閑話 レイナとショウタ(2) フィオン
ショウタがビフレスト王国の姫に魔法を教えに行き借金を負わされて帰って来た。ショウタを手に入れたい気持ちは嫌と言う程わかる。ショウタが居れば魔法の存在そのものが変わりかねないのだから。だがやり方がよろしくない。ブルーノという青年同様、平民に対する王侯貴族の驕りが見える。明らかに逆効果だとわからないのだろうか。
案の定、ショウタは怒り心頭の様子だ。せっかくに手に入れた『七つの迷宮』を手放すと言い出した。あんなものが世に出たら世界はまた混乱する。慌ててフィオンが買い取るという。
勿論、これもフィオンが金を出す口実に過ぎない。そうでも言わないとショウタは金を受け取らないだろうから。
どうやらショウタという少年にフィオンは執着しているらしい。
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さらに疑問は膨らんでいく。ショウタはスキルを使い始めた。しかも、次々に複数のスキルをだ。
ショウタが戦闘後に突然苦悶の表情を浮かべる。怪我をしたのかと思い慌てて大丈夫かと尋ねる。するとケルピーとの戦闘で複数のスキルを取得したという。しかも、スキルの発動を認識することが取得条件らしい。そんな取得条件聞いたこともない。フィオン達が必死で何十年もかけて取得したものがショウタは一目見ただけで取得することができる。それに、ショウタの取得条件はフィオン達とは根本的に異なる。フィオン達は剣術や防御など様々な戦闘技術スキルや職業スキルを日々の鍛練によって取得する。
確かに取得条件がレベルの上昇であったり瀕死の重傷であったりする者達もいる。彼らは様々なユニークスキルを獲得しやすく、『ユニークスキル・アクイジションズ』として、各国に雇われたり冒険者ギルドで高い地位にいたりする。
だがその彼らとて、レベルが上がったからといって剣を振らなければ剣術スキルは取得できない。瀕死の重傷を負ったからといって、戦闘でなければ防御系スキルは取得し得ないのだ。故に魔物からスキルを獲得するなどと言う非現実的な事は起こりえない。
その事実が公になれば各国、あらゆる組織がショウタの獲得に動くだろう。獣王国とて例外ではない。フィオンにショウタを獣王国へ連れてくるように命が下されるのは確実だ。この世界に来たばかりのショウタにこれ以上、この世界の闇を見せて幻滅してほしくはなかった。フィオンの師匠――ノア・アズマのように失望した結果姿を消してしまうのは目に見えている。
それにこの世界は今ギリギリの均衡で成り立っている。ただでさえ魔軍が聖法教国アグレシアに侵攻しており、各国がその動向に目を光らせている状況だ。そんな緊迫した状況で、巨大な存在が一つの組織に加担すれば、均衡は崩れ大戦へと発展しかねない。それは避けたい。
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レイナのショウタの能力に対する嫉妬はさらに強くなる。ショウタに対し一言も口を利かなくなってしまった。そろそろ注意をしたほうが良いかもしれない。そう考えていた所で最悪の状況に陥った。
目の前に開けた広場のような空間があった。そこは肌が泡立つような不気味な圧迫感がある場所だった。
ショウタがいち早くそれに気づきフィオンに忠告する。退避しようとしたが、レイナはショウタへの対抗意識から一目見る事を強硬に主張した。危険を察知する勘は冒険者には極めて重要なことだ。それを普段から口を酸っぱくする程言ってきたことが逆に裏目に出てしまった。放っておけばレイナ一人でも行きかねない。仕方なく一目見る事を条件に広場へ行く。
そこには一匹の怪物がいた。コカトリスにしては巨大すぎるし、発する覇気も禍々しすぎる。強さもおそらく別格だろう。一目見ただけで異常さを認識した。だが、身体はまるでコカトリスの石化ブレスを受けたかのように動かない。
ショウタに現実に引き戻される。いつの間にか完全に立場が逆転していた。ショウタがコカトリスの親玉を受け持つことになる。たった数日で戦闘能力だけではなく、冒険者としても追い抜かされたかもしれないと苦笑しながらも戦闘態勢に入る。
