第65話 城門にいる魔物を攻略しよう(1)
馬車を降りると、ヴァージルの指示した場所で二班のメンバーが集まっていた。
ヴァージルが指示した場所は城門から700m程離れた場所にあった。
周囲には森も岩等もなく10cm程度の草がまばらに生える地面しかない。そんな開かれた場所であり、その場所から城門を一望できた。
戦力の配置図としては、城門周辺にオーク達が陣取っている。ざっと見ただけでも、500体はいると思われる。
そのオーク達に向かい合う形で、1班200名が配置され、その1班の後方に2班100名が配置された。そして本討伐の本陣は2班が今いる場所に設置される。
オーク達と1班との距離は約500mにすぎないから、どちらかが動けばすぐに戦闘は開始されるだろう。
翔太は目的の3人を観察する。
まずは、一番心配する必要がないレイナからだ。レイナは翔太から見て一班の一番右側の端に配置されていた。勿論フィオンとディードも一緒だ。危なげない布陣だろう。
一番心配なヴァージルは、レイナとは真逆の一班でも一番左側に配置されていた。なぜ、フィオンとレイナの近くではなかったのだろう。
あの二人の近くが間違いなく本闘いの一番の安全地帯だ。態々(わざわざ)、攫う対象であるレイナとヴァージルを引き離した事も敵の策謀なのだろうか。全てが疑わしく勘ぐってしまう。
最後がラシェルだ。ラシェルは2班であり、翔太の丁度左後ろであまり緊張した様子もなく無表情でボーとしている。そんな無防備な姿を見て一抹の不安が頭をよぎるが今更だ。
だが、ラシェルの右手には【乱光包】が握られているところから見てもヘクター達はちゃんと動いてくれているのだろう。
とりあえず2班はオークジェネラルクラスが出てくるまでは基本、後方待機である。オークジェネラルが現れ次第、翔太が瞬殺しようと思っているのでラシェルは城門が解放されるまでは無事を確保できるだろう。
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総指揮官アドルフの掛け声が響き渡り戦闘が開始された。
翔太はフローラの隣でレイナとヴァージルの両者の戦闘を観察している。勿論、特に注意深く観察しているのはヴァージルだ。
戦闘開始直後、当初圧勝と考えられていた一班のオークの殲滅に陰りが見えた。この理由を翔太は次の二つにあると結論づける。
まず今回オークの装備が思っていたよりもずっと充実していたことだ。
ほとんどのオークがCクラス以上の冒険者の装備を備えていた。これは魔の森浅域で出会ったオークの鉄屑のような貧相な武器や防具と比べると雲泥の差がある。武器や防具のアドバンテージがない事は思っていた以上に冒険者に不利に働いた。
翔太の分析では今回の戦闘でBクラス冒険者が一人につき同時に相手ができるオークは2体がせいぜいだろう。Cクラスならオーク1体が限度だ。このことは数の上で圧倒的に不利な冒険者には致命的だった。
二つ目はオーク共が見事に統率されていたことだ。
フィオンに教わった複数の魔物の倒し方に冒険者がひと塊となって行動し魔物を取り囲んで攻撃することがある。この戦法が成り立つのはオークの数が少ない場合か、オークが統率されていない場合だ。今回のようにオークの数が一班冒険者の数の2倍以上もおり、統率がされている場合には使えない。逆にオーク達は冒険者達を分断してから取り囲んで各個撃破するといった戦法をとってきていた。
これらにより当初の冒険者の圧勝という状況ではなくなったのである。
では肝心のレイナとヴァージルの両者の戦闘についてだ。
まず、一番心配なヴァージルだ。
ヴァージルはBクラスだけあり危なげない戦闘を行っていた。オークに囲まれないように近くの冒険者と協力して対処している。具体的には数人の冒険者が互いに背中を向けて円陣を形成しオーク達から背後を取らせないようにしている。この様子ではオーク達もヴァージル達を攻め落とすのは至難の業だろう。
レイナ達だが……もう無茶苦茶であり、全てが台無しだった。特にレイナは一応、手加減をしているつもりなのだろうが手加減に全くなっていない。
レイナが左拳をオークの正中へ無造作に突き出すと、拳を受けたオークの持つ鉄製の剣自体が粉砕されオークの身体を弾丸のような速度で数十メートルも吹き飛ばし地面を深く抉る。
レイナが右手に持つ【小狐丸】を横一文字に横凪にすると、数メートル程の爆風を纏った斬撃がオーク数体に衝突し、爆散し空中に血肉の華を咲かせる。
極め付けは手加減を明らかに誤った左拳がオークごと地面に突き刺さった。
ドゴォォォォォォォンッ!
