イチの覚悟
2.イチの覚悟
(はあー……やっぱりサーティンはすごいな……でもまあ……誤解は解いておいた方がいいぞ。)
「いや……士官のつもりない。指導者になるつもりない……。
サーティンさんに言わなかったが……俺のいたチームはチーム名をゴウから初めて、ロック、ナーナ、ハッチと半年ごとに変えた。チーム名も数字だ。
行方不明者続出で保険料が倍くらい値上がった時点で街を離れ……別の町でチーム名を変えて登録して活動……続けた……蝦夷国で3つの都市……渡り歩き、行き場を失って畿東国へ渡った。
畿東国は連邦の王国で大きいから……小国の蝦夷国と違い……都市も多いし組合も都市ごとにある。俺の考えは……未だに畿東国のどこかの都市で……チーム名を変えて登録しているはず……そうしてゆっくりと……この畿西国側へ……近づいている……。
ハッチのチーム登録はそのままでも……1年活動しなければ消滅する……チーム名変更手続き必要ない。場所を変え、チーム名を変えて登録していけば……以前の悪い噂が薄まって行き、新たなチームとして生まれ変わること出来る。
俺は畿東国へ戻り……畿西国との国境近隣の街へ行って……そこで元のチームメイトを待ち受ける。今なら……キュウかトウかトイチとかジュウイチとか……チーム名で探せばいい……。半年たったら、ジュウニとかのチーム名も探す。
別に……置いてきぼりされた……復讐するつもりない。未だに悪行に手を染めるつもりなら……速攻でやめさせ、その行為が罪に値するなら警察へ連れて行って……償わせる……。
もちろん俺も一緒に償う。同じチームにいたのだから……同罪だ。」
「なんと……仲間を見つけられる時期をうかがっていたというわけか……。」
「あっああ……それと旅費を貯める……どこかのお屋敷で下働きするつもりだったが、冒険者としてダンジョン挑戦をこなしたので、十分な蓄えが出来た。おかげで……ゼロ達を探すのに専念できる。
1ヶ所だけでなく近隣の街へ出向いて確認すること出来れば……それだけ早く見つけることが出来る。」
イチは、ここへ来た当初からの覚悟を告げた。
「わかった……お前さんの崇高な考え方には、正直驚いた。まさか未だに、お前さんが兄弟のチームを追うつもりでいたとはな……。恐らく畿東国の別の街へ行くことは予想できても、広い王国内でどの街へ行くのか予想が困難だったわけだ。やみくもに探しても、行き違いのロスなど大きいからね。
だから、すぐの捜索はあきらめて、ここで用務係の職に就いた。
いずれはここ、畿西国へやって来ると予想できたから、1年待ってそろそろ畿西国との国境近くの街へ行けば、近いうちに現れるだろうと見越している訳か……さすがだ。
俺はお前さんのようなエースを追い出してしまったのは、十分これからの生活資金がたまって、冒険者以外の事業でも立ち上げようとしているのだと考えていたのだがな……だから冒険者組合へ戻っても、奴らがひょっこりとやってくることなどまずないだろうと予想した。
言い方は悪いが、魔物との戦闘のみに特化していたお前さんは、客商売には向かないだろうからね。だからその他の仲間たちだけでこっそりと、店でも出すのだろうと思っていたわけだ。
だから……もう、仲間のことなど忘れてしまえとも言ったのだがな……未だに頭から離れないということか?まあ……お前さんは家族として育った兄弟たちにもう一度会いたいというより、その罪を償わせたいという気持ちが強いようだからな……ただ会いたいだけなら、なんとしてでも引き留める所だがね……。
またどこかで鬼畜のような所業を続けるつもりなら、確かにまずいね……だがお前さんがここへ来た時にも言ったが、各所に通達が回っているから、引っかかるような研修生もほとんどいないと思ってはいるのだがな……お前さんが自分で確かめるというのなら、俺には引き留めようはないな。
だが……そう言った事情なら……急いで……明日にはどうしても出発しなければならない……と言ったことではないだろ?今さっきも言った通り、今ではひっかるようなやつは、そうそういないはずだ。だろ?」
サーティンはそう言いながら意味深に口元を緩めた。
(うん?どういうことかな?)
(なんだかな……出会った時にもそうだったが、サーティンの奴の言葉は意味深でな……俺にもその真意がなかなかつかめない。とりあえず事情を聞いてみろ。すぐに残ってもいいよなんて言うなよ!)
「あっああ……俺もそう聞いて少し安心したから……ここで1年間待つつもりでいた。だから……どどうしても明日ということでは……だが……どうして?」
イチが小首をかしげながら尋ねる。
「おお……実をいうと、うちに大きなクエストの依頼が来ている。お前さんが来た時にも話したが、ちょうど1年前に畿東王国のお世継ぎともいえる、行方不明になっていた王子様の情報が明らかになったのだが、その後すぐに王子様が見つかったようだ。」
(そういやそんなことを……おかげで主要な冒険者も軍も出払っていて、保険料払っていたとしても、ダンジョン捜索が出来ないって断られたんだったな?)
