貞操の危機
6.貞操の危機
「おーい……都志郎は……神官はいるか?」
イチとともに馬を飛ばしてサーティンヒルズまで戻るとすぐに、サーティンは神官を探し始めた。主だったメンバーは宮殿警備に出かけているか、夜勤のため眠っているところだが、神官は特に用がないため宿舎で待機しているのである。現場では障壁も張ることが出来る僧侶のほうが役に立つのだ。
「ああ……アニキ……一体……どうした?宮殿の警備はいいのか?」
「ああ……1年ほど前に、彼の足の治療をしてもらったな?その時に臀部の火傷も見たはずだが……。」
サーティンの弟の神官は、ヒルズ内の教会の治療室で日常業務をこなしているところだった。近隣の怪我人の治療を行うこともあるのだが、今は急患もいない様子だった。サーティンにとっても都合がいい状況だ。
「そうだったな……足の腱は完全回復したが、火傷の方は……かなり深くて皮膚が縮んでいたけど、膿んでいた部分は治療済みだったから、そのままにしておいた。」
「おお、そう聞いていたが……この火傷はもう治りはしないものか?その……元のような尻には、ならないのか?」
「はあまあ……やってやれないことはないが……その……かなり時間を要する……。
これが女人……であればまだしも……男の……しかも普段は見えることのない臀部だから、このままでも差支えはないんじゃあないか……?」
弟は、とりわけ火傷部分を治療していないことの説明を聞きたがっているものと感じ、そのように答えた。
「時間をかければ治るのだな?どのくらいの時間がかかる?それも……ただ治すだけではなく、元の状態に戻すのだぞ?皮膚が新たにできるのではなく、焼けただれた皮膚を元の状態に再生するのだ。」
「はあ……再生……か……ますます難しいことを……昔やって来た高僧の……秘伝の呪文をまずは連続して……唱える必要があるな……しかも……その後も交代で昼夜問わず念を送り続け……1日半から2日近くかかるぞ。しかも焼けた時と同様の熱さを感じる場合が……だから男にそこまでの治療は……。」
弟はなおも、治療は不要と説明する。
「お前が言っているいることは、十分理解している。だがこれは……連邦の一大事なのだ。だからどうしても、治療して元の尻に戻してもらわなければならない。1日半なら何とか間に合う。今からできるか?」
「はあまあ……待機している巫女も呼んで夜通し交代で念じれば……何とか今日と明日1日かければ出来ないことはない。だけど……いいのか?状態を見た限り、かなり熱かったはずだぞ?」
「よしっイチ……すぐにここに横になってズボンを下ろせ。右尻は……やけどの跡で未だに肉がつると言っていたはずだな?更に、今はすごく痛いのだな?治療が必要なくらいに、痛いのだな?」
サーティンがイチを診察台へ追いやろうとする。
「ああ……やけどの跡がつって、屈伸運動など時々不具合はある……で……でも……」
(さっき、突然痛み出したと言え!仮病で大騒ぎになったと思われてもいいのか?)
「ささ……さきほど……突然……いい痛み……出した……でも……い……今は……おお治まった……。おお俺が明後日ここ出ていくので……少しでも完璧な状態にしてくれようと考えてるなら不要だ。
こここのままでも……全く支障ないから……てて手間を取らせることない。」
イチは痛くもないのに痛いと言ってしまったことを反省し、焦って心配するサーティンをなだめようとした。
「いや……もちろんお前さんには色々と世話になったから、そのお礼も兼ねて……という気持ちも無きにしも非ず……だが、それよりも、お前さんがダンジョン内で置き去りにされた、本当の理由が分かるかもしれないのだ。」
「置き去りにされた……ほっ本当の……理由……が?」
サーティンの言葉に、イチは頭から冷や水を浴びせられたように固まった。心の声が言っていたように、家族に関わることが判るかもしれないというのか?イチの心は、俄然ときめいた。
「ああ……さらに俺たちが宮殿からの帰り道で襲われたことや、本丸内の警護を外された理由まで、全てつながる可能性がある。それを確かめたい……だからすぐ治療してくれ。少し熱いようだが……我慢できるな?……これも連邦のためだ。」
(やはりサーティンというやつは、賢いというか抜け目がないな。少しの事柄から色々なことを推察して解を導き出してしまう。何より尻の火傷の再生が可能とは……思わなかったな。やはりこの世界は何でもありだ。
かなり熱いということのようだが……ここは我慢だ……治療して頂こう)
連邦の為?イチの為というならわからないでもないのだが……どうして自分の家族のことが分かるのが連邦の為なのか……サーティンの言葉の意味は計りかねたが、問いかけることは今は適当ではないと思えた。
イチはサーティンに追い立てられるかのように、仕方なく診察台の上でうつぶせになり、パンツごとズボンを下ろした。家族然として幼いころから一緒に育てられたゼロ達が、イチを一人ダンジョンに置き去りにして姿を消した本当の理由は、イチだって知りたいと思っていた。
いくらイチが口うるさく自分はやろうともしないチームの運営や、研修生の待遇に口出しし過ぎたにしても、やりすぎだと思っていた。だがそれは……ゼロ達が行っていた鬼畜な行為を考慮すると、イチには回答として納得できていた。そうではなかったいというのか?では一体どうして?
