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リモート  作者: 飛鳥 友
第3章 またまた超人見知りの少年は、窮地を脱出できるのだろうか……
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(だけど、遅くなると双葉が……。)

 美都夫はどうしても、残してきた双葉のことが気がかりだった。


(ああ……双葉のことは心配だ。だが双葉は人質代わりにお前が売り渡されるまで、ジャックが預かっておくといっていただろ?しかもジャックはお前を売り飛ばすための輸送に同行する。だから双葉はあの旅館にいるはずだ。1週間分の宿代も支払ってあるから、少なくともその間は旅館でゆっくりしていられる。


 美都夫が戻らなければ、多分女将さんが夕食も出してくれるだろう。宿代前払いの上客だからな。

 恐らく1週間一度も戻らなくても、幼い双葉一人だけでそのまま泊めておいてくれるかもしれない。きれいな服を買って着替えてから泊まったから、むやみに追い出すことはしないだろう。


 売られる先にもよるだろうが、恐らく簡単に逃げ出せるような場所で休ませたりはしないと思う。何せ大金はたいて購入するわけだからな。お前の場合は体が大きいしゴツイから、男色のお相手……という線は薄いと思っている。)


(だ……男色?)


(ああ……美少年……とかそういった趣味なんかもあるようだな……多分そっち方面ではなく労働力として売られるんだと思う。好色爺とか婆さん相手なら隙もあるのかもしれないが、お前のような大男だと相手も警戒するだろうから、逃げられないような策を施すだろうな。足の腱を切ってしまったりとか……かな。


 まあ、それよりも可能性の高いのが労働力としての価値だ。お前は体はでかいし頑丈そうだし何より若い。それこそ地下の穴倉で、昼夜問わずに金鉱でも掘らせられるかもしれないな。そうなると脱出は困難と考えたほうがいい、死ぬまで働かされるだけだ。


 だから……移動中に何とかすきを窺って脱出するしかないだろう。移動の際はこんな頑丈な檻ではないはずだ……重くて運ぶのが容易ではないからな。そうなると逃げ出す隙があるかもしれない。

 それまでは体力を温存して、待っているしかない。)


(分った。)

 美都夫はそういうと、正雄の体をつぶさないように気を付けながら、3畳の部屋に斜めに横になった。



”ガンガンガンガン”通路の方から大きな金属音がして、すっかり寝入っていた美都夫も、正雄と同時に目を覚ました。既にここへ連れてこられてから1週間は経過していた。


 その間運動などで檻の外へ出されることもなく、用を足すのも薄暗い檻の中の隅に作られた簡易便座で、食事は日に一度、冷えたご飯に炒めた野菜くずなどが混ぜられた、炒飯と言えば聞こえがいいが、廃棄されるはずの残飯と言えるようなものが出されただけだ。


 それでも美都夫のこれまでの半年間を想えば、日に一度だけでも食べられるだけましとも思えた。だがしかし、宿に置いて来た妹の身が気にかかるのだが、頑丈そうな檻を破って逃げ出せる隙など全く見いだせないでいた。このまま移動もされずに何ヶ月間も監禁されるということは、自分よりも妹のことが心配された。


 そんな折……眠って間もなく、まだ夜も明けていない時間と思われた。瞼をこすりながら見ると、使い古された飯炊き用の釜を金属製の棒でドラがわりに叩いて、皆をたたき起こしているようだ。


「さあ、窮屈な檻の中の生活も今日で最後だ。と言っても、これからまだ長い移動の旅に出なくてはならない。

 移動の際はトイレ休憩などしてはいられないから、食事や水などは最小限に抑えることになるが、全く動かないのだから、食べる必要もないだろ?ブクブクと太った肥満児は嫌われるから、ダイエットには丁度いい。


 着いた先で、お前たちがこれから仕えることになるご主人様が決まるだろう。男の子は元気で活力があるところを、女の子はかわいらしく扱いやすいということを、それぞれ一生懸命アピールするんだぞ。


