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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
93/285

第83話 事後処理すんぞ(4)

 2階の宿直室は結構広く2段ベッドが4つほどおいてあったので、その一つにロニーを寝かせる。

 アドルフはすぐに食料の調達へ行ってくれた。

 アドルフが姿を消すと、フローラが頬を赤く染めながらもショウにおずおずと尋ねてくる。どうやらショウの言うフローラのしなければならない事の意味を朧げながらに理解したのだろう。


「性欲を沈めるとは具体的に何をするのだ?」


 ショウは思わず深いため息を漏らす。


(コイツ中学生か? そこから説明が必要なのか? このゾウガメ女とはこの件以降確実に縁を切る方向でもっていくべきだな。マジに鬱陶しい) 


「S〇Xするに決まってるだろう」


「せ……」


 フローラは急速に全身真っ赤になり、火照った頬を両手で覆い、悶え始めた。


「だ、駄目だ。僕にはできない」


「あぁ? 今更何言ってやがる! 

 テメエの大切な奴なんだろ? お前の力で守って見せな!」


 遂に蹲ってブツブツと一人事を呟き始める。


(僕がロニーと? 駄目! 駄目! だって僕――)


 フローラが真っ赤な顔でショウを見上げてくるがガン無視する。

 フローラは頬を膨らませて立ち上がる。


「僕、他の女性を探してくる。事情を説明すればわかってくれる」


 この女……この後に及んで他者に自身の責任を擦り付けるつもりか。


「ざけんな! お前、さっき自分で『何でもする!』、そういったよな!

 ロニーはお前の大切な奴なんだろう? なら他人になど任せんな!!」


「き、君はそれでいいのか?」


「あ? 意味不明な事言って誤魔化すんじゃねぇよ」


 悔しそうに唇を噛んでショウを睨むフローラ。

 ショウは無視して、ロニーの服を脱がせる。フローラは思わず恥ずかしそうに目を背ける。


「も、もう始めるの?」


 このトリケラトプス女、マジでどうにかして欲しい。鬱陶しいことこの上ない。


「テメエ、マジ馬鹿か? ポーションを身体に塗りたくるに決まってんだろ? 

 経口投与が一番身体全体に対する回復効率はいいみたいだが、局所回復率はポーションを直に塗った方がいいんだ」


「そんなの知っている!」


 顔をリスのように膨らませるフローラを無視してショウはロニーの服を脱がせてゆく。

 上着を脱がせた丁度そのときショウはあまりの理不尽な事実に頓狂な声をあげてしまった。


「サ、サラシ? まさか……」


 ショウがサラシをとると白い豊かな二つの双丘がショウとフローラの前に現れる。


「お、おんな?」


 思わず顔を引き攣らせるショウ。フローラはこの事実に現実逃避し、別の世界への住人となってしまっている。

 ずっと繰り返し、『ロニーが女の子? しかも僕よりも大きし、綺麗だし、スタイルいいし……』などとブツブツ言い始めていた。

 そういうショウも完全に頭を抱えてしまっていた。


「なぜだ? なぜこうなる?  なんなんだ? この最悪なまでの異常な引きのよさは? 翔太の影響か? くそ! あんの糞野郎ぉ~~! 猛烈に嫌な予感がすんぞ!」

 

