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僕と俺の異世界漫遊記  作者: P・W
第一部 覚醒編
43/285

第41話 昇格試験を受けよう(4)

 

 探索を開始するとすぐに鉱山の休憩所である木造の建物を発見した。

 休憩所はスカルスネイクが暴れまわったのだろう。壁に巨大な穴が開き、牙の跡が至る所に刻まれていた。建物の中は滅茶苦茶に物が散乱している。

アレシアはこの休憩所の惨状を見てガタガタ震え始める。

 だが死体も血痕もない。坑夫達はどこか安全な場所に避難した後と考えるのだが妥当だろう。

 このことを彼女に伝えると僅かに冷静さを取り戻したようだ。

 

 かなり鉱山を調査したが誰も見つけられない。それどころか生物すらいない。またいたるところに石像が置いてあり、それらは人の形や、動物の形をしていた。

 強烈な悪寒が翔太の身体中から湧き上がる。


「チェスさん。ここヤバイですよ。アレシアさんだけでも退避させるべきです」


「ああ。そうみたいだね」


 チェスもいつもの飄々とした様子とは別人のようにひどく神妙な顔つきになっていた。それは最初に戦ったときのあの威圧感ある雰囲気にとてもよく似ていた。


「すぐにここを離れよう!」


 チェスの言葉に翔太も頷く。

 アレシアは最初納得できない様子であったが、今までお気楽気分であったチェスの態度の豹変と翔太の敵地に足を踏み入れたような険しい顔を見て、今がどれほど危険な状況にあるのかを理解したのだろう。真っ青な顔で街への帰還を了承した。

 翔太達が鉱山を離れようとしたとき、周囲を沢山の巨大な物体に囲まれていることに気がつく。どうやら翔太達が話をしている僅かな時間に囲まれてしまったらしい。翔太達はとっさに近くの山小屋の中に隠れる。

 翔太の感覚からしてかなりヤバイ相手だ。ピリピリと肌が焼けるような嫌な感覚がする。こういった事態で焦りは禁物だ。最優先で成し遂げるべきことを考えるべきだ。

 まずはアレシアの保護。それは冒険者としての技術があるチェスにこそふさわしい。戦いの方がこの場合アレシアを守るよりも何倍も簡単なのだ。


「アレシアさんを守り切る技術はまだ今の僕にはありません。だからチェスさんはアレシアさんを連れて街へ戻って応援を要請してください。僕は僕達を囲んでいる魔物の足止めをします」


 チェスは少し思案したが、それしか方法がないのはある意味自明なのだ。すぐに了承した。


(本来高レベルの魔物には、《灼熱の石化ブレス》を使って一網打尽にしたいんだけど、石化している人まで燃やし尽くしちゃうから使えない。

 かといって、魔法の発動にはわずかなタイムラグがある。強敵と予想される今回には怖くて使えない。だって魔法をチンタラ発動している間に魔物に即死レベルの特殊攻撃されたら笑えないもの。

 それに《火球(ファイアボール)》と《大地の鋭棘(グランドスピン)》はいくら最適化しているとはいえ所詮は初期魔法、威力はスキルに数段落ちる。これは魔法とスキルの両方を使ってみて実感した事。

《破斬》や《雷光》をメインで対処するしかないか……)


 山小屋の中から窓の外を顔だけ少しだして盗み見る。

 巨大な魔物3匹が小屋を遠巻きに取り囲んでいるのが視界に入る。

 それは巨大な8本足のトカゲ。鋭い爪、ワニのような牙、その口からは火がチラチラと見える。火炎系のブレスも吐くだろう。

 そして石化している人や動物。これから予想されるこの魔物は《バジリスク》だろう。同時に脳にストックしてある『魔物全集編』からバジリスクの情報を引き出す。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

