第21話 王女様に魔法を教えよう
今日の冒険は休みなので時間まで猫のようにだらだらと寝ていた。
朝食を食べてエレナ宅へ向かう。
エレナ邸に向けてメインストリートを登って行き上流区へ入る。貴族しかいない区域に平民にしか見えない翔太が歩いているのは食べ物の中に小石が混じっているかのごとき異物感があるのだろう。
何度も衛兵に引き留められ主人と用途を尋ねられる。エレナの名前を出すとすぐに解放はしてもらえたが、衛兵達の疑いの目は翔太を著しく不快にさせた。
(態々魔法を教えに来てなぜこんな仕打ち受けないといけないのさ。
エレナさんを助けただけでこんな不快な目に合うし……エレナさん! どうか僕のいない遥か遠方で幸せになってください!)
上流区を歩いているとヴァージルとすれ違った。ヴァージルは金髪のイケメンの騎士風の青年と話しながら歩いていた。ヴァージル達の笑い声やおしゃべりが雪のようにキラキラ飛び散るが、一昨日と昨日の戦闘で疲れが溜まるに溜まっていた翔太には少々胸焼け気味であった。
(ヴァージルさん。新しい恋おめでとう! そしてリア充として盛大に爆発してください)
リア充ヴァージルに祝いと呪いの言葉を心の中で吐きながら、軽く会釈しドヤ顔で通りすぎる。
金髪のイケメン青年はほんの僅かだが顔を顰めている。上流区で平民に、しかもむさ苦しい外見の男に挨拶をされれば雰囲気もぶち壊しもいいところだろう。無理もないかもしれない。
さらにいえば不満げな顔をヴァージルもしていた。
(うっは――。ヴァージルさん、心の底から嫌そうな顔してる。デート中に知り合いと会った場合の気まずさってどれほどのものなんだろう? 僕は付き合った事がないから想像もできないけどさ。無視して通り過ぎればよかったかな……)
ヴァージル達を振り返りもせずに通り過ぎる。
ほどなくしてエレナ邸に到着した。エレナの門衛にまで疑心の籠った眼差しを向けられ、げんなりしながら名前と用途を告げる。聞いては居たらしく、くれぐれも失礼がないようにと上から目線で釘を刺され中に入る。
巨大な庭園を歩いていると、脚に軽い衝撃とへばり付く感触があった。驚いて視線を向けると白い子猫を頭に乗せた小動物――少女エミーがご満悦の様子で翔太を見上げていた。
「ショウタ、おはよう!」
「おはよう。エミー!」
後ろのお付きのメイド長らしき婦人があからさまに顔を歪めた。エミーを敬称で呼ばない事が理由であろう。
(そういや、エミーを様付けで呼ぶんだった)
エミーの頭を優しく撫でる。エミーは猫の様に気持ちよさそうに目を細めている。お付きのメイド長らしき夫人の目が危険に輝くが、不愉快な思いをしているのだ。それくらいの役得あってもいいだろう。
「ケトもおはよう」
「にゃあ」
白い子猫の頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らして答えてくれる。
「ショウタ、今日ずっと遊んでくれるんでしょ?」
「ごめんね。今日は用事が済んだらすぐに御暇しようと思ってるんだ」
翔太の言葉にエミーは嗚咽をもらし始めた。メイド長に凄まじい殺気が籠る。エレナ邸に存在する全ての者の敵意ある視線が翔太に集中し、とんでもなく居心地が悪い。
(いやいや、それマズイいって! エミー、君、絶対それ嘘泣きだろう?)
小悪魔エミーの恐ろしさを久々に実感し震え上がる。
「わ、わかったよ。今日一日遊ぶから泣かないで。エミー」
「本当?」
今まで泣いていたのが嘘のようにニコニコ顔になるエミー。やはり、嘘泣きか……末恐ろしい幼女だ。
だが翔太もケトに頼み事がある。エミーと今日一日遊ぶのも仕方ない事かもしれない。それに午後の用事も武器屋だ。またの機会でも構わないだろう。
溜息を吐きながらもエレナのところへ案内される。
応接室で待つように言われ、出されたお茶のようなものを喉に流し込みながら、エレナを待つ。
数十分待つが一向にエレナは現れない。客の翔太を平然と待たせるところで、族や王族の驕りが見受けられる。エレナにとって翔太は家臣以下の存在なのだろう。さすがに数十分間家臣を待たせることはするまい。
(エミーも大きくなったらエレナさんみたくなるのかな。少し嫌だな)
もう数十分間程待たされて初めてエレナは現れた。
(せっかく、フィオンが僕のためを思ってくれた休みなのに……ああ! エレナさんと早く縁切りたい)
「ショウタ、良く来たな! では早速教えてもらおう!」
1時間以上も待たせた事について謝罪の一つもないのか……この人の礼儀の基準は一体どうなっているんだろう。
どうやら顔にでてしまっていたようだ。ハワードとカルロがすまなそうな視線を送って来た。彼らに悪意がない事がわかり、少しササクレだった気持ちが和らいだ。
エレナ達に案内され魔法や剣術の練習場らしき場所に連れてこられる。練習場は翔太の祖父の営んでいる武術の道場と同じくらいの大きさ――学校の体育館の1.5倍程がある。
練習場の入り口から一番遠くの隅に藁人形が多数置いてある場所があった。その場所が今回の魔法の教授の場所らしい。