 いつまでも頭を抱えているわけにはいかず、すぐにロニーを全裸にして傷口にポーションを塗りたくった。

 未だに現実に帰還しないフローラに向けて強い口調で指示を出す。


「フローラ、他の男の冒険者呼んできな! 一応ロニーの好みの男を呼んで来てやれ! コイツの綺麗な顔ならすぐに見つかるだろ。よく見たらかなりのいい女だからな」


 フローラが顔を真っ赤にしつつも大きく頷き部屋を飛び出そうとするが――。


「お……嬢……様?」


 最悪だ。目覚めて早々どうしてこうも籤運が最悪なんだ。

どうやらロニーは意識が混濁しているだけで、幸いにもまだ性衝動は始まってはいない。


「ちいっ! もう目覚めやがった。あと数分で始まる。フローラ、すぐに部屋から出ろ!」


「だ、駄目だ。それは――」


「時間がねぇって言ってんだろ!」


 この衝動は理性でどうにかなるものではない。もうあと数分と持つまい。


「で、でも……」


「テメエが決めろ。俺はどちらでもいい。

 ロニーに針を刺して、それで狂われても目覚めが悪いから多少真剣になっているだけだ。元々正義の味方気取りは柄じゃあねぇのさ」


 フローラは今にも泣き出そうな顔をしている。どうしたらよいのか分からないのだろう。

 遂にロニーの顔には大粒の汗が滝の様に流れ始めた。これは性欲衝動の前兆だ。

 それなのにこの後に及んでフローラはただ狼狽えるだけ。

ショウが間違っていた。フローラのような餓鬼に他者の命を選択する資格などない。早くこの茶番を終わらせるとしよう。

 ショウはフローラの胸倉をつかんで、部屋の外へ弾きだした。

フローラは一切の抵抗をせず、ただ目尻に涙が滲んでいた。


 さっさと終わらそう。ショウにも大して時間が残されているわけではない。

 ショウはロニーの傍に行く。ロニーはおそらくすでに性衝動が始まっているのだろう。ショウを見る目が普通じゃなかった。直ぐにロニーを抱いても良いが、その前にショウにはまだやることが残されていた。

 ロニーに今襲っているのは本来耐えられるはずもない凄まじい衝動だ。寧ろこれほど我慢できているロニーに賞賛を送るべきなのだ。ショウはロニーの耳元でささやく。この言葉は今のショウが生まれ出でた核であり、弱い翔太の心が産んだ絶対的で純粋なもの。すなわち『最悪』。


「ロニー、今から俺はお前を抱く。勘違いすんなよ。俺が俺の意思で抱きたいから抱くんだ。テメエの意思なんて蚤の毛も入ちゃいねえ。テメエはあくまで被害者だ。いつでも俺を殺しに来い。テメエにはその権利がある。そのときはいつでも相手になってやる」


 言葉を言い終わるとロニーに口づけをする。ロニーは目を大きく見開いていた。

 ショウの舌がロニーの唇を押しのけ口腔内に入りロニーの舌と絡みあう。この行為によりロニーの理性は呆気なく決壊した。そして――


 ……

 …………

 ………………


 どれくらいの時間がったか分からない。ショウとロニーはお互い抱き合っていた。おそらく性衝動は終わっているのだろう。ロニーの目には理性の色が見える。


「ショウタ……」


 二人がこの部屋に入って言葉を口にしたのは、最初にショウが耳元で囁いて以来二度目だ。


「なんだ?」


 素っ気無く答えるショウ。元々、理性のない女を抱く趣味などショウには持ち合わせていない。特に活神で狂った女は疲れるのだ。そのくらい許してもらうとしよう。


「良く分からないが私を助けてくれたんだろう? 礼を言う」


 ショウはやや眉を顰めた。どう考えてもこんな反応は想定外だ。恨みの一つは言われると思いたのだ。だから尋ねる。


「なぜそう思う? 俺はお前からすべてを奪ったんだぞ。殺したいと思うのが普通じゃあねぇのか?」


 ロニーは不機嫌そうに顔を歪めた。

 それを見てやっと調子を取り戻すショウ。皮肉な笑みがショウの顔に浮かぶ。だが、そのロニーの歪みは少しショウの想定とは異なっていた。


「別に私はお前から何も奪われてはいない。私はあの子供の悪魔の配下の悪魔に爪で切り裂かれ、炎で焼かれた。私もこれでも冒険者だ。正真正銘瀕死の状態だったくらい自分でもわかる。それにあの衝動……」


