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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
75/285

第68話  殲滅姫 爆誕  フィオン

 フィオンの目の前――メガラニカの城門前には、500匹ものオークがこちらを睥睨している。オークジェネラルも数十体はいるようだが、【雷切】を装備している今のフィオンからは全てが同じオークにしか見えない。装備品などから判断するしかない。


 レイナは興奮が抑えきれないらしい。散々したはずの準備運動などをたしなんでいる。まだ手加減が満足できないレイナが腕を振るうたびに豪風が巻き起こり、盛大に土煙が巻き上がる。ディートは心底迷惑そうであり、止めてくれと『クゥ~ン』と鳴くがレイナは夢中で気付かない。

 肩を竦めてディートの頭を撫でてやると諦めたらしい。もう好きにしなさいというヤケを起こした母親のようなリアクションをとっていた。


               ◆

               ◆

               ◆


 戦いは始まった。レイナとフィオンの二人においては戦いと呼べるかは甚だ疑問ではあったが。

 レイナは途方もなく美しい。レイナ自身が持て余すほどの美貌を持っている。そのレイナに、蜜に群がるミツバチのようにワラワラとオーク達が殺到する。以前ならそのおぞましさに、顔を顰めているところだろう。だが目の前の形容しがたい光景を見ればその気すら起きなくなる。


 レイナはある意味期待を裏切らない少女だ。最高の期待から最悪の期待まですべて答えてくれる。


 雪崩のような地響きと蛮声を上げながら突撃してくるオーク共。

 オークの一匹が鉄製の剣を上段に構えながら猛進してくる。

 レイナは地面を蹴ると上空へ跳躍し、突進してくるオークに下降し振り絞った右拳を全力でぶつける。そんな事をすればどうなるかなどレイナももう十分理解しているはずなのだが……。


 ブオォォォォンッ!


 レイナの爆風を纏った右拳はその凄まじい拳の風圧のみでオークの身体ごと粉々に吹き飛ばす。無論全力のレイナの攻撃だ。その程度で終わるはずもない。勢いをあまった右拳はそのまま地面に深々と突き刺さる。


 ドゴォォォォッ!

 

 数十匹のオークを粉々の肉片に変えて、地盤とともに空高く血肉の花吹雪が舞い上がる。残されたのは同心円状に陥没した大地。まさに魔の森での武器の性能試験のときの再現である。


(こ、この娘は懲りてないのか……)


 当然レイナを諌める。口をとがらせて、刀で地味に切り刻み始めた。


 レイナの鬼神のごとき戦いをみて周囲の冒険者の視線が一斉にレイナに集まる。その視線を受けて益々増長するレイナ。


 オーク達の頭を鷲掴みにし、砲弾のように投げ始めた。レイナに投げ飛ばされたオークは空気を切り裂き、地面に衝突し幾多ものクレーターを作っていく。ほんの数分で100体ものオークがバラバラの肉片となる。


(すまん。ショウタ。レイナに手加減は無理だ! あれが精一杯だろう)


 無残な挽肉となっていくオーク共も尻目に、フィオンも【雷切】で切り裂いていく。【雷切】はその特殊能力だけに目がいきがちであるが、刀自体の性能も激甚(げきじん)だ。オーク達の鉄、鋼の剣、鎧をまるでスライムの身体を切りつけているかのごとく切断していく。


 フィオンが【雷切】を持っていない左拳でオークの頭部を殴ると頭部が吹き飛び血肉が地面に飛び散る。


 左脚を軸にして遠心力のたっぷり乗った右の廻し蹴りを食らわす。その衝突で身体が爆砕し、数十メートルも吹き飛んでいき、他のオークに衝突し衝突したオークの首の骨をゴキリと折る。レイナ程ではないにせよ甚大な力である。

 数分でフィオンの周囲にはオークは一匹もいなくなった。急ぎレイナに目を向ける。


 オーク達は性欲に目をぎらつかせながらレイナに大波のように襲いかかる。

レイナの姿がブレる。

 次の瞬間不可視の速さでレイナは戦場を駆け巡り、同時にオーク頭部が空を舞う。あるものは捻じり切られ、あるものは【小狐丸】によって切り飛ばされる。オーク達は反応をする機会すら与えられず次々と屠られていく。


