第60話 作戦会議をしよう(1)
「おい、貴様」
翔太がギルドハウスへ入ろうとすると突然呼び止められた。ギルドの昇格試験で嫌な視線を送って来た銀色の鎧を着た金髪の青年だった。
「はい? 僕ですか?」
「分からんのか? 頭の悪い平民らしいな」
(分からないから聞いているんじゃん。あと平民と頭の出来とは全く関連がないよね)
「はあ」
翔太が気のない返事をしたのが気に食わなかったのか金髪の青年は蟀谷に青筋を立てながら捲くし立ててくる。
「平民風情が何だ! その態度は!」
(また、この手の貴族か。ブルーノさんといい、エレナさんと言いマジで勘弁してほしい)
「すいません」
魔物との数々の戦闘と黒服の賊との戦闘等から全く恐怖を感じなかったが一応話に付き合う事にした。金髪の青年は翔太の謝罪に多少は気を良くしたのか話を続ける。
「私の名はボリス・マカスカー。伝統あるマカスカー伯爵家の次男だ」
(案の定、ブルーノさんの同類だ。高そうな鎧、金髪、如何にもという格好だものね。でも普通自分で伝統ある伯爵家っていう?)
「初めまして、僕の名前は――」
「自己紹介などいらん。平民の名など覚えるつもりはない。そんなことより貴様、ヴァージルさんに付き纏っていたな?」
(まあ、ヴァージルさんに『キャメロンの1階ロビーで付き纏わないでください。迷惑です!』ってはっきり言われたし間違いではないよね。
でもさ、地球でもこの世界でもストーカーとして扱われるなんて、僕って傍か見るとそんなに粘着質に見えるのかな……)
地球での悪夢の再来か。心底うんざりする。だが『付き纏っていた』のは嘘ではない。肯定すべきだろう。否定してもここまで自信を持っているのだ。証拠は掴んでいるはずだ。
「はい」
翔太とボリスの話に耳をそばだてていた冒険者からも非難の野次が飛んできた。
だが元の世界でもいつも似たような状況にあったのだ。翔太にとっては以後の対応も非常に簡単だった。
要は相手が好きな言葉を話してやればよいのだ。そうすれば面倒な話はすぐに終わる。もっとも所詮は口約束、それを守る必要もないが……。
「申し訳ありません。もう二度と必要以上に近づきません。これでよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。ならばよい」
あまりにもあっさりと期待通りの返答を得られたことにボリスは若干驚いたような顔をしていた。
どのみちこのオーク事件が片付けば、クライアントが死亡することになるのだ。ヴァージルが攫われる事も無くなるだろう。そうすれば、再び翔太とヴァージルは受付嬢と一冒険者に戻る。もう過度に関わることもないだろう。
後のケアはこんな紛い物ではなく真の騎士――オットーがやるべきことだ。
「もうよろしいでしょうか?」
こんな面倒ないざこざはさっさと終わらせるに限る。
だがボリスはそんな翔太の期待をよそに話し続ける。
「まだだ。貴様レイナ様にも付きまとっているな?」
(レイナ? フィオンが話題に登らないという事は綺麗な女性と僕が話しているのが気に入らないだけか……って、あんた小学生か!)
「レイナ? レイナとは友達ですので別に付き纏ってはいませんよ」
「貴様、平民の分際でレイナ様を呼び捨てにするとは! 敬語を使わんか!」
(ああ、元の世界でもこうして因縁をつけられることが沢山あったな……)
妙な嬉しくない懐かしさを覚え感慨に耽る翔太。
「わかりました。敬語をつかえばよろしいので?」
「うむ。わかればよい。それでだ。レイナ様に二度と近寄るな。お前とレイナさんでは身分が違う」
(これは聞けないし。聞く必要もないね。レイナ、フィオンとはあと数か月間、一緒に冒険するんだから。それにこんなくだらない話題ではなくもっと気になる事がある)
「いずれにしてもレイナ様達とはあと数か月で僕はパーティーを抜けます。レイナ様がそれほどの身分の方なら僕と関わることはいずれにせよもうないでしょう」
(これは真実かもね。レイナとフィオンは数月後には別の場所に行かなければならない。
当分はエルドベルグを拠点としようとしている僕とはもう接点はない。この広大な世界では二度と会えない事も十分あり得る。仕方ないけど)
「数か月だと? 私は二度と近づくなと言ったはずだぞ」
青筋を立てて怒り狂うボリス。
「しかし、これはフィオン様の意向でもあります」
「フィオン様の……う、う~む。そうか。確かに数か月後にパーティーを抜ければ、平民ごときとは二度と接点がある方ではない。仕方なし! ではくれぐれも必要以上に近づくなよ」
ボリスはフィオンの名前を出した途端、顔色を変えてまるで取り繕うかのように自分で納得してしまった。この変わり身の早さも貴族として生きていく上で必要なスキルなのだろう。
ボリスは遂に翔太に興味を失ったらしくギルドハウスへ入って行った。
正直今の翔太にはこんなくだらない話は全く興味がなかった。だからボリスに早く解放されたのは御の字だった。今、一番の興味は目の前のボリスの護衛の一人の事についてだ。つい先日までならばこの取り巻きなど別に気にも留めなかっただろう。
だがその取り巻きの目の下に斜めに走る傷があるのを見たときから翔太の警戒心が全力で警鐘を鳴らしていた。
(あの傷と身に纏う雰囲気に見覚えがある。レイナとヴァージルさんを拉致しようとしていた組織の人間だ。間違いない。それが貴族の護衛? どうなってるの?
