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リモート  作者: 飛鳥 友
第3章 またまた超人見知りの少年は、窮地を脱出できるのだろうか……
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宿泊

5.宿泊


「じゃあ……夜遅くに行っても市場は開いていないから、今日は泊りだ。この宿は冒険者用ではない一般の宿だから、多少ぼろいが宿泊代は格段に安い。冒険者っていうのはクエストで稼いで、その金で豪遊して金がなくなったらまたダンジョンへもぐるっていう輩が大半だからな。


 リッチなホテルに泊まるやつが多いんだが、お前さんたちにはこれくらいで十分だろ?トイレも風呂もついている部屋にしてやるからな。」


 食事が終わってからジャックは、食堂にほど近い明かりが煌々と灯った2階建ての旅館に美都夫たちを案内してくれた。ぼろいと言われたが、温かいベッドがあり風が吹き抜けることもなく快適で、美都夫たちがこれまで暮していた環境に比べると高級ホテルとも思えた。


「こんないいところに泊まって大丈夫なの?さっきももういいっていうくらい一杯食べちゃったけど、お金……大丈夫?」


 煌々と灯る明るい照明のもと、ピンと糊付けされたベッドカバーやポッドとお茶が入った湯飲みが乗ったテーブルと椅子を眺め。双葉が心配そうに美都夫を見上げた。まさか……心中する前の最後の贅沢?不吉な考えが双葉の脳裏をよぎっているのではなかろうか。


「全然問題ない。昨日元働いていた市場のご主人が見えて、払っていなかった給料の一部を払ってくれたんだ。その上さらに、明日になったらジャックが付き添ってくれて、給料全額を払ってもらえるように交渉してくれるらしい。だから……この程度は贅沢でも何でもない。


 たまっていた給料を頂いたら街に部屋を借りて、そうしたら双葉も学校へ通えるようになるさ。」

 美都夫は笑顔で双葉に説明する。


「へえー……そうなの?双葉……学校へ行けるようになるの?」

「ああ……まだ明日になってみないとはっきりとはしないけど、きっと大丈夫だ。」


「わーいわーい!」

 双葉がその小さな体で部屋中を飛び回って喜びを表した。夕食は宿のレストランで普通の食事ができていたので、美都夫も双葉のはしゃぎっぷりをうれしそうに眺めている。


(おいおい……あの小男が素直にお前が働いた全額支払うとは到底思えないけどな……下手な期待はさせないほうがいいんじゃあないのか?)


(そうは言っても双葉が不安がっているから……これまでの生活ではとれも考えられない贅沢をしているから……父さんたちが生きていた時分だって、旅行なんてしたことなかったからね。)


(えっ……親父さんは冒険者だったんだろ?だったら、いろいろな土地を渡り歩いて、様々なダンジョンを踏破していたんじゃあないのか?羽振りだってよかったはずだろ?)


(いや……父さんは土着の冒険者だったから、ずっとこの国の片田舎に住んでいた。冒険者組合どころかダンジョンすら数個しか存在しない小さな村でね……その数個のダンジョンの管理を任されていたんだ。)


(ダンジョンの管理っていうのは……どんなことしていたんだ?)


(ダンジョンは一度完全攻略してからでも20年以上経過すると、熾烈な生存競争を生き抜いた一体がボス魔物と言える存在にまで成長する。同時にダンジョン奥の宝玉も成長して収穫できるようになるらしい。ボス魔物もそうだけど、ダンジョン内では魔物はどこまでも大きくなるし数が増えるので、そのうちにダンジョン内では狭くなりすぎて外へ出てくるようになる。


 そうなる前にボス魔物含めてダンジョン内の魔物を一掃する役目さ。そうしないと一般人に被害が及ぶ恐れがあるからね。


 管理するダンジョンの数があまりに少なすぎて、派遣された冒険者は父さん一人だけ……母さんももとは冒険者だったけど、おいらたちが生まれてからは家事に専念していたからね……だから一人だけで頻繁にダンジョンに入って、魔物たちが大きく成長する前に駆逐していた。


 ボス魔物が存在しないと宝玉も成長しないらしいから、本当は20年置いてから攻略したほうが稼ぎは大きいらしいけど、父さん一人だけじゃあとても対処できなくなるから稼ぎは二の次だって言って、数ヶ月ごとにダンジョンを回って魔物たちを駆除していた。


 収入は駆除した魔物肉を市場に卸した稼ぎだけだったから、生活は苦しかった。それでもおいらが大きくなって父さんと一緒にダンジョンへ入れるようになれば、宝玉が出来るまでダンジョン攻略の間隔を開けることが出来るし、更に他の地域のクエストも引き受けられるから生活も楽になるって、それだけが希望だったんだ。


