イチの決心
13.イチの決心
(お前はすぐにでもここを出て、仲間たちを探して回ろうと考えているんだろ?お前の仲間はまだ畿西国には来ていないという、確信があるわけだ……。畿東国はでかいから王都以外の街へ移り住み、また別なチーム名で組合登録して、素知らぬ顔でクエスト申請しようとしていると考えているんだな?
だがなあ……考えてもみろ。お隣の畿西国まで鬼畜行為に騙されないようにというお触れが回っているんだぞ!畿東国だったらもっと警戒しているはずだ。そうなるともう研修生なんか募っても、よほど知り合いのパーティでなければ、参加しようなんて奴は出てこないだろう。
そんなのは奴らだって承知しているはずだ。自分たちのことが評判になっているから、口封じも含めてイチを生贄にして最後の仕事をこなしたんだろうからな。これまでの蓄えで……当面身を潜めているつもりだろ。
人のうわさも75日というからな……しかも他チームの悪評は流せないって言う規律まであるんだから、3ヶ月とか……半年とか待っていれば新規にやり直すことは十分可能だろうな。それから組合にチーム登録するんじゃないかな……だから半年以上待ってから探しても十分に間に合うだろう。1年でもいいくらいだ。
それまでの間だけでもいいから……ここで世話になって体を休めて、ついでに金を貯めろ。仲間を探して回るにしても、その間はどうやって食っていくつもりだ?クエスト申請するにしても、仲間は?一人だけじゃあクエスト申請できないんだろ?万一の事故を考慮して最低でも2人必要なわけだ……。
まさか組合受付で待っていれば、急病なんかで一人欠けたチームに参加させてもらえるかもしれないなんて、考えているんじゃあないだろうな?そんなはぐれ者の冒険者だっているのかもしれないが、それなりの実績があるような有名冒険者ならともかく、今のお前はたかがB級冒険者だ、簡単にチームに加えてくれないぞ!
自己アピールがうまい奴ならまだしも、お前はコミュ力ゼロだからな……知らない人間に明るく話しかけて行けるか?無理だろ?まさか道端に生えている草食って、生き延びるなんて言い出すんじゃあないだろうな!俺は嫌だぞ……そんな生活……。
ここなら……お前がB級どころの腕じゃないと分かっているサーティンがいるし、それなりの待遇でチームに加えてくれるって言うんだから、こんな誘い断る理由がないだろ。お世話になりますといえ!)
(わわわわかった……3ヶ月だけだ……)
(今ここで期間を区切るな!十分に金が貯まって……怪我も癒えてからだ……いいな?)
「すすす……すまない……ややや……厄介に……なっなる……。めめ飯炊き……せせせ洗濯……そっ掃除……ふっ風呂掃除……なななんでも……ややややる……」
「おおそうか……良かった……お前さんのような凄腕に、飯炊きやふろ掃除させるなんて恐れ多いよ。すぐにでも、パーティに加わって……どのチームがいいか検討してみる……」
するとイチはすごすごと、自分の左足を見せた。
「おおそうか……足の腱を切られていたんだったな……うちには上級の神官がいるからな……すぐにでも治療させよう。右臀部の……大火傷も……そうだな……。
じゃあ、チームへの参加は……治療が終わって……リハビリが終了してから……だな?それでもかまわんよ……ちょうど町へ行く用事があるやつがいるから、一緒に馬車に乗って行って冒険者組合へ移動申請手続きだけ済ませておいてくれ。勝手に拠点を移すと、あとでうるさいからな。」
サーティンは笑顔でそういうと、応接のドアから体だけ出して人を呼び寄せた。
応接室を出て建物の外に出ると、待っていた事務員をしているという初老の男とともに馬車で冒険者組合へ行き、イチは冒険者証を見せるだけで移動手続きは事務員がすませてくれた。これによりイチは、サーティンヒルズに所属する冒険者となった。
(おい……どうしてチームに参加してダンジョンへ行かないんだよ!左足の腱だって、神官の治療のおかげで、すでに完治しているだろ?右尻の火傷は……痛みがないから治療はいいって断ったようだが、別にそっちはどうでも構わないさ、お前の体のことだからな。
見習い冒険者たちの指導を断ったのもわかるさ……まともに話せないお前じゃあ、新人指導は難しいだろうからな。別に一切話さなくても、弓矢の腕前を見せて訓練方法を指導してやれば、十分効果は出ると俺は思うがね……お前自身が人と接することを嫌うんだから、仕方がないわな……。
だけど……チームに加わってダンジョン挑戦くらいはできるだろ?俺はそういったファンタジーな冒険を楽しみにしていたって言うのによ……そりゃあ……チーム戦だから連携というのは必要だろうがな……。
自分のコミュ力を心配しているんだろ?
