第34話 エルフ少女と話をしよう
結論としては、今回の魔晶石の換金代金は凄まじい額になった。デッリクの予想通りコカトリスロードだけで3000万Gにもなった。これでもクエストを受けていないからこの値段なわけで、仮にクエストを受けていたらこの数十倍にはなるらしい。
さらにコカトリスやオークジェネラル、ケルピー、毒大蛇なども思った以上の額になった。お馴染みのフィオン大先生に聞いたところによれば、コカトリスロードを除いた額だけでも一流の冒険者の数か月分の稼ぎになるらしい。
翔太は今1000万Gの修繕費用返済の目途が立ち、ほっと一息つきながら、エルドベルグのアイテムショップへ向かっている。
今回の冒険で判明した事だが、翔太はともかくレイナにはポーションが必要だ。レイナは獣王国のポーションしか使わず節約する傾向がある。レイナが傷ついたままでいるのは翔太には見ていられない。それに今後、護衛のクエストなどでポーションが何時必要になるかもわからない。だから莫大な金が入ったこの際に大量に買い込んでおくことにしたのだ。
レイナも一緒について来たそうではあったが、とても疲れている様子だったので翔太一人で行くことにした。
今回翔太が持参している金額は朱金貨二枚、つまり2000万Gである。残りはギルドの口座に貯金した。
この2000万Gの金額のうち1000万Gは明日エレナに支払う修繕費用だ。アイテムを買う金としては1000万Gを予定している。1000万Gもあれば、最上位ポーションでさえも十分すぎる程の数を買う事ができる。
もちろん、ポーションの買収のみで1000万Gも下ろしたりはしない。アイテムショップで翔太の心を刺激するアイテムがあれば、買おうと思っての事だ。前回はゆっくり売られているアイテムを見る暇さえなかった。今回は翔太一人だ。気の済むまで堪能できるだろう。
(この世界のマジックアイテムってどんなのがあるのかな? 空を駆けるアイテムとか、ゲーマーの夢だよね。マジ期待が膨らむよ~)
翔太は期待で胸を一杯しながらアイテムショップの道を歩く。
アイテムショップは冒険者ギルドや本屋と同じ中流区のメインストリート沿いに位置している。ギルドハウスと本屋よりかなり上流区近くにあり、貴族に苦手意識のある翔太にとってあまり近づきたくない場所でもあった。
アイテムショップの看板が視界に入る。同時にアイテムショップの店の前で、一人の金髪の少女が店の店員と揉めているのも目に入る。思わず翔太はそちらに眼を向けてしまう。
少女は黒色のゆったりとしたマントを羽織り、頭には三角の帽子という姿をしており、その金髪の腰まで伸びた長い髪と合わさって如何にもおとぎ話に出てくる魔法使いのように見える。
「だから私は大人!」
「それを証明すべきものをみせて頂きませんと……」
「今、ギルドカードをメンテナンスに出している。返却されたら必ずすぐに見せる」
「そのようにおっしゃられましても規則は規則ですので。申し訳ありません」
店の看板を見ると、『店内には危険物もありますので、14歳未満の方は保護者同伴でお願いします』とあった。どうやら、少女は14歳未満であるから店内には入れないらしい。
店員も一応頭を下げてはいるが、傍から見てもあまり誠意が籠っているようには見えない。少女も店員の対応に納得がいかない様子であった。だが店員が一向に引かないようなので仕方なく踵を返す。すると少女と翔太の目が合った。
翔太は思わず目を見張る。それは少女が人とも思えぬほど美しかったからでも、その大人びた言葉や態度に比べ容姿がかなり幼かったからでもなかった。なんと彼女は耳が長かったのだ。
(エ、エルフ? うっそぉ――! 初めて見た! ホントに耳が長いよ~。感動だ。エルフは冒険系ゲーマーの夢だし。握手してくれないかな?)
