取り立て
6.取り立て
(2日分の宿代と、双葉の昼飯代は出がけに払っておいた方がいいぞ。やくざもんとの戦いで金を落としちまったらあとで困るからな。何だったらもう1日分まで支払っておいてもいいくらいだ。)
「双葉の昼食を頼むついでに、宿代も先に清算しておきたいがいいかい?」
「おお……そのほうがいいだろうな……何にせ一見の客だ。小さな女の子一人だけ置いて行かれたら、ちょっと不信感が募るってもんだ。今日の分も前払いをしておけば、向こうの気持ちもおさまるだろう。
溜まりに溜まった賃金を頂いたら、すぐに住むところを探すんだろ?俺の知り合いの不動産屋を紹介してやるから、支払いは今日の分までで十分だろうが、気に入ったところがなければ当面ここへ泊まるといいさ。ここは安いからな……1週間分くらいまとめて払っておいて、ゆっくり吟味して、宿が決まったら残りはキャンセルしても構わないぞ。
いちいち延長を願い出るのも面倒だからな。」
ジャックも頷きながら答え、ジャックがカウンターで応対してくれて1週間分の宿代を先払いすることにした。
「さて行くぞ。交渉は俺がするから、お前さんは黙って一緒にいれば良い。お前さんがこの店で3年間働いていたということは、店主の小男自身が言っていたし、更に小学生だったから給料も支払っていないといっていた。いわば俺は、奴の不正を直接聞いた証人と言えるだろう。
ただここでちょっと問題なのは……店主とお前さんが元からの知り合いで家族同然の間柄で、住まわせてもらっていたことのお礼に店を手伝っていただけなら、雇用関係は発生しない。
念のための確認だ……そうなると給料のとりっぱぐれとなっちまうが……その辺は大丈夫なのか?」
旅館を出て大通りを徒歩で進み、大きな市場の建物までやってきたところでジャックが美都夫に振り返った。
木造2階建てで三角屋根の細長い建物が6列、はるか遠くまで長く伸びていて、建物間の通りは2階部分に雨除けの覆いをして、いわゆるアーケードを作っているようだ。屋根の裾部分に木材を渡してドーム状の骨組みを組んで上に分厚い布の幌をかぶせてある。強度的には雨風程度なら充分防げそうに見える。
通路の幅はざっと見て10m程で、長さは恐らく直線で500mはありそうだ。そんなアーケードが並行で5列通っているのだから、巨大なマーケットというかモールを作り出しているといえる。
恐らく500mの長さの所々で分断されて、中で分岐できるようになっていることだろう。一体ここにいくつの店が入っているのか、簡単には把握できないくらいに店がひしめいていると思われた。
「えっ……えーと……こ……こよう?」
(雇用関係だよ……お前が店の主人に雇われて働いていたのか、お前がただ単に主人に養ってもらうお礼として自主的に手伝っていたのか、どちらか聞いている。
だが……お前は言っていたよな?タイムカードに毎日出勤時間と退勤時間を記録してハンコをもらっていたって。そうなるとそれは間違いなく雇用契約だ。それだけで十分に証拠になり得る。
だが……そんな業突く張りの店をどうして選んだんだ?)
(母さんが元々働いていた店だったから……そうして配達の途中の事故で母さんが死んでしまって、働き手がいないと住み込みの部屋から出て行かなければいけないって言われて、それで仕方なくおいらが働くことになった。)
(はあ……お前の母親が死んだのは配達の途中の事故なんだろ?いわゆる労災だ。だったら保障があるはずなのに、その点はシカトして子供たちを追い出すだなんて……まったくひどい主人だな……こうなったら搾り取れるだけ搾り取ってやらねばならんな……。)
(ろう……さい……?)