凄まじい轟音が響き渡り、爆風が吹き抜ける。
直撃をくらったオークは一撃で骨も残さず消し飛んでしまった。
数体のオークがその拳が地面に衝突した衝撃波で上空にボールのように放り投げられ周囲に血飛沫を撒き散らす。
さすがにフィオンに咎められたらしい。口を尖らせながらもレイナにしては地味に【小狐丸】で切り刻んでいく。
2班の冒険者達の声が聞こえて来る。
「お、おい、あれ、レイナ様だよな?」
「ああ。レイナ様だ。強かったんだな……」
「…………強いって言うのか? あれ……」
「…………」
このような会話は至るところから聞こえて来る。目の前で起こっている事態があまりにも非現実的過ぎて頭が追い付かないのだろう。
アドルフも翔太の横にいるフローラも血行がとまったような真っ青な顔をしている。ラシェルでさえもレイナをみて滝のような汗を流している。
この中で驚愕の表情を浮かべていないのはラシェルのエルフの仲間達だけだった。ヘクターが翔太のすぐ後ろに近づいて来て耳打ちして来る。
「あの獣人の姫の超常的な戦闘能力もショウタ様のお力ですか?」
人間の翔太へエルフのヘクターが敬語を使うという異常事態に誰も気付きもしない。勿論レイナの出鱈目な行為によるものだ。
ヘクターは翔太に非常に礼儀正しく接してくれる。なら翔太はそれに報いるべきだ。だから包み隠さず話す。
「うん。僕が作った【超越級レベル2】の効果だよ。あれでも本人は精一杯手加減しているつもりなんだ。大目に見てあげて」
「【超越級】! やはり貴方様は……」
ヘクターは何かを悟ったように、恭しくも頭を深く下げて仲間のところへ戻って行った。
戦況はレイナとフィオンが存在するおかげでやや冒険者側が優位に展開している。最も、二人が本気を出せばものの数分で決着はつくだろうが。
ヴァージルは傷つきながらも善戦している。オーク達は死肉に集る蠅のように美しいヴァージルに性欲を全開にして迫っていく。オーク達のヴァージルを見る目が翔太には耐えられない。それがどんな感情なのかわからない。でもそれは決して考えてはいけないような気がした。
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その後も暫らく戦況は冒険者側が有利に進む。だがそれはレイナとフィオンがいる右側のオーク共が壊滅状態だからだ。ヴァージルのいる左側と中央は冒険者が明らかに劣勢であった。
2班の冒険者達もレイナとフィオンの鬼神のごとき戦いに目と頭が慣れてきたせいか、戦況を冷静に分析できるようになっていた。
「まずいな。オークが予想外に強すぎる。少なくとも討伐推奨Dクラスはある。強いものはB+の者もいる」
翔太の隣にいるフローラが誰に言うのでもなしに呟いた。ロニーも相槌を打つ。
「しかし、レイナ様とフィオン様のおかげで我々冒険者側が有利に進んでいます。オーク共を殲滅するのも時間の問題でしょう。」
「それがそんなに時間もかけられないんだよ。数十人とはいえ人質を取られてしまっている。もう、オークに占領されてからおよそ4時間近く経つ。オークの下劣さを考慮すれば人質の精神も限界の時間だ」
ロニーもフローラの言葉に相槌を打つ。
そして事態は翔太にとって最悪を突き進んでいく。左側の冒険者の集団の防御陣形がついにオークによって切り崩されたのだ。
そして、翔太の人外の視力を有する目にはオークに囲まれた数人の冒険者がオーク達に抑え込まれて城門内に引きずり込まれていく姿が写った。
(くつ! 今動く? いやヴァージルさんがいる。
確かに僕が動けば戦闘自体はすぐにでも終了するさ。でもヴァージルさんが攫われる可能性が増す。
じゃあ、あの人達を見捨てるの? 僕なら助けられるのに?