 この光景を見てフィオンにある疑念がわく。

 オーク達の反応が明らかに異常だ。確かにオークは性欲が強い魔物である。戦闘でも性欲を前面に出しながら攻撃を仕掛けて来ることなどざらだ。だがそれも自らが優勢な場合だけである。劣勢な場合には生存本能が勝つ。レイナに反撃さえも許されず殺されているのだ。どう贔屓目に見ても劣勢であり性欲など沸くはずもない。それがワサワサとゴキブリのように湧いて、欲情をたぎらせながらレイナに襲いかかり、いとも簡単に屠られていく。

 しかもオーク達は高度に連携も取りながらレイナに殺されに向かってくるのだ。まるでマリオネットのようで強烈な違和感しかしない。


(このオーク達の動き……裏に今回の事件の真の首謀者がいるのかもしれんな。

考えている場合でもない。今は戦いに集中しよう)


 フィオンは再び戦いに集中していく。

 だが事態はすぐに動き出す。突如400匹ものオーク達が新たに投入されたのだ。400匹のうち350匹は今までのオークとの違いがフィオンには識別できない。メイジやナイトのような恰好をしているからオークメイジとオークナイトなのだろう。

 後の50匹は威圧感も装備も一流と言えた。

もっとも、【神話級(ゴッズ)】で実力が上がり、感覚が麻痺したフィオンからすればスライムからゴブリンにクラスアップした程度にしか感じなかった。フィオンですらそうなのだ。感覚の鋭いショウタならともかく、レイナには違いを認識し得ないだろう。

 

 オークキング6匹とオークジェネラル20匹がレイナを取り囲み下賤な笑みを浮かべていた。


 フィオンにはオークキングが2匹のみ。随分舐められたものだ。地を蹴り【雷切】を上段から兜割りのように垂直に振り下ろす。暴風を巻き起こしフィオンの怒りを体現した刀の刃はオークキングの頭頂部に吸い込まれていく。

それは一撃!

 たった一撃でS+の魔物――オークキングは左右に分断されて地面にドシャッと倒れる。


 フィオンはさらに俊足でもう一体の立ちふさがる愚かなオークキングに近づくと、その腹部目がけて【雷切】を左から右へ横一文字に薙ぎ払う。オークキングが持つ【希少級(レア)】の武器すらも両断し、ズズッとオークキングの上半身が重力に従い地面に衝突する。

 

 全く心配はいらないがそれでも攫われていないか気にかかる。それが親心というものだ。

 すぐにレイナの様子を窺うが、こればかりは絶句するしかなかった。オークキング6匹、オークジェネラル20匹はフィオンがオークキング2匹の討伐を完了する間にすでに屠られていた。 


(おい、おい、おい――! 俺も最短で倒したんだぞ――!  レイナもショウタも強くなり過ぎだろ)


ショウタを見るとどこか様子がおかしい。抑えきれない憤怒を堪えているようだ。濃密な殺気がショウタの身体から周囲に徐々に漏れ出している。

 レイナは怒られると考えてか、自慢の虎耳をペタンと折ってショウタの顔色を窺っている。


 直ぐにショウタ達の所へ行き、何が起こったのかを聞く。

 ヴァージルが攫われたらしい。そういうわけか。それですべて合点がいった。


 レイナにオークキングが6匹、オークジェネラル20匹が突如取り囲んだのも、例の裏切り者の人間達が原因なのだろう。

レイナは今回確かに無事だった。

 だがそれは運よくショウタがいたからだ。まるで獣王国の守り神――獣神イーリオンの神託のようにレイナが魔の森で倒れていたショウタを助ける。数日足らずの冒険で絆ができ、ショウタがレイナを賊の手から救出する。賊に襲われたことでレイナの危うさを感じたショウタが【超越級(トランセンデンス)】――【フラゲルム・デイ】を作成し、レイナに与える。もしこの過程に少しでも綻びがあればレイナは確実にオークの餌だった。それだけではない。フィオンもオークキングが数十体も相手では【雷切】がなければ死亡していた可能性も高い。

 フィオンはもう一つのあったかもしれないショウタが異世界に召喚されなかった最悪の物語を想像し、鳩尾に氷の棒が通るような感覚に襲われる。

 同時に、『豚』なんぞに協力した人間達に対し激しい憎悪が湧き上がる。


 そこからショウタはある計画を提案した。

 まず、目の下にキズのある男を追いつめる。

 その後アドルフを説得し、説得できなければ、指揮権を無理やり奪い取る。普段のショウタの考えではない。すべてをかなぐり捨てている。ヴァージルの無事以外、もうショウタには全て眼中にないのかもしれない。