 もし売れ残ったりしたら、利用価値がないから生かしておくこともできない。闘技場へ連れていかれて、魔物たちの餌になるところを見せるショーに使われることになる。


 そうなりたくはないだろう?だったら移動の際にどうすれば自分を買っていただけるか、一生懸命考えておくことだ。それがこれから永く生きていくために必要なことだから、必死で考えるんだな。


 いいご主人様に買っていただければ、きれいな服を着て豪華な食事にありつくことも夢じゃない。今後どのような生活となるのか、ここ数日で決まるといっても過言ではないからな、しっかり考えておくんだぞ。」


 釜を叩いていた男の後ろから、羽織姿のキセル男がやってきて、通路の両側に連なる座敷牢の中の子供たちに、今後のスケジュールが告げられた。


(ちいっ、子供たちは奴隷売買の競り市へ連れていかれるのだろうな。その時に自己アピールをすることで、より高く自分を売ることが出来れば、それなりにいい生活が待っているということだ。高く売れればキセル男も儲かるし、子供もいい待遇で養われることになる。高く買えばそれだけ大事にするだろうからな。

 見た目だけは完全なウィンウィンの関係だ。


 そうなれるように移動の最中は必死で自己アピールの方法を考えさせようという、どうやっても警備が手薄になる移動時に逃げ出させないためのうまい作戦だ。買い手がつかなければ、魔物の餌……恐らく闘技場では、魔物と人間との戦いのショーかなんかをやっているのだろうな。


 通常は冒険者がダンジョンに行って駆逐する魔物を生け捕りにしてきて、その戦いをショーとして金持ち相手に披露するのだろう。その時に魔物の残虐性を知らしめるために、売れなかった子供たちをエサにして食わせる訳か……そりゃあ子供たちは必死で自分を買ってもらえるよう、アピールしようとするわな。


 子供たちが自己アピールすることで無理やり売られていくのではなく、自ら進んで買ってもらおうとしているという印象となり、奴隷売買という負のイメージも払しょくできるし、購買意欲もそそられる。まさに一石二鳥どころか三鳥か四鳥といえる。うまい事考えるものだな……)


(感心している場合じゃないぞ。)

(分っているさ。だが、まだ今はだめだぞ、護衛の兵が多すぎる。やくざもんの屋敷の中じゃあ逃げ出せない。

 ジャックも警戒しているだろうしな……逃げるなら外へ出てからだ。)


 順に座敷牢のくぐり戸が開けられ、正雄に続いて美都夫も通路へ出て、階段を上がって地上へ出た。

 裏庭には何台もの荷馬車が停められていた。


「んもー……んもー」「ブーブーブヒッ」「クワックワックワッ」

 荷馬車の荷台は微妙に振動していて、空でないことはすぐにわかり、鳴き声から積み荷のおおよその見当は付いた。生きたままの家畜を輸送する馬車のようだ。


「いいかガキども!お前らは、この荷馬車の奥に紛れて乗ってもらう。入り口は、後方の一ヶ所だけだ。

 つまり家畜どもの中をかき分けて入って行くと奥に檻の扉があって、そこがお前たちの乗車席だ。狭いところだが、子供だから4人くらい腰かけるスペースは充分あるから安心しろ。


 これから家畜どもにエサを与えるから、餌に群がっているすきに入って行けよ。餌がなくなると、次なる標的はお前たちになるから、急いで奥まで行かないと本日の家畜どものご馳走になりかねないから注意しろよ。


 ほれ、この馬車と……この馬車……とこれ……とこれ……お前はひと際体が大きいから、同室だったこいつと2人で入れ。1馬車だけ5人詰め込むかどうか悩んでいたんだが、お前が来てこいつも助かっただろうな。


 ようし、エサの準備はいいか?これから移動だから家畜どもにもあまり十分なエサは与えない。街道で糞尿を漏らされたら臭くって苦情が来るからな。だから、大急ぎで奥まで行けよ!