ショウタとコカトリスの親玉の激しい激戦をフィオンは予想していた。だがそれは呆気なく覆される。ショウタの圧勝だった。ショウタが強いのは認識していたが、もはやフィオンの理解の範疇を超えている。このレベルはもう獣王国でも獣王や四獣将クラスだろう。
闘いにすらならないような蹂躙劇を繰り広げた後、翔太は地面に倒れて気絶した。驚いて近づくと疲労で寝ている様子だ。レイナも心配そうにショウタの顔を見つめていた。自らの我侭のせいでショウタが傷ついたと思っているのだろう。今にも泣きそうだった。普段ならばフォーローもするのだが、今回の事はレイナにはいい薬かもしれない。放っておく事にした。
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その後紆余曲折あり、エルドベルグ冒険者ギルド支部長のデリックに事の次第を報告することになった。その結果、ショウタはギルドクラスの試験を受ける事となる。
その際に、コカトリスの親玉はあの伝説の魔物、コカトリスロードだったことが判明した。伝えて聞いていたよりも大分弱く感じたのは単にショウタの強さが桁外れだっただけだろう。
兎も角コカトリロードなら数千万Gで魔晶石を売れる。これでビフレスト王国の姫からもショウタは解放される。
その夜宿屋キャメロンの宿屋の一階に行くと、ショウタとレイナが真赤な顔をして見つめ合っていた。思わず頬が緩む。後でショウタをからかう事にしよう。
次の日は、ショウタの昇格試験だ。ショウタにはギルドの試験の際に、試験官に十分手加減をするように注意した。ショウタが本気で殴れば人間など簡単に爆砕する。デリックは身近に突然変異の化物がいないからその危険性が理解できないのだ。兄に獣王がいるフィオンには十分すぎる程最悪の結果を予想できた。
若干しつこく言い過ぎたせいか最後はショウタの機嫌がどこか悪くなっていた。
しかし、ショウタが試験官を殺すような事になるよりはましだ。
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その昼間、朝に知り合ったジャン、ルネという少年、少女と共に街へ遊びに行った。
レイナはジャンとルネと手を繋ぎ満面の笑みを顔面に漲らしている。すっかりお姉さん気取りだ。まあレイナは末っ子。彼らの存在はレイナにとって初めてできた弟妹に等しいのかもしれない。
一緒についてきた保護者役のご老人――モーズリーもそんなレイナ達の様子に嬉しそうに目を細めていた。
途中でデリックと遭遇する。ショウタの件につき尋ねると万事うまくいったと伝えられほっと一息つく。
モーズリーとデリックは既知の仲らしく今晩一日ジャンとルネを泊めるよう頼まれる。それを聞きレイナはジャン達と飛び上がって喜んでいた。その彼らの様子に頬を緩ませる。
夕食後、ジャンとルネはショウタがいつ戻って来るのかとフィオンとレイナに何度も聞いてきた。この子達はショウタにとても懐いている。本当は今日一緒に遊びたかったのだろう。
会いたがっているジャンとルネのために宿屋の一人娘アンナにショウタが戻り次第、フィオン達に伝えるように頼んである。
しかし21時を超えても一向に姿を見せない。彼奴はいつもこんな夜遅くまで外出しているのだろうか。
確かに今の翔太ならば並大抵の事なら心配はいらない。だがショウタの巻き込まれ体質は異常なのだ。並大抵じゃない事態が次々と小躍りしてやって来る。とても安心はできなかった。
22時にアンナがフィオン達の部屋にやって来て、もう寝ると伝えてきた。ショウタは未だ不帰だ。ジャンとルネも寝付いたことだし食堂で待つことにする。
22時半を過ぎてもまだショウタは戻らない。心配で胸が押し潰されそうになる。
ここまで他人を心配するのはレイナ以来だろう。フィオンの弟と妹は全て出来が良すぎてフィオンが心配する余地など皆無だった。いつも面倒ばかり起こすショウタはフィオンにとって初めての弟のような存在なのかもしれない。イライラしながら貧乏揺すりをするが、一向に不安が収まらない。レイナも心配しているようだったがフィオンとはまた別の理由らしい。心配を通り越して怒っていた。