 その後、指揮権をヘクターに委譲し、ショウタはヴァージルの救出へ向かう。

 この戦場の900匹近くのオークはレイナの【フラゲルム・デイ】の全力解放で対応する。

 

 この作戦を耳にしたとき最初当然の作戦だと思った。

 この900匹近くいるオークを1班の冒険者達を犠牲にせずに殺し尽くすのはもうレイナの【フラゲルム・デイ】でないと不可能だ。

 疑いなくフィオンと【雷切】のコンビでも900匹のオークを殲滅するのは可能だし、簡単だ。【雷切】の雷虎を発動させれば、すぐにでも勝負は決する。

しかしその場合1班は少なくない数の死亡者がでる。ショウタも同じだろう。短時間で殺し尽くすスキルを持つならフィオン達に相談せずに自らで全て片を付けているはずである。腹が立つがショウタという男はそういう男だ。


 だがここで大きな問題があった。

 レイナの【フラゲルム・デイ】を使い900体ものオークを殺し尽くせば、確実にレベル20に到達する。レベル20になればレイナはハイビーストに進化する。その進化の際に武器である【フラゲルム・デイ】と同化するらしいのだ。そして同化すれば神以上もの力を得る。ショウタが躊躇するくらいだ。真実なのだろう。

 叔父の立場からは是非とも拒否させてもらいたい話だ。レイナは兄貴から預かった命よりも大切な姪だ。少しでも危険がある行為はさせるわけにはいかない。

 だが同時にショウタの考えも理解できた。レイナの安全を名実ともに確保したいのだろう。

 レイナが【フラゲルム・デイ】を発動させれば、一瞬で勝負はつく。

 それを見た冒険者や賊でさえも、二度とレイナに逆らおうとは思わないはずだ。それはおそらく大陸史上最高の威力を有する攻撃であろうから。

 さらにただでさえ大陸最強のレイナが進化すればレイナに勝てる者はこの世界にはいなくなる。そこまで非現実的に強くなればもう獣王国の連中も利用しようとすら思うまい。人間種が神を利用しようと思わないのと同じだ。まさに名実ともにレイナの安全は確保される。

 フィオンにはどちらが良いのか判断はつきかねる。あとはレイナ自身が決めるべきことだ。


 フィオンとショウタの苦悩をよそにバカ娘はあっさりと承諾する。

 もしレイナに何かあれば、ショウタに責任を取らせる事にしよう。ショウタの性格からして拒否はすまい。そうすればレイナは幸せだ。それも良いのかもしれない。


『七つの迷宮(セブンラビリンス)』をショウタから渡される。使い方は一度説明書を読んだことがあり覚えている。このような貴重なものを簡単に人に預けるのは宜しくはない。今回は仕方がないが、事がすべて済んだらショウタを説教する事にする。


               ◆

               ◆

               ◆


 2班本陣に到達するとショウタは似合わない悪役(ヒール)の真似事をしていた。

 逆らったS級冒険者をデコピン一つで倒し、2班の冒険者を震え上がらせる。本人は相応しいと思っている節があるがフィオンは全くそう思わない。

フィオンと同様の気持ちの者は少なからずその場にはいた。


 まずは治療で本陣まで戻って来た1班のダンカンだ。彼はショウタのやる事自体に疑問を抱いていない。

 B級なのにも関わらず、S級の人間族の貴族がショウタに切りかかろうとしたとき、ダンカンもまた剣の柄に手を掛けていた。殺気の向けられていた先はもちろんS級の貴族だ。

 

 次は竜人のジェイクだろう。彼はS級冒険者に愚かな生き物でも見るような侮蔑を含んだ視線を向けていた。ショウタに対して畏怖ではあろうが神聖視している感が彼にもある。


 最も過激な視線を送ったのはエルフ達だ。それは自らの一族が信仰する神に対して向けるような視線であった。

 エルフのリーダーのヘクターが腰に【雷切】を携えているのが見える。それならショウタを神と勘違いするのも当然だ。ショウタという人物を良く知っていたフィオンでさえも一度本気でショウタ神説を信じたのだから。

