第86話 面倒な話をすんぞ(1)
ギルドハウスの室内は冒険者で溢れ返り真夜中とは思えないほどの熱気を含んでいた。加えて、ところどころに冒険者とは思えない騎士風の姿の者達も佇んでいる。
メリリース・サッカレー達エレナの部下らしき者達の姿もショウの目に入って来た。
(エレナもいるって事か? また面倒な事にならければよいがな……)
ギルドハウス1階内のほぼ全員といえる視線がデリック一行に向けられている。もっとも、ほとんどはショウに対してであったが……。
「……あれ誰だ?」
「支部長の傍にいるんだから冒険者?」
「馬鹿言えよ! あんな綺麗な顔した男いたら忘れるわけねぇよ」
「き、綺麗……」
「え? え~? え~~? もしかして新米冒険者? じゃあ、じゃあさ。今度私達のパーティーに誘おうよ!」
「馬鹿ね。もうお手付きよ。きっと……」
「誘うだけならただよ。ただ。このクエストが終わり次第誘ってみる?」
「うん。うん それで手とり足とりいろいろ教えてあげれば――」
「あんな子と一度でいいから――じゅるじゅる――」
「良いわ。良すぎるわ。でもベッドの上では意外に激しそう」
「ハァハァ、ハァハァ」
三分の一がショウの身の危険を感じるような発言や独り言が多く思わず身を震わせた。
メリリースの隣を通り過ぎる。無視しても良かったがエレナと異なり、メリリースは気立ても良い、いい女だ。だから、挨拶だけはする事にした。ただしできる限り小声で話すことにする。
ショウの顔をメリリースの顔に限界まで近づける。フローラの刺すような視線を感じたが平然と無視する。メリリースは頬を赤く染めている。緊張している様子だ。
「メリリース。テメエもあのお転婆姫さんの付き添いか? 相変わらずこき使われてんな」
「……ショウタ……殿ですか?」
ボソリと呟くメリリース。
(またこの質問か……よほど今の俺と翔太は異なって見えるようだな。確かに、あの反吐が出る平和主義者モドキは俺とは全く異なるか……。
ショウタと双子という事にしておけばよいだろう。後はメリリースが勝手に解釈してくれる)
「いや、俺はショウタの双子の兄弟『ショウ』だ。よろしく頼む」
「え、あ、はい。よろしく……お願い……します」
メリリースは顔に恥じらいの色が溢れる。その頬を染める様子はショウの悪戯心の導火線に易々と着火する。だが今は遊んでいる場合でもなかろう。後の機会にしよう。
やっとフラフラと歩くことができるようになったフローラがショウを不機嫌そうにつっつく。
「ショウ、行くぞ!」
「ああ、わかってる」
手を挙げて軽く分かれの挨拶をしてメリリースと別れた。
連れて行かれたのは支部長室ではなく、ギルド内で最も絢爛豪華な部屋だった。如何にも値が張りそうな赤い絨毯と色とりどりの装飾品が部屋の厳かさをより引き立てている。
部屋の中央のソファーには雅やかな衣服に身を包んだ60代前半の老人が鎮座していた。老人の髪は雪の様に真白であり、長い白鬚を生やしている。威圧感も他の従者らしき者達とは比べられない。
老人の両脇の者達はショウの記憶にある人物だった。
まず、老人からみて老人の右に座るエレナだ。これはメリリースがいたことから予想はついた。案の定、ショウが誰だがわからないのだろう。キョトンとした顔をしている。
このような素の表情は美しいというよりは可愛いといった方が適切か。普段からこうなら大層男共からモテるだろうに、あの気の強くかつ破綻しているとしか思えない無茶苦茶な性格を鑑みると、奴に言い寄る男はそうは多くはないと思われる。ある意味可哀想な奴。
次に、老人の左に座る美青年――オットーだ。オットーは、手を挙げ、にこやかに挨拶をしてくる。困ったら助けてやって良いかと思う程度には、翔太もショウもオットーには好感を持っている。ショウも簡単な挨拶を返す。ショウの友達関係のような対応に周囲に控える騎士達が僅かに殺気立つ。
老人とエレナ、オットーの後ろにはお馴染みの人物が控えていた。