 ロニーは真っ赤になって俯いてしまった。性衝動に支配されているときも意識はある。そのときの事を思い出したのだろう。

ショウは不機嫌そうに顔を顰める。面倒な奴だ。だがロニーに恨まれると厄介なのも確かだ。

 活神は進化の【経穴(けいけつ)】。人間を強制的に進化させる仙術の中でも奥義中の奥義だ。ロニーも睡眠の衝動が終了するころには、正真正銘の怪物の仲間入りをしている。今のショウには到底かなわないが、今寝ている貧弱な翔太では瞬殺される程度には強くなるはずだ。あの馬鹿ガキ悪魔程度の強さには――。貧弱な翔太のときに殺しに来られたら間違いなく即死亡だろう。

 当初の想定とは異なってはいるが、万事上手く行ったと考えて良いのかもしれない。今回の事が乗り切れば、ロニーとはもう関わる事はないのだから。


「そうだ。お前は放っておけば後十数分で死んでいた。成り行きで【活神】という【経穴(けいけつ)】をついた。これをつくと身体は強制的に作り変えられる。その作用を利用して瀕死の重傷であるお前の回復を狙った。

 だが、この【活神】をつくと、お前は、性欲、食欲、睡眠欲の順で支配される。

 その性欲の相手に俺がなっただけだ。他の冒険者を連れて来る余裕がなかったのさ。本来は他の奴が相手だった。まあ運が悪かったと思って諦めな」


 

 ロニーの顔に憤怒の表情が見える。ショウの背中に回す手にさらに力が入り、爪が背中に突き立てられる。もっとも今のショウの身体能力では全く感じはしなかったが。

 ショウは邪悪に口角を吊り上げる。こうでなくてはならない。今のショウは今寝ている貧弱な翔太が産んだ【最悪】だ。恨まれるなど上等! もっとも、その鉾の先が貧弱な翔太に向くのは勘弁なのだが。

 ロニーは不機嫌なような陰気な顔つきで、ショウに尋ねてきた。


「ショウタ、お前があの会議室での地獄を思い出せなくしてくれたんだろう?」


「ん? 忘れてんのか?」


「いや、覚えている。覚えているんだが、自分の事の様に思えないのだ。他人の話を聞いたかのようにしか思えない」


 翔太は皮肉に顔を歪める。


「ああ、それで成功だ。テメエの精神が壊れかけてたからな。

【忘却孔】という【経穴(けいけつ)】もついでについといた。心配せんでもこれには副作用はねぇよ。俺からのアフターサービスみたいなもんさ」


「私は忘れて良かったのだろうか……。は仲間を喰ったんだぞ! そんなの許されるわけがない!」


 ロニーは今途轍もない罪悪感と自らの不甲斐なさに支配されているようだ。くいしばって悔し涙をこぼしている。


(この女も面倒くせぇ。忘れられるんだからいいじゃねぇか。たくよぉ~、頭固すぎんだよ)


 翔太はロニーの頭を撫でながら告げる。はっきりと――


「俺が許してやるよ! テメエは忘れていい。い~や、忘れろ俺の命令だ!」


 勿論そのくらいで、ロニーは止まらない。眼に涙を貯めながら、取り乱し始めた。



「気持ちは嬉しいが許されない。私が私を許せない」


「だから、忘れろと言ってんだろ! ガキみてぇな事ばかり、ほざいてんじゃねぇよ!」


(ちっ! このままじゃあ、また思い出すな。そして此奴は狂う。訳がわかんねぇよ。なぜ、自分で自分の首を絞める? 