○バジリスク  討伐推奨クラスS+

■形態: 8本足の蜥蜴のような容姿をもつ。

■生息地:高地、洞窟周辺に生息し、例外なく植物は枯れ大地は荒廃している。

■性質:《石化睨み》により対象物を石化する。身体からは猛毒が染み出る。

    口から火炎の塊を吐く

■対策:離れると《石化睨み》、接近すると《猛毒物理攻撃反撃》により猛毒を負う。

    原則、石化予防薬を服用し、遠距離から攻撃すべき。

石化予防薬、石化回復薬を実装していない限り逃げるべき。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(バジリスクとはね。昨日のコカトリスといい、どこまでも石化魔物に縁があるらしい。

 それにしても、なぜこんな巨大な物体にこれほど接近されるまで僕やチェスさんが気付かなかったんだ? 隠密スキルを持ったバジリスクなんて聞いたこともない。嫌な予感がする)


「バジリスク……」


 チェスは突然の大量のバジリスクの出現に呆然としている。現実と夢の境にさまよっている様子だ。


(チェスさんが石化予防薬を持っていれば話が早いんだけど……)


「チェスさん。石化予防薬持っています?」


 チェスはすぐに意識を現実に引き戻す。


「ごめん、今日待ち合わせはない」


(石化予防薬をもたないならチェスさんではこの魔物の討伐は無理だ。あまりにも相性が悪すぎる。

 ゲームでもバジリスクは視線が届かない場所からの遠距離攻撃か、石化予防薬を飲んだ上での中距離攻撃がセオリーだ。

 視界に入れば《石化睨み》で石になる。仮に石化を免れたとしても、接近し攻撃すれば猛毒を負う。チェスさんはおそらく近距離攻撃がメイン。絶望的な相性の悪さだ)


「チェスさん! 僕が今から道を開けますのでアレシアさんを連れて逃げてください」


 チェスは少し戸惑っていたがすぐに頷いた。

 翔太は特殊な索敵スキルがあるわけではない。だから正確にはわからないが気配からしてバジリスクが11体というところだろう。実際に姿が見えるバジリスク3体はまだ様子を窺っているだけのようで《石化睨み》を使ってこない。

 翔太にはこのバジリスク達が何かの到着を待っているかのように感じた。翔太はそんなおぞましい想像を、頭を振って振り払う。


 ズズン! ズズン! ズズン! 


 地鳴りが遠方より翔太達の耳にも入って来た。地鳴りは徐々に近づいてくる。だが気配だけは相変わらずしない。

そして怪物が遂にその姿を現す。

 その怪物は他のバジリスクと姿は殆ど同じであった。違いはそのあまりにも巨大な大きさだ。他のバジリスクの3倍はあるだろう。次の違いは翼の存在だ。他のバジリスクにはない巨大な蝙蝠に似た翼をもち、あたかもドラゴンのようにさえ見える。


(アイツはマズイな――バジリスクキングってところか……)

 

 バジリスクキングの姿を視界に収めたとき翔太はスキルラーニングの際の負荷に襲われた。おそらく、バジリスクキングが発動しているスキルをラーニングしたのだろう。


(ぐっ!! 最悪だ……。こんな緊迫した状況なのに、かなりの負荷が身体にかかって動きづらい。

 チェスさんからラーニングをしたときとは比べものにならない負荷だ。まだ意識がハッキリしているのが唯一の救いかな。今後スキルラーニングの負荷について詳しく調べる必要があるね。今後があればだけど……。

 石化に耐性があるのは僕だけだし。速く行動を起こそう)

 

 自嘲気味になりそうな気分を気合で吹き飛ばし、刀を鞘から抜こうと柄に手を掛けたとき、バジリスクキングがワニのように巨大な口を大きく開ける。

 周囲の空気がバジリスクキングの口腔内に渦を巻きながら吸い込まれていく。

 

(マズイ、マズイよ! アレまともに受けたらアレシアさんは死ぬ。それにこれ以上スキルをラーニングして身体に負荷をかけるわけには――) 

 