「ああ……おかげで王宮の警護のために……軍隊も主要な冒険者チームも全て駆り出されて、ダンジョン内で行方不明になったメンバーの捜索も、すぐにはできなかった。どの道保険料払っていなかった……けど。」
「その王子様だがね……1年間かけて審査して……国内どころか連邦中の歴史学者から医者に魔導士に神官など、お歴々を招いて本人確認を行っていたようだ。そうして晴れて、見つかった候補が王子様本人だと認定された。晴れて畿東王国の……ひいては日ノ本連邦の長となる正式なお世継ぎ……王子様と認められた。
借金のかたに親から無理やり子供を奪ったりして、他国の金持ちへ売りさばく人買い商人や、麻薬の密輸及び精製から密売まで行う大きな組織を取り締まる、恒例の重犯罪取り締まり月間が半年に一度連邦あげて大々的に行われるため、それらと並行しながら1年がかりの調査となってしまったようだね。
毎度のことながら、重犯罪取り締まりに関しては有力情報はいくつも出るのだが、いざ踏み込むとなると隠れ家とされた先がもぬけの殻と、大失敗することが連邦内の恒例となっている。それでもお世継ぎたる王子様が見つかったことで王国の士気が高まっていくだろうと、畿東王も大喜びと聞いている。
王子様のお披露目で……近々ここ畿西国の宮殿へ、いらっしゃるらしい。噂で囁かれていただけで王子様発見の正式発表はされてはいないが、畿西公国の領主様は現王の弟君だからな。実の甥というわけだ。まずは親族にお披露目してから、大々的に連邦内へ正式発表する手筈のようだ。
当たり前だが連邦あげての重要行事で、すごい警備が敷かれる。そこで宮殿御用達のうちにも宮殿警備のご用命が下ったというわけだ。すごいぞ……王子様の直接警護……は引き受けられなかったが、宮殿内での警護を行うから、王子様も間近に見ることが出来る。
王族をじかに見られるような機会なんて、そうもないからな……その警護に、参加してくれないか?
分かっていると思うが……一寸のミスも許されないわけだ……畿東国の要人どころか連邦の要人、いずれは長となられるお方の警護なんだからな。
警備期間は明日から2週間だ……王子様がお見えになるのは10日先だが、爆弾でも仕掛けられてはいけないから、早めに行って宮殿内を徹底的に調べる。勿論うちのパーティだけに依頼があったわけではないからな……捜索も警護も宮殿内を分割して、依頼部分に限って行うわけだ。
ここでへまをしてしまうと……宮殿付を外されてしまう事もあり得る。宮殿付は冒険者としての格だからな……狙っている有力チームはたくさんあるわけだ……助けると思って……お願いだ。」
サーティンは、その巨体を折って深々と頭を下げた。
(そんな事情が……まあでも2週間だ。それくらいなら遅れても、問題はないな?サーティンにはいろいろと世話になっているから、これくらいはして少しは恩に報いないとな。だがなあ……掃除洗濯と飯炊き以外は……戦うことしかできないお前が役に立つのか?取り敢えず何でもするから言いつけてくれと言っておけ。)
(分っている……)
「ああ……そういうことなら……俺も協力しないわけにはいかない。サーティンさんたちにはずいぶんとお世話になったから……そのお返しというには微々たるものだろうが……精いっぱいやらせていただく。
と言っても……冒険者になってダンジョンで魔物と戦う以外……掃除と飯炊きぐらいしかやったことないが……俺でも役に立つことがあるなら……なんでも協力するから言いつけてほしい。」
サーティンが主張する通り、とりわけ急ぐわけではないが、イチは何をすればいいのか分からないでいた。
「おおそうか……頼もしい人材が加わることになったのは、本当にありがたい。
うちのパーティの警護範囲は、宮殿の正面側と内部だ。本来なら近衛兵の役割なのだが、本国ともいえる畿東王国からお世継ぎの王子様がお見えになる為、畿西公は下宮にお移りになられる。そのため近衛兵は下宮の警護に当たることになる為、王宮警護のお役目がうちに回ってきたというわけだ。
勿論、畿東国から王子様の護衛兵士は帯同するわけだが、やはり自国とは異なるため警護の主役はあくまでも畿西国側となる。畿西公は現王の弟君ということもあり、畿東国とは何かと競う気持ちが強くてな、畿東国の護衛に遅れを取るようなことがあったら、詰め腹を切らされかねない。
だから、ぜひとも今回のクエストに加わっていただくよう、お前さんに依頼するつもりだったわけだ。
それが今日だということも何か……関係しているのかもしれない。もし昨日この依頼が来ていなければ、お前さんを引き留めることもなく、今晩にでも旅立っていってしまったかもしれないからな。
宮殿関係の情報は、クエスト依頼も含めてすべて当日か前日……よくて前々日なんだ。これも秘密漏洩を恐れるがあまりらしく、仕方がないことのようだ。