 正直、こんなアホはこのまま放っておきたいところだが、見捨てれば翔太へと変わる。今のこの状況で翔太に変わるのは愚策中の愚策だ。

 マジで、俺なにやってんだろな……)


「私はハンナを喰ったんだ! 仲間のハンナを! 私は人間のクズだ。

最低の人……グ……」


 ショウは狂ったように叫ぶロニーにキスをしてそれ以上の自虐の言葉を紡ぐのを防ぐ。ロニーは唇を合わせ目に涙を溜めながら強く瞼を閉じる。長いキスの後、自分の唇をロニーの唇から離し、諭す様に話す。


「少しは落ち着いたか?」


「…………」


ロニーが微かに頷く。ショウの話を聞く程度には落ち着いたらしい。


「まず、勘違だらけのお前に一つずつ教えてやる。よ~く、耳をかっぽじって聞きな。

 お前が食ったのはアンナとかいう仲間じゃねえよ。その肉片だ。魂なんて何一つ入ってすらいない」


「ち、違う。私はアンナを――」


 ロニーの口に手を当ててそれ以上喋らせない。ロニーが刺すような視線をショウに向けてくる。


「じゃあ、聞くが、死んだ奴の魂は無残な肉片に宿るものなのか? そうじゃねぇだろう? アンナの魂は奴が糞悪魔に殺された時点で、お前の中に入った。死後の肉体は文字通りただの肉の塊だ。寧ろお前の血肉となってアンナって女は喜んでるぜ」


「わ、私の中に?」


「そうさ。テメエはアドルフと同じだよ。仲間の魂まで背負って生きなきゃならねぇ! それが糞悪魔ごときに後れを取ったテメエの唯一の贖罪(しょくざい)だ。そうだな。これから糞悪魔のような下種が出たらそれを打ち滅ぼしな! 今度こそ何ものにも負けねぇ力をつけてよぉ!」


此奴(こいつ)みたいな真面目ちゃんには、何かの目標の設定が必要だ。正義の味方でもしてれば気が晴れんだろ)


「…………お前はズルいな」


「そうか?」


 ロニーの顔には生気が戻っていた。どうやら誤魔化しに成功したらしい。


「そうだ。お前は……私の心を実に簡単に抉る。心を素手で鷲掴みにする。

 でも、思い出した。思い出したよ。あのとき、アンナは殺される直前に私に『お嬢様を頼みます』と言ったんだ。今から起こるだろう事を理解しながら、私に託したんだ。それを私は簡単に諦めてしまった。自分が弱いのを理由に。そうだな。私にはもう止まる事は許されない。アンナが見てる」


(もう大丈夫だな。柄にもねぇ事するとマジで疲れる。最後の止めだな)


「そうだ。もう止まれねぇ。だから、これが最後だ。特別に黙っててやるから泣いちまいな。もうテメエは泣くことは許されねぇんだからよ」


 ショウの言葉を聞いた途端ロニーが翔太の胸に額を当てながら子供のように顔を歪めて泣き出す。ショウは優しく頭を撫でる。これも翔太の残滓だろう。内心で舌打ちをしながらも、暫らくの間ショウは泣き続けるロニーを抱き締めて頭を撫でていた。


 ……

 …………

 ………………

 

 ショウには時間がない。朝になれば多分、翔太と変わる。そんな気がするんだ。

とっとと次へと進もう。


「そろそろ、次の段階だな」


「…………」


 ロニーは無言でショウを抱きしめる手に力を込めてきた。俯いているので表情はわからない。だがもう話は終わった。こうしている場合でもないし、意味もない。

 ショウは抱きしめていたロニーからそっと身体を離しベッドから降りて服を着ながら話を続ける。


「あと数十分程度で次は食欲が異常亢進する。テメエは女で華奢だ。食欲自体は十数分で収まるだろう。だがこれも正直きつい。食欲だけが異常亢進するから吐かねえと胃袋が破裂しちまう」


 そこまで言うとショウはロニーに服を着るように眼で合図をした。だがロニーはショウの言葉を聞いて幽鬼のような青い顔青をして立ち尽くしていた。

 ショウはロニーの頭の上に掌をポンと乗せると、グリグリと撫でまわした。ロニーが真赤になって慌てる。


「な、何をする! 離さんか!」

 