(ああ……まあそういった雇用に関する法律に関しては……この世界にも存在するかどうかは俺には分からんが……まあいいさ、お前の母親の事故のこととタイムカードのことを説明してやれ。)
「ここは元々おいらの母さんが働いていて、母さんが配達途中の事故で亡くなった後を引き継いでおいらが働いていた。住み込みの部屋を追い出されるって言われて、いやなら働けと言われた。出勤と退勤の時にはタイムカードに時間を書いてハンコをもらっていたから、働いた記録は事務所にあると思う。」
「おおそうか……そんなはっきりとした証拠があるなら有り難い、残業時間もそれでわかるわけだからな。
それは事務所にあるはずなんだな?やはり奴はお前の給金をごまかして、自分で使っていたんだろうな。奴は確か婿養子だったからな……相当な恐妻家と聞いているから、そうして遊ぶ金を作らなけりゃ何もできなかったんだろう。気の毒ではあるが……自業自得だ。
奴の悪行を暴いてやるとしよう。じゃあ行くぞ。」
ジャックは美都夫の答えに満足したように唇をほころばせ、そのまま通りを横断して市場の真ん中のアーケードに入って行った。
「よう……主人はいるかい?」
アーケードに入ってすぐ左手にある、ガラスケースが並ぶ店で、忙しそうに仕入れてきた肉をケースに順に並べている若い男に向かって、ジャックが問いかけた。
「親方は奥にいます。仕入れの伝票の処理をしているはずです。」
若い男はジャックに振り返ろうともせずに、作業の手を止めずに答えた。まるで一刻を争っているかのように、その後のジャック達の様子を気にも留めない様子で、ひたすら作業に没頭していた。ショーケースの間を通って店の奥へ進んでいくと、更に2人の店員が仕入れた肉を壁際の大きな冷蔵庫に押し込んでいた。
彼らもジャック達の様子など眼中にないといった感じだ。
市場の中にはいくつもの同じものを販売している店が並んでいるはずで、中央の通りは主に生肉を扱う店が立ち並んでいるようだ。尤もアーケードの出入りは大通りからと裏通りからの2方向からでしかなく、通りに面した店が流行るのは当然である。誰もが買い物は素早く済ませたいから、何百mもの距離を歩いて、最奥の店までは早々買い物にはいかない。
そんな立地的に最も恵まれた、大通りに面した大きな商店が美都夫が働いていた店のようだ。肉屋のようだが地元野菜も扱っている、市場の中でも大きめの店のようだ。売り上げが少ないと主人が愚痴っていたことから、市場の奥の方の小さな店を想像していたのだが完全に当てが外れた。
すぐに一般客用の開店時間が迫っているため、混雑を予想して手早く準備をしておかなければ、店が始まったら客の対応に追われることになってしまうため、皆必死なのだ。
始業前の準備時間が戦場の様子なのは、美都夫が働いていた当時から変わらない様子だった。だが彼は……今いる3人分の仕事をたった一人でこなしていたのだ……。
(この奥の間取りをジャックに説明してやれ。)
「冷蔵庫の横の扉を開けて、通路の右側の部屋が事務所です。左側は賄のための食堂で奥に階段があって、2階の部屋に住んでいました。」
美都夫がジャックに大まかな間取りを説明する。
「よし……じゃあ行こうか。」
店員たちの制止にもあわずスムーズに店の奥へ進んだジャック達は、扉を開けてすぐに右側の事務所へと入って行った。
「なんだお前か……手当なら昨日払った分で十分なはずだぞ。」
事務所奥の机に陣取って伝票の整理に追われていた店の主人は、目線だけをジャックに向けた。事務所内には壁際に給湯用のポットが置かれている以外は、応接用のソファとテーブルに加えて窓側の壁にガラス棚があり、奥に大きな事務机があるだけの10畳ほどの広さの部屋だ。
「そうはいかないようだぞ……この子はお前の店で3年間も働いて、その間一切手当をもらっていないといっている。だが働いている間、タイムカードで就労時間の記録をしていたようだな……えーと……タイムカードはどこだ?」
(タイムカードを保存したファイルの置き場所はどこだ?)
「窓際の壁の状差しに、今働いているタイムカードが刺されていて、前月分までは全て窓側の棚にあるファイルに納められているはず。」
美都夫の言葉に従いジャックがガラス戸を開けて棚の中を探ると、タイムカードと背表紙に書かれた分厚いファイルが見つかった。
「おおこれか……きちんと従業員別に整理されているようだな……だが半年前までは分類がない……それもそのはず従業員は美都夫しかいなかったからな……おおこれだ……美都夫のタイムカード……彼がここで従業員として働いていた記録だな……。」
応接のソファに勝手に腰かけながら、ファイルの中身を確かめるジャック。
「ま……待ってくれ……これはあくまでも形式的なものだ。こいつは2階に住まわせてもらう代わりに店を手伝うと申し出たんだ。だから……給料なんて支払ってなんかいない。」
赤ら顔の小男はすぐさま立ち上がり、応接のソファへ駆けるようにしてやってきた。
「嘘だ……事故で死んでしまった母さんの代わりに働かなければ、部屋を追い出すって言われて……それでもきちんと雇ってやるから双葉だって学校へ通えるって言われていたんだ。