 

 ラシェル・メイヤーはもう少し遅ければ右手に持つ短剣でSランクの冒険者を攻撃していたかもしれない。その短剣は【雷切】と同様の威圧感を発しており、使用していれば確実に命を摘み取っていた事だろう。面倒な事にならなくて本当によかった。


 ショウタは人外の脚力で地面を踏み砕き、フィオンでも怖気が走る殺気を撒き散らしながら畳みかけに入る。

 ショウタがヴァージルが攫われたこと、ヴァージルの警護の任務の命をデリックから受けていた事、ボリスに絡まれた隙にヴァージルが攫われたことの異常性を冒険者の前で暴露すると状況は一変した。

 次々にボリスたちに非難の目が向いている。フィオンはボリスたちの後ろに移動する。レイナを豚の餌にしようとした下種を逃がす気などないのだ。獣王国でせいぜい生きているのも嫌になるくらいの地獄を見てもらう。

 目の下にキズのある男はそろりそろりと後退している。


(この男、レイナの誘拐を画策したんだよな? 真正の馬鹿か? 

 この状況で逃げ出せるはずもないだろう。知らぬ存ぜぬで通せば切り抜けられたかもしれんのに)


 ショウタもそれに心の底から呆れた表情を傷の男に向けていた。フィオンが男の前に立ちふさがると、ナイフをフィオンに向けて来る。


(バ~カ! ナイフを向けたら捕まえてくれと言ってるようなものだろう? レイナを豚に売ろうとしたお前だけは許さねえよ!)


「どけ!!」


 フィオンに向かって切りつけて切るが、所詮はBクラス程度の力しかない。フィオンの敵ではない。いとも簡単に押さえつける。


「お前がレイナを豚共に売り払おうとしてた奴か? ただじゃあすまさねえぞぉぉ――!!」


 フィオンは身に宿る憤激を男にぶつける。


 ベキッ!


 男の右腕が本来ならばあり得ない明後日の方向へ向く。


「ぎゃぁあああぁぁ!」


 男の劈くような濁声が静まり返った2班本陣に響き渡る。

 堰を切ったように、2班の全員がボリスとその仲間につめ寄る。

 フィオンも、目の下にキズのある男を紐でがんじがらめにする。


「おい、糞野郎! テメエ、よくも俺達のヴァージルさんを! 絶対ぇぶっ殺す!!」


 Sランクの貴族の男性冒険者が射殺すような視線をボリスたちに向ける。


「許さない……よくもヴァージルを――! 許さないっ! 許さないっ! 許さないっ! 絶対に許さなぁ――いっ!!」


 剣を抜いたヴァージルの同僚の女性が剣を鞘から抜く。完全に眼が据わっている。周囲の冒険者が慌てて羽交い絞めにするが、まだ暴れている。


「殺す……ねえ、こいつらもう殺していいよね? どうせ殺すんでしょ? あっでも、このまま簡単に殺すのは皆も許せないよねぇ!」


 同じく濃密な殺気をもって短剣をブラブラさせながらレイナと同じ歳程の少女が叫ぶ。同意の声が聞こえ、ボリスが悲鳴を上げる。

 

「心配しなくてもこいつらは我が国の発明王に引き渡す。なあに真に何にもしていなければ直ぐ帰れるさ。

 だがもし今回の糞事件に関わっていたら……わかっているよな?」


 フィオンの言葉にその場の全員が沈黙した。

 発明王は七賢人の中で最も壊れた人物であることは周知の事実だ。そして発明王がレイナ姫にご執心であることも。

 もしこの誘拐事件に関わっていたら尊厳なんて言葉が出て来る予知はないだろう。すんなり殺してもらえる事はまさしく皆無である。まさに地獄への片道切符といえる。

 