エルフの少女は翔太のその物珍しい目が気に入らないのか不機嫌な表情を顔に浮かべる。翔太はエルフを見た事に感動してそんなエルフの少女の表情なんて気にもとめなかった。あまりにも露骨な翔太の態度にエルフの少女は遂に爆発した。かなり短気な性格らしい。
「何をジロジロみてる? 私がそんなに珍しい?」
翔太は初めてエルフの少女の怒りの表情に気付いた。
(え? え? 怒らせちゃった? ……怒っているね。顔が真赤で今にも爆発しそうだ)
「ご、ごめん。エルフを見るのは初めてだったから」
その答えがさらに少女の逆鱗に触れたようだ。翔太を視線で射殺せるほどの鋭い眼光を翔太に向ける。翔太はその眼光に耐えられず目を思わず逸らす。小学生高学年~中学生程の子供に睨まれて目を逸らす高校生の少年というかなりシュールな図がここに出来上がった。
(マズイな~。さらに怒らせちゃったよ。子供をなだめるのってどうすればいいんだろ? 子供が好きなのってやっぱりおやつ? 食べ物でご機嫌をとる? 取り敢えず謝ろう)
「本当にごめんね。悪気はなかったんだ。許してほしい」
「…………」
翔太が深く頭を下げたことで多少、怒りが若干収まったのか無言で通り過ぎようとする。
「あ、待って! 何かお詫びをさせてほしい」
翔太にしてはこれ程積極的に人と関ろうとするのは珍しい。これも、エルフに会えたことによる感動から来るものだろうか。
エルフの少女は無表情で翔太を見ると少し考え込んで口を開く。
「ではこのアイテムショップで中位ポーションと上位エーテルを買えるだけ買ってきて」
エルフ少女が何やら悪い笑みを浮かべているような気もするが、気のせいだろう。
「わかったよ。すぐ買ってくるから待っていて」
翔太はそう言うとアイテムショップ内に入る。アイテムショップの中は薬草の発する独特の苦い匂いやら甘ったるい匂いが充満しており、翔太は思わず顔を顰めた。
(うへぇ~。相変わらずこの匂いにはなれないな~。
あの子を待たせちゃまずい。早く買って店を出よう。僕の買い物はまた今度でいいや)
店の中は結構広く学校の教室の2個分はある。この形容しがたい匂いはともかく中はかなり豪華な作りとなっていた。
翔太は迷わず受付カウンターに行きエルフの少女の入店を断っていた店員に話しかける。
「すいません。中位のポーションと上位のエーテルを買えるだけお願いします」
「え? 申し訳ありません。もう一度お願いできますか?」
店員は聞き違えたと思ったらしく再度翔太に聞く。
「中位ポーションと上位エーテルを買えるだけお願いします」
定員は翔太にからかわれていると思ったのだろう。少し強い口調で答える。
「お客様御冗談を。何なさいますか?」
「…………」
翔太も定員に冷遇される心当たりなどない。戸惑いつつも少しイラついてもきていた。
(この店員、さっきから態度悪いな。さっきのエルフの子供に対してもそうだけど、お客に対してもっと接し方があると思う)
「だから中位ポーションと上位エーテルを買えるだけです」
「……お客様、本当によろしいので?」
翔太の真剣な顔にどうやら本気であるらしい事が分かった店員が恐る恐る聞いてくる。翔太は少々面倒になって朱金貨1枚を取り出し受付カウンターに置く。
「これでお願いします」
店員は朱金貨を魂が抜けたかのように呆然と見ていたが、朱金貨を手に取り暫らく近くで眺めた。
「ほ、本物だ……。失礼いたしました。お客様。只今ご用意させていただきます。少々お待ちください」
先ほどの冷たい態度は消え失せ満面の笑みで、もみ手をする店員に若干引きながらも定員の用意が終わるのを待った。
店員が数人がかりで、真赤な液体が入ったガラスの瓶が多数入った袋と、青い液体が入ったガラスの瓶が多数入った袋を持ってきた。沢山のポーションとエーテルを収めた巨大な袋はまるでプレゼントを入れたサンタの袋のようだ。
「お客様お待たせいたしました。中位ポーションが500個、上位エーテルが100個、これが本日当店に置かれているすべてでございます。中位ポーションが一個につき1000G、上位ポーションが1個につき1万Gですので合計で150万Gとなります。先ほどお預かりいたしました1000万Gからお支払いをさえていただきますので、御釣りが850万Gとなります」
(結構かかったね。でもエルフの子と知り合えたからまあいいや)
こんなふざけた感想を持つのは、エレナから請求されていた1000万Gの修繕費用の支払いの目途が立ちほっと一息つき、打ち上げ気分であったからだ。
