第74話 悪魔準男爵を討伐しよう
翔太とボス悪魔――ウコバクの戦闘はもはや通常人が視認し得ない高速の領域で行われていた。悪魔――ウコバクの真紅の爪が翔太を輪切りにしようと迫るがそれを刀で軽々とはじき、逆に懐に踏み込む隙を狙う。
翔太は刀にも《雷光》を纏わせて悪魔準男爵――ウコバクに蒼い雷の刃を放つ。
バチチチィィィッ!
蒼い雷の刃は空中で強烈に放電し床を破壊しながら豪速でウコバクに迫る。
ウコバクは雷の刃を躱すと巨体とは思えぬ身のこなしで翔太に風のように駆け、左脚を軸にして高速で回転しその遠心力により強烈な右の回し蹴りを翔太に叩き込もうとする。翔太は地面にしゃがみ込みその回し蹴りを避けるともに、足払いをして態勢を崩そうとするが、ウコバクは器用にバックステップすることによりこれを難なく避ける。
翔太はこれに追尾して刀を横一文字に横凪に振るう。
キンッ!
その刀をウコバクは片手の爪で受け流しもう片方の爪を翔太に振り下ろす。真紅の死を連想させる爪は空を切り裂き、翔太を八つ裂きにせんと翔太に迫る。
しかし爪が到達する前に翔太の左蹴りがウコバクに命中する。
ドガッ!
トラックと正面衝突したかのように高速で吹き飛んでいき壁に叩きつけられ木製の壁に大きな穴をあける。
ウコバクは起き上がり舌打ちをしながら再度翔太に向かってくる。
暫らくはこのように翔太がやや優勢に過ぎなかったが戦闘開始からときが経つにつれて結果はショウタの優勢に大きく傾き始めた。ウコバクの真紅の爪はもはや翔太はかすりもしない代わりにショウタの刀がウコバクの身体に無数の傷を作っていく。
(よし。ヘクターさん達は悪魔を倒し終えた。あとは囚われていた人達をヘクターさん達がこのギルドハウスから連れ出せば僕の勝利はほぼ確定する)
翔太は横目でラシェルとヘクターが協力して眷属悪魔を倒すのを確認していた。その確認の際、ヘクターが何かのスキルを発動し、それをスキルラーニングしてしまったが、負荷はたいしたことはなく行動に影響は見られない。
ラシェルが無事なのを見てほっと息をつく。だがラシェルが駄々をこねてギルドハウスから出ていかないようだ。
(ラシェル頼むから言うこと聞いて! もしこの悪魔が形振り構わなくなったら――)
翔太の予想は最悪の形で実現する。ウコバクはニヤリと凄みのある笑みを浮かべる。その笑みを見たとき翔太は全身から血の気が引くのを感じた。
(まさか……)
ウコバクはラシェルに高速で接近し右手の真紅の爪を振り下ろす。爪が豪速でラシェルをズタズタに引き裂くべく襲いかかるが翔太がすんでのところで刀で受ける。
しかし、左手の真紅の爪までは防ぎきれず袈裟懸けに引き裂かれ肉が抉りとられ血飛沫を撒き散らす。
それからは翔太の防戦一方だった。
ウコバクはラシェルに真紅の鋭い爪を急所目掛けて突き立ててくる。
弾丸にも似た拳を振るってくる。
爆撃のような蹴りを入れてくる。
翔太はこれらをすべて受け流そうとするがその嵐のような波状攻撃の全てを受け流すことはできず、手に、足に腹に、胸に決して軽くない傷を負っていく。
(悪魔の攻撃を僕が避けたらラシェルは一撃で即死。全部僕が受けきらなければならない。でもこのままじゃあ……)
横目でラシェルを見る。ラシェルは翔太が傷を負って行くのを見てぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落としていた。翔太は駆け寄っていつものようにとんがり帽子の上から頭を撫でてあげたかった。
だが爆撃のような攻撃に晒されている現状では出来そうもない。だから優しく語り掛ける。
「ラシェル。この建物をすぐに出るんだ。僕は大丈夫だよ。心配しないで!」
ラシェルは頭を振っていやいやをする。翔太はヘクターに視線を向ける。
「ヘクターさん。ラシェルをお願いします」
ヘクターの頷きも見もせずに翔太は賭けに出る。ラシェルに向けられるウコバクの視野をさえぎるように立ちはだかり蔑むような視線をウコバクに送る。
「来いよ。雑魚悪魔。遊びは終わりだ。とっとと殺してやる」
翔太が馬鹿にしたような見下す態度をとる。今更ウコバクが翔太の言葉にイラついたりする事を期待してはいない。あくまで確実に相手を殺すというただの気合い入れだ。
ウコバクも翔太の雰囲気が激変したので警戒しているようだ。顔に浮かべていた笑いを消し注意深く翔太を観察している。暫らくお互いの睨みあいが続いたが、次で勝負を決めようとしたようだ。部屋いっぱいにウコバクの張り裂けるような殺気が満ちた。
翔太は刀を正眼に構える。ウコバクは床に左手だけをついたクラウチングスタートのようなフォームをとる。そして、力を溜め、床を蹴る。
ダンッ!