イチの臀部の治療は、サーティンの弟である神官と巫女が昼夜交替で、イチの食事は治療台の上で治療しながら行い、トイレ時間以外は連続して行われた。治療は神官が当初言っていたように、翌々日の明け方近くまで休むことなく行われた。
診察台の上にうつ伏せで寝そべるイチの背後から、ドアを開けて誰かが入ってくる足音が、うつらうつらと夢見心地のイチの耳に聞こえてきた。
(し……死ぬんじゃあないかと思った。なんという熱さだ、お前……よく悲鳴も上げずに堪えられたな。もし俺だったらぎゃあぎゃあ喚いて、中断させたところだ。でも声はどうやってもでないし……地獄だった。)
(我慢しろと……サーティンさんに言われた……)
(はあ……まったく……お前はすごいね……)
「どうだ……治ったか?」
「ああ……なんとか……だが……その……この痣……というか……模様は……恐らくやけどをする前からあったもので……秘伝の治療しても……なかったことには……その……あの……かかかなり若い時からあったはずで……かか回復魔法の……限界……。俺も巫女も……たた体力の……限界……休ませて……。」
「ああ……いや……よくやってくれた。これは痣なんかではないさ。入れ墨だ。」
「入れ墨……なの……か?」
「ああ……間違いない。熱かったかイチ……よく我慢できたな?ようし……イチ……起きてくれ。これから急いで、下宮へ向かうぞ。」
「ああ……熱かったが……何とか……我慢した。それより……こっ……これから……?」
「ああ……急がねばならん……。」
まだ夜が明けきっていないというのに、サーティンとともに薄暗い中をイチは馬を飛ばして、下宮へ向かった。下宮と言っても、外堀や内堀があり、渡し橋をかけないと本丸へたどり着けない構造は、宮殿と変わらない様子だ。ただ……少しだけこじんまりとしているようにイチには感じられた。
「畿西卿にサーティンが至急、お知らせしたいことがあるとお伝え願いたい。」
外堀の渡り橋手前の検問所で、サーティンは警護の兵に向かって馬の上から大声で呼びかけた。
「ふわーあ……サーティン様……おはようございます。今はまだ明け方故……開門は許されない時間です。もう2時間ほど経ってから、改めておいでになられるのがよろしいかと。」
だが門番は、まだ時間が早すぎるからと、寝ぼけ眼をこすりながら出直すように告げた。
「そんな猶予はない。国家の一大事だと申せ!すべての責任はこのサーティンがとる。すぐに畿西卿にじかに伝えてくれ、一刻を争うのだとな……。」
「はあまあ……そこまでおっしゃられるのであれば……。おーい……」
ガラガラガラガラッ……門番は眠そうにしながらも、堀の向こう側へと声をかけ渡り橋を下ろさせ、さらに検問所奥へと引っ込み、中へ連絡を始めた。
「よしっ、行くぞ。」
渡り橋が下ろされたので、サーティンはイチに声をかけて橋を渡っていく。
(大丈夫だ、言われた通りにイチは動けばいい……サーティンの奴がどうやってこの一大事を明るみにするつもりなのか……お手並み拝見といったところだな……こいつがいてくれて良かった……)
乗馬したまま外堀も内堀も渡り橋を渡っていき、下宮本丸の入り口前でようやく止まる。入り口前にも警備の兵士が立番をしていたが、サーティンの姿を認めると、すぐに姿勢を正し敬礼した。
宮殿は5階建てだった本丸も下宮は3階建てでしかなく、堀の幅も一回り位小さく感じられた。
「どうぞこちらへ……」
案内の兵に連れられ、本丸に入って土間を通り渡り廊下に上がると、すぐ目の前の畳部屋へ案内された。
「火急の用とのお申し付けでしたので、畿西卿も間もなく参ります。」
そういって案内の兵は、すぐに部屋を出て行った。
「い……いいのか?こんな時間に……相手はこの国の王様……だろ?」
「ああ、畿西卿は畿西国の王であると同時に連邦の公爵に当たる。だが、王は連邦に一人だというのが口癖で、ご自身は公爵と呼ばれるのを好んでいる。
気さくな方だし用件が用件だ……すぐに来なければ、かえって後で怒られてしまうはずだ。」
サーティンは平然とテーブルの前の座布団に胡坐をかいて座り、テーブルの上の急須から湯飲みに茶を注いで飲んだ。
「その……急な要件が……わ……分からない……お……俺が関係していることか?」
「そりゃもちろん……お前さんが関係しているに決まっているさ。お前さんがダンジョン内に置き去りにされた理由が分かるかもしれないと言っただろ?」
