第87話 面倒な話をすんぞ(2)
脱線するだけ脱線してしまった。話をもとの路線に戻そう。
ショウが強制的に話を戻そうとすると、アントンが先に口を開く。
「それで悪魔はどうなったのでしょうか?」
「餓鬼の悪魔は俺がぶっ殺した。もう心配いらねぇよ」
安堵の溜息が漏れる。エルバートが翔太の両眼を見つめる。
「では、悪魔の脅威は去ったと思ってよいのか?」
(悪魔子爵程度が倒れた程度で、冥界は動かねぇ。これは俺のあくまで勘だが間違いはねぇと思う。だが問題は彼奴の言葉だ。『あの方に唆された』という言葉と『ベルゼブブ様の配下』という二つの言葉。
悪魔公爵程度なら今の俺でも何の問題もない。だがベルゼブブが出てくれば、とんでもなく面倒くせぇことになる。殆ど何も覚えていないに等しい俺にでもそれだけはわかる)
「脅威が完全に去ったかどうかは五分五分というところだ」
いつも自信に満ちたショウの表情が僅かに暗く陰るのを見て、皆もこの世界にとって非常によろしくない事態が未来に起こるかもしれないと悟ったのだろう。次々に不安が伝染していく。規律に厳しそうな騎士達すらも隣の者達と勝手気ままに話始めて、部屋は再び喧騒に包まれる。
「五分五分の意味を教えてもらえまいか?」
エルバートが静かに囁くように言葉を発する。次のショウの言葉に覚悟を決めているのかもしれない。
「俺が今日倒した餓鬼悪魔は悪魔子爵、爵位持ちだ。テメエらは悪魔についてどれくらい知っている?」
エルバートが答えようと口を開きかけるが、その前にアントンが話始める。明らかに不敬としかいいようがない態度だが、周囲の者達も王であるエルバート自身もそうは思っていないようだ。
アントンの立ち位置が益々わからなくなるショウ。だがそれはアントンのという男の大きな謎の欠片に過ぎなかった。
「私の知る限りで皆様にお教えいたします。悪魔は冥界に住む怪物達の総称。精霊に近い存在だとされています。もっとも悪魔と精霊では強さも格も全く異なりますが――」
騎士の一人――赤い鎧に赤い髪の青年が慌てたようにアントンの話を遮った。
「アントン様、お話を遮るご無礼をお許しください。
先ほどのアントン様のお話、まさか悪魔は精霊よりも強い。そういう事なのでしょうか?」
赤い鎧の赤髪の青年騎士に非難の視線が集まるが、アントンは気にした様子もなく説明し始める。
「いえ、構いませんよ。いつでもわからない事があれば、話に割り込んできて下さって結構です。
それでミッシェル殿の御質問ですが、その前に悪魔の階級について知る必要があります。
悪魔には、一般兵と爵位もちの2種類の階級があります。冥界という場所は力こそがすべての世界。階級もその強さに比例すると考えて構いません。
つまり一般兵では爵位持ちには絶対に勝てませんし、より高い爵位を持つ者が強いという事になります。この悪魔の爵位には、準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵があります。これはビフレスト王国の貴族の爵位制とほぼ同じですね。
ここで、クリフ様のご質問ですが、この世界における精霊の王――四大精霊王や龍種の王――竜王は中級神程度の力を有すると言われております。その精霊王達や竜王達も悪魔子爵に相当するにすぎません。
勿論、皆様はこの話の信憑性に疑念を抱くことでしょう。ですが、これは知識王『ソピアー・グランデ』様から教えて頂いた事です。信用して頂いて構わないと愚行します」
「つ、つまり、ショウ殿が倒したのは精霊王に匹敵する悪魔……」
クリフという赤い鎧に赤い髪の騎士はまるで化物でも見るような怯えきった目でショウを見る。アドルフやフローラ、オットー以外ほとんど同様の反応を見せていた。
だが、今のショウにはそんな無礼極まりない視線などどうでもよかった。アントンの悪魔についての発言について考える事に必死だったからである。
(俺でも半分以上、知らねぇ情報だ。確かに俺は記憶に欠陥がある。だが、あの木端悪魔の発言からこの世界の奴らより知っていると思っていたんだが……。この世界の悪魔学はそこまで進んでいるのか?
……周囲の反応を見てもそれはねぇな。それでは、アントンも俺と同じ異世界人ということか?
