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リモート  作者: 飛鳥 友
第3章 またまた超人見知りの少年は、窮地を脱出できるのだろうか……
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禁制魔法

20.禁制魔法


(あれ?どこにいるんだ?逃げられたかな?)


 恐る恐る近づいていくが、先ほど動きを止めた辺りに人の姿は見受けられない。勿論、広範囲に放ったぬかるみの魔法効果はとっくに切れていて、今は底なし沼の継続呪文を唱えているだけだ。


(この辺は大通りじゃないから街灯がなくて薄暗いからよく見えないけど、あれなんじゃないかな?あの2本地面から突き出ている奴……あれ……今は小刻みに震えているだけだけど……人の手なんじゃあ……)


 美都夫がさす方向には、地面からV字型に突き出た2本の植木のようなものが見え、よく見ると小刻みに回転しながら震えている。


(ほお……確かに頂点には5本の……指があって手のようにも見えるが……底なし沼って本当に底なしでどこまでも嵌って行くものなのか?そう考えると落とし穴だって、深さ何mもの穴に落ちていくような気がしてしまうのだが……実際には人や魔物が躓く程度の浅いちょっとした穴だろ?)


(落とし穴だって呪文を唱える時には、その深さや効果面積を想像しながら唱えているよ。魔法効果を想像しながら唱えろって教えてくれたじゃないか……。だからやったことはないけど、人がすっぽり入る数m程度の落とし穴だって作れるとは思う。一回だけの呪文で出来るかどうかは、習熟度に寄るだろうけれどね。


 底なし沼も同じように、深さもイメージして1m程度の深さにしたはずなんだけれどなあ……その前にぬかるみ魔法の効果があったから、その分深く掘れてしまったのかもしれないね。でも……このまま放っておくと、息が出来なくて死んでしまうね……)


(そうだな……助けよう……だが、まずは突き出た両手をロープで縛って拘束してからだな。どの道引きずり上げるんだから、ロープは掛けなければならないからな。)


(分った。)


 美都夫はゆっくりと地面から突き出た両手に近づくと、しゃがみ込んで魔法効果の範囲の外側から手を伸ばして両手をまとめ、ロープで硬く縛り上げた。そうしてから立ち上がって、ロープを思い切り引っ張り上げると、ずるずると人の体が地面から浮き上がって来た。やはり底なし沼に嵌っていたようだ。


 底なし沼の魔法効果を打ち切ってから、出てきた男を地面の上に仰向けに寝かせる。男であろうことはなんとなくわかるが、歳や顔つきなどは泥で覆われているため全く分からない。


(うーん……動きが小さいね。ぴくぴくと痙攣しているようだ。)


(そうだな……仕方がない、ロープをそこの雨どいの配管に結び付けろ。足が速そうだから、逃げられたら面倒だからな。 ついでに両脚もロープで縛っておけ。


 それからだな……まずはジャックにこの場所が分かるように、空に向かって炎の弾を打ち上げておけ。それから回復魔法をかけてやれ。ただしこっちだって体力を奪われると困るから、息を吹き返す程度の少しだけでいい。こいつにさらに上のボスを聞いたら、急いでそっちへ行く必要があるからな。)


(分った)


 すぐに美都夫はロープの端を建物の壁に固定している雨どいからの配管に結び付けると、両足もロープで拘束し、2発初級魔法で炎弾を打ちあげてから、男の胸の上に手を置いて初級の回復呪文を唱えた。


「ぐぼっ……ごほっごほっ……うえー……あれ?一体どうしたんだ?」

 男は沼に嵌って意識を失っていたようで、美都夫の回復魔法でやがて息を吹き返したようだ。


「はあはあ……おおよくやったな……まさか本当に捕まえられるとは……逃げ込んだ先くらい分かればいいと思っていたのだが……助かったよ。」

 丁度このタイミングで、ジャックが息せき切って駆け寄って来た。


(ようやく来やがったな……まあでも用心棒たちを片付けて拘束してから来たんだろうからな、仕方がないか。それよりも、さっき言っていた禁制の俊足……?何のことか聞いてみろ。)


「あまりに遠すぎるのと足が速すぎて落とし穴じゃあ難しいから、ぬかるみがいいって言われてぬかるみを唱えて動きを止めてから、今度は底なし沼で動けないようにしたはずなんだけど、予想以上に魔法効果が大きくて、腰まで埋まるはずが頭まで沈んでしまったんだ。遠すぎたからかなあ……今、回復魔法を唱えたところ。


 さっき言っていた、禁制の俊足……とかってどういうこと?」

 美都夫がしゃがみこんだまま、ジャックへ振り返って尋ねる。


「ああ……禁制魔法というのは外道中の外道……人の体力を奪い取るようにして、1時的に驚異的な身体能力を発揮する魔法だ。元は状態回復魔法として、一般的な魔法ではあったようだがね。


 土、火、水、風、雷の自然系5属の魔法のみが今では主流だが、元々はほかに金属・元素系や状態回復という属性があった。人の状態回復を施す魔法だな……歳とって衰えた筋力を回復したり視力や聴力を回復させたりする魔法で、今でも使われているのは、怪我をしたり意識を失った場合などの治療で行われる回復魔法だな。