明日からの宮殿警護期間、サーティンヒルズの雑用や飯炊きに風呂焚きは、菖蒲たち含めた子供たちにやらせるから、お前さんは宮殿警護に専念してくれ。
どの道……お前さんが旅立ってしまえば元の分担に戻るわけだから、菖蒲たちも観念するだろう。
お前さんが言う通り、菖蒲たちは分散して各チームへ補強として入れることにするよ。それぞれのチームで剣士やら魔法使いやら弱みがあるからな。お前さんがエースとして活躍できるっていうんだから、どのチームも喜んで受け入れてくれるだろう。宮殿警護のクエストが終わったら、ドラフト会議でも催そうかね……。」
サーティンも肩の荷が下りた様子で、笑みを見せた。 イチとしても、気にかかっていた桜子や菖蒲以下6名のことを、サーティンがきちんと考えてくれたのはありがたかった。
「えーっ?イチ先生……チームナナファイターズ……やめちゃうんですか?」
その日の夕方、夕食の支度を手伝ってくれた桜子たちと日々の訓練を催す前に、明日からの賄と雑用を桜子たちと中学卒業前の子供たちに交替で割り振ると、サーティンが当番表を持ってやってきたので、ついでにイチが、このクエストを最後にここを出ていくと打ち明けた。
平日は朝夕の食事の支度と片づけを手伝ってもらい、その空き時間を利用して桜子たちの訓練を行っていたのだが、それももう、明日以降は自分たちで考えて行わなければならなくなるため、早いうちに話しておくと、サーティンにも断っておいたのだ。
「今年中学を卒業した牡丹たちも、ナナファイターズに入ることを楽しみにしていたのに……イチ先生はどのチームに入るんですか?サーティンおじさんのチームではないはずですよね?あそこはA級の弓使いがいるから……お父さんのチームかなあ……ちょうどスナイパーが引退したとか言っていたから……。
ナナファイターズ解散して、あたしたちも振り分けられるんだったら、あたしはイチ先生が加わるチームがいいです。あたしの弓の技術をもっともっと引き出してもらいたいから……ねっ、サーティンおじさん……いい考えですよね?」
(ありゃりゃ……どうやら桜子は、お前がサーティンヒルズの別チームに引き抜かれたんだと勘違いしているようだな。ナナファイターズを解散して、他チームに振り分けるとサーティンが行ったことを誤解しているのだろう。誤解は解いておいた方がいいぞ……後で知ったらこの子たちが悲しむからな。)
「あっ……桜子するーい……あたしだってイチ先生のチームがいいもの……。」
「そんなこと言ったら、俺たちだってイチ先生のチームがいいに決まっているさ。だから公平に……じゃんけんで、決めようじゃないか。」
「ばっかねえ……男子はこれだから……あたしは弓の技術を磨くという、崇高な目的があるんです。だから、あたしがイチ先生と同じチームに行く必要性があるの!」
『そっ……そんな屁理屈、誰が……』
早々に菖蒲が対抗馬として現れ、さらに梅吉たち男の子たちも加わり争奪戦の雰囲気が高まって来た。
(ほれ……早めに誤解を解いておかないと……血の雨が降りかねないぞ……)
「皆ごめん……俺は……このパーティの中の何処かのチームに入るので……ない。期待させて申し訳ない……ここを出ていくといったのは、サーティンヒルズを出ていくということだ。
畿東国からくる王子様一行の警護が終わったら……2週間後には、ここを出ていく。
まだ先で今から断っておくことでもないけど……黙ってお別れすることできない……みみんなとは……ずいぶん仲良くしてもらったから……今回のクエストは、王子様到着後は宮殿で泊まり込みになりそうだから、クエスト終了次第……そのまま旅立つつもり……。
明日から10日間は通い……でも早朝から深夜までかかる業務内容で……みんなの顔見られるの……この訓練が最後……。最期の訓練を……きちんと行うことが出来て……うれしい……。」
修羅場と化しそうな様相を、イチの言葉が遮った。イチは深々と頭を下げたが、ヒートアップしかけた場が、一瞬で凍り付いた。
「な……何で?イチ先生?どうして行っちゃうの?どこへ?いなくなっちゃったって聞いた、仲間たちが見つかったんですか?でも……でも……そんな人たちより……あたしたちが……今は仲間でしょ?」
「そうだよ!どうして俺たちを置いて、行っちゃうんですか?俺は……まだまだイチ先生に……教えてもらいたい!」
「付いて行きます!あたしは……イチ先生についていきます!」
少しの間をおいて、菖蒲が……松五郎が……そうして桜子が……気持ちをぶつけてきた。
(ふうん……ずいぶんと好かれていたようだな……こいつらを置いて出ていくことに抵抗はないんだな?)
(仕方がない……)
「…………………………」
悲痛な悲鳴を上げる子供たちに対してイチは何も言わずに、ただうつむいているだけだ。