夜の23時になってやっと帰って来た。第一声が『あれ? まだ起きてたの?』だ。さすがに頭に来て叱りつけた。なんでもガルトのところで『鍛冶』の見学をしていたらしい。鍛冶に興味を持つとは異世界人は相変わらず良く分からない。
レイナは怒りを爆発させたようにすごい剣幕でショウタに詰め寄っていたが、ガルトの所で『鍛冶』を見学していたと聞くと途端に怒りは収まった。
もっとも、今まで怒っていた手前気まずいのか必死で機嫌が悪いふりをしているようだ。
そんな事は露知らぬショウタはレイナの頭の上に手を置き『ごめん』と謝る。レイナは真っ赤になって俯いてしまった。尻尾がブルンブルン揺れている所から察するによほど嬉しいのだろう。
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今日もショウタの帰りは遅い。あの阿呆は昨日言った事をもう忘れたのだろうか? 特にショウタの実地クエスト試験の日だ。Dクラスの試験程度ではショウタの実力なら通常傷一つ負うことはあるまい。だが、ショウタは厄介事を自ら呼び込む力がある。試験でコカトリロードのような魔物がうじゃうじゃ湧いて出て襲いかかって来る可能性も零ではないだろう。不安だ……。
帰って来たショウタは昨日と異なり心底疲れた様子だった。話を聞くと、今度はバジリスクの王とドンパチでやりあったらしい。
コカトリスロードといい、バジリスクキングといい、魔の森で何かが起こっているのかもしれない。今後の魔の森での冒険はできる限り慎重に行動すべきだろう。
ショウタが遅れたのはエルフの少女の探し物につきあっていたかららしい。安心した反面、怒りが沸き立つが、悪鬼のごとき形相をしたレイナにつめ寄られショウタはタジタジとなっていた。
結局レイナの頭に手を乗せて誤魔化す翔太。レイナはリンゴのように真っ赤になりながら、昨日と同様必死で怒った風を装いながら二階の自分の部屋に逃げ込んでしまう。ショウタは一見、パッとしないが顔の造形は悪くない。将来立派なジゴロになるかもしれない。
『ジゴロになったショウタにはレイナはやらないぞ』とまるで父親のような気持ちになる。
取り敢えずショウタは昨日以上に叱りつけた。
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次の日はジャンとルネとのお別れの日だ。
早朝、彼らはこのエルドベルグを去る予定だ。
既にショウタとはお別れを済ませたのだろう。目が真っ赤であり、泣きはらしたのが容易に想像できた。
だがその子供達の顔は活気に満ち溢れており、泣きそうなレイナとは対照的だった。ショウタと再会の約束でもしたのかもしれない。この子達にとってショウタは英雄的存在だ。その英雄が決して嘘をつくはずがない。そんな心境なのかもしれない。
子供達に対し当初レイナはしょげて泣きそうだったが、子供達のまたすぐに会えるとの発言で何時もの元気を取り戻し、最後には笑顔で子供達に手を振って見送っていた。
一安心してレイナと朝食をとり自室に戻る。
部屋でフィオンがそろそろ今日の冒険に行く準備をしようとしていとき突然、ドアがけたたましく叩かれる。扉を開けると真っ青なアンナと息を切らしたギルドの職員がおり、ギルドの職員はフィオンにしがみ付いて来た。
事情を聞くとレイナの身に何かがあったらしい。今レイナがどこにいるのかを聞く。ギルドハウスにいると聞き、直ぐに走り出す。何年ぶりになるかの文字通り全速力で走る。心臓が今にも爆発するくらいに痛いが構いやしない。
フィオンの頭にあったのは、レイナが傷つき倒れている姿だった。その姿が頭に浮かぶ度に、心に杭が刺さり血を流す。
転がるようにギルドハウスに入ると、ショウタとレイナが受付の前にいた。ほっとして、座り込んでしまいそうになるのを堪えながらショウタとレイナのもとに行き傷を負ってないかを確認する。無傷のようだ。すぐに翔太に事情を聞くと、レイナが賊に襲われたらしい。
受付嬢――ネリーを説得し、デリックのところまで行ってショウタに説明を求める。だが、翔太は中々答えない。どうやらレイナに聞かせたくない事らしい。
