第35話 少し真剣な話をしてみよう
宿屋キャメロンは一階が受付と食堂及び人々が談話するためのロビーから成る。
客が外から自分の部屋へ戻る際にはこの宿屋の構造上、必ずこの食堂やロビーから客の姿が見える構造となっている。
翔太がキャメロンの正面玄関のドアを開けて中に入り自分の部屋へ向かおうとすると、食堂にいるレイナと宿屋の一人娘アンナに呼び止められた。食堂はもうすでに時間外であり営業は終了している。今はレイナとアンナだけだ。
「レイナ、まだ寝てなかったの? 疲れてるんだから、早く寝なきゃだめだよ!」
今日はコカトリスなどの強敵とまさしく死闘を演じた後だ。疲れは身体の芯にたまっているものだ。早く休息をとったほうが良い。
「そんなのショウタに言われなくてもわかってるわ。ショウタこそこんな時間までなにしてたの?」
レイナは何やら意味ありげな目で翔太を見つめてくる。翔太はその目が何を意味するのかを考えたが全く分からなかった。
「僕? 実はね、アイテムショップでエルフの女の子と知り合いになってね、今その子と食事をしてきたところだよ」
翔太はエルフと知り合いになった事があまりにも嬉しくて得意そうに自慢をしてしまった。
その後のレイナとアンナのリアクションは対照的であった。
アンナは目を輝かせて翔太に詳しく話をするように迫る。今の話題のどこに心が惹かれる要素があるのだろうか。全く見当すらつかない。
一方レイナは無表情となり翔太と目を合わせず関心がない素振りをみせている。虎縞の耳がピクピクと動いている。興味があることなどまるわかりだ。
翔太は二人のこんな様子を不思議に思いながらも経緯を二人に話す。ただし150万Gも使ってしまったことは流石に伏せておいた。
「へ~、変わった子ね。まあその話だとショウタの方が数倍変わってるけど……確かにエルフは珍しいと言えば珍しいけど冒険者としてならこのエルドベルグには結構いるし、ショウタが言うほどでもないと思うけどね」
翔太は自分の自慢した事があっさりスルーされてしまい内心でかなり寂しく思っていた。
(分かり合えないって悲しい事だよね)
翔太は数十年前に流行った漫画のようなセリフを頭に浮かべる。
アンナは翔太の話が当初彼女の予想していたような内容の話ではなかったのだろう。テンションがダダ下がりの様子であった。
「ごめん。私もう寝る用意するわ」
アンナは翔太の話に期待していた分、下がったテンションを戻すのが難しいのかもしれない。レイナと翔太に挨拶をしてさっさと自分の部屋へ戻ってしまった。
翔太も今日はいろいろあって疲れている。部屋へ戻ろうと立ち上がるとレイナに呼び止められた。
「待ってショウタ、今から少し話があるの」
レイナの顔を見るとかなり真剣だった。だから翔太も椅子に座りなおしてレイナに向き合う。
(なんだろう? レイナの表情を見るとかなり深刻な話題みたいだけど……。僕とギルドハウスで別れた後何かあったのかな?)
「どうしたの?」
レイナは突然椅子から立ち上がり、頭を翔太に深く下げた。
「昨日と今日、ごめんさない」
「へ? 昨日と今日って?」
レイナが何を謝っているのか想像もつかない。だからレイナの言葉を待つ。。
「昨日と今日私がショウタにずっと冷たくあたってたことよ」
「別に僕は気にしてないよ。誰でも気分が乗らないときはあるしね」
翔太のこの言葉にほっと胸を撫で下ろすレイナ。昨日と今日の態度のせいで翔太に嫌われたと思っていたのかもしれない。
(バカだな。嫌いになるわけないじゃないか)
「今日の私の態度にも関係があることなんだけど、少し話を聞いてくれる?」
「うん。喜んで! 聞かせてよ」
レイナの表情に笑顔が僅かに戻り翔太は少し嬉しくなる。もっとも、真剣な顔がなくなったわけではなかったが……。
「私は小さい頃から物語に出てくるような勇者や英雄にずっと憧れて来た。同世代の女の子はみんな勇者に助けてもらうお姫様を夢見ていたけど私は違った。むしろ彼女達を助ける勇者になりたかった」
(レイナらしいや。レイナにただ救われるだけのお姫様なんて似合わない)
レイナは話を続ける。
「だからお父様に冒険者になることの許可をもらおうとした。でもお父様もお母様も、いつも私の味方をしてくれるお兄様やお姉様まで猛反対した。何度も説得したけど無駄だった。
でもいつまでも私が諦めない事に業を煮やしたお父様がある条件を付けたの。その条件がお父様の弟で一流の冒険者でもあったフィオンと1年間諸外国を旅してそれでも冒険者としてやって行きたかったら好きにしなさいというものだった。これを聞いたとき私は飛び上がって喜んだわ。あまりにも私にとって有利な条件だったから」
(確かにね。それってほとんど冒険者としてやっていくことを認めているようなものじゃないの?)
