証拠写真
30.証拠写真
「この写真の男が、この絵の入れ墨を入れていないか確認するわけだな?案外簡単そうだな。」
配られた写真と紋章が描かれた紙を受け取り、ジャックがつぶやく。
「あら……ごつい顔をしているわね。私の好みかも……。」
顔写真をジャックの手から奪いながら、十和は笑顔を見せる。
(美都夫……ちょっとさっき説明していた副隊長のところへ行け!)
(えっ?どうして?)
(どうしてでも!いいから行け!)
(はいはい……人使いが荒いなあ……)
美都夫が仕方なく、写真と絵を配り終えた副隊長のところへ人波を避けながら歩いていく。
「どうしました?何か質問でも?」
副隊長は、近づいてきた美都夫に笑顔を振りまく。
(1年半も前に尋ねて来た客の顔を、はっきりと覚えているとも思えないから、出来るだけ多くの……仲間がいれば仲間の顔写真はないのか聞くんだ。あれば下さいと言え!そのほうが見つかる可能性が高いとな!)
「その……1年半も前だと顔を覚えているかどうか疑問があります。もし仲間がいれば、その方たちの写真もいただけませんか?そのほうが見つかる確率が上がると思います。」
「うん?仲間……?まあご兄妹がいて……写真もあることはあるけど……ほかのチームから要求があるわけではないから、複写していないけど手持ちの分を上げるよ。ネガはあるから問題はない、頑張って来てね。」
副隊長は、まだ初々しい美都夫の姿に好印象を持ったのか、兄弟全員の顔写真を手渡してくれた。
(全員の顔写真を見せて、誰か覚えている人いませんかって聞くんだね?)
(いや……逆だ。どうせ非合法な入れ墨屋だろうから、ちょっとでも心当たりがあれば、やりました、この人ですって、見せられた写真をほぼ否定しないで認めてしまうだろう。自分の罪を免責してもらう代わりにな。
そんな証言に信憑性がないから数枚の写真を見せて、このうちの誰に入れ墨を入れたのかって聞くんだ。対象の奴を示せば、高確率で間違いがないはずだろ?)
(ふうん……そんな取り調べもあるんだね?勉強になるなあ……。)
美都夫が満足げに頷きながら、ジャックのもとへ歩いていく。
「どうした?何か気になることでもあったか?」
「うん……念のために、兄弟の人たちの写真ももらって来たんだ。」
「ほお……そりゃご苦労だったな。さて……しらみつぶしに入れ墨屋を回るとするか。ほかの奴らに先を越されてしまわないようにな。早速馬車ターミナルへ行って、馬車を貸切らなければいけないな。」
王宮を出たジャックたちは、すぐに乗合馬車で馬車ターミナルへ向かい、馬車を1台貸し切った。
「さて、どう回って行く?入れ墨屋の看板を見つけ次第、手当たり次第と言った感じになるだろうが、王宮周辺の入れ墨屋はすでに歩いて出たやつらのチームが回ってしまっているだろうから、少し遠出をするか?」
ジャックが皆の顔を見回す。
(十和が情報通のようだから、十和に聞け。非合法な営業をしている入れ墨屋……急遽依頼内容が変わったところから見て、犯罪がらみと言えそうだ。危険とも言っていたからな。まともに看板掲げて営業している入れ墨屋ではない、非合法な入れ墨屋……出来れば郊外だな。
人目につきにくい、郊外にある一軒家の入れ墨屋を知らないか聞いてみろ。)
「あの……十和さん?」
「なあに?美都夫君だったわね。バストサイズでも何でも聞いて……君にだったら、お姉さん特別に教えてあげる。」
美都夫が上目遣いで尋ねると、十和が身を乗り出してきた。何か勘違いしている様子だ。
「あの……郊外にある、非合法……営業の入れ墨屋?出来れば一軒家の……そう言うの知りませんか?」
「あら……なあんだ……そうね……知らないでもないけど?でも……効率悪いわよ……いくつも回れないから……今回のような捜索クエストは、どこかのチームが見つけ出した時点で終了になるの。
終了のサイレンが鳴るのね……見つけたチームが一番報奨金が高いわね。総額の半分近くもらえるのよ。
残りの半分を、その他チームで分けるんだけど……それまでに調査したお店の数で均等割りが普通ね。しかも他チームが調査した店は、同じ結果であればノーカウント。
だから大抵は街中で入れ墨屋が密集している界隈を重点的に、走り回って調査するわ。同じ地域で看板掲げていない闇営業の店だって見つかりやすいし、短時間で数を稼げるから。