しかし……)
翔太が一歩を踏み出しあぐねていると、不意に鋭い大声が翔太に向けられる。
「おい、お前!!」
翔太はヴァージルから目を離すわけにはいかないので、ちらりと横目で声の相手を見る。
声の主はボリスだった。どうやら戦闘の休憩で2班本陣に戻って来たらしかった。
もっともボリスはずっと戦場の一番後方で待機していただけであり疲れているはずもない。その事実はこの2班の全員が知っていた。なぜなら丸見えだからである。
「お前、なぜDクラスなのに戦闘に参加しない?」
ボリスの場を弁えない馬鹿でかい声に戦いを観戦していた2班のほぼ全員が翔太達に視線を向ける。
(こんな奴に関わっている場合ではないのに……)
翔太はくだらない争いは直ぐに終わらせてヴァージルを注視しようと考え、ボリスに目を向ける。
「僕は2班に配属され、オークジェネラルの討伐を命じられました。それに、デリックさんから戦闘中の自由行動の許可を特別に貰っています」
「デリックさんだと、デリック侯爵閣下は貴族、それも貴族の中でも上位の『侯爵』だ。平民ごときが、『さん』づけて読んで良い相手ではない」
「申し訳ありません」
翔太はサッと頭を下げた。とにかく一秒でも早くこの茶番を終わらせなければならない。これこそが眼の下に傷のある男の策略かもしれないのだ。
翔太は賊に顔を見られている。とすれば翔太の強さは賊には脅威として認識されているはずだ。翔太の目を引き付けておいてヴァージルを攫うことなど上等手段だろう。
「貴様、ちゃんとこちらを向いてしゃべらんか!!」
(鬱陶しい。一度脅して黙らすか)
通常の翔太ではありえない事を考えるほど翔太は焦っていた。
「はい。それでご用件は?」
「だから言っているだろう。なぜ戦闘に参加しないのだと聞いてるんだ!」
「だから、先ほども申しました通りです」
「貴族の私を差し置いてこんな安全な場所から高見の見物とは恥ずかしくないのか?」
(あんただって、少し近くから見ていただけじゃないか。僕と大して変わらないだろう?
でもどうする? コイツの言う通り戦闘に参加する? しかしそうすれば、ヴァージルさんを見守ることはできなくなる。
僕、忘れたの? 僕がほんの少し目を離した隙にヴァージルさんは攫われたんだよ?)
「…………」
「おい、答えろ!!」
「うるさいぞ! 戦闘に参加もしないでただ後ろで眺めていた奴は黙ってろ! 僕が集中して戦闘見れないだろ!」
フローラが不機嫌そうにボリスを睨み付ける。ボリスは一瞬怖じ気ついたように後ずさりするが、すぐに食ってかかった。
「それは私に対する侮辱ですか? 私を誰だと思って――」
ボリスが言葉を最後まで話し終える前にフローラは自らの言葉で遮った。
「ボリス・マカスカー――辺境、貧乏伯爵の次男だろ? 君、ある意味有名だからな。でもさぁ、今は戦闘中なんだよ。君の行為は悪質な戦闘妨害行為だ。
これ以上一言でも話せばお父様に君がした事を全部話す。お父様怒るだろうなぁ。このメガラニカの領主様とは親友関係なんだから。それでもいいんだな?」
「…………」
同じ伯爵にも格があるらしい。どうやら、ボリスのマカスカー家よりもフローラのマグネス家の方が遥かに格上らしい。ボリスは真っ青になって押し黙ってしまった。翔太はほっとして、視線をヴァージルに戻す。しかし――。
「っ!!? うそ……でしょ……? そんな……」
ヴァージルがどこにも見えなくなっていた。翔太の人外の視力でも戦場からヴァージルを探し出す事はできない。
ヴァージルの消失だけではなく、戦場全体が異常事態に陥っていた。400匹ものオークが突如戦場に参戦してきたのである。
そしてその参戦してきたオーク共は通常のオークとは、装備の豪華、纏う雰囲気すべてが違っていた。翔太の見たところ、オークメイジが150匹、オークナイトが200匹、識別不能な巨躯のオークが50匹だ。
オークメイジとオークナイトの350匹は間違いなくオークジェネラルだろう。だが巨躯のオーク50匹はバジリスクと同等の圧迫感がある。つまり少なくともS+の力はあるという事だ。間違いなくオークキングだろう。
2班の冒険者達もオーク達の戦力の異常さに気がついたらしい。次々に言葉が本陣に飛び交う。
「う、嘘……だろ? あの50匹程、オークキングじゃないか?」
「そんな……オークメイジが150匹近く。こんなの勝てるわけない。すぐに退却すべきだ」
「どうすんだよ。1班の連中もう壊滅状態じゃないか……」
「すぐに救援に向かうべきだ!」
「馬鹿野郎! そんなことしたら全滅するわ!」
「じゃあ、見捨てるのか?」
精鋭部隊であるはずの2班のメンバーさえも恐慌状態に陥っていた。指揮系統もあったものじゃない。冷静なのは翔太の異常な力を知っているラシェルのエルフの仲間達くらいだろう。
(今は多く考えちゃ駄目だ。ヴァージルさんを助ける。それだけ考えろ!