だめだ。完璧に混乱してきた。フィオンにでも相談しよう。レイナは強くはなったけど、内部に裏切り者がいる場合は話が別だ。万が一不覚をとる可能性も零ではなくなる。
事はレイナとヴァージルさんの身の安全にかかっている。適当に済ますつもりはないよ)
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ギルドハウスへ入り、受付に行くとヴァージルが応対をしてくれた。
ヴァージルは翔太に目を合わせようともせず説明をし始める。
「3階で支部長から後に本件クエストについての説明があります。どうぞそちらでお待ちください」
「ありがとうございます」
あまりにものヴァージルの冷たい態度に多少の引っかかりは覚えるが翔太は頭を下げて3階へ向かおうとする。すると階段傍でネリーに呼び止められた。
「ショウタ君、君いったいヴァージルに何をしたの? あの子のあの態度、明らかに変よ?」
翔太は地球でもこの世界でもストーカーの汚名を着せられている。もうやけくそだった。ストーカーと信じたければそう信じれば良い。どの道、ヴァージルとの接点がなくなれば笑い話になるはずだ。あとは時間が解決してくれる。
「少し、彼女にしつこく付き纏い過ぎただけです。彼女の態度もそのせいでしょう。でももう必要以上には近づくことはないので心配はいりません」
ネリーは考え込んでいたが一応この手の話は良くある事なのだろう。一応の納得はしたようだった。
特にヴァージルはギルドでも有数の美人だ。憧れる者は多い。翔太が起こした問題も比較的頻繁にあると思われる。
「そういう事なら仕方ないか。男女の話なんてよくあることだもんね。でも翔太君。いくら好きでもほどほどにね!」
(壮絶に勘違いなさっておられるが話を合わせておこう)
「はい。お手数をお掛けして申し訳ありません」
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ネリーに挨拶をして今度こそ3階へ行く。3階会議室が今回ギルドから指定された場所だ。
3階会議室はかなり広い。高校の平均的な教室の2個分というところだろう。長椅子が数十列おいてあり一番前方には黒板のようなボードが設置してあった。
翔太は3階に入ると周囲を見渡す。レイナとフィオンが一番前の席に座っていた。
レイナの周りには数人の人盛りができている。皆レイナと同年齢くらいの女性の冒険者であり、楽しそうに話に花を咲かせていた。
話の内容も大体検討がつく。翔太が贈った【フラゲルム・デイ】と【小狐丸】の自慢だろう。態々(わざわざ)ガントレットを右腕に出現させていることからも明らかだ。レイナにとっては世界最強の武器――【フラゲルム・デイ】すらも玩具の一つに過ぎないのかもしれない。
一応、【フラゲルム・デイ】が【超越級レベル2】であることとその能力は秘密にするようにレイナにはきつく言い含めている。レイナが【超越級レベル2】を所持している事が各国に知られれば、再び世界に混乱を巻き起こすかもしれない。
獣王国は獣王とレイナを抱える事となり、名実ともに最強国となってしまった。この事を獣王国の貴族達に知られれば覇権の夢にとりつかれる馬鹿が多数現れるのは確実だ。そして、そんな馬鹿共が増えれば平和が破られ戦争へと向かう。そこまで考えてもいなかった翔太はフィオンからそれを聞き背筋に冷たいものが流れた。自分が戦争の原因など洒落にもなってない。今後は他人に武器を与えること自体自重すべきだろう。
フィオンはレイナがいつ暴露するのか気が気ではないのか額に大粒の汗を垂らしながら、レイナを監視している。
(僕もフィオンとレイナの傍に坐りたい。でも僕は今回やることがある。誰が敵で誰が味方かが全く分からないんだ。敵を後ろの席から観察してできる限り見つけたい。一番前の席じゃあ観察なんてできないしね)
翔太は一番後ろの席に座る。後ろに座った翔太に気付いたレイナは驚きと怒りが混ざった表情を浮かべる。翔太は手を合わせてごめんと謝る。
(ごめんね。レイナ。でも今回は仕方がないんだ)
レイナはプイッとそっぽを向いてしまった。これで許してくれたと思いたい。
(フィオンには接触しなきゃ。トイレに立った時が最大のチャンスだ)
翔太は後ろから冒険者達の観察をしていた。するといくつか分かった事がある。
