第69話 受付のお姉さんを助け出そう
恋愛色の極めて強い話です。
要は受付のお姉さんが無事に助かったということですので、ヴァージルが嫌いな方やこの手のお話が嫌いな方は読み飛ばし下さい。
街中に入った翔太はひたすら探し回る。
最初は5分もあればすぐに見つけられると高を括っていた。だがそれは甘かった。一向に見つからない。
(どういう事? なぜ見つからない?)
片端から家に入り探し回る。だが建物内を探すにも数が多すぎる。こんなときに索敵スキルを持たない自分の無能さを殺したくなった。
(くそ! くそ! くそ! くそ! くそ! どうして何処にもいない?)
翔太は必死に探す。だがどの建物にも住民はおろかオークすらいない。最悪オークを捕まえて尋問しようと思っていた翔太にとってこれはまさに最悪ともいえる状況だった。
(オークが一匹もいない……全部、城門前広場に出払っていたのか。くそっ! 尋問用に一匹だけでも残しておくんだった。いつも僕はそうだ。詰めが甘い)
残り2分を切ってからもう翔太は残り時間を計算することやめた。絶望で立ち止まりそうになるからだ。
(もし……もし、このままヴァージルさんが見つけ出せなかったら……)
最悪の事態を想像し手が震え、足が震える。ギシリと心がペンチで引きちぎられる。
(ふざけんな!! 僕は何を考えている? そんな事になるわけないだろ! 絶対に見つけ出すんだよぉ!)
ひたすらヴァージルを探す。いつの間にか自分の目から涙が溢れているのに気が付いた。涙が出る詳細な理由は翔太にも不明だ。まだ会って数日の仲だ。恋愛感情ではあるまい。おそらく、ほっとけないからだろう。
ヴァージルは日葵とレイナを足して割ったように人物だ。レイナのように、ふらっと事故で命を落としてしまいそうな危なっかしさがあった。だからついつい関わってしまったのだ。
関わった結果は、正直散々だった。
その気などない癖に、思わせぶりな態度をとって翔太を困らせる。
子供っぽい事ですぐムキになり翔太を混乱させる。
無鉄砲で人の話を全く聞いてくれないところ、危機感零のところは翔太を過剰に心配させる。
改めて考えると恐ろしいくらいヴァージルと関わってから碌な事がない。
そのはずなのに、一匹残らず駆逐してやりたいほど攫ったオーク達が憎い。頭痛がするほどヴァージルの笑顔を永遠に失うのが怖い。心がグチャグチャに擦り潰されそうなほど痛い。
翔太は顔を涙でグシャグシャにしながら探し回る。
(僕のせいだ……。会議室でヴァージルさんをどうやってでも説得すべきだったんだ。説得できなければ気絶させればよかった。理由を話せばデリックさんもバリーさんも許してくれた。それなのに僕はそれをしなかった)
翔太の頭の中には振り払っても、振り払っても、ヴァージルと過ごした数日間が頭の中に浮かんでは消える。
――二人でエミーの護衛をし、エミーに甘いヴァージルに強制的にアームレスリング大会に出場させられたこと。
――翔太が自らの力を上手く説明できない事で衝突したこと。
――許嫁のブルーノとの別れ話に翔太とエミーを散々巻き込んでひっかき回した事。
――挨拶をしなくて激怒させたこと。
――エレナに借金を負わされた事を知り、本気で怒ってくれたこと。
――誘拐の対象となっているのに護衛をつけないと言い張り説得するのに苦労したこと。
――護衛で寝ている翔太に毛布を掛けようとしてくれたこと。
――レイナ専用武器を作るために一日護衛をデリックさんに代わってもらったら口をきいてくれなくなったこと。
――狙われているのに宿屋に一人で来て、勝手に怒り出し二度と付き纏うなといわれたこと。
――実際に攫われ翔太を不安にさせた事。
――ヴァージルの震える手を痛いくらいに強く握った事。
――最後に会議室でのヴァージルの意味不明な態度。
思い出すたびに翔太の心には鋭い杭が刺さり血を流す。
翔太はもう気が狂いそうだった。
(ヴァージル! どこだよ? 僕の前に勝手に現れて勝手にいなくなるなよ!)