 バジリスクキングの不可解な攻撃を止めさせようと翔太が鞘から刀を抜いて《破斬》を使おうとする。そのとき凄まじい咆哮が辺り一面に木霊した。


『グウオオオオォォォォォ――――――!』


 その咆哮は大気を震わせその振動で周囲の木々を薙ぎ倒し地面を削り取りながら翔太達のいる小屋まで迫る。

 振動が小屋を粉々に砕いて行く。振動は無防備なアレシアにも迫るが、チェスが咄嗟にアレシアを庇い覆いかぶさり、翔太が《風の障壁》を発動させた。

間一髪だった。護衛対象のアレシアは傷を負わなかったようだ。これで護衛対象の死亡という最悪の事態は免れた。

 だが、翔太の予想は悪い方ばかり良く当たる。案の定スキルラーニングの際に発生する凄まじい力が身体の中をのたうち回る。


(また~? ちょっと待ってよ。これマジでキツイって! あの糞蜥蜴! もっと空気読めよ!)


 額に冷たい汗が伝うのを感じながら心の中で悪態をつく。

 先ほどの咆哮には強力な威圧の効果もあったらしい。アレシアは恐慌状態になり(うずくま)り身を震わせている。チェスでさえも額に脂汗を大量に流し膝をついてしまっていた。


「チェスさん! アレシアさんをお願いします」


 もう一度でも先ほどの咆哮をされれば小屋は全壊し、チェスとアレシアはバジリスクの石化睨みで石化してしまうだろう。とにかく今は翔太がバジリスク達の気を逸らすしかないのだ。


 翔太は小屋から出て高速で移動しながら《破斬》を全力でバジリスク2体に放つ。16個程の空気の巨大な刃が空を滑るように高速で2体のバジリスクに迫る。その刃は巨大なギロチンのように、バジリスク2体を切断し、その体をスライスし、鮮血の薔薇を地上に咲かせる。

 間髪入れずに翔太は気配のする方向へ《破斬》を全力でぶつける。するとさらに1体の気配がなくなった。レベルアップの際に発生する出鱈目な力が翔太の体内を暴れまわり身体の行動を奪う。


(ぐっ……こ……れマジきつい。気を抜くと……意識……が持ってかれる……あと9体もいるのに……くそっ! チェスさん達からバジリスク達を引き離さなきゃ!)


 翔太は人形のように意思によるコントロールの利かない身体に鞭を打ちつつ、ゆっくり巨大なバジリスクの方へ歩いていく。自分がここにいることを見せつけるように。

 翔太が小屋から出てしばらく歩いていくと、バジリスクキングがいた方向から赤黒色の強烈な光が翔太のいる一帯を照らす。放たれた赤黒色の光は翔太を貫き、地面や草を溶解し、石に変えていく。

 周囲の惨状に顔引き攣らせる。だが幸運にも翔太の身体には何の変化もなかった。しいて言えば少し体が重くなったくらいだ。それよりも問題なのはさらなるスキルラーニングの際の負荷が翔太を襲ったということだろう。


(い、いったいこの化物いくつのスキル持っているの? これじゃあまともに戦うことすらできないよ。この状況を切り抜けないと。今回クエストのクリア条件は、チェスさんがアレシアさんを無事逃がすのを援助し、目の前のデカブツを駆除する事。

 ただし、一度でもチェスさん達に石化睨みを使われたら終了。何かの特殊攻撃を使われてもおそらく終了。それらを使われる前に敵を撃破するしかない。

何このムリゲー? クリアできるの?)


 翔太は小屋に一番近いバジリスクへ地面を蹴って駆ける。

バジリスクに接近すると《雷光》を使用し刀に雷を纏わせ袈裟懸けに刀を渾身の力で振る。


 バチバチィッ!