いや、異世界人でも悪魔についての詳しい情報を知っているのはほんの一握り。この爺何者だ……)
ショウはアントンに対する警戒を強める。最悪、アントンが悪魔の上層部と繋がりがあるかもしれない。そう考えたからだ。
「そういう事になりますね。これ以上は申し上げにくい事なのですが、話を続けてもよろしいですか?」
周囲の悲観と絶望が渦巻く状況を察知したのかアントンがエルバートに話を続ける許可を求める。
「是非話してくれ。一国の王として余も聞いておかねばならん。それは重臣たるお前達も同じはずだ」
エルバートの鋭い眼光に騎士達の身が引き締まる。
「わかりました。話を続けさせていただきます」
アントンは意味深げにショウを一瞥する。これからの話をしっかり聞いておけということだろう。アントンは口を開き始める。
「まず次の話をするにはある前提事項を話さねばなりません。前提事項がなければ、今から話す存在の危険性は決して理解してもらえないからです」
ゴクッと唾の飲み込む音が聞こえる。
「その前提事項とは悪魔公爵とこのアースガルズ大陸を統べる3柱の最上級神が力の上ではほぼ同格と考えられていることです」
「「「「「「「っ!!?」」」」」」」
全員が絶句している。皆が恐慌状態になっていないのは最上級神のような神話上の話を比較に出されても全く想像すらできないからだろう。話を続けるアントン。
「そして、皆様の中にも薄々お気づきの方もいらっしゃるようですね」
「ま、まさか……」
デリックが最悪の予想をしたのか呻くような声を口から絞り出す。
身体中の水分が体外に出されているのではないかというくらいデリックは汗まみれだった。そしてその汗は運動した後のような爽やかな汗ではなく、背筋が凍るような冷たい汗。
「その通りです。悪魔は公爵で終わりではありません。爵位はあくまで貴族位に過ぎない。
つまり、冥界を治める王達が上にいるという事です。それが冥界の王達――72柱の大悪魔達です。正直に言いましょう。
公爵と72柱の悪魔達とでは天と地の差程の力の差があります」
「ど、どれほどの差なのでしょう?」
ミッシェルがまるで怖い話を母親に聞く子供のように尋ねる。好奇心はあるが、怖くて最後までは聞きたくはない。そんな心境なのだろう。
「そうですね。スライムと龍種くらいの差でしょうか。逆らう気すら起きないくらいの差ですよ。
力の強さだけ見れば、このアースガルズ大陸には争えるものなどないと知識王――ソピアー様は仰っていました。もはや悪魔というよりは神と理解した方が正確だと思われます」
皆の絶望という炎の中に、ショウはさらにガソリンをぶちまける。
「なるほどな。さらにその上がいるわけか……うんざりするね」
ショウの言葉に隣にいるデリックが悲鳴を飲み込むのがわかった。エルバートも顔面蒼白でショウに刺すような視線を向けて来る。これ以上、無茶苦茶な話はしてほしくはないのだろう。
「やはり、知っておいででしたか。流石ですな。ショウタ様。 その通りです。72柱を含めた悪魔達が崇める5柱の悪魔の神――魔神です。
第5席レヴィアタン、第4席ベルゼブブ、第3席アスタロト、第2席ルシファー、第1席魔神王サタン。
この者達は強さの器自体が違います。もはや存在は神そのもの。悪魔とはとてもいえないでしょう」
(どうやら間違いはない。アントンは俺に説明したんだ。この爺はショウである俺はショウタが寝ている間にしか活動できないのを見抜いている。今しか説明する機会がないと思ったのだろうな……確かに悪魔の事など、とても一人ではアントンに聞く気にはなれねぇ)
「話を戻すぞ。五分五分の意味だ。俺がぶち殺した馬鹿悪魔は『あの方に唆された』と言っていた。仮にも悪魔子爵が『あの方』呼ばわりする者だ。伯爵級程度のはずはない。侯爵級以上なのはほぼ間違いはないだろう。その点、敵が侯爵級や公爵級なら問題はない。ガチンコでやっても少なくとも負けはしないからな。だが……」
ショウには珍しく言葉に詰まる。この意味ありげな態度に皆の不安は最高潮に達した。デリックが戸惑いがちに尋ねる。
「『だが』、なんだよ? ま、まさか72柱の悪魔でもバックにいたのか?」
「いや、72柱の悪魔なんてレベルじゃねぇよ。あの糞悪魔は『ベルゼブブ様の眷属』と言ってやがったからな。さっき爺さんの話にでてきた冥界第4席魔神――ベルゼブブだ」
「「…………」」