まず雰囲気が明らかに他の冒険者とは違う2人がいることに気付いた。
一人はブラウンの髪を肩のところまで伸ばした美しい女戦士だった。彼女は身体に密着した動きやすそうな純白の鎧を着用しており、腰に差した純白の剣と合わさり幻想的な雰囲気を醸し出していた。
もう一人は、2m以上もある筋骨隆々の巨体に鋭い眼光を放ち、胸に美しい龍を象った青い鎧を着用した緑色の髪の男であった。
(この人達がエルドベルグで4人しかいない噂のSSクラスの冒険者だね。他の冒険者とは違う特有の圧迫感があるよ)
次に気付いたのは視線だ。SSクラスの女剣士とレイナに必要以上に視線を向けるものを数人見つけた。
当初、レイナも女剣士もギルドではかなり有名らしく憧れの感情から視線を向けているのだと思っていた。だが良く観察してみると、路地裏でみた男達のような獲物を狩る野獣の目をしていたのだ。
(この部屋にいる冒険者数人の視線は眼の下に斜めに走るキズを持つ男と同じ種類の視線だ。
だけどそれを証明する証拠もまたないんだよ。あくまでも僕の勘にすぎない。
下手にギルドに報告すれば、混乱を招いたとか、最悪内通者の汚名を着せられる可能性も十分ある。フィオンにだけに伝えるべきだね)
翔太が観察しているうちにフィオンが席を離れた。翔太もすぐに席を立ちフィオンに続き部屋から出ようと3階会議室の出口に近づく。すると丁度会議室に6人のエルフが入って来た。その中にラシェルがいるのに気付き思わず翔太は顔を引き攣らせる。
(ラシェルがなぜここに? ラシェルもCクラス以上なの?)
すれ違い様にラシェルと目が合うが機嫌がすこぶる悪いのか膨れっ面でプイッとそっぽを向かれてしまった。
まあエルフの仲間がいるのだ。人間の翔太と知り合いだと知られればラシェルの立場を危うくする危険性がある。この方がむしろラシェルにとっては良いだろう。
そんなことよりも――。
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フィオンの後を追う。フィオンは廊下ですぐにつかまった。
フィオンに翔太が見た事、感じた事をすべて話す。
「ショウタがあんな後ろの席についたのもそのせいか。怒るレイナを宥めるのに苦労したぞ」
「はは。レイナらしいや」
「なあもう観察は済んだだろ? レイナの隣に座ってやってくれないか?」
「それはできないよ。フィオン、まだ確認しておきたい事がさっき一つ増えたんだ」
翔太の中に一瞬強い狂気の光が灯るのがわかった。ラシェルが今回の被害者予想リストにランクインされている可能性を考えて抑えが利かなくなったのである。
(まただ……ラシェルが絡むと僕は抑えが利かなくなる。なぜ?)
「わ、わかった」
フィオンはそんな悪鬼のごとき形相の翔太を見ると一歩引いて接してくれた。
(相変わらず、フィオンは気が利くね。あと一つフィオンに聞くことがあるはずだ)
「フィオン、ラシェルという冒険者に聞き覚えない? エルフの子供の女の子なんだけど」
「ラシェル? そりゃあエルドベルグの冒険者の中で知らないのはお前さんくらいだろうな。聞いてくるくらいだ。知らなかったんだろ?」
頷く翔太に呆れたように肩を竦めた後、フィオンは説明を開始した。
「ラシェル・メイヤー、エルドベルグに4人いるSSクラスの冒険者だ。見た目とは違ってとんでもなく強いぞ」
(やはりそうか。僕の籤運の悪さにはうんざりする。あの眼の下に斜めのキズのある男が言っていた、SSクラスのエルフは間違いなくラシェルだ)
「ラシェル・メイヤーがどうかしたのか?」
「フィオン、レイナを襲った黒服の話覚えてない?」
「黒服……あっ! そうかSSクラスのエルフの女。そういや今回狙われていたな」
(フィオンもレイナが襲われた事に頭がいっぱいで、他の冒険者の事にまで気が回らなかったんだろうね。今は最強のガントレットのせいで落ち着いてるけど、少し前までピリピリしてたし)
「ラシェルとは少し前に知り合いになってさ。大切な友達なんだ」
「そうか……あまり背負いすぎるなよ」
「ありがとうフィオン。最後にお願いがあるんだけどいい?」
「なんだ?」
「ラシェルも狙われている。だからこの戦いで僕はレイナの傍に居てあげる事ができない。だから約束してほしい。このクエストよりもレイナの安全を優先することを!」