床を蹴った悪魔は弾丸のように超高速で翔太へ迫り右手の爪を突き立てる。
キィンッ!
爆風を纏い唸りをあげながら迫り狂う真紅の爪を刀で受けながす。同時に挽肉にせんと左手の真紅の爪が翔太の頸部に突きたてられる。翔太はこの爪を右手に突き立てさせる。
「捕まえた! 右腕は君にやるよ」
ウコバクは驚愕に目を見開いている。その隙は実力が拮抗する者通しの間では致命的だった。翔太はすでに左腕に持ち替え【雷光】を纏わせていた刀を上段から袈裟懸けに振り下ろす。
バチバチバチィッ! ズシャッ!
刀は蒼い稲妻を纏い疾風迅雷にウコバクに吸い込まれていきその身体を切り裂く。
刀を振り下ろした直後に右脚を軸として回転しその遠心力で強烈な左回し蹴りをウコバクに叩き込む。
ドガッ!
その蹴りはまるで爆撃を受けたかのような轟音を響かせてウコバクに直撃した。
ドゴォォォォォンッ!
悪魔――ウコバクはロケットのような途轍もない速度で壁まで吹っ飛び木造の壁に叩きつけられその壁をも破壊し頭から身体をめり込ませる。
(やった! 左回し蹴り。思った通りスキルではない武術の技も一度見ればある程度は再現が可能らしい。あの悪魔のものと比べると威力はともかく精錬さに大分欠けてたからこの蹴り自体でダメージを与えられたかは不明だ。
だが少なくとも刀の一撃で致命傷を与えた感触があった。もう虫の息だと思う)
翔太は吐息を洩らすと、左手に持つ刀を油断なく悪魔がぶっ飛んでいった方向へ向けながら肩越しにラシェルに振り返る。案の定ラシェルは一歩も翔太の背後から動いていなかった。内心で舌打ちをしながらラシェルに叫ぶ。
「ラシェル、さあ速く出口まで走って!」
倒れているウコバクに視線を戻したとき凄まじい脱力感が翔太を襲う。スキルラーニングの際の負荷だ。それも特上の。思わず片膝をつきそうになるのを何とか耐えウコバクが何かの反撃をしようとしていると判断する。
「《悪魔の鋭爪》」
ヒュォォォ――!
ウコバクがその言葉を呟くのを聞いた瞬間10本の真紅の爪が弾丸のような超高速で翔太に伸長してきた。同時に身体の脱力感が悪化する。スキルラーニング際の負荷が再度生じたのだ。
気怠い身体に鞭打って左手の刀で何とか10本の爪を受け流そうとする。だが今までの爪とは威力が段違いに強くそして速かった。だから心臓や頭部などの急所に向かってきた爪の軌道をずらすことしかできなかった。
ズシュッ! ザシュッ!