 刀がまるでケーキでも切るようにバジリスクを綺麗に斜めに切断する。切断されたバジリスクの肉片は血の円舞をみせる前に雷光の雷撃によりバチバチと焼かれ消し炭となる。

 身体が鉛のように重い。一つの動作を行うだけで身体が悲鳴を上げる。正真正銘今の翔太は満身創痍だった。

 次に地面を蹴り、土埃を巻き上げながら最も小屋に近いバジリスクに全力で疾駆する。前方に見えた2体のバジリスクの一体に全力の《破斬》をお見舞いする。死を具現化した16個もの空気の刃は、木々を切り裂き、大地を抉りながらバジリスクを襲う。


 ドゴォォォンッ!


 バジリスクを何枚もの肉片にスライスすると同時に、地面に衝突し数mもの亀裂を開け爆風を撒き散らす。

翔太は《破斬》を放つと同時に新たな《破斬》をもう一体に放っていた。


 ドゴォッ!


 一足遅れて到達した空気の刃は、バジリスクを細かに切り裂き、鮮血の花びらを周囲に舞わせ、轟音、爆風と共に地面に大きなクレータを形成する。


(あと6体。小屋の近くにはもういない。あとは残りを掃討するだけ)


 限界ギリギリのせいか必要なこと以外思考できなくなっている。気配がする方向へ向けて地面を蹴って疾走する。

 このときの翔太には目の前の敵を殲滅することしか頭にはなかった。だからすんなりと敵の近くまで接近できたことに疑問を覚えてはいなかった。まるで誘い込まれているように翔太は巨大な気配に近づいていく。


 【雷光】により雷を纏わせた刀を左から右へ横一文字に一閃する。横から綺麗にバジリスクを横断し、同時に雷により焼却され灰塵と化す。

 そのとき一斉に幾多の火炎の球体が翔太を光速で襲う。翔太は瞬時に水龍を複数出して火炎球にぶつけて避けようとする。すぐにすべての相殺は無理だと気付きバジリスクキングが発生させたより濃密で巨大な火炎球のみに的を絞り、水龍をぶつけて相殺させようとする。この判断が翔太の命を救った。

 バジリスクキングの発生させた火炎球と水龍の4体は相殺した。バジリスクキングの発生させた巨大な火球は水龍4体と同等の威力を有していたのである。まともに受けていたら完全に翔太の身体は炭化していただろう。他のバジリスクの放った火炎球も翔太に高速で迫るが、渾身の《破斬》と《竜巻》をぶつけてほとんどは消滅した。

 だが数個は翔太にまともに衝突する。凄まじい衝撃と激痛が全身を走る。右手は動くが、まともに火炎球を受けた左手はうまく動かないようだ。少なくても暫らくは使えない。さらにスキルラーニングの際の負荷が全身を蹂躙する。

 朦朧とする意識の中力を振り絞り周囲を確認する。バジリスクキングが正面。左に2体、右に2体。完全に取り囲まれているようだ。まんまと誘い込まれたらしい。

 全力で左2体のバジリスクに【竜巻】を衝突させる。4個の竜巻がバジリスクの眼前に突如発生し、バジリスクの身体を巻き込みその体を引き裂いていく。赤色の血肉が竜巻内を巻き上がる。


『グギャッア――――!』

 

 絶叫をあげる2体のバジリスク。止めに再度竜巻を発生させると、肉片も残さずバラバラとなり空中へ舞い上がっていく。


 同時に地面を蹴り、右のバジリスクの方へ地面を這うように駆ける。バジリスクキングから十分な距離をとったのを確認し、残り2体の殺害を実行する。

まず、一体に水龍を全力で4体ぶつける。4体の水龍は4方八方からバジリスクに絡みつき、その細い胴体で締め上げながらその鋭い牙を柔らかい腹部へ突き刺す。

 この水龍の攻撃で瀕死の状態になっていたバジリスクも最後の足掻きだろうか。火炎の球体を翔太に向けて弾丸のように吐き出してくる。しかし、これに対し《水龍》を再び発動していた翔太の水の龍に骨も残らず食い尽くされた。

 

 もう一体のバジリスクはその巨体からは想像できない俊敏さで翔太に鎌首をもたげ、巨大な口を開け、そこから火炎の球体を高速で吐き出す。放たれた火炎の球体は翔太に接近しその身体を灰塵と化そうとする。