 でも……父さんはダンジョンの落盤事故で死んでしまった……すぐに替わりの冒険者が地域の冒険者組合から派遣されてきて、おいらたち家族は官舎に住まわせてもらっていたけど、そこを追い出されてこの町へ移って来たんだ。母さんの生まれ故郷の街らしい。けど……来てみたら親戚は、ほとんど見つからなかった。


 頼れる身内もいなくて母さんが市場で働いていたんだけど、すぐに荷車に轢かれる事故で亡くなって……おいらが小学校を中退して市場で働かせてもらうことになった。)


(はあ……そうだったのか……かなり不遇な生活を送って来たんだな。双葉がちょっとの贅沢を怖がる気持ちが分かったよ。)


「せっかくだから体洗いたいと思ったけど、水瓶はどこにあるの?ここってお風呂場でしょ?どうして水瓶が置いてないの?さっきの女の人がいたところまで、取りに行かなくちゃならないのかな?」

 双葉が風呂場のガラス戸越しに声をかけてきた。


「えっ?水瓶がないのかい?うーん……冒険者用の高級ホテルではないから、いちいち水瓶を受付まで行ってとってこなければならないのかもしれないね。これから火を熾してかまどで湯を沸かすとなると、ちょっと時間がかかりそうだから双葉……裸になっているんだったら一旦服を着なさい……待っていてくれ。」


「はーい……待ってる……」

 美都夫が少しため息をつきながら、ドアのところへ歩いていく。


(ちょ……ちょっと待て……確かにこの世界では、一般家庭では近くの共同井戸から水桶に水を汲んで天秤棒で担いで持ち帰り、水仕事をするのが一般的のようだ。だが、王都の宿では水道が通っていたぞ。


 ここはそこまで大きな街ではないが、それでもそこそこの規模だから共同水道は無理かもしれないが、旅館の水の貯蔵タンクから水道へ供給しているんじゃあないのか?ちょっと風呂場へ行ってみてくれ。)


(す……すいどう……?)


(ああ……そういった文明の利器が存在……ああやっぱりそうだ。この壁から銀色の金属パイプが突き出ていて、その先に十文字のコックがついた蛇口があるじゃないか……ここから水が出る。


 蛇口は2つあって、片方が十文字のコック中央が青色に塗られ、もう片方が赤色に塗られている。多分この赤色に塗られたほうがお湯の蛇口だ。そうして青色のほうが水の蛇口。)


(お湯と水のそれぞれの蛇口があるのかい?)


(ああそうだ……2つの蛇口の先から金属パイプが出ていて、その先が繋がっているだろ?そうしてつながったすぐ下のパイプの先から、お湯と水を合わせたちょうどいい湯が出るという仕組みだ。


 いいか……いきなりお湯の……赤い方の蛇口を開けてはだめだ。熱い湯が出て火傷してしまうからな。まずは青い方の蛇口を開ける……左回りにゆっくりと……な。双葉に使い方を説明しながらやれよ。)


「双葉……どうやらこれが蛇口という、お湯と水を出す器具らしい。使い方を説明するぞ、まずはこの青い方の蛇口のコックをひねる……左に回すようだ。」

 美都夫が青い蛇口のコックをひねると、勢い良く冷たい水が洗い場へ流れ出した。


「ええっ……すごい……。」

 既に服を着た双葉が、脱衣場から浴室内を覗き込みながら、興味津々と言ったふうで目をキラキラと輝かせている。


(次は赤い方の蛇口……大体今より少なめにひねるんだ。)


「次は赤い方だ……こっちは熱い湯が出るから、必ず青い方を先にひねるんだぞ。ゆっくりと……さっきよりも少し少なめにひねる……」

 段々と冷たい水に温度が加わり、手で触ってちょうどいい湯加減が得られた。


(ようし……ここで2つの蛇口が合流したすぐ上についている、横を向いた棒を90度上にひねると……湯が止まる。次はこの棒を右に倒すだけで、調整されたお湯が出てくるという仕組みだ。更にいったん上に向けてから左に倒すと……ほら……シャワーから湯が出てくるという仕組みだ。髪を洗う時に便利だろ?)


「この棒を縦に向けると湯が止まり、横に戻すと湯が出てくるそうだ。更に左へ向けるとシャワーというのが出る。」


「へえー……すごい、便利だね。」

 双葉が脱衣場から体の半分以上を浴室側へ入れ、ドアの壁を両手でつかみながら半身で美都夫の説明に聞き入っている。


(この楕円形のものが石鹸……このボトルが……恐らくシャンプーだな。こっちがリンスだろう。)

(しゃ……しゃんぷ?)


(石鹸は分かるか?)

(体を洗うものだろ?)