沈黙が場を支配する。もう話が大きすぎてついていけないのか、意外にデリックも、エルバートも冷静だった。
「取り敢えず俺はベルゼブブの襲撃に備えて戦力を増強する。このまま死を待つなんて性に合わないんでなぁ。
それにベルゼブブの野郎は俺の最も大切なものを汚そうとした。決して許しやしねぇさ。」
ショウのこの言葉にアントンが眉を顰める。アントンの求めた答えとは異なっていたからだろう。もしかしたら、アントンが悪魔について説明したのもショウを思い留まらせるためだったのかもしれない。
アントンがショウを凝視する。突如、一瞬立ち眩みのような感覚に襲われる。スキルラーニングの負荷だ。アントンがショウに何らかのスキルを使ったのだろう。
だが、マンティコアの最強スキル――《超獣王の炎雷砲》をラーニングしたときには眩暈すら感じなかったのだ。今のところ身体は何ともないが、かなり強力なスキルなはずだ。
アントンがマンティコア以上の力を持つのはこれでほぼ確定した。やはり、アントンは警戒すべき奴だ。
「警戒なされなくても大丈夫です。私の解析スキルを貴方に行使したにすぎません」
ショウ以外はアントンの言葉の意味が理解できない様子でポカンとしている。
「解析スキルだぁ?」
「はい。詳しく教える事ができない事をお許しください。
そのスキルで解析しましたところ、確かに、今の貴方様は魔神ベルゼブブと相対するだけの力があります。しかし……」
「あくまで、ステータス上はという事だろ? 今の俺はスキルもほとんど使えねぇ。武術も唯一使えるのは仙術くらいだ。これでは勝ねぇよ。
それに、頼みの綱のステータスも、ベルゼブブより1ランクは落ちる。真面にやりあえば、確実に負ける。逃げる事はできるという意味で相対する事ができるという事にすぎねぇ。
俺はショウタとは違い、相手の力の強さを見誤ったりはしねぇ。今の俺がベルゼブブの野郎とやりあえばどうなるか、十分に理解はしてるさ」
アントンが最後まで言い終わらないうちにショウはその解をいう。
「なら、なぜです? 魔神の行いなど天災に等しい。貴方の大切な人は守れたのだ。魔神と敵対する必要はない。敵対の意思さえなければ悪魔の子爵程度が滅びたところでベルゼブブが襲ってくることもありますまい」
「アントン、テメエが言うんだ。そうなんだろうな。だが、そういう訳にもいかねぇのさ。ベルゼブブの奴を許せねぇのは俺達の生きる全て。ショウとショウタに共通する唯一絶対の法則だ」
そうだ。今のショウにとって、ラシェルが全て。女だろうが、オットーだろうが、アルだろうが、ラシェル以外は所詮オマケだ。ある意味どうでもよい。
エルフの女――アナの身を心配した理由も確かにアナがいい女である事も一因ではある。だが、それはほんの小さな付録に過ぎない。
大きな理由はラシェルの護衛が少なくなる事を危惧した事と、なによりラシェルが悲しむからだ。勿論、日和見翔太の糞ったれな残り香がショウを惑わせている事もあるのだろうが……。
「そうですか……。今の貴方はそういう存在なのですね……」
アントンは何やら考え込んでしまった。気まずい空気が場を満たす。
ショウももう話すだけは話した。悪魔の危険性は十分骨身にしみただろう。今のアントンとショウの話を聞いてそれでも悪魔に喧嘩を売ろうとする馬鹿は死んで当然だ。
「俺はもう行く。流石に疲れた。休ませてもらおう」
ショウが立ち上がろうとすると――。
「余から頼みがある。聞いてはくれまいか」
「ん? 頼み? 内容によるぞ」
再び座り直すと、エルバートが後ろに控えている執事らしき男に合図を送る。男はすぐにショウの前に進み出て恭しく数枚の羊皮紙を置いた。
「これは今回の事件の首謀者の情報が記載されたものだ」
「首謀者……」
ショウは真剣な顔で羊皮紙を手に取り高速で読む。徐々にショウの表情に肉食獣のような怒りがギラギラ光る。その姿を見た後ろの騎士達に怯えが生まれる。悪魔の話を聞き終えた今、彼らにとってショウは只の怪物にしか見えないのだろう。
精霊王や竜王クラスの伝説上の存在を容易く屠る程の力の持ち主なのだ。ショウが気まぐれで暴れるだけで騎士達の命は簡単に失われる。この畏れも十分納得がいくものと言えた。
「ビフレスト王国でも数人しかいない余直属の《隠密》スキルを持つものに探らせた情報だ。間違いはない」