 それから……ようく聞いておけよ、大事なことだ……」


(家畜と一緒かよ……しかも分乗……ほかの子供たちと協力して……ということも出来そうにないな。何とかすきを見つけて、行動を起こさなければ……)


「ちょっと待ってくれ。美都夫に逃げ出されてしまったら礼金なしだからな。手錠の具合を確認しておこう。1週間も時間があったから、こっそりカギを壊されていたら大変だ。」

 乗せられる荷馬車の様子を観察して隙を見つけようとしていると、ジャックが近づいてきて両手と両足につけた手錠を、目だけでなく手で触って慎重に確認していった。


(ジャック……どうして……)

(耐えるんだ……ここで暴れても、逃げ出せる可能性は極めて低い。)


「ほれっ、スタートだ。」

 スタートの掛け声と同時に指定された荷馬車の荷台の扉が開けられ、御者たちがバケツに入った飼料を柄杓で掬って檻の中へとばらまき始めた。同時に子供たちが我先にと中へ入って行こうとする。


(おいっ、お前も急げ。まずは正雄を上げてやれ。)

 美都夫は正雄の体の後ろから両脇に両手を入れて持ち上げ、そのまま荷台の入り口まで運んでやった。正雄は急いで中へ駆けだし、美都夫もジャンプして荷台へ飛び乗り、檻の中へと入って行く。


「コケーッ」「コケーッ」「コケコッコー」


 檻の中は戦場だった。薄い鋼鉄板と鉄網で組まれた檻に幌がかけられているのだが、すでに夜が明けているころだというのに薄暗く、足元では鶏たちが少ない餌を取り合い木製の床をついばみ、時折美都夫の足までがそのくちばしの標的になっていた。


 痛みをこらえながら急いで正雄の後を追い荷台の前へ向かうと、鉄の格子で作られた金網の仕切りがあり、小さなくぐり戸が開けられ既に正雄は檻の向こう側にいた。


 美都夫も何とかくぐり戸を抜けて檻の向こう側へ入ると、足元に群がっている鶏たちを扉の向こうへ追いやり、急いで扉を閉める。中から閂を下ろせるようになっているので、鶏たちが入ってくる心配はもうない。


(ちいっ、檻で移動させられることは予想していたが、まさか家畜運搬用の荷馬車の檻の中にもう一つ檻を仕込んであるとはな……恐らく児童売買なんてのは、この世界でも表立っては犯罪行為なんだろ?


 移動の最中に警察にでも止められた場合のカムフラージュということだな。ぱっと見に馬車の後ろから中を覗き込んでも家畜が多いから、奥に子供を隠しているとは気づかれにくい。


 さらに逃げ出そうとしたならこの家畜ども騒ぐだろうから、いわゆる番犬がわりというか、2重の檻と警備システムを兼ね備えているというわけだ。何とも頭のいいやつが仕切っていやがるな。)


(どうするんだ?逃げられないのか?)


(このままだと難しいだろうな。後は移動に何日かかるか分からないが、さすがに食事を全く与えないというわけにもいかないだろう。瀕死の状態じゃあ、高くは売れないだろうからな。健康を売りにするためにも、最低限の栄養は補給されるはずだ。1日一食とかな……。


 その時の様子を見て……どんな隙が生じるか確認しておいて、その次の食事の配給時が勝負となるだろう。)

(分った……)



”ドンドンドンッ”「食事休憩しないから、食事は走りながら食べることになる。お前たちにも食事を配るから、ゆっくりと食べるんだぞ。これが1日分だ。」


 馬車は時折停車したがいつまで経っても食事休憩とはならず、夜も更けた時間になって荷馬車の前方を木づちのようなもので叩く音で目が覚めた。ようやく食事となったのはありがたかったが、馬車は止まることなく食事が供給されるようだ。


(なんだよ、食事休憩はなしか。途中2回短い時間停車したがトイレ休憩程度で、食事は走りながら食べるというわけか。トイレ休憩だって御者や警護の兵士たち向けで、俺たちは檻から降ろしてはもらえなかった。


 俺たちはトイレもこの檻の中で済ませ……と言われているようだな。どの道鶏たちの糞尿で、荷台の中はひどい臭いだからな。まあまだ豚とか牛の荷台でなかっただけ、ましと思ったほうがいいだろうな。