 再度、翔太は《水龍》を発動させる。発動させた水の龍4体のうち一体が火炎を大きく開けた口から丸呑みし、バジリスクに迫りその喉笛に噛みつく。他の3体も次々に衝突し、その身体を粉々の肉片へと解体する。


『ギュガァ――!』


 バジリスクの断末魔の声が周囲に響き渡る。

最後の一体を倒したときほぼ同時にレベルアップの際の強烈な負荷が翔太を襲う。


(…………あと一振りしか刀を振れない。意識を保つのも限界だ。

 《水龍》も《竜巻》も一度見られている。意表はつけない。おそらく《水龍》と《竜巻》には何らかの対策を講じて来るだろう。それだけの知能がありそうな雰囲気だ。

 バジリスクキングが現れる場所は予測できる。魔法を事前に発動しておいて、視界に入り次第ブチかます。おそらく魔法では足止め程度にしかならない。足を止めた後《破斬》を全力でぶつけよう。もうこれしかない)


 翔太は地面に片膝をつきながら、魔法の発動を世界に願う。


「炎気と炎土を集めし熱炎球」


 翔太の数メートル前に魔法陣が出現しその真上の空中に白い火花を纏った蒼白い小さな球体が出現し、それらが大きさを増していく。


(早く、早く。早く大きくなりなよ。魔法はこれだから使えない!)


 翔太の期待も虚しくバジリスクキングの巨大な巨躯が視界に入る。舌打ちをしながら、完全な大きさと威力を有しない蒼炎の球体を翔太はバジリスクキングに向けて全力で放つ。


「《火球(ファイアボール)》!」


 蒼炎の球体は、白い火花を放ちながらバジリスクキングに向けて弾丸のように迫る。

 だが、バジリスクキングはそれを気にも留めず、くだらないものでも見るかのように灼熱の火炎の球体を翔太に向けて放ってくる。バジリスクキングが放った火炎の球体は翔太の《火球(ファイアボール)》を一瞬で消し去り、翔太を骨まで燃やし尽くさんと迫り狂う。


(え? 足止めにもならないの?)


 翔太は驚愕しつつも、身体の最後の気力を振り絞り、火炎の球体を(かわ)し《破斬》を纏わせた刀を全力でバジリスクキングに向けて放つ。バジリスクキングは、巨体からは想像もできない程の俊敏さで幾多の空気の刃を避ける。


『ギィヤアァ――――!』


 空気の刃はバジリスクキングの長い尻尾を切断し鮮血が多量に地面に漏れ出す。痛みに耐えるバジリスクキングの声が辺りに反響する。だがその声すらも翔太にはすでに聞こえない。

 今の《破斬》の一撃が止めだった。今までのスキルラーニングの際の負荷、レベルアップの際の負荷、さらにバジリスクから浴びせられた火球により翔太の肉体と精神はとっくの昔に限界を迎えていたのだ。翔太は仰向けに地面に崩れ落ちピクリとも身体を動かせなくなる。

 バジリスクキングは血走った憎悪に燃える目を翔太に向けてくる。

突如、上空に何かのスキルを発動させた。これがバジリスクキングの奥の手なのだろう。これまでにないくらいのスキルラーニングの負荷が翔太を襲った。だがすでに指一本すら動かせない翔太には今更あまり変わらない。ここで意識がまだあることが不思議なくらいなのだ。


(僕はここで死ぬのか? 確かに今回は完全に僕の準備不足だ。前回のコカトリスロードとの一戦でレベルアップとスキルラーニングの際の負荷を何とかしなきゃならないのはわかっていたはずだ。

 それなのに何の対策もしなかった僕の自業自得。死んでも仕方ないか……)


 死を覚悟し眼を閉じる。そして今まで経験してきたことを思い出そうとする。最後くらい思い出に耽ろうと思ったのかもしれない。それは元の世界のこと、この世界で経験したことだったはずだ。だがいくら思い出そうとしても何一つ思い出せない。