 なぜ今では使われなくなったかというと、自然系5属の魔法はそれぞれの属性の精霊に働きかけて精霊たちの力を使って実現化するものだ。勿論魔力は消費するが術者の体力や身体能力は、ほとんどそのままだ。


 ところが状態回復系魔法は異なる。人を司る精霊というものは存在しない……人の代替えはあくまでも人ということだ。前にも言ったことがあるが、回復魔法というのは施術者の体力を被術者に分けてやるもので、弱った体力を補うことで自然治癒力を飛躍的に高めて治癒させるものだ。


 その為術者の体力が1時的に失われてしまうから、延々と術をかけることは難しい。術者も休みながら施術する必要性がある。


 さらに状態回復となると、体力だけではなくて1時的に術者の身体機能も衰えてしまう。視力の回復魔法を唱えると、1時的に術者が失明してしまったりするわけだ。そのため今では怪我などの1時的な機能不全の場合のみに回復魔法を使うことはあるが、病気や老化など持続的な状態回復には回復魔法は使用されない。


 施術側に病気が転移して、術者の命に関わったりする場合があるからね。重い病気の際には、上級の神官や司祭が祈祷をするのが一般的だな……こちらは神様と言うか、万物の命の源に対して働きかけ治癒を願うもので、術者の身体への影響はほとんどないが、なかなか実現しにくいと聞いている。


 ところが金持ちなどが金に飽かせて術者を雇い、老化した肉体を回復させたりすることが頻繁に行われるようになった。だが大金を受け取っても、死んでしまったり失明してしまっては割に合わない。そこで術者は別の方法を編み出した。代替え魔法という奴だな。」


「代替え魔法?」


「魔法の呪文を唱えながら、短冊に呪文を筆で書き記して念を込める。これで術者の魔法効果が短冊に乗り移るわけだ。その短冊を金で雇った若く健康な者の体に貼り付けると、貼り付けられたものが魔法の呪文を唱えたと同じ効果が得られる。いわゆる護符だな……。


 つまり金で雇った若者の体力や身体機能を1時的に奪いながら、老化した体が若者同様に活力がみなぎった元気な体になったり、失われた視力や聴力を回復することが出来る。


 雇われた若者は動き回って怪我でもされると困るので、隔離された部屋の中でベッドに寝かされ、食事も流動食を与えられるだけで、いわゆる飼われているだけのような状態になるが、契約期間を終えると大金が手に入るので、希望する若者はかなり多いと聞いたことがある。寝ているだけで金になるのだからな。


 さらに術者の身体機能を借りて、驚異的な身体能力を身に着ける手順も考案された。腕力を上げたり瞬発力を上げたりするわけだな……金さえあれば修行なんてしなくても一流の冒険者になれたりするわけだ。


 こいつはその状態回復魔法の派生魔法で脚力を上げているのだろうと思う……俊足の魔法だな。


 能力増幅魔法は、術者……護符を貼られる側の若者……だが、全身まひで再起不能になったりと、過度に消費される身体機能……本人のものではないから痛みとか疲弊感がなく、リミットがかからないわけだ……によって大事故につながる恐れがあるとして、禁制魔法とされた。


 恐らく、俊足の能力を最大限に使ってもがいたから……深くまで埋もれてしまったのだろうと思う。」

 ジャックが禁制魔法の説明と、今回の事例に関しての考察を述べる。


「ふうん……そんな魔法があったとは……」

(俺も知らなかった……といって……俺は魔法に詳しいわけではないがな。)


「それよりも……今気になることを言っていたな……落とし穴じゃあ難しいからぬかるみがいいって言われたと……誰かここに美都夫の知り合いがいたのか?」


(えっ……し……しまった……)


(まいったな、美都夫は人嫌いで余計なことは一切話さず、必要な事すら俺が指示しなければ話そうともしないから安心していたのだが、ジャックに対して心を許しているのか、確かに余計なことまで話し始めて来たな。

 いいから……しらを切ってしまえ……そんなこと言ったか?でいい)


「そ……そんなこと……言っていた?」

「ああ……そう聞こえたぞ。」


(そんなつまらない事よりも、早くこいつの親分を聞き出す方が先決じゃないかというんだ。)


「そそ……そんなつまらない事より、こいつの親分のことを聞いたほうがいいんじゃないかな?」


「あっ……そうだった……おいっ!お前の親分はどこにいる?部屋にあったあれだけの麻薬をどこから仕入れた?正直に話せば罪は軽くしてやるし、命は守ってやるぞ!」


 ジャックは泥にまみれた男の顔を、手で拭いながら尋ねた。現れてきたのは、まだ若そうな30代くらいの男の顔だった。


「ぺっぺっ……そそ……そんなこと……言えるわけない。殺されてしまう。」

 男は口に入った土を吐きながら、答えられないと拒絶する。


「ふあー……またか……仕方ない、こいつも馬車のところへ連れて行くとするか。それから尋問だ。しかし……こいつの服は泥まみれでびしょぬれだな、馬車が汚れると御者が怒るな……魔法で乾かせるものか?」


(どうだろ……炎系の魔法で着物を乾かせるの?)