(そうだ。シャンプーは髪の毛を洗う……いわば石鹸だ。髪の毛にいいよう調整してある。リンスはシャンプーした後に湯で流して、さらにきれいに洗い流すために使う。リンスした後も湯で流さなければならないぞ。蛇口をひねったままだとずっと湯水が出っぱなしだから、都度止めて洗うように言っておけよ。)


「えーと……これが石鹸で……こっちがシャンプー……髪を洗う石鹸のようだ。こっちがリンス……シャンプーの後に使うもののようだ。シャンプーして洗い流して、リンスを付けてまた洗い流すのがいい。


 蛇口をひねったままだとお湯と水はずっと出続けるから、シャンプーしたり体を石鹸で洗っている時は、止めておくんだぞ。もったいないからな。」


「へえ……さすが高級な旅館だね……わかった……じゃあ、体を洗おうっと……」

 双葉が先ほど購入してきた着物を勢いよく脱いで、更に下着に手をかける。


(おいっ……まずい……目をつぶってすぐに出ろ……)

(うん?どうした?双葉は妹だから……裸なんか平気だぞ。)

(お前には妹でも俺には兄妹じゃあない。しかも……)


 精気が戻った双葉は目がくりくりと大きく鼻の形も整っていて唇は厚みが少ないが、さわやかな感じのする美少女だ。薄暗い洞窟内ではほとんど表情も読み取れなかったが、明るい照明のもとではまともに正視を続けるのもためらうほど魅力的に感じる。


(おおそうか……妹にへんな気を起こすなよ!)


(まてまて……前にも言ったが、俺はお前の体を借りて周りの様子を見ているだけだ。お前に色々と指示することによってその通りに動いてもらってはいるが、お前の体はお前のもので俺の意思で動かすことはできない。そうでなくても俺がお前の妹にへんな気を起こすことはあり得ないし、起こしたところで何もできない。

 分かるか?)


(ああそうか……だったらいい……)


「お風呂……上がったよ……。」

 バスタオルを頭からかぶって、双葉が風呂場から出てきたようだ・

(よし……じゃあこっちも体を洗って、就寝しよう。明日のために体力を蓄えておかねばならないからな。)

(分った)



「おはよう……朝飯は食ったか?」


 翌朝、夜明けから1時間も経たないうちにドアをノックする音がして、ドアを開けるとジャックが笑顔で立っていた。昨日のような着物に袴姿と違って、今日は甲冑で武装してきている。もしかすると武力行使もあり得ると、感じているのだろうか。


「おはようございます。朝食は……ビュッフェ形式とかいう大皿で出されて……皿ごと持っていこうとして給仕さんに怒られてしまったけど、たくさん食べられてよかった。」


 美都夫も笑顔を見せる。心の声の制止も間に合わず、鶏もも肉の唐揚げが乗った大皿ごと持っていこうとした美都夫は、食堂の給仕の静止に対して意味が分からずに戸惑っていたが、心の声が何とか説明して理解させた。


 ご飯もどんぶりに山盛りによそい、更にお代わりもでき、大満足だった。双葉も体に似合わずに、取り皿に山盛りに肉や野菜を盛りつけて食べていたが、こちらの方はどうやら今後の展開が不安なので、食べられるうちに食べられるだけ食べておこうという覚悟からだっただろう。


 そんな双葉の姿を美都夫は困惑気味に見ていたが、生活が安定さえすれば双葉の気持ちも和らぐだろうという心の声の言葉を信じ、周りの視線を気にすることなく楽しい朝食を終えた。


「そうか……じゃあ出発するぞ。ぐずぐずしていると市場の一般販売が始まっちまうから、店が忙しくてお前のことなんて構っていられないって言われちまうからな。じゃあ店が終わるまで待ってますなんてしようとしたら、店の前は邪魔だからと追い払われて市場の外で待っていたら、いつの間にか店が閉まっていて中はもぬけの殻なんて事になりかねねえ。


 ぼちぼち一般人が集ってくるくらいのタイミングで事を起こすのが一番いい。そうすりゃあ向こうだってぞんざいには扱えないはずだ。周囲の目があるからな。宿は予約してあるから、妹は置いていけよ。何も人との諍いを目の当たりにさせることはねえ、昼飯も宿のおかみに頼んでおけば、出してもらえるからな。」


 ジャックは部屋の中の様子をうかがって、双葉も一緒に身支度をしていることを察したのか、双葉は置いていくと言い出した。


(ど……どうする?)

(どうするって……確かに双葉は置いて行った方が無難だぞ。向こうはアニキがやくざもんなんだろ?手下を待ち伏せさせていたら、市場でちょっとした騒ぎになるかもしれない。双葉はいないほうが安全だ。)


(そうか、分かった。)


「双葉は、ここに残っていなさい。窓から見ると旅館の中庭は庭園になっていて、池があって魚も泳いでいる様子だ。花壇も所々にたくさんあって、色とりどりの花が咲いていたぞ。そんなには遅くならないはずだから、その辺を散歩しているといい。昼食も頼んでおくから、食堂で食べて待っていてくれ。いいね?」


「えっ?うーん……分かった。」

 双葉は少し戸惑った様子を見せたが、それでも小さくうなずいた。


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