 さすがにロニーだ。フローラとは違う。簡単に振り払われてしまった。


「どうやら調子が戻ったみたいだな! 心配すんな。食欲衝動に支配されてる時もずっと俺が傍に居る。ここまで来たら最後まで面倒見てやんよ!」


 コクンとロニーが頬を染めながら頷く。


「じゃあ早く服着ろ。そんな姿でお姫様の前に出ていくつもりか?」


 ロニーも自分が全裸なのに改めて気付いたのか急いで服を着始める。服を着用し、自力で立ち上がろうとするが、フラフラして上手く立つことができない。すでに進化は始まっている。そのせいだろう。

 問答無用でショウはロニーを抱き上げる。ロニーはお姫様抱っこなど始めてだったのだろう。顔を真っ赤にしてショウの胸に額を押し付けた。


「ロニー!!」


 ドアを開けると待ち構えていたフローラがショウからロニーをひったくり強く抱きしめる。


「お、お嬢様……?」


「良かった。良かった……」


 大粒の涙が伝うフローラをキョトンとした顔で見るロニー。直ぐにロニーは柔らかな表情でフローラの後頭部を撫でる。

 隣にいるアドルフに現在の状況を簡単に説明するが、眉の一つも動かすことなくただ頷くだけだった。ショウを全面的に信頼するアドルフのその態度に面食らいつつも、アドルフに食料の事を聞く。

 桶のようなものに食料が山の様に積まれていた。それをみたロニーの身体が震えだす。これを全部自分が食べようとすると考えたら震えくらいくるだろう。

そんなロニーの頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。ロニーはショウに非難の視線を向けるが、反面震えは大分収まっていた。

 できる限り広い空間で、食べ物を置けるだけのテーブルがあり、さらに内から鍵がかかる部屋がよい。これはこの食欲衝動もあまり他人には見せなくはないからだ。アドルフに聞くとギルド1階の職員専用の休憩室がこの条件にマッチした。アドルフに桶のようなものを後数個用意してくるように頼むと直ぐに了解して探しに行ってしまった。




 ロニーを1階のギルド職員専用の休憩室まで連れて行き、ソファーの上に寝かせる。大きなテーブルに食料を置き食べやすいように切り刻む。

 数分でアドルフが木製のバケツのようなものを持ってきてくれた。準備は整った。

 本心をいえば性衝動の処理よりもこの食欲衝動の処理の方が嫌なのだ。少し目を離したら自分の手さえも喰いかねない。人間の一番おぞましい部分を見ることになる。

 どうやら始まりそうだ。ロニーの様子がおかしい。目から理性の色が消えていく。それが恐ろしいのだろう。ベッドの片隅に蹲って震えている。


「ここからは俺とロニーだけでいい。テメエらはドアの外で待ってな。心配せんでも十数分で終わる」


「ロニーはどうなるの?」


 フローラには食欲衝動の恐ろしさを説明してはいない。それを知ればこの無駄に責任感が強い娘の事だ。ロニーと一緒にいると頑なに主張しかねない。別にフローラが役立つならばそれもよい。だがフローラはそこまで強くはない。おそらく変貌したロニーを見れば悲鳴の一つを上げて震えるだけだ。逆に邪魔になる可能性すらある。これ以上厄介ごとは御免なのだ。だからフローラを見もせずに無愛想に簡潔に答える。


「どうもしねえよ。喰わせて吐かせての繰り返しだ。ただそれだけだ」


(それがメッチャしんどいんだがな……)