まず、エレナの部下ハワード、カルロが控えている。二人ともショウを翔太であるとは気付けないようである。当然のごとく部屋に入って来たショウに眉を顰めている。
次がオットーの執事――アントンとメイド――カミラだ。
アントンは今のショウから見ても不思議な雰囲気のする老人だ。懐かしく決して忘れてはいけない感覚がする男だ。これは翔太やショウがラシェルを見る感覚に近いかもしれない。頭で考えるよりも心が揺さぶられるそんな感覚だ。一度この老人とゆっくり話してみるのも一興だろう。
ヴァージルがいないのはオーク共に襲われたばかりだからだと思われる。
ぶっちゃけた話ヴァージルがいなくて助かった。ヴァージルは99%翔太に惚れている。あれほどあらからさまで、キスまでされて気づかない翔太は気が狂っている。
そのヴァージルなら、今の翔太とショウの違いを明確に見分けるかもしれない。そうなると極めて厄介だ。あくまでショウは翔太の双子の兄でなければならないのだから。
ハワードやカルロと並ぶように煌びやかな赤い鎧を身に着けた騎士風の青年や黒と金を基調する美しいマントにこの世界で魔法使いの正装でよく見られる尖がり帽子を着用したレイナくらいの年齢の美少女、2mを超える程の青い鎧に身を包んだスキンヘッドのオッサンなどが控える。さらに数人の騎士らしき者達がこの部屋には存在した。
勧められる前に60代前半の老人の前のソファーに勝手に座る。こうしたショウの態度にはいろいろ理由がある。
まず、散々働かされ、しかも、ラシェルを想像の中とはいえ危険に晒したのだ。かなりご機嫌が斜めなのがある。
次に、フローラとロニーの事がある。ここで、アドルフとフローラに好き勝手話されて、両者の誤謬が発覚すれば100%フローラは発狂する。フローラがどうなろうがショウには無関係であり知った事ではない。だが、フローラが発狂して死ねば、ロニーに八つ当たり気味に恨まれ、翔太が殺される事も十分あり得るのだ。事は自らの命に関わって来るのだ。
アドルフにショウがすべて説明すると目で合図する。すると頷いて任せるというジェスチャーを返してきた。
ショウの正面に座る白髪の老人がショウを無表情で観察していた。
「余は『エルバート・ミルフォード・ビフレスト』。このビフレスト王国の王だ。よろしく頼む」
周囲が騒めき立つ。王が自ら名乗るのも異例ならば、平民と思われる少年にこれほどフランクに話す事も異例の事なのだろう。
「ショウ・タミヤだ。よろしく頼む。俺も散々働いて疲れている。前提もすべてすっ飛ばす。ざっくり話すぜ。テメエら文句ねぇな?」
ビフレスト王――エルバートは表情を崩さず優雅に頷く。
だが、そのショウとエルバートのやり取りに尋常ではない心持になった者達もいた。
まずはエレナとオットーだ。
「ショウタではないのか? 前に顔を見たときと瓜二つだが――」
オットーがすかさず聞いて来る。
「俺はショウタの双子の兄のショウだ。紛らわしい名前ではあるがよろしく頼む」
「な~るほど。双子か~。そうか。それなら、そっくりなのも頷ける」
エレナは完璧混乱しているようで、ショウとオットーの顔を相互に何度も見比べている。
こんな呑気なやり取りをしていたショウとオットーだが、周囲はショウの国王に対するあまりにも無礼な態度に色めき立ち始めていた。
現にショウの態度を見て、チェスさえも僅かに引きつり、デリックは顔を右手で覆い天を仰ぐ。フローラなど顔面蒼白となっていた。
この部屋の中でショウの態度に疑問を抱かなかったのは、エレナとオットーを除けば、アドルフとアントンだけだ。アドルフはともかくオットーに仕えているアントンのその態度には違和感しか覚えない。
ショウのエルバートに対する言葉に加え、身分が高いと思われるオットーに対する言葉を聞き、後ろの騎士達が激しい怒声を上げ、剣を抜こうと柄に手をかけ刀身を引き抜こうとする。
剣を向けられた時点で殺そう。うん。そうしよう。
顔に邪悪な微笑を浮かべ指をパキと鳴らす。
「――おやめなさい!!!」