「ああそういった……だがそれと……俺の……右尻の火傷と……どう関係……?」
「いずれ分かる……まあまずは、サーティン卿にお前さんを紹介しよう。
お前さんも、お茶でも飲んで少し落ち着け。」
サーティンは、もう一つの湯飲みにもお茶をなみなみと注ぎイチに勧めると、自分は茶菓子に手を伸ばした。
(事情はおいおいサーティンが説明してくれるだろう。諸般の事情とかもあるから、俺なんかの推理よりもサーティンのほうが分かりやすいはずだ。まあ今のところは気持ちを落ち着かせるために、茶でも飲んでおけ。)
イチは仕方なくサーティンの隣に正座して、湯飲みの茶をすすった。
しばらくして障子戸で間仕切りされた廊下側がドタドタと足音で、あわただしくなってきた。
「サーティンよ……少しは常識というものを身に着けてもらえないか?今何時だと思っている?特に今日は畿東国のお世継ぎである王子がご帰国なされる日で、朝食を共にして、そこからの行事も御一緒する予定なのだ。午後にはお帰りになられるから、急な用事なら午後からにしてはもらえぬか?」
荒々しく障子戸が開けられ、口ひげを蓄えた恰幅の良い初老の男が顔を出した。起こされたまま、ろくに身支度もせずにやってきたのだろう、髪の毛があちこちで跳ね上がっている。寝癖を整える間もなかった様子だ。
「これはこれは……畿西卿……本日は王子様とご朝食のご予定と伺っておりましたが、出かけられる前にどうしてもお耳に入れておかなければならないことが出来ましたので、急ぎ参りました。
ご無礼をお許しください。ですが、本当に……お国の一大事と申し上げられるような事でございまして……お耳を拝借……。」
サーティンは不機嫌そうな声色の畿西卿の態度には委細構わず、立ち上がって歩み寄ると何やら耳打ちを始めた。
「ほう……ほう……それで?なんと……誠か?まさか……そんなことが……では……わ……分かった……ちょっとわしにも確認させてもらえるか?」
「もちろんでございます。彼はイチと申します。以前お話ししたと思いますが、畿東国との国境のダンジョンにて出会った若者で、弓の腕はぴか一……恐らく畿西国内には右に出るものはいないでしょう。さらにその指導力たるや……。」
「ああ……聞いておるぞ……仲間に裏切られた、かわいそうだが凄腕のスナイパーと言っておったな?かわいい顔をして……ずいぶん若く見えるが……彼が……そうだと申すのか?」
「ああはい……では……ご無礼を承知で……イチ……すまないが、尻を見せてはもらえないか?」
「はぁ?尻……を……?いや……でも……あの……こっ……ここで?!」
サーティンからの突然の要望にイチは目を丸くした。貴族の中には金が余っていて好色の……美少年を好むものがいると、孤児院時代にイチも話を聞いたことがある。学歴もなく親もいない孤児院育ちの子供は、顔が良ければそれだけで大金を稼ぐことが出来るのだと、近所の人から教えられたものだ。
さらに貴族も位が上がると腕利きを愛人にして、寝所でも身辺警護を万全にすることがあると聞いていた。だからなのか?醜い尻の火傷後を時間をかけて治療してから紹介する……イチの頭の中はパニックになってしまった。
「むむむ……むり……です……おっ俺には……そそそんなケは……ななない……。」
イチはすぐに立ち上がって両手で尻を覆い、逃げ出そうとした。
(いいから!じっとして、尻を見せるんだ!)
(はあ?なっなにを言って……)
「まあまあ……観念しろ……。」
逃げるのを戸惑うイチはサーティンにつかまり、その場で畳の上にうつぶせに取り押さえられてしまった。何せイチよりも2回りは大きな体をしているのだ、その丸太のように太い腕でぐっとつかまれ身動きできないように馬乗りにされ、さらにベルトを緩められパンツごとズボンを脱がされた。
「たっ……助けて……。」
「おいおい……別に取って食おうってわけじゃないから……尻を見るだけだから……一寸おとなしくしていてくれ。」
イチが何とか逃げ出そうとして両手両足をバタバタさせてもがくものだから、サーティンはますますその両手に力を込めてきた。しかしイチも必死だ……何せ貞操の危機なのだ。
(だから落ち着けって……大丈夫だ、何もされない。)
(そっ……そんな……訳……な……)
「おおっ……これは……確かに日ノ本国の紋章に似ているな……しかも連邦制を宣言する前の紋章だ。こんなもの……どうしてここに?」
背中の方から、予想外の会話が聞こえてきた。