結果左肩と右脚に真紅の爪が突き刺さり切り裂かれる。
「があああぁぁぁ!」
身体中を駆け巡る魂に染み渡るほどの凄まじい痛みに必死に耐えながらすぐに刀で真紅の爪を切り裂こうと刀を振るう。今まで刀で散々弾かれていたのだ。切れるはずもない。痛みで正常な判断ができなくなっていたのだろう。だがウコバクの爪は元の大きさに戻りその手に戻っていく。また、捕まれて反撃するのを警戒しているのだろうか。いずれにせよ、左腕と右脚の切断までは防げたようだ。
だがもはや高速移動は無理だろうし両腕も上げることはできない。これでは刀も振るえない。それにこの気を失わんばかりの痛み。絶望的な状態だ。
翔太の右手から刀が零れ落ちる。翔太が刀を床に落としたことで自らの勝利を確信したのかウコバクがニンマリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「正直ここまで吾輩が追い詰められるとは思わなかったぞ。だが所詮人間。悪魔である吾輩には勝てん」
翔太はウコバクがまだなぜ動けるのかが疑問だった。刀の《雷光》を纏った一撃は袈裟懸けに切り裂き致命傷を与えたはずだ。どう考えてこの短時間で癒えるものではない。翔太にも予想があるがそれは翔太にとって絶望的なものだ。
「まさかあの短期間で再生したのか?」
翔太の代わりにヘクターが翔太の最悪の予想を呟く。
「ほう。中々察しが良いものがいるな。我々上位悪魔には例外なく短時間で高速再生する能力をもつ。故にお前達人間に吾輩が負ける事はない。これは最初から定められていた事だ」
ウコバクは悪鬼のような笑みを顔に浮かべ話を続ける。
「ではそのエルフの娘には予定通り豚の相手をしてもらう。勿論お前の目の前でな」
(それだけは絶対にさせない。命に懸けても。確かに僕は動けないけど。奴を完全に殺す切り札はある)
ウコバクは翔太にのそりのそりと近づいてくる。翔太にはもはや戦闘を行うだけの移動能力はない。両腕さえも動かせないから攻撃手段もない。翔太へのゆっくりとした接近はそのように判断した上での事だろう。こうすることにより翔太の絶望を煽ろうと考えているのだ。それは先ほどからウコバクが何度も翔太の絶望を見たいと馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返し言っていたから間違いはない。
(馬鹿悪魔が! 君はあまりにも戦いを舐めすぎだ。だからこんな致命的な油断をする)
翔太はウコバクにばれないように指をかすかに動かすなどして両腕が挙げられるだけ回復しているのを確認してからウコバクに両手の指先を向ける。
(もう少し悪魔の下種な話に付き合うか。ラシェル、ごめんね。もう少しだよ)
「それともその娘が豚に脚からボリボリと喰われるところを見せた方が良いかな? 吾輩は寛大だ。選ばせてやるぞ。どちらが良い?」
(どうせ僕がどれを選択してもどちらも試すつもりだろう。下種の考えそうなことだ。
だが、ホント馬鹿だ! わざわざ僕の射程距離に入ってくれた。ここまで来ればもう避けられない。この建物が今からブチかます複数の攻撃に耐えられるかは不明だが、もし耐えられず崩壊したらフローラさん達には運がなかったと思って諦めてもらおう。僕にとってはラシェルの方が大切だ)
ウコバクは凶悪に口角を三日月状に釣り上げ翔太とラシェルに迫る。
「そうだね。どちらも嫌だよ。そして君の負けだ! 《悪魔の鋭爪》!」
ビュォォォ――!
翔太の10本の指の爪が超豪速で放たれた弾丸のように伸長しウコバクの身体を貫き引き裂く。翔太の攻撃を予想だにしていなかったウコバクは何の抵抗もできずバラバラになる。つづけて翔太自身とラシェル、ヘクター達に《風の障壁》を掛けるとともに《灼熱の炎弾》のスキルを全力で発動させた。
翔太の前方に超高密度な炎の球が4つ浮かぶ。圧縮され凝集された濃密な炎の塊は世界を焼き尽くす劫火の炎を連想させる。その炎の球は翔太の前方で高速で回転し周囲の床等を蒸発させる。翔太がバラバラになった悪魔に放つように念じる。
ゴオォォォォォォォォッ!
その禍々しい炎の球は回転をしながら超高速で悪魔に殺到し一瞬で塵さえ残らず蒸発させた。
もっともそれでは留まらず炎の球は翔太の対面のギルドハウスの壁をも蒸発させながら突き進んでいき、地面に衝突する。
ドオォォォォォォンッ!