「でもお父様はわかっていたのでしょうね。私に冒険者としての才能がないという事に。だからこんな条件を出した。現実を知れば諦めざるを得ないと思って」
「レイナは自分に冒険者としての才能がないと思っているの?」
翔太のこの問にレイナは僅かに悲しそう笑みを浮かべて話を続ける。
「マクドナフ叔父様と翔太とのアームレスリングの決勝戦の観戦、数日間の翔太との冒険で真の髄まで思い知ったわ。物語に出てくる勇者や英雄になれる人はこんな人なんだろうって。天から与えられたまさに天賦の才能。それがある人のみが冒険者として名を残せる。
マクドナフ叔父様は獣王国でも次世代を担う英雄。どんなに鍛えても私が兄様とアームレスリングして勝てるとは思えない。だけどショウタは兄様を激闘の末打ち破った。
魔の森での戦闘もそう。私にはコカトリスどころか、オークジェネラル、ケルピーだって一人では倒せたかはわからない。それをショウタはたった数日の冒険でいとも簡単に殲滅してみせた」
レイナから冒険者としての生き方を奪おうとしているのが自分自身だと知り、翔太は唖然としていた。
レイナは翔太にとってむしろ英雄だ。魔の森という訳の分からない場所で死にかけていた自分を助けてくれた人物だ。強力な魔物がウヨウヨいる魔の森の真中で仰向けになっている明らかに不審な人物に自らの大切なポーションを分け与えるのだ。それがどれほど勇気のいる行為か想像すればわかる。それを甘いという人もいるかもしれない。だが本当の英雄は見返りもなく、そのような甘いと他人から言われるような事をする人を言うのだと思う。
(レイナから冒険者としての道を奪うのが僕? そんなの悪い冗談だ。だいたい僕にそんな価値はない。僕が英雄? 僕みたいに自分の事しか考えられないような奴が英雄になんてなれるものか。よくて勇者や英雄を助ける魔法使いがせいぜいだろう)
でも翔太は一方でレイナの言っている事も理解はできた。翔太も家では出来の良い姉とありとあらゆる面で常に比較されて来た。学校では近所に住む親友の日葵と比較された。その度に自分には才能がないと思いすべてのことを諦めて来た。だからレイナの気持ちもわかるのだ。だがレイナには翔太と同じ過ちをしてほしくはなかった。
どう言えば翔太の気持ちが上手くレイナに伝わるのだろう。こんな時に何も言えないボキャブラリーのない自分が本当嫌になる。
僕は言葉を絞りだす。
「僕はレイナが冒険者に向いていないとは思わないし、英雄や勇者になれないとも思わない」
「気休めの励ましはいいわ。自分の才能も実力も良く分かっている」
(ち、ちがうよ! 気休めの励ましなんかじゃない! 本当に僕にとってレイナは――)
翔太はもう何を言えばレイナに自分の気持ちが伝わるのかわからなかった。ただ必死で自分のありのままの気持ちを伝えようと言葉を紡ぐ。
「ぼ、僕はレイナとずっと一緒に冒険をしたい」
必死になって紡いだ言葉は何とも検討はずれな言葉であった。レイナは暫らくの間、キョトンとしていた。
だが、理解が進むにつれ頭の天辺から、足の爪先まで真赤になってしまう。
そんなレイナの様子をみて翔太も自分の発した言葉がかなり恥ずかしいものであることに気付き、自分の顔が熱を持つのを感じる。それはまるで告白したかのようであったからだ。
「「…………」」
暫らくレイナと翔太は互いに目を合わせることができず無言で床に視線を向けていた。レイナが顔を上げるのが雰囲気で分かったので翔太も顔をあげる。
「ありがとう……」
レイナが御礼の際に浮かべた笑顔があまりにも綺麗で印象深く、翔太は胸の高鳴りを抑えるのに大変苦労した。




