のない国で、一旗揚げるには冒険者になるくらいしかなかったんだな……この国出身の冒険者は多い。領主の畿南大公は先代王の弟だが、今は工業化を目指して国を挙げて馬に変わる動力と言われている、蒸気機関の研究をしているそうだ。
そうして俺が高松町へ逃げかえると奴らも一緒について来たんだ……理由は分からないでいたが、八幡兄弟は俺の活動を探る為だったとはな……長年騙されていたよ。
それでも登録上は王室御用達の冒険者のままでいる。この国の宮殿付きにならないかと、誘われたことはあったが断った。王室御用達のままでいるのは……自分への戒めの為でもある……あることを忘れないためだ。
美都夫だって半年前の麻薬撲滅クエストに参加して成果を上げたから、王室御用達冒険者のリストに加えられたからな。冒険者証を確認してみろ。」
ジャックに言われたので懐から冒険者証を取り出してみると、資格欄に王室御用達と記載があった。
(いつの間に……それにしても今気づいたが、お前の冒険者レベル……未だにC−だな……普通はもっと早くレベルアップしていくものじゃないのか?1年もやってC級とかなっていないのか?)
「じゃ……ジャック……言いにくいんだけど……おいらの冒険者レベル……未だに冒険者になった時のままだけど、レベルアップしているとかない?1年もやってるけど……」
恐る恐る美都夫が切り出す。
「冒険者レベルか?確かに1年で一レベルアップ位が標準と言われている。だが……美都夫の場合はまだ子供だから、体作りを兼ねたクエストを主体で半年活動しただろ?その後麻薬撲滅クエストをこなして、以降クエストレベルを少し上げた。だから、もう半年もすればレベルアップするんじゃないかな?
冒険者レベルの見直しは、基本通期に一度だけだ。特大な理由があれば、半期に一度見直される場合があるけどね。
レベルを上げるにはダンジョン挑戦が一番だ。街中の地域貢献クエストと比較すると、収入も多くなるが獲得ポイントがけた違いに多い。だが魔物を相手にするダンジョン挑戦は、やはり命がけとなる。俺が地域貢献クエストメインで引き受けているということもあるが、もう少し俺と組んでこのまま活動しないか?
独立してチームメンバーを探してダンジョン挑戦するのは……18歳ぐらいになってからでもいいだろ?通常なら冒険者登録は高校卒業してからだ。それから体を鍛えたり、完全攻略済みクエストへ挑戦して腕を磨いたり装備を揃えたりする。18からで十分間に合うから、後2年我慢しろ。」
ジャックが細い眼でじっと美都夫の目と合わせ、諭すようにゆっくりと優しい口調で告げる。
(ありゃりゃ……こりゃ、独立してでもダンジョン挑戦したがっていると、勘違いされてしまったかな?俺が余計なことを考えたがために……)
「い……いや……ジャック……お……おいらは……独立なんて考えていないから。ただレベルが変わっていないのが少しだけ気になっただけ。べ……別にレベルアップしなくてもいいから、おいらはジャックと一緒に地域貢献クエストを続けるよ。」
美都夫が焦って取り繕おうと、懸命に言葉をつなげる。
「いや……美都夫には冒険者としての才能はあると俺は評価している。ダンジョン挑戦を始めればすぐにA級、S級と上がっていけるさ。俺みたいな、はぐれ冒険者とずっと一緒にいることはない。美都夫くらいの腕前があれば、一緒に組みたがる冒険者は多数いるはずだ。
その時になったら俺がつてを頼って、人選してやるつもりだからそれまで待っているといい。やはり冒険者はダンジョン挑戦してなんぼだ。」
ジャックは少し寂し気な笑みを浮かべた。
「い……いや……おいらは……ジャック以外の冒険者と組むつもりは絶対ないよ。ジャックがダンジョン挑戦するというのならおいらもダンジョン挑戦するけど、街中で地域貢献クエストを続けるというなら、おいらもずっと一緒に地域貢献クエストに挑戦するよ。」
「いや……だからだなあ……」
「双葉も、おにいにはダンジョン挑戦なんてしてほしくないから、ジャックおじさんと一緒に地域貢献クエストしていてくれた方がいい。ダンジョンは魔物がたくさんいて危険だし、攻略に何日もかかるんでしょ?クラスにも冒険者の子がいるけど、ダンジョンに行っている最中はずっと無事を祈っているんだって。
双葉は贅沢言わないから、おにいには地域貢献クエストを続けてほしいって思っているよ。」
美都夫の隣で話を聞いていた双葉も、ダンジョン挑戦には反対の様子だ……ただし美都夫とは別の理由で……。
(まあ……今すぐに結論出さなくてもいいから、まずは王都へ行く準備をしよう。家政婦さんだって、また来てもらわなければならないだろ?)
「そうだ……お兄ちゃんはこれから出張で王都へ行くから、またフミさんに来てもらうことになりそうだよ。
双葉は留守番出来るね?学校へもきちんと行くんだよ。」
「うん……大丈夫。うちのことは心配しないで、しっかりクエスト頑張って来てね。たまに家を空けるくらいなら、双葉は全然平気だから……。」
双葉が笑顔で答える。
「じゃあ身支度を整えて、出発するぞ。」
急いで同じアパートに住んでいるフミさんに双葉の世話をお願いして、着替えや携帯食などを揃えて出発した。フミさんは結婚して旦那さんはいるが子供はおらず、専業主婦の為日中は暇なので、アルバイト代わりに双葉の面倒を見てくれることになっているのだ。
「じゃあ、王宮へ登城するぞ。」
3日かけて王都へ到着し、急ぎ王宮へ向かう。
(あれ?お堀と石垣に囲まれた、日本の城のような王宮だな……なんか見覚えが……美都夫、この国の名前は何ていうんだ?)