それにさ。アイツらは僕に喧嘩を売ったんだ。僕の大切な人を傷つけようとしているんだ。もう遠慮はいらない。徹底的にやってやるさ。それにはまず――)
翔太はレイナ達に目を向ける。予想通りレイナにもオークナイトが20匹とオークキング6匹が遠巻きに取り囲んでいる。これでなぜ翔太が今このときにボリスに絡まれたかの理由がわかった。
レイナは鬼神のごとき力で敵を粉砕していく。オークナイトもオークキングも共に平等に屠られ血肉となっていく。レイナにとってオークキングでさえも普通の平オークと変わりはしない。フィオンもレイナに負けず劣らず、刀を振るい一刀のもとに切り伏せていく。
既に、レイナをオーク共が取り囲んでから数十秒で、オークナイトの10匹とオークキング2匹が屠られていた。
翔太もすぐに鞘から刀を抜く。レイナの周囲には今は10匹近くのオークナイトと、4匹のオークキングがいる。レイナ自身は全く心配していなかったが、今は時間が惜しいのだ。こんなザコ共に構ってチンタラやっていたらヴァージルが傷ものになる。それは絶対に翔太の心が許せない。
「ショウタ君、ちょっと待ちたまえ。今一人で行くのは危険――」
ドン!
フローラが話終える前に翔太はレイナの下に全力で駆けだしていた。
ヴァージルが視界から見えなくなり本当に翔太は焦っていたのだと思う。この世界に来てから初めてと言える全力だった。翔太が蹴った地面には大きな亀裂が入り、土煙が舞い上がる。翔太とレイナまでの距離は約500m離れていたが、ほんの数秒でレイナの下まで到達した。
弾丸となった翔太はレイナの背後にいるオークキング一体に接近し、腹部に左フックを全力で打ち付ける。
ボンッ!
オークキングは一撃で粉々に粉砕され臓物と血飛沫が舞い散る。
次にレイナから見て左のオークナイトに接近して左脚でヤクザキックを全力で撃つ。
ドゴォッ!
レイナから見て左のオークナイトは弾け飛びながら、数百メートル吹き飛んでいった。勿論原型など留めてはいないだろう。
翔太とレイナという二体の怪物の射程範囲に入っていたオークキング3匹は声にならない悲鳴を上げて逃げようとする。
しかし、レイナの爆風を纏った右拳がオークキングの頭に衝突する。
ドォン!
左拳が頭に着弾し頭を粉々に吹き飛ばし、胴体から出た血が大地に血の雨を降らす。
もう一体のオークキングは逃げようとピクッと身体を僅かに動かすが、翔太の上段から袈裟懸けに振り下ろされた刀により、斜めに呆気なく切断される。切断されたオークキングはズズッとズレていき糸の切れた人形のように地面にドシャっと落下しその生涯を閉じる。
最後の一匹のオークキングは翔太とレイナから逃げるため背を向けた瞬間、レイナの【小狐丸】が頭部から垂直に振り下ろされていた。それはただの刀による力任せの振り下ろしに過ぎない。だがあまりにも威力が規格外過ぎた。
ドゴオォォォォ!
地面に叩きつけられた【小狐丸】は、まさに爆砕と言うほかない程の破壊を巻き起こし、巨大なクレーターを形成する。勿論、切られたオークキングは原型をとどめてはおらず豚の挽肉化していた。
翔太とレイナにより、残りのオークナイトも数秒で屠られる。
「一人で片付けられたわ!」
「…………」
頬を膨らませて非難の目を翔太に向けるレイナ。普段ならリスのように可愛いレイナの頭を撫でてやるところだ。
だが今は時間が惜しい。レイナに構わず無言で目を瞑って、フィオンとディードの到着を待つ。