さらにいえば、魔晶石が3000万Gにもなったコカトリスロードについてもそこまで騒ぎ立てるほどの強さは感じなかった。確かに戦う前は今まで戦った魔物と比べて段違いの強さであったからかなり警戒をしていたが、実際に蓋を開ければ雑魚鶏程度の感想を持ったにすぎない。鶏一羽殺しただけで3000万Gが手に入るのだ。150万Gにさほどの価値を見いだせないのも当然といえた。
白金貨と金貨で御釣りを受け取ると、中位ポーションと上位エーテルの入った袋を担いでアイテムショップを出た。
「どうもありがとうございました。またのお越しをお待ち申しております」
後ろで店員達の声が聞こえる。店の全ての店員十数名が巨大な二つの袋を担いでいるサンタの様な少年に頭を下げる様は、はたから見てかなり異様である。
店を出ると翔太を見てエルフの少女の顔が凍り付いた。無表情だった顔がさらに無表情となっている。
(どうしたんだろ? ちゃんと買ってきたんだけどな。買ってくる物が間違っていた? でも確かに中位ポーションと上位エーテルを買えるだけって言ってたよね)
翔太は困惑して少女を暫らく見ていたが、少女がピクリとも動かないので恐る恐る呼びかける。
「あの。買ってきたよ」
「あ、貴方正気?」
やっとフリーズ状態を抜け出したエルフの少女が絞り出す様な声で翔太に尋ねる。
「え? どういうこと?」
「どういうことじゃない! いくら私の態度が頭に来たとしてもこれはやりすぎ」
エルフの少女の喉にトゲが刺さったみたいに慌てる態度に翔太は困惑を強める。
「いや別に僕は君の態度に頭になんて来てないよ。むしろ悪かったのは君をジロジロ見ていた僕の方だし。君に言われた通り買ってきただけだけど?」
「私、今オーダーメイドのロッドとマントを買ったばかりで払えるお金がない」
「別にお金なんていらないよ」
翔太のこの言葉にエルフの少女の顔が引き攣り真っ青になった。翔太は訳が分からなくなる。
「お金じゃない……。まさか私の身体が目当て?」
自分の身体を抱きしめながらまるでドブネズミでも見るような目で翔太を見るエルフの少女。
(し、失礼な子だな。僕はノーマルだ。子供の身体なんかに興味がないよ!)
「違うよ!」
「じゃあなに? 私を奴隷商にでも売り飛ばすつもり?」
(このエルフの子、子供のくせにずいぶんませた子だな。ええい! 面倒な!)
「そんな事しないよ。じゃあ分かった。僕と夕ご飯付き合ってよ」
レイナと仲直りをした以上、フィオン達と夕食をとりたいところではあったが、翔太は夢中になると時間も忘れてしまう。
アイテムショップに行けば何時に宿屋に戻るかわからない。疲れているフィオンとレイナを待たせるわけにもいかないから、今日は一人で食べると言ってあった。
だが皮肉なことにこの異世界に来て、常に誰かしらと一緒に食事をとっている。一人で食べるのが無性に寂しかったのだ。だから翔太は知り合ったばかりのエルフの少女を利用することにした。
もちろん翔太にとって憧れのエルフと話せることは150万G以上の価値があったのも事実であるが。
(おかしいね。元の世界ではこの頃家族で一緒に食べた事なんてほとんどなかったのに。異世界に来て一人で食べるのを寂しく思うなんて……。
でもエルフと一緒に食事できるとは! 僕のネット仲間がこれ聞いたらどんな反応示すかな)
「やはり私の身体が目当て?」
再度自分の身体をきつく抱きしめながら、翔太を射殺す様な目で睨み付けて来るエルフの少女。
「だからその発想から離れなよ! 僕は君の身体には興味がないし、奴隷にも売らない。OK?」
まだ納得していないのか疑い深そうな目を向けてくるが翔太の真剣な顔を見て多少は信じる気になったのだろう。警戒しながらおずおずと頷く。
「ただ御飯を一緒に食べてその際に君の話を聞かせてくれるだけでいいよ。
僕は世の中がまだよくわかっていないんだ。だからエルフについて教えてくれるならかなり助かる」
エルフの少女は不思議な顔をするが、他に選択肢もないと思ったのだろう。翔太の提案に異論はないようだ。翔太は微笑みながらポーションとエーテルの袋をもって歩き出す。
「それでこれどうしようか? 君持てないよね?」
翔太の遠慮がちな問にはじめてエルフの少女が最初にあった自信たっぷりな笑みを取り戻す。
(そうだよ。子供はそうじゃなきゃ。子供に似あうのは笑顔だ)
「心配いらない。私にはこれがある」
少女は腰に掛けているポーチのようなものの蓋をあけて、そこに2つの巨大な袋を入れようとする。
(そんなの入るわけない)
翔太がそう思い眺めていると、ポーチにまるで吸い込まれるようにポーションとエーテルの巨大な袋が吸い込まれてしまった。