 アドルフが気を取り直してショウタに向き合い話し合い始める。

 思った通りアドルフはレイナが一人で殲滅することを信用できない様子だ。だがアドルフを責める気にはなれない。少し前のフィオンでも同様な反応をすると思うから。


 ついに、ショウタの濃密な殺気に当てられて渋々アドルフも了解の意を示す。

ショウタはレイナとフィオンに簡単な挨拶をすると蒼白い光に包まれ消えてしまった。

 アドルフを含めた全員が絶句している。誰かが『き、消えちゃった……』と絞り出すように呟くのがフィオンの耳にも入って来た。

 この程度で一々驚いていたら、ショウタとはとても関われないのだが……。

フィオンはアドルフの肩に手を置く。


「アドルフ。信じられんお前の気持ちもよくわかる。少し前の俺もこんな荒唐無稽な話、とても信じられなかった。

 それにショウタの言ったことが真実かはすぐに判明する。

 仮に偽りなら、お前の言うように全軍で突撃すれば良い。それまでほんの少しでいい。待ってくれないか?」


「…………わかった」


 アドルフは伊達にエルドベルグ、SSクラスの冒険者の頂点に位置していたわけではない。論理的思考力は高く、強いものは強いと認める力もある。本来自らの目で見てもいない事象をあり得ないと突っぱねるような人物ではないのだ。寧ろ、フィオンよりも非現実な事には耐性があるだろう。

 ただショウタという超ド級の規格外な人物と今まで関わっていなかったに過ぎない。

 アドルフの近くにはフィオンと同様、非常識の権化たる竜人王がいた。どうしても、竜人王の力で枠を嵌めてしまうのだろう。竜人王にできぬことはいかなるものもできはしないと。フィオンもグラディスで同様の枠を設定してしまうから良く分かる。それは通常はこの上なく正しい。真理と言っても良いくらいだ。

だが、その真理はショウタが絡むと簡単に覆る。それをフィオンはこのたった数日で嫌と言うほど実感していた。

 だからフィオンはこの件に関して同様の境遇にあるアドルフに同情と共感にも似た感情を持っていたのだ。


 兎も角、アドルフも一応は納得した。

 ショウタの言葉通りオーク共の殲滅を直ちに遂行しなければならない。同時に、冒険者の中にいる裏切り者に自らの選択の愚かさを思い知らせる必要がある。レイナという超常的な力の存在をもって!


「レイナ、用意を頼む。900体殲滅するまでの時間はどれくらいかかる?」


 殲滅までの時間が早ければ早いほど、連れ去られた冒険者達の無事の確率は高くなる。

 だがさすがにこの数だ。殲滅完了まで十数分は見ておいた方がいいだろう。


「う~ん……【フラゲルム・デイ】の全力解放はまだ慣れていないの。

 1班の冒険者まで巻き込まないようにオークだけ消滅するように攻撃対象を絞らないといけないし。私、手加減苦手なの。だから2分くらいかな……」


「…………はぁ? 2分?」


 フィオンの素っ頓狂の声にレイナは咎められていると思ったらしい。あたふたして、取り繕う。


「わ、わかったわ。1分でやる」


「い、いやそういう意味ではなくてだな――」


 レイナはフィオンの言葉を聞きもせず目を閉じている。相も変わらず人の話を聞かない娘だ。


『う~ん』とレイナは唸っている。他の全ての冒険者の視線がレイナに向けられる。

 ――好奇心の入った眼。

 ――一生懸命に仲間のために頑張るレイナに憧れる目。

 ――オーク共を蹂躙したレイナがまた何かやってくれるのではないかという期待の目。その目には否定の色は一つもない。

 だが同時に全ての者が半信半疑であったことも事実だ。能力を把握しているフィオンさえも全てを殲滅するにはそれなりの時間がかかると思っていたくらいだ。

 今からレイナが起こす奇蹟を誰が予想できようか。

 レイナは目を開けると、フィオンに向き合う。


「索敵終了。今、丁度城門前にいるオーク以外は全て殲滅対象となったわ。

 全部で879匹。自動オートモードに設定したから命じればすぐにでも殲滅は完了する。もうやっていい?」


 そんなふざけた事を言いやがった。まだ1分と少ししかたってはいない。仮にレイナのいう事が強がりではなく真実なら、それはもはや人間の所業ではない。神の御業だろう。それがフィオンの正直な感想だ。


「あ、ああ。やってくれ」


「じゃあ、いくわよ」


 レイナが右手を真上に挙げるとオーク達がいる戦場である広場の上空に千本近い数もの漆黒の剣が突如として出現する。

 その漆黒の剣には猛虎の赤い豪華な装飾がなされており、一本、一本が出鱈目な量と質の赤黒色のオーラを放ち、それらが剣に纏わりつき渦をなしている。


(あ、あれは……)