確かに……悪いことするなら郊外で人目を気にして……という発想はいいとは思うんだけど……。」
十和ががっくりと肩を落としながら告げる。
「別に稼ぐことが目的ではないから、それでもいいぞ。俺はいい着眼点だと思うけれどな。」
「でも……郊外の店は本当に点在するから今日夜まで回ったとしても、数軒回れればいい方よ。」
「だが……当たればでかいぞ。何せ国中の冒険者たちが集結しているんだろ?報奨金の半額を山分けなんかしてみろ。一人当たりいくらにもならん。それよりも半分頂くことに賭けるのも、悪くはないんじゃないか?」
「それもそうね……分かったわ。闇営業の店ね……以前人買い撲滅クエストを行っているときに、人買いたちの情報を集めるために回った入れ墨屋がいるから、まずはそこから当たってみましょう。子供たちを買ったお客が、逃げられないように人には見せられない恥ずかしい入れ墨を専門で入れる業者がいたのよ。
ねえ……北へ回って街道へ出たら辻を……。」
十和が客車の覗き窓から御者に行き先を指示した。
「そこが違っても……業者間では横のつながりがあるものだから、順に辿って行けるでしょ。でも……本当に何日かかるかわからないわよ。街中を捜索するチームは悪くても1日数十件は回れるだろうけど、こっちは頑張って数件……十倍は違うわね。これで外れを引いていたら……浮かばれないわよ。
王都への旅費すら出ないなんてことになりかねないからね。」
十和がふっと息を吐く。その仕草には……子供の美都夫も胸がときめいた。
(おおっ……ちょっと興奮したな?確かに色っぽいもんなあ……十和……。)
(めめめ……滅相もないよ……女の人を、そんなふうに思ってみたことはないよ。でも、きれいな人だね。)
馬車を走らせて1時間ほどで王都北の郊外近くの、闇営業の入れ墨屋へ出向く。営業と言っても、ごく普通の茅葺屋根の民家で、中に入っても商売している様子はまったくみられず、無理言って隠し扉から地下の施術室へ出向き、彫師に紋章を見せた。
最初の店は外れで、その店のつてを頼り2軒3軒と周り、3軒目の彫師がおかしな質問をした。
「うーん、こんなやつ見たことありませんね。うちは看板こそ出していませんが、まっとうな商売でして悪党など来ることはありません。入れ墨を入れるのは……世間では後ろめたいと感じる人がいるものでしてね。ですから看板を掲げていないだけでして……。
ですが……これからでも、もし何か情報を掴んで申し出たら、褒美はいただけるのですかい?」
頬がこけ目が落ちくぼんでいるが、ぎらぎらと始終動いている落ち着きのない、シャツの首元から鎖骨が丸見えのガリガリの彫師は、紋章の絵を何度も見返してから尋ねた。
「ふん……何がまっとうな商売だ。営業許可どころか彫師の修業すらしていない、道具をそろえて勝手に名乗っているだけのにせ彫師じゃねえか。その中でもそれなりに腕がいい奴を見繕って居場所を聞いてきているんだ。何か知っているんなら正直に吐いたほうが身のためだぞ。
正直に話せば、闇営業のことは目をつぶってやってもいいが……吐かないんだったら……。」
ジャックはやせ細った彫師の胸ぐらをつかんで、体を大きく逆ぞりにそらさせながら凄んで見せた。勿論これまでの捜索でも、闇営業の業者が正直に打ち明けるはずもなく、ジャックが力づくで入れ墨のことを確認し、知らなければ見逃す代わりにと、知り合いの闇営業彫師を紹介させてきたのだ。
「そいつを放しな!」
騒ぎを聞きつけすぐに上の階にいた、体が大きな男たちが地下へ降りて来た。
すぐに十和が屋内用の短い弓で矢を放ち、2人の男たちの剣を持つ右肩を射貫くと、美都夫も負けじと錫杖で2人の男を叩き伏せた。美都夫の錫杖の扱いも、ずいぶんと様になって来たようだ。
背後の騒ぎが治まり、彫師の胸ぐらをつかむジャックの右手にも力が入る。
「ぐわーっ……だだ……だんな……お手柔らかに……あっしは体が弱いんでゲスから……。」
「ふん……」
ジャックが不機嫌そうに彫師を掴んでいた右手を勢いよく振りほどくと、彫師はそのまま床へ横倒しになり、苦しそうに何度も深呼吸をした。