だがサーティンが言っていた通り、どのチームもベテラン冒険者が複数いるわけだ。自分は単独で戦う遊撃戦が得意だって言えば、それなりのポジションにおいてくれるんじゃないのか?
逆に言うと、本来なら遠隔攻撃で後方配備されるべき弓兵が、切り込み隊長をやってくれるって言うんだから、それはそれでずいぶんと有り難いことだと思うぞ!誰もが嫌う先陣を、名乗り出てくれるんだからな。
城攻略のゲームだって斬りこみ部隊には精鋭を配置して、かなりの兵力を割く必要性がある。守備側は城の防壁があるからな……攻撃と守備の兵力割合は通常は6:4くらいで、7:3くらい攻撃に兵力をつぎ込むやつだっているくらいだ。
お前ひとりで突入して暴れまわってくれるって言うんだから、どのチームでも歓迎してくれるはずだ。だから……自信を持て!サーティンに弓使いが弱いチームのリストをもらっただろ?どれでもいいから適当に選んで、早く決めちまえ!)
(……………………………………)
(まあた無言かよ……俺はお前の中にいるが、超能力者じゃないからお前の心の中までは分からん。気に食わないことがあるなら、何がいけないのかはっきりと言え!)
(ここは……あくまでも仮……チームには……参加しない。)
(ああそうかよ!金貯めて仲間を探しに行くんだものなあ。ここでは怪我を直すためと金を貯めるためにいるだけで、冒険者をやるつもりはない……と言いたいわけだ……。
だけど……飯炊きやふろ掃除の仕事を請け負ったところで、ろくな稼ぎにならないだろ?)
(大丈夫……ここでは金……使わない)
(そりゃあここにいれば住み込みだから、宿代はただだし飯だって食えるし風呂にも入れる。食事も風呂もお前が準備して世話しているんだからな。だからと言って、それでいいのか?使わなければ弓の腕前だって落ちるぞ!折角の神業みたいな凄腕……なくなってもいいのか?)
(……………………)
(はあ……仕方ないなあ……)
見習いたちの指導に関しては、そんな柄ではないと断り、薪割りや飯炊きなどの雑用を申し出た。サーティンは、そんなイチに対して無理に指導を義務付けることなく自由にしていてもいいと言ってくれた。そうして上級神官にお願いして左足腱の治療をしながら、イチは飯炊き風呂焚きなどの雑用に専念した。
「へえ、あれが最近入った新入りね。パパがすごい冒険者が入ったって言っていたけど、宿舎の掃除と男性冒険者たちの汚れ物の洗濯にお風呂当番にご飯炊きでしょ……雑用ばかりさせられているとこ見ると、あんまり大したことないんじゃない?」
「うん……あくまでも世間レベルのすごい……でしょ?このサーティンヒルズには、サーティンおじさんのような宮殿から直接お声がかかるようなS級冒険者だっているし、ここのレベルでは平凡ってことよね。
1週間前に来たって聞いてから、ずっと探してようやく見つけたけど、見つからないはずよね……どのチームにも参加してないし、来てから一度もダンジョン挑戦してないんだって……。
怪我してたって言っていたけど、とっくに直っているんでしょ?大した事ないんじゃあなあ……でも……結構かわいい顔しているじゃない。弓を使うのよね、あたしも弓を教えてもらおうかしら。」
「またあ?桜子はこれだから……ちょっとかっこいい人がやってたり、学校で人気が出たりすると、すぐに流されちゃうのよね。おととしは剣士志望だったわよね……確か漫画で女性剣士物が人気で……。」
「そう……レイナ様……スタイル抜群で手足も長くて、本当にかっこよかったのよね……。」
「で?半年も持たずに次は魔術師だったわよね……。」
「そっ……女性剣士の連載が終わって、今度は女性魔術師ものに変わったから……でも、菖蒲だって一緒に魔術師を目指したじゃない……人のことは言えないわよ。」
「あたしは……漫画の影響じゃあなくて……それに今でも続いていますからね。それなのに桜子はそれから、騎士志望になって次が機甲兵だっけ?巫女の時もあったような。えーとそれから」
「いいい……いいじゃない。色々な職業を試してみて、あたしに最適なのを選ぶつもりなんだから。そうして伝説に残る女性冒険者になるって決めているの!どの道……あたしたちにはまだ早いって、どの職業を選んでも、基礎訓練すらやらせてもらえないじゃない。これじゃあ、どうやって選べというのよ。