「此奴らがあの糞悪魔と手を組み豚共を動かしていたわけか。此奴等の目的は――」
ショウは口調に怒気が混じりながらも絞りだすように言葉を紡ぐ。
「そうだ。この事件の目的は唯一つ。アルフヘイム第二王女――ラシェル・メイヤー・アルフヘイムを辱め、殺すこと。
その映像を記録用のマジックアイテムに記録し、我が国の貴族の名で現アルフヘイム王国へ送りつける。十中八九、我が国とアルフヘイム国は戦争状態に突入するだろう。そうすれば――」
「武器や防具、麻薬等が高値で飛ぶように売れる。エルフの奴隷も安価で手に入るというわけか……」
「そうだ。今は数百年ぶりにやっと訪れた平和な時代なのだ。民を無駄な戦争に巻き込むわけにはいかん。手を貸してほしい」
(どう考えても、協力した方がいいなぁ。このブレインという組織を徹底的に捻りつぶさない限り、ラシェルの安全はいつまでも確保されねぇ。それに俺は――)
胸の中で燃え盛る憎悪という炎に全身を蹂躙されながら、ショウはニタリと笑う。それを見たエレナ、オットー、ハワード、カルロ、騎士達の全員の口から悲鳴が漏れる。
「……構わない。協力してやる。ただし、条件がある」
「なんだ?」
「ここに書かれている糞共は一匹残らず、俺に引き渡してもらう」
条件を付けられることまでは読んでいたが、条件の内容が意外だったのか、エルバートは白い眉をピクリと動かす。
「組織を完全に壊滅させるためには裁判が必要だ。その後なら構わない」
「OK! 契約成立だ!」
「引き渡した賊を――いや、聞かない方が良さどうだ。よろしく頼む」
握手を求めてきたエルバートの右手を握り返すショウ。
「ああ。よろしく。それで具体的に俺はどうすればいいんだ? 此奴等を捕まえてくれば良いのか?」
ショウはバサッとテーブルに羊皮紙を投げるように置く。
「基本的にはそうだ。だが、ブレインへの襲撃は我が国の部隊が中心に行う。其方には今回のような悪魔がいた場合の討伐を願いたい」
「なるほど。そういうわけか。了解した」
「形式上は余とエレナ、エミーの警護役として王都――ビフロストに来てもらおう」
(ん? そうすると翔太の説得も必要だよなぁ。こればっかりは俺から説得するわけにもいかねぇ。
俺と翔太を同一人物だと思っているデリックあたりに今の状態を説明するか)
「わかった。じゃあ、これからその事でデリックと相談してぇんだが、いいか?」
「構わない。デリック、後は頼む」
ショウとエルバートに有無を言わせぬ圧力をかけられデリックも肩を竦めて頷いた。
ショウとデリックは皆に簡単な挨拶をしてから、部屋を出て支部長室へ直行する。
その後、今のショウと翔太の状態をデリックに話した。デリックは案の定、予想がついていたらしく、眉をピクリとも動かさなかった。デリックと今後の話をしてからギルドハウスを後にする。
ギルドハウスを出ると辺りはすっかり明るくなっていた。もう少しで、翔太が起きる。宿屋に戻らなければならない。
出口近くにアドルフとフローラがいた。
アドルフに今後の修行の件もあるから今日の夜にまた来いというと軽く頷き去って行った。素直に頷いたのは、アントンが話した悪魔の事を自分でもう一度整理したいためだろう。考えた末に部下になるのを止めたいというならそれまでだ。正直言って、アドルフの存在は今のショウにとってさほど重要な存在ではない。多少、根性があり見所がある程度に考えているに過ぎない。むしろ、部下になるのを止めた方がアドルフにとっては良いことかもしれない。復讐に取りつかれても良い事は何もない。何よりここからの戦いは子供のようなショウの意地に過ぎないのだから。
「ショウ、あの……」
フローラはその様子からショウに聞きたいことがあるようだ。確かに先刻の話は完璧にぶっ飛んでいたし無理はない。
だが今後フローラとショウが関わることは万が一にも存在しない。これ以上なれ合う必要を感じないのも事実なのだ。何より、もう意識を保っているのも限界に近い。
だからフローラを無視してスタスタと歩き出す。
背後からフローラの視線を浴びながらもショウはキャメロンへの帰路につく。
宿屋キャメロンに来ると意識が遠のいていく感覚に襲われる。宿屋の中に入ると、アンナが朝の掃除をしていた。ショウを見ると、目を見張って頬を赤く染める。手で簡単に挨拶すると、すぐに自らの部屋へ行き、ベッドに倒れるように横になる。そこでショウの意識はなくなった。