なのに……3年もの間……一銭も給料を払ってもらえなかった。おいらはいい……小学校だけど最終学年の途中までは通えたから……だけど双葉は……小学校へ上がったばかりだったのに……まったく通えなかったから友達なんか一人も出来なくて……。」
非道な主人に対して、美都夫が涙しながら訴える。
「そ……そんなはずはない……手伝いだ……そもそも小学生を働かせていい訳がない。児童虐待になってしまうからな、そんな法律違反をすることはあり得ない。あくまでも手伝いで店番を自主的にしていただけだ。」
ところが主人は頑として、美都夫の主張を突っぱねる。
「店の手伝いを毎日していたのに……こづかいすらも渡さずに……成長期の美都夫や双葉たちの着ているものがボロボロできつきつになってきたものだから……店番をさせていると客の目があるから追い出したんだな?それでも食事だけはさせてやると約束したのに……それすらもすぐに反故にした……大した悪党だ。」
タイムカードのファイルを閉じながらジャックは大きく息を吐いた。
「ばっ……馬鹿を言うな。こいつをわしが雇っていたという証拠がどこにある?タイムカードなんてものは、ただ形式的につけさせていただけだ。いわゆる子供向けの体験労働としてな……こいつの働きなんて、とても一人前には程遠いもんだった……なんせ小学生だったからな。
だから……給金なんて払う必要は当然あり得ない。」
それでも店の主人は、あくまでも手伝いしていただけと主張する。
「そうかな……俺もこの店で以前から何度も買い物をしていたが、美都夫一人で店の切り盛りをしていたように見えた。主人のお前が店に顔を出していたところを見た記憶がない。
ところが美都夫を首にした後で店がうまく回らなくなり、今では3人の若者を雇っているようだな……そいつらの給料は……いくらになっているかな?」
ジャックはタイムカードのファイルと一緒に持ってきた、給料明細と背表紙に書かれたファイルを開けた。
「おお……一人当たり月に6000Gも支払っているじゃないか。3人で18000Gだ。辿って行くと美都夫に対しても月に1万G支払っていたことになっているな……3年間ずっと……この金はどこへやった?」
「なっ!」
ジャックの言葉に、店の主人が凍り付いたように固まってしまった。
「あっ……ああ……そうだったよ……こいつはよく働くから人よりも多く……給料を支払っていたんだ。毎月1万Gずつな……それだけ払っていれば十分だろ?何も文句を言われる筋合いはない。」
しかしすぐに思い直したかのように腕を組んで、ジャックの前のソファにふんぞり返るようにして座った。
「いっ……いや……3年もの間、一度も給料は支払われていません!」
「そうだよな……さっきはこいつも自ら給料なんて支払ったことがないといっていた。今更遅いぞ!」
「ばっ……だから……こいつはまだ小学生だったんだ……そんな子供を雇ったなんて知られたら捕まっちまう。だから給料は支払っても、もらっていないと言えと常に言い聞かせていたわけだ。
そうだよな?受け取りの記録だってきちんと台帳にあるはずだ。」
主人は受け取り記録まであると主張を始めた。
「確かに……ここに美都夫のハンコがあるな……だがこいつは給料をもらったことがないといっている。どれどれ……。」
ジャックは立ち上がると、先ほどまで店の主人が座っていた事務机へ向かい、机の引き出しを開け始めた。
「おいっ……無礼な!勝手に触るな!」
「ふん……ほらあった……大方こんなことだと思ったよ。美都夫のハンコは……お前が持っているじゃないか。お前が美都夫の働いた給料をちょろまかして使い込んでいたんだろ?
さあて……3年間分……月に1万Gだと36万Gとなるが……利子とは言わないが、今の3人分働いているんだから月に18000Gとして……えーと……64万8千G支払ってもらおうか。
払えないというのなら……この台帳とハンコを持ってすぐさま警察へ訴えに行ってやるがいいか?」
ジャックは3段目の引き出しで見つけたハンコを高々と差し上げ、更に右手だけで机の上にあったそろばんを器用に弾いて計算し、店の主人を睨みつけた。
「そ……そんな大金……とてもすぐには払えません……今月の小遣いだって昨日渡した分だけで、もう一銭もありません。」
観念したのか主人は、払いたくても金がないと両手を合わせて拝み始めた。
「だったら警察へ駆け込むまでだ。こっちはどっちでも構わない。美都夫の溜まりに溜まった給料は、裁判にかけてきっちりと請求させてもらうつもりだ。」
ジャックはきっぱりと言い放ち、ファイルを脇に抱えてソファを越えて美都夫のところまで歩み寄って来た。
「ま……待ってください……払います払います……アニキのところに行って借りてでも払いますから、どうか警察へ行くのだけは勘弁してください、お願いします。」
主人は小刻みに震えながら合わせた両手を高く掲げ、何度も何度も頭を下げた。
「おお……そいつはいいな。だがなあ……このままお前を自由にして、どこかへ雲隠れでもされたら困るんだ。こっちは今日中に給料を取り返すって、美都夫と約束しちまっているからな。
いいぜ……俺たちも一緒に行くから、借りた金をすぐに受け取って俺たちに渡す……そうしたらこのファイルとハンコはお前に返そう。それでいいな?」
「はっはいー……それでいいです。」
主人は肩をわなわなと震わせながら、半泣き状態で何度も頷いた。