ショウタはレイナを壊れ物でも触れるかのように扱う。ショウタにとってレイナは手のかかる妹のような存在なのだろう。レイナの兄や姉と同様の視線を向けているのだから間違いはない。もっともレイナはそれを聞けば落ち込むだろうが……。
レイナは宝物のように十分な愛情を与えられ育てられたせいか危機意識が著しく低い。この際だ。もし攫われたらどうなっていたか理解してもらう事としよう。ショウタに頼んで話してもらう。
そこからの内容は確かにショウタが躊躇するのもわかる程の愚劣極まりない内容だった。冷静なデリックでさえも、娘のようなヴァージルに対する賊共の暴言に濃密な殺気を醸し出していた。
フィオンも冷静ではとてもいられない。ショウタの話では、レイナが一人で下流区に極めて近い中流区の裏路地に入ったという事だ。
このお馬鹿娘は――! あそこの治安は最悪なのだ。まだレベルの低いレイナなら攫われる事も十分あり得る。後で説教だ。今日という今日は許さない。事件が解決するまで冒険は止めてレイナを付きっきりで警護するしかないだろう。
問題はヴァージルの護衛だった。話の流れからデリックが誰を護衛に着けようとしているかは明らかだ。明らかに職権濫用だと思う。だが、当の本人であるヴァージルが護衛を付ける事を拒否する。こういう無鉄砲さはレイナに似ている。意外にもショウタが狼狽しヴァージルを説得し始めた。もうデリックの策に嵌っている。護衛は拒否できないだろう。レイナの護衛を手伝ってもらおうかと思っていたので少し残念だ。
面白い事にヴァージルはショウタが護衛に着くと聞いて頬を赤く染めた。思わず吹き出しそうになった。あのお堅いヴァージルがこんなわかりやすい反応するとは――。もう解は一つしかあるまい。
もっともヴァージルの顔を見たレイナは可視できる程のどす黒い感情を燃やしていた。レイナを護衛するのが大変になりそうだ。
何かあってからでは遅い。今度の事は獣王国に即急に報告しなければならない。ただ、その際にはショウタの事も報告対象に挙がるが、レイナの安全のためだ致し方ない。すぐに、文を獣王国へ出す。十数日後には獣王国の護衛者がエルドベルグに到着するだろう。そうすればレイナが攫われる事はまずなくなる。誰が来るかはわからないが、おそらくは獣王国でもトップクラスの実力のある者が来るだろうから。
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レイナは先ほどから心が此処にあらずといった様子だ。イライラし、フィオンにすぐ八つ当たりをして来る。正直鬱陶しい。
暫らくして、ショウタが部屋へ来た。
レイナは今までの機嫌が悪いのが嘘のように顔を輝かせる。
だが、ショウタの前では冷たい態度をとるという演技をしていた。ショウタは気付いておらずその試みは成功していたといえよう。まあフィオンにはバレバレであったが……。
ショウタに話があると耳打ちされ部屋の外に出る。
ショウタはレイナを強くする方法はないのかと聞いて来た。実はフィオンもそれを考えていたところだ。レイナは危機意識が皆無に等しい。しかも獣王国一の美貌の持ち主だ。今後同様のレイナの拉致が計画されることもあり得る。そのとき今回のようにショウタがいればよいが、それは正直難しかろう。
レイナの【才能】は80近くあり既に獣王国ではトップクラスだ。だがレベルが低すぎる。レベル10くらいではなかったかと思う。だから複数人で襲われれば簡単に攫われてしまう。ショウタにはレベル20まで上げればハイビーストへの進化の道がある事を知らせた。もっとも、進化後にはまたレベルは1に戻ってしまうのだが……ショウタは気持ち悪い笑みを浮かべながらフィオンに礼を言い意気揚々と帰っていった。
不安だ。心の底から不安だ。あれは兄――グラディスと同じ笑みであり、悪巧みをしているときの笑みだ。
翌日ショウタは宿屋に一度も現れなかった。当然のごとくレイナの機嫌は最悪となる。宥めるのも大変だ。たった二日でこれでは、もしショウタと別れたらどうなるのだろうか。その悪夢を想像し身を震わせる。