(そんなこと、俺だってわからない。やるだけやってみたら?どうせ、悪党の服だから焦がしても構わんだろ?)


「わかった……やったことはないけど、なるべく効果を絞った炎系の魔法でやってみるよ。

 燃え盛る炎を制するマグマの神よ、我にその力を貸し与え、敵に炎を纏わせよ……弱炎衣!」


 美都夫はジャックがロープの端を持って引っ張りながら連れていく男の着物の周りに、小さな炎のベールを纏わせて乾かしながらついていくことにした。足を拘束していたロープは50センチほどだけ伸ばしてやったので、よちよちとかろうじて歩けている。


(それはそうと……麻薬の売人たちの巣窟の中で捕らえたやつらは、どうするつもりなんだろうな、ちょっと聞いてみな。さっきみたいにうっかり忘れているかもしれないからな。)


「さっき突入した事務所で拘束した奴らはどうするの?馬車へ連れて行かなくてもいいの?」


「ああ、あいつらは逃げられないようにしっかり縛って、部屋には鍵をかけてきた。だからあのままでも構わないだろ。全て片付いたら警察官を行かせて、連行させるからそれまではあのままだ。


 いくら大型馬車と言っても、あれだけの人数は収容できないからな。」

 ジャックは平然と、縛り上げたやつらをそのまま放置すると言い切った。


(馬車の話が出たからちょうどいい。ついでに馬車の御者について聞いておけ。冒険者仲間が信用できないといっていたのに、あの御者は大丈夫なのか?冒険者仲間が馬車を操っているのではないのか?情報が漏れたり、折角捕まえたのに逃げられたりしたらことだぞ。)


「ジャック……最後にもう一つ……乗って来た乗合馬車の御者さんは、ジャックの冒険者仲間なの?御者さんは信用できる仲間なの?」


「御者?ああ……あれはただの貸し切り運転用の御者だ。冒険者組合を通じて今晩一晩御者ごと、あの乗合馬車を借り切っている。だから……俺も名前も何も知らない。」


(そんな名前も知らないやつに、捕まえた悪党どもを預けて大丈夫なのか?仲間に密告されて、待ち伏せでもされていたら、どうするつもりだ?そうじゃなくても悪党どもが暴れて、逃げ出しているかも……)


「じゃ……ジャック……そんな名前も知らない人……信用できるの?」


「信用も何も……遠くのダンジョンのクエストを引き受けた場合は、歩いていけないから当然馬車になる。帰りはいつになるかわからないから迎えに来させるわけにもいかないし、攻略済みならともかく新規ダンジョンの場合は、数日間馬車を借り切ってダンジョン挑戦する。そういった馬車さ。


 地域によっては一つの山にダンジョンが多数存在していて往来が激しいと、行きだけ山奥まで送ってもらって、帰りは山を下って途中の街道で帰りの空馬車を拾うというところもあると聞いたことがある。それだと帰りの馬車賃はかなりの割引になるようで、お得のようだな。


 だが、この辺りは大きな山は多いがダンジョンは、夫々かなり離れて点在している。しかも山裾の街道から離れているから、徒歩で山を下りきるのはきついので、大抵の冒険者は馬車を貸し切って使う。そうなると空馬車がないから、無理して山を下っても空馬車を拾うなんてことできないから、貸切るしかなくなるわけだ。


 御者だってまさか、こんな深夜の街中で活動するとは思っても見なかっただろう……貸し切りだからな。だがまあ……人里離れた山奥のダンジョン近くでたった一人で冒険者を待つような輩だ、腕には覚えがあるはずさ。山奥だと魔物だけじゃなく、熊や猪などの獣だって出てくるからな。


 だから、ちょっとやそっとの奴ら相手には負けないはずだ。大抵の場合は定年退職した冒険者が、楽隠居なんてしたくはなくて、しかもダンジョンの空気を味わえるからって、こういった専門の御者をやっているはずだ。だから……腕っぷしには問題ないはずだ。信用できるかどうか……は分からん。


 だが、俺が今日麻薬の密売ルートを壊滅させようとするなんてこと、誰も知らないし御者も勿論知らない。偶然選ばれた御者だから、悪党どもが送り込むことなんてできないはずだ。そもそもこんな成果が得られるとは俺も思っていなかったし、俺が何をしているのか、御者は何も知らないしな。だから……大丈夫だろう。」

 ジャックは少し自信なさげに、片方だけ口角を上げて見せた。


(はあ……運任せ的なことが多いようだが……考えてみれば御者が悪党の手先である必要性はないわな。金を掴ませられれば言うことを聞くやつはいくらでもいるだろうが、買収する暇はなかったはずということだな。まあいいだろう……ジャックの考えを信じよう。)


「あちっ、あちちっ!」

 突然前を歩く男が、叫びながら飛び上がった。


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