アントンの大音量の一喝が部屋にビリビリと反響する。騎士達もアントンの殺気すらも含んだ喝に驚いて目を白黒させている。
「ショウタ殿が只今お話になられます。剣でのお遊戯がお望みでしたら私が後で嫌という程お付き合いいたします。よろしいですね?」
騎士達は全員ヒクヒクと頬を引き攣らせて大きく何度も頷く。よほどアントンが恐ろしいのだろう。オットーはもちろん、デリックでさえ顔面蒼白だった。終始表情を崩さなかったエルバートでさえも僅かに眉を動かしたくらいだ。よほどアントンという人物は王侯貴族にとって悪夢の象徴なのだろう。
「静かになりました。話を始めてください」
「ああ。悪いな。爺さん」
ショウがアントンに爺さんと言った途端、エルバートの眉がピクっと動いた。エルバートにとってアントンはよほどの人物らしい。
「いえ、お気になされず。どうぞ始めてください」
アントンに再び促され今度こそ話を始める。
「今回のオーク騒動はすべて、悪魔の仕業だった」
周囲は喧噪に包まれる。悪魔と聞いて頭を抱える者。身体を震わせる者。必ず討伐してやると意気込む者。だが、ショウの話を聞いてこの場の大部分の者が共通の表情を示していた。すなわち、恐怖の表情である。
ショウの左に座って頭を抱えていたデリックがショウに視線を向けて来る。悪魔と人間に横たわる馬鹿げた実力の差を少しでも理解していれば、頭を抱える方が本来正常な反応といえる。
「それでショウタが倒した他に悪魔はいたのか?」
「ああ、いたぜ。餓鬼の悪魔がな」
「アナ達が俺に報告に来てからかなりの時間が経つ。今までショウタ達は戦闘中だったのか?」
すでに時間がかなり経過している。聞いてくると予想はしていた。
「いや。俺の愚弟――ショウタが、圧倒的に力が優っている相手に無謀にも戦いを挑んで、ぼろ負けして数時間悪魔共に拷問されていたんだ。それで今までかかった」
このショウの言葉は翔太を知るものに少なからず動揺を与えた。動揺しなかったのは、やはりアドルフとアントンだけだ。
フローラもショウの説明から翔太とショウは本質的には同一人物だと思っている。故に、フローラの左に座っているショウを心配そうに蒼い顔で見つめてきた。
ここまでは想定内だ。
だが、ショウの予想をぶち壊したのは意外な事にエレナだった。エレナがあたかも女の部分をかなぐり捨てたかのような必死な形相でショウの胸倉を掴みかかって来たのだ。
「ご、拷問だと? それでショウタは無事なのか? 答えろぉぉ――!!」
エレナのこのいつもの奇抜な行為に周囲は目を見開き驚く。だが、最も驚愕したのは胸倉を掴まれたショウ自身。
(こ、此奴……翔太の事を平民と思って馬鹿にしてたんじゃねぇのか? 此奴このリアクション……ま……さかな。そこまで、俺の予想の遥か斜め上に行くはずはねぇ。それによぉ~、もし翔太に惚れてんなら数時間も翔太を待たせたり、奴隷にしたりしようとするか? 考えられねぇよ。
しかし、このふざけた予想が当たりなら、あの野郎、王族に好かれる遺伝子でも持ってやがんのか?)
「心配すんなよ。あの野郎は身体だけはやたらと頑丈だ。ピンピンしてる。流石に疲れたみたいでよ。今、フィオンとレイナに保護されて寝ている最中だ。アイツらが見ているならよほどの事がない限り問題はねぇよ」
エレナは翔太の無事を聞き、心底ほっと胸を撫で下ろした。エレナの目にうっすらと涙がうかんでいるのを見たとき、頬が痙攣するほど引き攣るのがわかった。
(マ、マジかよ。あの童貞野郎、レベルの高い女ばかり狙ったように落としやがる。訳が分からねぇよ)
デリックがフィオン化して、ショウとエレナを見てニヤニヤし始めた。
もちろん、デリックにもショウとショウタが別人だと説明した。だが、この男は全くそれを信用してはいない。アドルフも明らかに同一人物だと思っている。チェスも、あの部屋の出来事全てを見ていた蒼髪の女もそうだ。
要するに、別人だと思っているのはエレナ御一行様だけという事。ショウはもう勝手にしろとやけを起こしていた。