とても優しいところ、使命感が人一倍強いところ、拗ねたところが可愛いところが脳裏に浮かぶ。
時間はもう限界を過ぎている。二度とあのヴァージルを見ることはできない。そう頭のどこかが警告する。心臓は物理的にも精神的にも張り裂けそうだ。それでも翔太は探し続ける。
諦めずがむしゃらに進んでも必ずしも奇跡が起きるとは限らない。だが足掻きもしない者には奇蹟は決して訪れない。翔太は足掻きつづけ、結果奇跡は――。
女性の悲鳴が翔太の人外の耳に飛び込んできた。そしてその声色は……。
「や……だ…………や……て……離し……翔……ん……太さ……翔太さん……」
翔太は声の聞こえた建物の中に入る。そこにはオーク達3体に抑え込まれているヴァージルがいた。オークの一体はヴァージルの両手を抑え。もう一体は両足を抑えている。最後に一体はヴァージルに覆いかぶさり丁度鎧を取り去り、ヴァージルの上着を丁度引き裂こうとしているところだ。
どうやら何とか間に合ったらしい。最悪の事態にはなっていなかった。
だがその目に大粒の涙を溜めている姿を見たとき翔太の精神は完全に怒りで塗り潰される。
「き、貴様らあぁ――――!」
鞘から刀を抜きヴァージルの両足を抑え込んでいるオークに地面スレスレに高速接近し刀を横一文字に切り裂く。
ザン!
オークの上半身と下半身がズレていき床に倒れ込む。
ヴァージルに覆いかぶさっているオークは何事かと後ろを振り返ろうとする。
翔太に視線を向ける前にこのオークの頭部を左手で鷲掴みにして、グシャっと頭を握り潰すとともに後ろに放り投げる。
ドオォォォォォォンッ!
頭を潰されたオークが建物に衝突し激震が走る。
突然の悪魔の襲来により、残されたオークは全身を硬直してしまっている。
ヴァージルの両手を抑え付けているオークの両腕を刀で切り落とし、ヴァージルを翔太の胸に左腕で抱き寄せて、オークの首を刀で刎ねる。
ドシャ
オークの頭部が地面に落ち、首から噴水のように鮮血が飛び散る。そして糸の切れた人形の様に首なしオークはドッサっと床に倒れ込んだ。
部屋にオーク共がいないかを確認して腕の中のヴァージルを見下ろす。ヴァージルは涙で頬を濡らしていた。抵抗したときに殴られたのだろう。綺麗な顔や腕に青痣があった。
「無事ですか?」
見たところ肉体的には無事であるが、精神的な面で無事とは限らない。
特にヴァージルは以前攫われた際に縛られただけで腰をぬかすほどショックを受けていたのだ。同じ攫われた場合であっても今回はそんなレベルではない。
「ショ……ウ……タ……さん?」
ヴァージルは翔太の顔を見ると堰を切ったように涙があふれ出てきた。もっとも翔太も涙で顔がグシャグシャだった。ヴァージルは微かに震えながらも頷く。
「本当に良かった」
思わず翔太は愛刀を放り投げてヴァージルを強く抱きしめる。それがまるで合図のようにヴァージルは声をあげて泣き出した。今まで押さえ込んでいた感情が安心したことで完璧に爆発したようだ。ヴァージルは翔太を責めたてる。
「怖かったんだから!」
「ごめんなさい」
「本当に怖かったんだよ?」
「ごめんなさい」
「私を守るっていったよね?」
「ごめんなさい」
「嘘つき……」
「っ! 」
ヴァージルの絞り出すような声を聞いて翔太の胸が締め付けられる。オーク共に対する強烈な殺意と罪の意識が翔太を襲う。
「ごめんなさい……」
だから何とか謝罪を口にする。
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」
「……ご……めん……さい」
翔太はやっとの事で言葉を絞り出す。このときの翔太の表情は苦悶の表情で歪んでいた事だろう。翔太はヴァージルを攫ったオーク共と普段冷静なヴァージルをこれ程取り乱させる原因を作った自分に対する憎悪で身を焦がしていたのだから。
「絶対に許さない!」
このヴァージルの翔太への拒絶の言葉は翔太の心を引き裂いていく。
「…………」
ヴァージルをこれほど追い詰めたのだ。許されようとはもはや全く思ってはいない。
「ばか! ばか! ばかぁ!」
ヴァージルは翔太に捲くし立てると止める間もなく翔太の顔に自分の顔を近づけて来る。そして、翔太の唇にヴァージルの唇を重ねて来た。
「っ!!?」
(キ、キス?)