(え? これってまさか僕が持っているのと同じ……)
「ねえ、それってアイテムボックス?」
翔太の驚きにしてやったりと、どや顔のエルフの少女。
その仕草があまりも微笑ましくて、思わず翔太の顔に笑顔が溢れる。レイナで十分懲りているはずであるのに同じ過ちをしてしまう。
案の定、エルフの少女は翔太に嘲笑されたと思い再び機嫌が悪くなってしまった。
そんな彼女を翔太は必死で宥めながら、エルドベルグのメインストリートをエルフの少女と歩いた。
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このエルドベルグでは夕食を食べるには、酒場か高級料理店しか残されていない。こんな子供を酒場に連れていくわけにもいかないので翔太は高級料理店に向かうことにした。高級料理店は上流区の一角にある。ここは貴族街でほとんど店などないが、最高級店だけはここの地区にあった。
いかにも高級感漂う店に入ると綺麗なメイドのような服を着た女性に席まで案内された。少女は翔太とエルフの少女がこの店によほど場違いだと感じたのだろう。意外な顔をしていたが、さすがはプロである。直ぐに表情を戻し実に丁寧に接してくれた。
席に着くと翔太は早速エルフの少女に話しかける。
「自己紹介がまだだったね。僕はショウタ・タミヤ、よろしくね」
「ラシェル・メイヤー よろしく」
翔太が握手を求めるとラシェルは戸惑っていたがそろりそろりと自分の手を伸ばし握手をするとすぐに手を放してしまった。この態度に少し悲しい思いをしながらラシェルと話始める。
いろいろな事を聞いた。この世界のこと。エルフのこと。エルフと人間との関係のこと。そのおかげでなぜ、ラシェルがあれほどまでに翔太を警戒していたのかが理解できた。まずエルフと人間の仲は最悪らしい。いずれも一方の存在を認めてはおらず、人間の国にはエルフの奴隷すらいるらしい。もちろんエルフの国には人間の奴隷がいる。
もっとも冒険者であれば人間国であってもエルフ国であってもその地位は保証される。仮に冒険者を不当に奴隷にしたり身売りを強制したりすれば、それはギルドに真っ向から喧嘩を売るに等しい。ギルドに喧嘩を売ればそれはギルドと契約を結んでいるすべての国を敵に回すことにもなる。周辺各国との交易は完璧に断絶するだろうし、何かあったときの冒険者の要請もできなくなる。だから冒険者は滅多なことでは奴隷になったり、身売りをすることはない。
だが、いくら冒険者だと言ってもお互い納得ずくの契約によれば奴隷や身売りをすることもあり得る。これは同じ人間、エルフ同士でも適用されるルールであるからだ。あくまで不当に強制はされないというだけにすぎない。だから先ほどはラシェルがポーションとエーテルを買ってくるように頼んでしまい、不完全と言え契約が成立してしまった可能性があった。だからあれほどラシェルは焦っていたのである。
これを聞いたとき翔太の中にどす黒い感情が沸き立ち煮えたぎるのがわかった。この世界に来てから頻繁にこの感情が表に出てくるようになった。元々、翔太にあったが平和な地球では不要だった感情。すなわち殺意。この感情が湧いた理由は二つある。
一つは翔太もブルーノとエレナによって奴隷に落されそうになったからだ。しかも、二人にその罪悪感など皆無だった。まるで平民の翔太はそうされるのが当然とでもいうかのように……。二人にとって平民は尽くして辺り前、逆らうのが異常なのかもしれない。
だが、この世界のそんな糞ったれルールなど翔太には知った事ではないし、決して許容できるものでもない。
もう一つの理由は翔太にも良く分からない。ラシェルが奴隷に落されると聞いたとき突然湧いたものだ。この沸いた殺意は思いのほか強烈だった。だが、ラシェルとは今日初めて知り合ったに過ぎない。だから翔太の憧れのエルフだからだろう。
殺意に支配されていたときの翔太の顔はよほどひどい顔をしていたのだろう。ラシェルは僅かに怯えたような顔をしていた。
夕食を食べ終わりお金を払い二人で外へ出た。先ほどの話を聞いたらラシェルをこんな夜更けに一人で帰らせる気にはとてもならなかった。
「宿屋まで送るよ」
「必要ない」
ラシェルは最初拒否していたが、翔太が襲って来ないと信じるに足る程度には信頼をしてくれたようである。最終的には彼女が折れた。
「あなた、変……」
ラシェルの宿泊先の宿屋の前に着くと、彼女は別れ際にボソッというと翔太を振り返らず宿屋の中に入っていった。ラシェルが宿屋に入り切るのを確認してから翔太も寝床である宿屋キャメロンに帰ることにした。