「無論だ。レイナの事は兄貴から頼まれているからな。だが心配はいらないんじゃないか? ガントレットを装備したレイナはこのギルドどころか大陸最強だ。どう考えても攫う事などできない」
「そうだね。敵がギルド外だけならそうだと思う。でもさっき話したでしょう? ギルド内に裏切り者がいる場合には不覚をとる可能性も零ではないはずだよ。
それにさ。ただでさえ、レイナってお調子者で、御人好しだから、騙されてガンドレッド外しちゃう事も考えられるしね。
まあ、フィオンの言う通り、十中八九心配いらないから僕の言った事を心にとどめてくれるだけでいいよ」
「わかった。心配するな。レイナは俺が命に変えても守るさ」
「よかった。それを聞いて安心した」
フィオンの言葉に目もくらむような安堵感が身内に広がる。そんな翔太に真剣な顔でフィオンが問いかけて来た。
「お前、レイナの事……」
最後まで言うことはなくフィオンは言葉を詰まらせる。もう話す事はなくなった。会議室内へ戻ろう。
フィオンの視線をずっと背中に感じながらも翔太は会議室へ入る。
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席に戻って観察を再開する。思った通り、眼の下に斜めのキズのある男の視線の先にはラシェルがいた。この時点でこの者達をただで済ます気はさらさらなくなっていた。もしかすれば、人生初の殺人を犯してしまうかもしれない。そんな漠然とした予感があった。
先ほどの金髪の貴族の青年ボリスもやっと翔太の存在に気付いたらしい。翔太の傍に近づいてくる。
翔太はボリスの護衛の男に最大限の警戒を払う。キズの男はもしかしたら翔太の視線に気付いているのかもしれない。8人いる護衛の一番後ろに身を隠すようにしていた。
「貴様は確か、Dクラスではなかったか?」
(この人、僕のギルドクラスまで調べてるの? それとも僕が悪目立ちしているだけ? おそらく後者か……ネリーさんが受付のど真中で絶叫上げたり、ヴァージルさんへのストーカー疑惑などいろいろあるもんね)
「はい。Dクラスです」
「ならなぜいる? 此処に居て良いのはCクラス以上の冒険者だけだぞ」
ボリスは周囲の冒険者に聞かせるためにかなり大きな声で話していた。まるで会議室中の全ての冒険者に聞こえるように。
一斉に翔太達に視線が集まる。会議室中が喧噪に包まれる。話が飛び交っているらしい。もっとも翔太に対する中傷がほとんどだったが……。
翔太の耳に入る中傷の内容からするとヴァージルへのストーカー疑惑が主な理由だ。地球と全く同じ境遇に心の中で盛大に号泣する翔太。
(ヴァージルさんが日葵ちゃんに似ていると思った僕の感覚、正しかったね)
「ギルドから呼ばれているんです。理由は僕が話しても信じていただけないと思いますのでギルドの職員に直接聞いてください」
翔太の冷静でかつ冷めた態度に腹を立てるボリス。これは別にボリスを怒らせるつもりはなくただ目の下のキズの男を警戒している事から来た態度だった。
「平民が貴族の私に向かってなんだ、その態度は?」
ボリスの大声が室内に木霊する。この言葉に対しては平民を馬鹿にすることに対する嫌悪の声とボリスに賛同し翔太を罵る声に真っ二つに分かれた。
「申し訳ありません」
翔太は頭を軽く下げた。正直、目の前の男など眼中にはなかった。早くこの茶番を終わらせたかった。だが翔太が謝罪した事で今度は貴族と平民という対立が会場で表面化した。ボリスに謝罪してしまった翔太は貴族だけではなく平民の冒険者からも罵られていたわけであるが……。
ボリスは話を続ける。
「貴様が愚劣にもヴァージルさんに付き纏っていた件を彼女に話しておいたぞ。この私が貴様にもう二度と彼女に近づかない事を約束させたこともな。私の面子もある二度と彼女に必要以上近づくなよ」
「はい」
翔太はボリスの言葉などそっちの気で眼の下のキズの男を観察していた。近くで見ることができるまたとないチャンスであるからだ。だから会話など殆ど聞かずに適当に相槌を打っていた。
大声で自己主張できて満足したのか再びレイナ達の直ぐ近くの席に戻って行った。翔太は中断されていた思考を再開させる。
(近くで見れてよかった。擬態能力でもなければ全く同じ傷を持つなどありえない。それにあの目つきも覚えがある。確認したよ。間違いなくレイナとヴァージルさんを攫う相談をしていた黒服の男だ。でも証拠がない。さてどうしようか?)