翔太の頭の中が本当の意味で真っ白になった。恋愛経験皆無な翔太はもちろんキスなどした事はない。ドラマやマンガ等からの情報で憧れはしていたがそれはあくまで頭の中でのお話だ。だから完璧に気が動転していた。自分の心臓の鳴る音が聞こえる。
ヴァージルを直ちに引き離しこんな馬鹿げた行為を止めさせなければならない。どこか冷静な翔太が翔太に告げている。だが、それが今の翔太にはできない。指先一本、痺れたように動かない。ヴァージルを振りほどくことができない。彼女に対する愛しさが堰を切ったように翔太に押し寄せてきていたのだ。
翔太は震えるヴァージルをより強く抱きしめてしまう。それが合図のように躊躇気味だったヴァージルも翔太の背中に手を回し強く抱きしめ、積極的に唇を求めて来る。
それから翔太とヴァージルは互いに抱き合いながら唇を何度も重ねた。最初は中学生のような唇をただ合わせるだけのキス。二人はさらに求めあい、次第に舌と舌を絡め合う大人のキスへ変わっていく。翔太の頭は何も考えられなくなっていく。
暫らくして、辺りから人の声が聞こえて来た。翔太はゆっくりヴァージルの唇から自分の唇を離す。
「「…………」」
暫らく、二人は無言でお互いの顔を紅潮させながら見つめ合う。
だがこの建物に入って来る多数の足音に翔太は我に返る。ここは戦場だ。今はこんな事をしている場合ではない。
翔太はヴァージルの上着が所々破けて僅かに下着が見えているのに気付く。そこで自分の着ているローブを着せてやる。
「ヴァージルさん。僕の後ろに隠れて」
ヴァージルは無言で頷いて翔太の背後へ隠れるように移動する。翔太は放り投げた愛刀を手に取り近づいてくる多数の足跡へ刀の先を向ける。
「ショウタさん。ヴァージルも無事みたいだな!」
B級冒険者ダンカンとA冒険者ジェイクだった。翔太は安堵の微笑をもらす。
二人に翔太が去ってからの事を聞く。大筋は翔太の計画通りに動いたようだ。
まず、レイナが凡そ900匹のオークを殲滅した。フィオンとレイナはその後、陣頭指揮をとっているアドルフの許可をもらい後方に待機している。
オークを殲滅後、城門前の人質と冒険者を直ちに救助した。人質となったメガラニカ市民は、オーク達に殺された者も数多くいたが、攫われた冒険者達は全員城門前に集められており無事であったらしい。
アドルフは冒険者の部隊を、2班を中心とするオークの残党狩りのチームと、1班を中心とする街中の住民保護と避難誘導のチームとにわけ現在活動中らしい。
ダンカンは1班であるが、自分から志願して残党狩りに加わった。正義感の強いダンカンらしい。
もっともほとんどのオークはレイナと翔太が討伐してしまい、チームで残党狩りをするほど残ってはいないだろう。翔太があれだけ探したのに見つからなかったのだから間違いはない。現に、ダンカンもジェイクもオークの残党狩りのチームだが、ほとんど1班と同様の仕事しかこなしてはいないと言っていた。
あと数体、オークキングが仮に出たとしてもラシェルとヘクターには【乱光包】と【雷切】
を与えている。ラシェルが傷を負う事は万が一にもあるまい。
十中八九、オーク共のボスにはオークエンペラーがいる。
オークエンペラーは討伐クラスがSSS-以上であり、アドルフ達にはやや荷が重い。翔太が片を付けるべきだ。今回のオーク共のボスを討伐することはギルドから与えられた義務の一つ。今後のためにも必ず成功させなければならない。
「じゃあ僕はオーク共のボスを討伐してきます」
「オーク共のボス……やっぱり、いますかね?」
ダンカンは翔太が言ったオーク共のボスの意味がわかっているのだろう。苦悶の表情を浮かべる。