 ただ目を閉じた翔太の心にあったのはもうじき自分が死ぬという事実だけだった。それは恐怖であり絶望であり、どうしょうもない無力感であった。今まで非現実なものに過ぎなかった死がリアルなものとして翔太の目の前に迫っていた。

翔太はこの異世界に来て起こる事があまりにも非現実的すぎて、ここがゲームの世界か何かと無意識のうちに勘違いをしていたのかもしれない。

 だから冒険者として最も大事なものが決定的に欠けていた。戦いには勝者があれば必ず敗者もある。闘う以上自らも敗者となりうる。それは敗者となりうることに対する覚悟だ。

 この覚悟はどんな初心者の冒険者だって持っている。勿論、レイナだって持っている。だが翔太にはこれがない。それに気付いてしまった。それに気づいたとき翔太を支配していたのは『生きたい』というその一点だけだった。それは生への執着。


(僕が殺される? こんな奴に? まだ僕は何もしていない。日葵ちゃんもお姉ちゃんも雪さんもまだ探してすらいない。地球にだって帰らなければならない。

地球でもこちらの世界でもまだまだやりたいことが山ほどある。それなのに、こんな訳の分からない死に方するの? 一人ぼっちで? 

 い、嫌だ……。死にたくない! こんなところで死んでたまるか! 死ぬのは嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!)


 生への執着は翔太の中の全てをある感情でじわじわと塗り潰して行く。頭は焼けた鉄棒を突っ込まれたように熱い。翔太の理性をある感情が喰い尽くしていく度に、翔太に存在していた心が悲鳴を上げる。それは翔太の心の最後の足掻き。だがそれも……。


(大体なぜこんな目に僕が遭わなければならない? なぜこうなった? なぜ僕はこんなにもボロボロなんだ? なぜこんなに全身が痛い? なぜこんなところ寝転がっている?

 アイツか…………。目の前のアイツのせいか……。あいつがこの苦しみの元凶か……。アイツが僕を狂わすのか……だったら……だったら殺ってやる! 殺られる前に殺ってやる!)


 そしてそれが翔太に残っていた僅かな理性までも完全に喰い尽くしたとき一体の怪物が静かに顕現する。

 翔太は眼を開けるとまるでゾンビのようにゆったりとした動作で立ち上がった。そして口角は自然と三日月のように吊り上がり目の前の敵を見つめる。


『ギィアァ――――!』


 バジリスクキングはそんな翔太の姿をみて悲鳴にも似た叫び声を上げスキルの発動を完了しようとする。

 上空に巨大な8個の隕石が召喚されていた。だが翔太は相変わらず顔に不気味な笑顔を張り付かせたまま身動きすらしない。


(殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す!)


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――!


 8個もの巨大な隕石が地上に砲弾のような速度で落下し翔太を蛙のように押しつぶそうと襲いかかる。

 翔太は刀を無造作に振るう。刀はもはや可視化できないほどの神速で煌めく光の線を描く。翔太をプチッと押しつぶさんと殺到していた隕石はすべて細切れの小石にまで分解されてしまった。

 それを見ていたバジリスクキングは慌てたように逃げようと大きな翼を広げる。

 しかしいつの間にか正面にいたはずの翔太が背後に接近し、バジリスクキングの翼を根本から切断していた。


『グギャアァァァ――――!』


 バジリスクキングの絶叫が辺り一帯に響き渡る。翔太はニタリと三日月状に口角をさらに吊り上げ刀を振るい、バジリスクキングの身体をゆっくりと解体していく。

 右腕前肢、右腕中肢、右脚中肢、右脚後肢、左前肢、左中肢、左脚中肢、左脚後肢。バジリスクキングの絶叫が辺りに反響する。

 バジリスクキングという被捕食者の怯える姿を満足そうに翔太は眺めながら、バジリスクキングの身体を12等分に切り刻んだ。

 そして翔太の意識は深い闇の中に沈んでいく。



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