「それなら僕も手伝えると思う。一緒に居させてよ」


「駄目だ。出ていけ」


「でもっ!!」


 必死の形相で食らいついてくるフローラの胸倉を掴み引き寄せる。ショウの冷たい何の感情も籠っていない顔を見てフローラはその瞳の中に強い驚愕と不安を漲らせる。


「そうか。なら教えてやる。これからロニーが経験する地獄は親しいテメエには絶対に見られたくはない姿だ。それでもお前が見たいというなら構わねぇよ。この部屋に入れ。ただし、お前らの今までの関係は完膚なきまでに破壊されると知れ!」


 ショウが胸倉を離すとペタンと尻もちをつくフローラ。その目尻にはジワッと涙が浮かんでいる。鬱陶しい。そして面倒な女だ。アドルフに目で合図をおくると大きく頷いてフローラの首根っこをまるで猫を持つように掴み、部屋の外へ連れ出してドアを閉める。


 ロニーに向き直る。

 ロニーはその鋼のような精神力で耐えているようだ。【活神】の効力と副作用を知るショウにとってこれは信じられない事だった。

 【活神】とは別名【進化の経穴(けいけつ)】、いわゆる【秘孔】だ。仙術における7つの究極奥義の一つであり人間の身体を別の生物へと存在進化させる経穴だ。本来ショウもこんな物騒なものを使うつもりはなかったが、ショウの見立てではロニーの身体のほとんどはあの時死んでいた。文字通り死体(しにたい)だった。この秘孔以外には救う手はない。


(この地獄を乗り切っても自分の身体が化物みてえになってると知ったら、この女、俺を憎むだろうな。まあそれもいいさ。俺にはそれがお似合いだ)


 唇が歪み、心臓が捻じれるような苦痛に歪んだ顔でロニーは食欲衝動に必死に耐えていた。

 いたずらっ子のような目つきで笑いながらショウはロニーに語りかける。


「ロニー、ここには俺とテメエしかいねえ。俺にはどんな醜態見せても構わねぇよ。テメエの全てをさっき俺は見てる」


 ロニーの苦痛に歪んだ顔が一瞬ホッと安心したような晴れやかな笑顔になり、次の瞬間狂気に支配されたようにテーブルの食べ物に視線を向け手づかみで口に入れ始めた。咀嚼をしているのか不明なくらいの速度で口に食べ物を詰め仕込み、飲み込み、また新しい食べ物を口に含み飲み込む。ロニーの目は血走りとても同じ人間の目とは思えない。

 暫らく食べるのを観察したあと、ショウはロニーに近寄り身体を押さえつけ嘔吐を促進させる(けい)(けつ)を刺激する。ロニーは床に膝をつき両手をついて食べたものを撒き散らす。再び、食べ物に飛びつき口に入れ飲み込む。これの繰り返し。

 そのサイクルを数十回繰り返した。おそらく進化が促進しているのだろう。ショウの肉体で押さえつけのるのが若干厳しくなってきた。勿論、天と地のほど力に差があるから全力をだせばショウの力でも簡単に押さえつけることはできる。だがその場合確実にロニーの骨の一本、二本は無事ではすむまい。


(やはり人類最強クラスの人間にこの経穴をつくとすげえな。翔太のこの身体ではもう楽には押さられねえ。全力で押さえつけたら骨ボキボキ折っちまう。加減が滅茶苦茶難しい。氣を使えば一発だがこの女に後遺症を残すかもしれん。

クソ! 俺一体何やってんだ? まるで正義の味方様じゃあねえか! 虫唾が走る)