「間違いありません。50匹ものオークキングがいたんです。確実にそのオーク共を束ねるオークエンペラーがいるはずです」
「オークエンペラー……」
ダンカンの呟きに周囲の冒険者達が息を呑む。
オークエンペラーはオークの最上位種であり、いまだ一度しか報告されていないコカトリロードに並ぶ伝説上の魔物。本来、冒険者側の超越者の集団であるSSSクラスの冒険者が討伐に臨むべきものなのだ。
レイナがオーク共を殲滅し冒険者側の勝利は動かないと喜んだ矢先に、再び全滅の危機が到来したのだ。冒険者側の落胆は想像を絶するだろう。
ここで落ち込まれても迷惑なだけなので励ます事とする。
「心配しなくても良いですよ。オークエンペラーは僕が倒しておきます。支部長命令ですので」
ダンカンが翔太を見て皮肉気に口角を吊り上げながら、肩を竦める。
「どこかに買い物に行くみたいに簡単に言わないでくださいよ。本来SSSクラスの冒険者数人で討伐する魔物なんですよ」
周囲の冒険者も今の和やかなやり取りでやや緊張が緩和されたのか皆苦笑いをしていた。翔太が冗談を言っているとでも思っているのだろう。
「そうでしたね。気を引き締めてかかりますよ。正直僕もブチ切れてますので、逃がしませんよ」
ヴァージルの泣き顔を思い出し憤怒に狂気めいた殺気がこもる。冒険者達が怯えたように目を伏せる。
もっとも、ダンカンとジェイクは普段通りの様子であったし、ヴァージルに関しては何が嬉しいのかニコニコしていた。
「確かに今のショウタさんなら、気を引き締めてかかる必要性も感じませんがね」
ダンカンは肩を竦めてやれやれという仕草をする。ダンカンの翔太に対する扱いは徐々にエスカレートしているように思える。翔太が無茶苦茶するのが一番悪いのだが。少しずつ人間扱いされなくなっているようだ。
そのうち魔王討伐行ってくるよと言っても、いってらっしゃいと気楽に返答されるのではなかろうか。
「ダンカンさん、ジェイクさん、冒険者の皆さん、僕も今から討伐へ向かうので、住民の保護を優先でお願いいたします」
「任せてください。我々ではショウタさんの戦闘の邪魔にしかなりません。俺からも住民の保護を優先的に行うよう他の冒険者にも伝えておきます」
「アドルフには出会い次第その旨進言します。おそらくすぐに受け入れられるでしょう」
何の疑いもなく協力してくれるダンカンとジェイクに軽く礼を述べる。翔太は次にヴァージルに向かい合いきつく念を押す。
「ヴァージルさんはダンカンさん、ジェイクさんと一緒に住民の保護をお願します。絶対に無理しちゃだめですよ。今日はもうオークとの戦闘自体控えてくださいね」
ヴァージルの使命感の強さなら多少ごねると思っていたが素直に頷く。その素直さは翔太にとって有り難いものだったが別の問題が生じていた。このヴァージルの頷きが頬を紅色に染めつつ、ハニカミながらされたものだったからだ。
こんなヴァージルの表情を見たことがない他の冒険者達の疑惑は一瞬でマックスになってしまった。ダンカンはニヤニヤしつつもショウタとヴァージルに相互に視線を向けている。ジェイクも呆れたように肩をすぼめる。
そんな周囲の反応をみて翔太は猛烈にこの場で蹲り頭を抱えたい気持ちとなった。さらに誤解されるとはわかりつつ、ダンカンとジェイクに頼む。
「ダンカンさん、ジェイクさん、ヴァージルさんのこともお願いしますね」
「「任かせてください!」」
ダンカンは意味ありげな笑みで、ジェイクは清々しい笑顔で翔太に答える。
周囲の翔太とヴァージルを見る目が嫌で翔太は簡単な挨拶をした後逃げるように建物の外に出た。
お読みいただきありがとうございます。
やはり今月は半端じゃなく忙しいです。予定通りいかず申し訳ありません。