でも、今ここで弓を教えてくれそうな人に出会ったのは、あたしに弓を極めなさいっていう、神様のお導きなのよ!そうして歴史に残る、夫婦の弓使いになるのよ!」
「桜子の場合は、職業を選ぶよりも男を選びたいんでしょ?まあ確かに……ここにはあたしたちに釣り合う男がいないから……独身って言っても、おじさんばかりだものね。梅吉たちは子供過ぎて、とても……だし……。
だけど……蝶子さんが言っていたじゃない……新人冒険者は露出狂の変態だって。蝶子さんの目の前でパンツごとズボンを下ろしたんだって……いくら顔がかわいくても……変態は嫌だな……。」
「それは……サーティンおじさんが慰めていたじゃない……お尻に火傷して見せようとしたんだけど……妹がいて……いつも平気で目の前で着替えていたから、そのつもりで脱いじゃったんだろうって。蝶子さんは今年高校を卒業したばかりの見習い巫女だから、妹のつもりで脱いじゃったんだろうって……だから平気よ。
それよりも……折角来た若い男……捕まえなきゃ一生の不覚よ!」
(おい……背後でさっきから何かごちょごちょ言い合っているぞ。いかにも気づいてくださいって感じで、平気で聞こえるくらいの音量で話しているんだ……俺が聞こえているんだからお前だって気づいているはずだ。声から察するに子供……しかも女の子だろうな……しかとしてないで、振り向いてやれ!)
朝食の準備を終え、全員の食事が終わって後片付けを始めるまでの空き時間を利用して、イチが弓の型の鍛錬をしていると背後から人の気配がしてきた。
「あのー……イチって言ったわよね?あたしは桜子。弓を使うんでしょ?結構凄腕だって聞いたわ。あたしも弓に興味があるんだけど……全くやった経験がないから……教えてくれない?なんだったら……手取り足取りでも……いいわよ。」
「あ……あたしは……ああ菖蒲。」
物陰から髪を肩まで伸ばした目鼻立ちがハッキリとした美少女と、おかっぱ頭で目がくりくりと大きなこれまた美少女が現れた。どちらも袂のない浴衣のような生地の薄い着物を着ているが、桜子と名のった子の着物の丈は短く、膝上20センチくらいしかなく、形の良い太ももが半分ほどはあらわになっている。
菖蒲の方の着物の丈は膝くらいまであり、どちらも花柄の着物を着ている。
恐らく中学生くらいだろう……どうやらイチに弓を習いたいようだ。
(おお……かわいい子たちじゃないか……弓を習いたい様子だな……教えてやれよ。見習い冒険者の指導なんて責任ある立場じゃなく、子供に教えるんだからな……弓はこんなふうに射るんだよ……程度の形だけでいいだろう。気楽にできるぞ。
何だったらお前の訓練に参加……は無理でも、こんなふうに訓練やってるぞ……いや、そうだな……お前が子供のころにやっていた内容を教えてやればいい。ほれ……声かけてきてるんだから、答えてやれよ。)
「おお……俺は……ひひひ……人と……いいい……一緒に……くくく……訓練した……こっことない。むむむ……無理……だ。」
ところがイチはそう言うと桜子たちに背を向けて、また訓練を始めた。
(はあー……どうだろうね……今の態度……お前はこの集落でお世話になっている身の上だろ?炊事洗濯掃除……やってるからあとは俺の自由だ……なんて言ってないで、子供が教えてくれって言ってるんだから、その気持ちに答えてやれよ!
なんだあ?……お前の兄のゼロと最初は訓練していたけど……お前の動作がのろいから……ゼロはお前が半分も訓練メニューをこなしてないのに早々に引き上げて、お前ひとり残って訓練していたのか。
遅れて修行に入ったニイにすらもすぐに抜かれて……飯もそこそこに寝る間も惜しんで訓練して追いつこうとしたというわけだな?
でも……ようく考えてみろ?お前よりもはるかに効率よく訓練をこなしていたはずのゼロやニイは、ダンジョン入ってもまともに魔物の相手もできず、しまいに生贄を差し出すといった悪行に手を染めたんだろ?ただ単に要領がいいだけで、形だけこなして訓練に身が入っていなかったから……だからなんじゃないのか?
お前の弟や妹たちは最初からゼロ達と訓練していたんだな?だから……だろ?命がけのダンジョン挑戦するための訓練なんだからな。途中で苦しくなったからと言って妥協してやめていたんじゃあ、体力も技術も向上しない筈だろ?だから……お前の訓練方法が正しかったということだよ。
弟たちが修業に入った時の訓練メニューを考えていたんだろ?それをここで披露するんだ。)