「たた確かに……1年と少し前ですかね。そそそんな形の入れ墨をした記憶はあります。右の臀部でしたかね。全身入れ墨をして臀部迄……と言った客はいますが、臀部だけ、しかも右だけという客は滅多にいないので、覚えております。これが右腕だけとかでしたら普通なんですが、普段見えない臀部というのはね……。
大柄な男でしたよ……2人連れで2人とも頭巾をかぶって顔を隠していましたね。ですが……臀部に入れるとなればパンツを脱いで俯せで施術台に乗っていただかなければならないですからね、裸になってもらって顔は横向き……施術の最中に意識があるか確認するので頭巾を外してもらって顔も見ています。」
男は観念したのか、詳細に話し始めた。
「そうか……その男は……この……」
(ジャックを止めろ。写真は1枚だけを見せるなと言え。お前が受け取った兄弟の写真の中から、一人選ばせるんだ。)
「ジャック……写真はこれらも含めて、本当に顔を覚えているか選んでもらって。」
美都夫が副隊長から受け取った、兄弟たちの顔写真2枚を手渡した。
「おおそうか……確かにそのほうが、見逃してもらう代わりとうその証言をしていないか、見極められるな。さすが美都夫だ、思慮深い……。入れ墨をした奴はこの3人の中にいるか?」
「本当に見逃していただけるんですね?じゃあ、この人ですよ。それと、こっちが一緒についてきたやつ。」
彫師はジャックの見逃すという言葉を念を押して確認し、ジャックが頷くとあっさりと、ゼロとニイの顔写真を指さした。
「記憶力はいい方なんでねえ……顔写真があるということは、どうせもうすでに捕まっているんでしょ?共犯とみられても困るしね。うちは闇営業だから、たまに客の弱みを掴んで利用させていただくことがある。勿論……うちの商売を警察に密告したり敵対行動をとりそうな場合に限りますがね。
来店した奴らの顔は隠しカメラで写真を撮ってあるんでさ。ちょっと待っていてください……確か去年の客の顔写真は……」
彫師は棚の引き出しをいくつか開けて、中に入っているプリント済みの写真を調べ始めた。
「ほれ見てください……ちょうど今から1年と3ヶ月前の日付が入っている。こいつらが来店したときの写真です。動かぬ証拠に、日付入りで撮影してあるんでさ。いくらで買ってくれますかね?」
彫師は自慢げに、2枚の写真を見せびらかした。
「ちょっとあんた……闇営業のことを黙っていてあげるんだから……」
「まあまあ……分かったよ、ほれ……金貨2枚で5千Gだ。すごい大金でもないが、2枚の写真代なら十分すぎるだろ?」
切れかかる十和をなだめて、ジャックがズボンのポケットから金貨を取り出した。
「まあそうだな……こいつの素性は俺には分からないし、写真を持っていても金にはならないからな。しかも畿東国の紙幣じゃなく、どの国へ行っても使える金貨なのが気に入った。いいでしょう。」
彫師はジャックから金貨を嬉しそうに受け取った。
「俺たちは今回はこれで帰るが、次来る時には人買い相手の商売なんかやめておくことだな。次来た時にも同じようだと……間違いなく取り潰すからな。分かったな!」
ジャックは彫師に警告をした後、厳しい表情で睨みつけてから店を出た。平和的解決を図ったが、本当は殴りつけてでも、写真を奪いたかったのかもしれない。
「近くの警察署へ寄ってくれ。」
入れ墨屋を後にして馬車に乗り込んでから、ジャックが御者に警察署へ行くよう告げる。
「やったわね……これで報奨金の半分は頂きよ!山分けして……一人当たり……数十万Gは行くわね。
さすが美都夫君……あなたのおかげよ。はあ……ちょっとリッチに旅行でも行こうかしら……」
馬車に乗りこむなり十和が抱き着いて来た。かぐわしい香水の香りと柔らかな胸の感触が、またもや美都夫を興奮させる。
「いえ……あの……おお……おいらのおかげというより……じゃじゃ……ジャックのおかげ……おいらは何もしていない……です……。」
「何言っているのよ、郊外の闇営業当たろうって言いだしたのは美都夫君だし、写真の確認だって3枚から選ばせたじゃない。多分1枚だけ見せていたら、自分が撮影した写真は見せなかったわよ。確かにこの人だって、覚えていたんだって自慢したくって、隠し撮りした写真を見せたに決まっているから。
ただの証言だけじゃなく、物的証拠が出たのは凄い収穫なのよ。」
「まあ……大した写真じゃないがね。」
ジャックが、彫師から受け取った写真を懐から出して見せてくれた。