 【神話級(ゴッズ)】の【雷切】を所持するようになったからわかる。あの剣一つ、一つが【神話級(ゴッズ)】など遥かに超える奇跡を体現したものだ。ショウタが言っていた【神話級(ゴッズ)】、最強の【雷切】でさえも、完膚無きままに一撃で粉砕されるだろう。性能試験ではあんな剣は出なかった。レイナは自動オートモードと口走っていたが、それが関係しているのだろうか。

 フィオンは一瞬冒険者達の様子を窺う。冒険者達は二種類の反応に分かれていた。

 

 一種類目は、レイナが何かやってくれるという期待と好奇心の入り混じった反応。

 少なくとも上空の剣が落ちてくれば少なからずオークは死ぬだろう。もしかしたら、三分の一は殺してくれるかもしれない。そんな反応だ。場違いにワクワクした子供のような目をしているものもいる。これが冒険者のほとんどといってよかろう。

 

 二種類目は、あの上空の剣の本来の性能を肌で感じている者の反応だ。すなわち、畏怖。皆が蒼ざめてわなわなと震えている。

 まずはアドルフだ。ぶわっと額に多量の汗が滲む。ボソッと『ば、馬鹿な、神の武器……があれほど沢山――』と呟いていた。

 次はヘクター、ラシェル達エルフだ。ほとんどが顔面蒼白だった。ただヘクターだけは空に浮かぶ神話の風景に魅了されている様子だ。快感で放心状態であるようだ。こういうタイプだったのかと若干引く。

 最後はフローラとロニーだろう。いずれも玉のような汗を額に浮かべ無言で上空を睨んでいる。


「《炎華狂瀾》――!」


 漆黒の剣は地上に神速で落下する。赤黒色の剣がまるで流星が地上に落下するかのごとくいくつもの赤黒色のオーラを引き連れながら戦場の大地に立つオーク達に死の牙をむく。


 ピシュンッ!


 フィオンではもはや視認できない神速で落下した漆黒の剣はオーク達を串刺しにすると同時に一瞬でその劫火で焼き尽くし、その体を気体に変える。その結果、オークキング、オークナイト、オークメイジ、オーク総勢879匹が燃えつくされ魔晶石すら残さず消滅した。


「…………」


 戦場には今までの喧騒が嘘の様に静寂が支配している。フィオンも無言で浮世離れした光景をただ呆然と見ていた。

 1班冒険者達も突然戦場から音もなく煙のように消えたオーク達に戸惑いその場にへたり込んでいる。状況を明確に把握している2班の冒険者の方が驚きは大きかっただろう。皆、石のような固い表情になっている。 

 

 フィオンはショウタがいう大陸最強という言葉の意味を理解しているつもりで真の意味では理解していなかったのかもしれない。

 無意識にアドルフ同様、グラディスと比較していた。グラディスよりも少し強いだけ。どんなに強くても2倍は強くはあるまいと思っていた。ステータス自体はそこまで決定的な差は離れていない。【魔力】と【魔力の強さ】等は圧倒的にグラディスが上なのだ。取得スキルの数も強さもグラディスが上だ。魔法とスキルを駆使すればグラディスならば対抗することはできると信じていた。

 だがレイナとグラディスにはもはや絶望的な力の差がある。さほど違いがないように見えていたのはあくまでステータスが同じであるからに過ぎない。実際には子供と大人程の差がある。その理由は武器の性能があまりにも違い過ぎるせいだ。

 半径500mの敵だけを1分程で索敵し、敵とみなせばほぼ一瞬で切り裂き焼き尽くす。防御など一切が無意味。グラディスでさえもレイナに一度敵と認識されれば抵抗など一切できず消滅することだろう。今のレイナはまさに歩く殲滅兵器と言っても過言ではない。これこそが真のアースガルズ大陸最強なのだ。