 次の経穴を刺激しようとロニーを床に組み伏すが一瞬の隙を狙って左前腕部分が噛み千切られた。構わず押さえつけ経穴を刺激する。ロニーはまた吐く。

 そこで目に知性の明かりがともり、理性が戻って来る。食べ物を口に運ぶペースが落ちていきついには床にペッタンと尻餅をついてしまった。

 そしてショウの前腕部が抉られているのをみて顔面蒼白でガタガタ震えている。ショウの腕をロニー自身が喰いちぎった事が理解できたからだろう。

 ショウは震えるロニーに近寄ると直ぐに抱き寄せる。ロニーは嫌がる様子をみせるが構わず抱きしめ続ける。数分間、ロニーは額をショウの胸に押し付けていた。

 ロニーをショウからゆっくりと引き離して、顔を見つめる。ロニーは涙で頬をグシャグシャに濡らしながらも恥ずかしそうに顔を赤らめている。


「言っただろ? 食欲衝動は普通じゃねえんだ。人間の意思じゃあどうしょうもねえよ。まあ、よく頑張ったじゃねえか!」


 こぼれるような笑顔を浮かべながら頭を撫でてやるとロニーも落ち着いたようだ。


(これで正義の味方ごっごもお終いだ。こんなキザで反吐が出るいい子ちゃんのマネはもう、うんざりだからなぁ)


 ロニーをソファーに横にならせて、もう寝るように指示すると素直に指示に従う。やっと終わりだろう。あとはロニーを安全な場所で数十時間寝させればよい。

 ドアのカギを開けると、同時にフローラが転がるように飛び込んできた。


「もう終わりだ。ロニーはそこのソファーで寝ている。後はロニーを安全な場所でゆっくり寝させてやれ」


 ショウはそれだけ言うとフローラを一瞥もせずにギルドハウスを去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待って」


「ああ? まだ何かあんのか?」


 無視しようかとも思ったが、肩越しで顔を顰めながら振り返る。


「ぼ、僕らこのままじゃぁ……」


 捨てられた子犬のような不安一杯の顔でショウに意味ありげな視線を向けるフローラ。声色どころか既にフローラの口調すらもいつもの尊大なものから餓鬼臭いものに変化している。おそらく今日経験した一連の数々の悪夢のような出来事に加え、ロニーが助かったことで緊張の糸が緩み何時もの地が出たものと思われる。

 もっとも、フローラはマンティコアに覚醒の際、認識を狂わされている。悪魔との一連の出来事を正確には思い出せまい。仮に思い出せば再び正気を失うだろう。だが、それを心配してやる義理はショウにはない。それにこの姿でやる事がまだ残っている。

 構わず出ようとすると再び腰にタックルしてきた。


(こ、このワンパターン女が! 手を貸すんじゃなかったかもな。すっかり、味を占めてやがる)


 目を瞑り決死の形相でしがみ付くフローラに視線を向けて、離れろともう一度言おうとすると、アドルフから声がかかった。


「俺からもお願いできないだろうか? さきほどの悪魔クラスが出てくれば、俺だけではロニーとフローラを守ることはできない」


 本心であろう。今は悪魔に対する憎悪と燃えるような闘気がある。あれだけ痛めつけられて、まだ守る気でいるアドルフに心底呆れながら頷く。ここで恩を売っておいても損はない。


「わかった。だがエルドベルグに着くまでだ。それ以降一切俺は関知しない。それでいいな?」


 二人は大きく頷く。傷ついているアドルフではロニーを持つのは無理だ。面倒だが、ロニーはショウが運ばなければならないだろう。舌打ちをしながら、抱き上げギルドハウスを出る。




 メガラニカは人っ子ひとりいなかった。ヘクターが避難させたのだと思う。ヘクターを中々使える人物であると判断する。

 メガラニカを出てエルドベルグに向かう。腕時計も破壊されてしまった。体感時間では、午前3時程だ。あと3時間程で翔太が起きる。その前にやらなければならない事は山積みだ。

 今のショウと眠っている貧弱な翔太は全く異なる存在だ。だが、同じ田宮翔太という人間である事は間違いない。

 貧弱な翔太と今のショウの数少ない共通点。それをあの糞悪魔共は汚そうとした。それは、悪魔という存在が翔太の敵に回ったという事だ。仮にこれが悪魔全体の意思でも決して許しはしない。今回の事件に加担した者は一匹たりとも、すべて駆逐する。

 それが今の『最悪』たるショウの役目なのだから。

 


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