 豚や牛だと図体がでかい分だけ、量も多いから臭いもたまったもんじゃあないだろうからな。


 配給されたのは、握り飯が2つと竹筒に入った水が一本か……これが2人分ということだから、握り飯は一個ずつだな。)

 心の声に促され、美都夫は正雄に握り飯を一つ手渡して、残った一個をほおばった。


(飲食を極力制限するのはトイレを心配する理由からと、逃げ出そうというような気力を奪う目的もあるのだろうな。腹が減って目が回りそうなときは、食べ物のことばかりで頭の中がいっぱいになっちまうからな。


 と言っても、お前の場合は普段からほとんどまともに飯を食っていなかったからな……人買いに捕まる前の晩の晩飯が久しぶりの食事だったんだろ?それからは日に一度与えられるわずかな食事だけ……空腹には慣れているとは言え、逃げ出す体力があるかどうか……。


 なんにしても馬車が停まらないことにはどうしようもないな……御者たちのトイレ休憩の時を狙うしかなさそうだ。停まる間隔を、ある程度予想できるようにするか……。)


(どうやって?)


(隊列を組んで移動しているのだから、勝手にそれぞれトイレに行きたくなったら停まる……なんてことはあり得ない。時間が決まっているはずだ……2時間おきとか4時間おきとかな……その間隔を正確に計る。


 数を数えているのもいいが、それだと速さが一定しないから……洞窟の中で脈の取り方を教えただろ?脈ならある程度一定間隔だから……ただ数を数えるよりはましだろう。次停まったら、そこからお前の左手首を触って脈を数えるんだ。それで……次の休憩時間の予想を立てよう。大体2回程度計れば予想がつくだろう。


 休憩はせいぜい5分程度だろうから、予想して準備していないと厳しいからな。)

(分った……。)


 しばらくすると馬車が、軽い金属の擦過音をたて停車した。御者たちのための休憩時間であろう。


(よしっ、今から脈を数えるんだ。深呼吸しながら冷静にな。緊張したり興奮したりすると心拍数に影響が出るから、なるべく平静を保って脈を数えろ。百を超えると数え間違いが怖いから、床板にその辺に転がっている板の切れ端で傷をつけていけ。)


(分った……1……2……)

(88……89……うん?)


 床の傷が4本で、5百を数えようとするタイミングで、美都夫の作務衣の裾が引っ張られるのに気づく。

 横を向くと、正雄が心配そうな顔をして作務衣の裾を引っ張っているようだ。


「ど……どうした?」

(おいっ、脈を数えるのをやめるんじゃない。次の休憩からまた数え直すとなると、逃げ出すタイミングがどんどん遅れていくぞ。)


(だって……正雄が……)

(大方、お前がじっと目をつぶっているのを見て心配しているのだろう。具合が悪い訳じゃあないといっておいて、すぐに脈を数え続けろ。)


「あのー……」

「あっああ……おいらは大丈夫だ。気分が悪いわけでも何でもない。心配しないでくれ。」


「そっそうじゃなくて……その……きゅ……休憩時間……さっきまでより長いよね?それと……。」


(そそそ……そうだ……一般的に脈の回数は若い美都夫位だと興奮していることを考慮して1分間に70回程度かな……5分だと350回。もう5百は数えているからさっきまでに比べて長い。気を落ち着かせて脈を数えることに集中させるため、余計なことを考えないようにしようと変に気をまわし過ぎた。確かに変だ……それと……?)


 さらに美都夫が指さす場所は御者席よりの壁際で、そこには折り畳んだ紙片が落ちていた。さっきまではなかったので、恐らく荷馬車が停車してから、食事を落としてきた檻の隙間から落とされたのだろう。


(い……いつの間に……?全然気がつかなかったな……そりゃあそうだ。じっと目をつぶって脈拍に集中していたからな。何か書いてあるようだ、拾って読んでみろ)


(ああっ……こ……これは……)


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