耳を劈くような轟音と共に地面が爆ぜる。同時に凄まじい衝撃波が翔太達を襲うが【風の障壁】のおかげで翔太やラシェル、ヘクター達には影響がなかった。もし【風の障壁】を使用していなかったら迫り狂う熱風によって翔太はともかくラシェル達は焼け死んでいたかもしれない。
同時にレベルアップの際の急劇な負荷が翔太を襲う。レベルアップの負荷について翔太の身体が慣れて来たのかもしれない。前回のレベルアップの意識を刈り取られる程の負荷はない。
(よかった。建物自体は無事だ。それにしても予想以上の威力だ。あの爆発の中に冒険者がいないとよいけど……)
「ラシェル、ヘクターさん。水系統の魔法で消火をお願いします」
翔太の言葉にラシェル達はすぐに水や氷系統の魔法を使って火を消火してくれた。
消火が終わるとレベルアップとスキルラーニングの負荷、ウコバクに受けた傷のせいで床に座り込んでいる翔太の下へラシェルが駆けて来て翔太に体当たりをするかのように抱き付いてくる。
「ショウタ、ごめん。私のせい」
両目より涙をはらはらと流しながら謝罪の言葉を述べてくるラシェルを強く抱きしめる。
「僕は頑丈だから心配ないよ。怖い目に合わせてごめんね」
額を翔太の胸につけたまま身を震わせて泣き続けるラシェルの頭を撫でながらヘクターに視線を向ける。
「ヘクターさん。当初の予定通りに動いてください」
ヘクターは翔太の言いたい事を予想していたのかすぐに頷く。
「わかりました。貴方はどうなさるので?」
「僕はもう少し休んだら、ギルドハウス内の探索を始めます」
ラシェルは額を翔太の胸から外して翔太に必死に訴えるような視線を向けてくる。翔太はそれが何を意味するのか予想がついていたので思わず目を逸らす。
「ショウタもう戦った。探索する必要ない。ショウタもこの街から逃げる」
思った通りの言葉をラシェルは雨に濡れた子犬みたいに心細げに呟く。そんな彼女の目を覗き込みできる限り優しく諭すように説得する。
「オークのボスの討伐はデリックさんに指示された僕のこのクエストでの唯一の義務なんだ。
それにアドルフさん達もこのまま放っておくわけにはいかない。大丈夫。あの悪魔達を倒したからもう命の危険はないよ」
「なら私も探索する」
「駄目! さっき狙われたのもう忘れたの?」
(またこのやり取りか。ラシェルとこの話題についていくら話し合っても水掛け論で埒が明かない。強く突き放すしかないか……)
「探索に危険ないなら私が居ても問題ないはず」
「いい加減にしてくれ! 君の我侭で僕やヘクターさん達の命をどれほど危険に晒したか君はもっとよく知るべきだ!」
ラシェルは打ちのめされたような顔をしながらそれでも必死で翔太に食らいつこうとする。
「嫌だ! 私も探索する!」
「ラシェル!」
抱き締めていたラシェルを引き離し彼女の両肩を押さえ、切るような鋭い視線を向ける。ラシェルはその視線に今にも泣きそうな表情をするが顔をいやいやと首をふる。どうあっても翔太の指示には従わないという強い意思が見られる。
「ヘクターさん。ラシェルに睡眠の魔法使えますか?」
ヘクターは頷き演唱を始めた。
「嫌だ! 嫌だ! 私ショウタと居る!」
翔太はヘクターにラシェルを眠らせた後、抱えてこのギルドハウスから連れ出してもらおうとしたが火事場の馬鹿力というやつだろうか。すぐに全力で暴れ始めた。こう暴れてはヘクターの睡眠の魔法が失敗するかもしれない。翔太の力で抑え込むことも考えたが、ラシェルに怪我をさせることもあり得ると思い止まる。翔太はそこまで手加減がうまくないのだ。
(ごめんラシェル)
翔太はラシェルをもう一度強く抱きしめるとラシェルの額に自分の唇を当てる。先ほどヴァージルにキスをされたとき一瞬頭が真っ白になった事を思い出したのだ。
案の定ラシェルは動きを止めて驚いて目を白黒させていた。ヘクターの睡眠の魔法が完成しラシェルは糸の切れた操り人形のように力を失う。翔太は抱きしめているラシェルの温もりを若干名残惜しく感じながらもヘクターに渡す。
「どうぞご無事で!」
翔太が大きく頷くとヘクターはラシェルを抱きかかえ仲間のエルフ達に当初の指示を飛ばす。
ヘクター達と女性達がギルドハウスを出ていって肩の荷を下ろしたようにひと安心し仰向けに寝転んだ。