(ここは畿東国だけど?おいらたちが住んでいる高松町は畿南国にあるんだよ。だから国境を越えて来ただろ?国境と言っても同じ日ノ本連邦だし、冒険者には厳しい審査なんかないんだけどね……それでも農産物や家畜に工業製品などの輸出入の通関はあるって小学校で習ったよ。)
(そ……そうか……そうだったのか……そっそうだ……ちっ地図かなんかないか?日ノ本連邦全体の地形が描かれている地図がいいんだが……)
(ええっ?いいよ……今度街で本屋さんに行ったときに、買っておこう。でも、どうしたの?)
(いや、なんでもない。そんなに急ぐわけではないが、地図は見ておきたいんだ。)
(分った。)
水面まで遥距離があり幅広のお堀の手前側にある立番小屋でジャックが手続きを行い、渡り橋を降ろしてもらって外堀内堀と進み、入り組んだ坂道など上り下りした先の2列に並んだ櫓の間を抜け本丸へ入って行く。
土間の向こう側の上り口から襖を開けた大広間には、すでに大勢の兵士や冒険者たちが詰めかけていた。
「ジャック来たわね。久しぶり……チームを組んで行動するみたいよ。私と組まない?」
大広間に入ってすぐ、髪の長い袴姿の美女が話しかけてきた。半年前に援軍に来た十和という冒険者だ。すらりとした長身で手足が長く、袂のない袖の着物は冒険者用の特注であろう。
「十和か……どんな状況だ?」
「私がつかんだ情報では、20年間も行方不明になっていた王子様が現れて……1年かけて審査していたようだけど、いよいよ本物と判り、今連邦内を内々で回ってお披露目しているらしいの。
1年ほど前から王室は連邦中に軍を送ったり冒険者に調査依頼したり、水面下では随分動いていたようね。
何人もの王子様候補として名乗り出る若者や保護者が後を絶たなかったけど偽者ばかりで、故意に偽って名乗り出る輩には重罪を課すようになってから十年間は、ほとんど名乗り出るものはいなかったといわれているの。ところが今回は本物であると、確証が得られたということね。
内々のお披露目が終わり次第正式に王子として連邦内に通達するから、祝賀会などのパーティ行事の護衛として集められたと聞いていたわ。ところが……来てみたらちょっと様子が違うのね。」
「ほお……それで連邦中の王室御用達冒険者全員を呼び出したというわけか。様子が違うとは?」
「それが……分からないのよ……私が着いたときには祝賀ムードが強かったくらいだけど……」
ジャックが十和の情報を聞きながら、首をかしげる。彼女はすぐにジャックのもとを離れ、壁際に槍を持って警戒している兵士のもとへ行き、親しげに話し始めた。情報収集を再開したのであろう。ジャックと美都夫は、大広間の後方の座布団へ胡坐をかいて座った。
「わざわざお集まりいただき、ありがとうございます。私は近衛隊副隊長の百款と申します。」
黒光りする金属甲冑に身を包んだ長身の兵士が、広間奥の掛け軸前にやってきて大声であいさつした。
「大変申し訳ありませんが、依頼するクエスト内容に変更がございます。
皆様には、ある人物が王都内あるいは近辺で、入れ墨を入れたことがないか確認をしていただきたい。入れ墨の模様はこのような紋章と言える形状で、怪しいと目される人物は、この写真の人物です。
この人物が別の形の入れ墨……鯉とか竜とかですね……を入れていたとしても問題はありません。入れ墨を入れた時期は、1年半から1年前までと推定されております。
紋章と人物の両方の組み合わせで確認をお願いいたします。それでは写真と紋章の図柄の紙を渡しますので、チームごとに整列願います。この調査は危険が伴う可能性がある為、4人以上のチーム編成でお願いいたします。更にクラスレベルA級以上でお願いいたします。」
百款と名のった副隊長は簡潔に調査内容だけを説明して、背景には全く触れなかった。
(依頼内容が変わったって、どういうことだろうね?)
(あまり首を突っ込まないほうがいい。依頼内容をこなせばいいだけだ。)
ここに居る誰もが、調査する背景を知りたがっているのは明白だが、誰も質問をする者はいなかった。
「クエスト内容が変わっても一緒ね……4人以上って言うのよ。私は誰かと組むのは夜だけよって、主張しているんだけど……。」
すぐに十和がやってきて、ジャックの隣に正座した。
「うちは3人だが、S級2人いれば問題はないか?」
ジャックが立ち上がって副隊長へ問いかける。
「高松町のジャックさん……十和さん……S級冒険者2人と……新人冒険者……美都夫君か。新人とはいえ麻薬組織解体の功績もあるし、問題ないでしょうね。」
副隊長は手に持つ台帳を確認して、ジャックが指さす両隣の美都夫と十和の顔も確かめながら答えた。
「ほかにご質問はありませんか?なければ早速かかってください。」