 だがショウタがいうにはまだ先があるという話だった。我が姪はどうなってしまうのだろうか。

 絶対にショウタに責任を取らせねばなるまい。ギルドハウスでの様子ではショウタも満更ではないようだし、それが良い。


「わ……たし……達……勝った……の?」


 A級の女性の冒険者がボソリと呟くと、それをきっかけに次々に2班の呆けていた冒険者が覚醒し始めた。


「す、すげぇ! 一瞬でオークキング含めたすべてのオークが――」


「あの数に俺達が勝ったんだ!」


「1班の冒険者も無事みたいよ」


「生きて……エルドベルグに帰れるのか……?」


「当り前でしょ! 私達が勝ったんだから!」


 目の前の絶望的な戦況から脱し、ほっとした反面興奮が小波のように押し寄せてきたのだろう。レイナに熱い視線が一斉集まっていく。レイナはその視線の意味がわからないようで、キョトンと小首をかしげていた。

 【フラゲルム・デイ】の扱いに慣れてきたレイナからすれば先ほどの殲滅劇もたいした労力でもなかったのかもしれない。



(この娘は自分が何を為したのかを理解していないのか? 

 オークキング50匹、オークジェネラル350匹をほぼ一人で滅ぼすなど、まさにレイナが憧れていた英雄や勇者の所業であろうに……。仕方ない)


「レイナ、右拳を天に掲げろ!」


「え? どういうこと?」


「いいから、言われた通りにしろ!」


「う、うん」


 レイナが勢いよく天に拳を突き上げる。


『ウオォォォォォォォォォォォッツ!』


 途端、地鳴りのような声援が2班本陣を駆け巡る。

 ――あるも者は声を喉が裂けんばかりに叫ぶ。

 ――ある者は地面を力強く踏みしめる。

 ――ある者は、上空に色とりどりの魔法やスキルを打ち上げる。

 まるでお祭り騒ぎだ。そしてそれが徐々にレイナコールに変わっていく。嵐のようなレイナの名を叫ぶ声。

 レイナは面食らってぽかんとしていた。だがレイナの顔が赤く染まっていく。最初、興奮しているだけかとも思ったが、額に浮かんだ玉のような汗がこれを否定する。ショウタの言っていた進化が始まったのだ。

 すぐに隣にいるアドルフに目で合図する。アドルフは事情を把握していないのにもかかわらず、すぐに動き始めてくれた。


「馬鹿騒ぎもそれまでだ。まだ戦争は終わっていない。むしろ、俺達2班はこれからが本番だろう? 今から2班を再編成してオークの残党狩りを行う」


 さすが一流の冒険者というところか。すぐに顔に厳しさが戻り、浮かれた表情がなりを潜める。アドルフはフローラとロニーに2班の冒険者達の再編成を頼み、フィオンの下へ来る。


「すまんな。アドルフ」


「いや、いい。それよりレイナ姫は大丈夫なのか? かなり苦しそうだが――」


 アドルフはフィオンに肩を押さえられているレイナに視線を向け、フィオンに近づき小声で話始める。2班の中に裏切り者がいる事を思い図っての事だろう。さすがはSSクラスのトップに君臨していた男だ。抜け目がない。


「その事なんだがな。俺とレイナはここから姿を消す。後の事は頼む。事情は後でゆっくり説明する」


 アドルフは眉も動かさず頷く。レイナの様子を見て予想はしていたのかもしれない。


「構わない。寧ろ、これ以上レイナ姫とフィオンに活躍されたのでは我々の立つ瀬がなくなる。だが、十分気を付けろ! 俺も十分に2班の冒険者達には目を配って置く」


「ありがとう。感謝する。エルドベルグに帰ったら酒でも飲みかわそう!」


「ああ、楽しみにしている。そのときに酒のつまみにでも、あのショウタという少年の事を教えてくれ! もちろん話せる範囲でよい」


「了解だ。だがショウタはその場に連れて行くさ。本人に直接聞きな。包み隠さず教えてくれると思うぜ!」


 アドルフはこのフィオンの言葉に面食らっていたが、右手を差し出してくる。フィオンも右手で固く手を握り合い、互いの無事を祈る。


 フィオンはレイナを抱きかかえ、ディートと共に森の中へ身を隠す。他の冒険者の数人に見られた。こうなると、『七つの迷宮(セブンラビリンス)』の存在は非常に助かる。


(全く、ショウタの手際の良さには感心するのを通り越して呆れる。この先読みは兄貴を前にしているみてぇだ)


 指輪のアイテムボックスの機能を発動させ、コントローラーを取り出す。

 コントローラーを第7階層に設定し、画面に表示された開門のボタンを押す。そして、フィオンとレイナ、ディートはアースガルズ大陸からその存在を消失させる。




 

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