メリリース達魔法使いらしき騎士が数人そこにはいた。黒の生地に豪華な赤の刺繍が入ったローブを着ており、いかにも魔法使いのような恰好をしている。彼らの翔太を見る目は極めて真剣である。
(そんなに期待されても困るんだけど~。ぱっぱと終わらせて、エミーと遊んでやらなきゃね)
「それでは昨日行使した魔法の説明をさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「「「「はい。よろしくお願いいたします」」」」
メリリース達も深く頭を下げる。腕を組んでいるエレナとは異なり、エレナの家臣は礼儀正しい人が多い。彼らには最大限答えてあげたいところではあるが翔太も素人だ。昨日の誰でも思いつく魔法の最適化程度しかしてあげられることはない。
「昨日オーク達が使った魔法。あれは土壌を構成している岩石等の物質を分子レベルまで分解し、それを再構成し直す魔法です。その発動のキーとなる言葉の発現を世界に願えば効果が発生します。キーとなる言葉は――」
「す、少し待ってください。私達には貴方の仰っている事が全くわからないんですが」
慌ててメリリースが翔太の言葉を制止する。
(そう言われてもね。僕も素人だし)
「先ほどの僕の説明でわからない点を質問していただければ答えますよ。ただし、所詮僕の独学ですし当たっているかは保証しかねますが、それでもよろしいので?」
メリリース達は大きく頷き、我先にと身を乗り出す。まず口を開いたのはやはりメリリースだった。
「まず、ショウタ殿が仰った『発動のキーとなる言葉の発現を世界に願う』との言葉の意味です。どういう意味なのでしょう?」
この質問に翔太は当惑した。魔法の発動の骨子となる部分を理解せずにどうやって魔法を発動していたのだろうか。その強い疑問に突き動かされ思わず尋ねてしまう。
「逆にお尋ねいたしますが、皆さんはどうやって魔法を発動していたので? もしよろしければ、拝見させていただきたいのですが」
メリリースはすぐに了承して、右手に持つロッドを藁人形に向ける。長い呪文を唱え始めた。数分に及ぶ呪文の後、メリリースの足元に魔法陣が浮かぶ。
すると30cm程度のオレンジ色の炎の球体が目の前に浮かび上がる。
「《火球》!」
メリリースの言葉と同時に藁人形に向けて火の玉が飛び衝突し燃え上がる。
オークの魔法のときと同様に、魔法陣が視覚を通じて脳へ伝えられすぐに解析が完了する。解析を終了した翔太はある意味驚愕していた。
(マジ? オークよりも効率悪いじゃん。99%いらない言葉ばかりだよ。何より言葉が不完全だ。根本的な所から間違って理解してる……。
この魔法の発動には3つの効果を支配する言葉が必要。
第一が土壌中のマグネシウム等の燃焼物質を空中へ出す言葉、第二が空気中の酸素を集める言葉。第三が温度を急上昇させて発火させる言葉。
メリリースさんの言葉は、第三が中心で、より高温にするために必要な第二の酸素の言葉が全く含まれていない。空気中にある酸素で間に合わせているんだと思う。第一のマグネシウムを増やせばどうなるのかも実験してみたいし……。ヤバイ、楽しくなってきたな)
翔太の悪い癖が出始めた。教えるという趣旨から微妙にずれ始める。
「じゃあ、僕が同じ魔法を放ちますね」
メリリース達は目をキラキラさせて頷く。
(うえっ! マジやりにくい。まずは、マグネシウムを少なくして試してみよう。それに威力を最大限抑えてと……)
昨日の土魔法の行使の際にも翔太は最大限威力抑えたのだ。それでもあんな規格外の威力となってしまった。
「《炎気を集め炎土を用いる熱炎球》」
翔太の目の前の地面に魔法陣がスゥーと現れる。その魔法陣の上空にメリリースと同じ30cm位の球体が出現する。
だが、メリリースの形成した球体がオレンジ色だったのに対し、今翔太の目の前に浮かんでいる球体は青白い炎だった。
「そ、蒼炎? そんな――これは火炎魔法の真理の一つじゃ……。それにまさか無演唱?」
メリリースの呟きが翔太の耳にも入って来る。
「《火球》!」
蒼炎の球体を藁人形に向けて放つ。球体は今の翔太の感情を示すかのように楽しそうに高速で飛んでいき藁人形に衝突する。
ボンッ!
蒼炎の球体は藁人形に着弾すると小さな爆音をあげ燃え上がり瞬時に粉々の塵へと変える。
「…………」
数秒で燃えカスとなった藁人形を周囲の魔法使い達は魂を奪われたみたいにぼんやりと眺めていた。その様子に僅かな違和感を覚えつつも翔太は魔法の最適化に熱中し始める。
(これが可燃性物質を少なくした場合の効果。じゃあ可燃性物質を増やしたらどうなるんだろう? やってみたい。是非やってみたい)
「もう一度、さっきの魔法撃ってみてもいいですか?」
「…………」
誰も一言も答えない。反応の薄さに疑問と戸惑いを隠せない翔太。
「…………あ、ああ。構わない」
エレナが口から許可の言葉を絞り出す。気を取り直し、翔太は魔法の構成に没頭していく。
(今度は『炎気と炎土を集める』に言葉を代えればいい。そうすれば飛躍的に可燃性物質の存在が増す。危険そうだから、目の前で形成するのは止めておこう)
「《炎気と炎土を集めし熱炎球》」
翔太の数メートル前に魔法陣が現れ、その真上の空中に白い火花を纏った蒼白い球体が出現していた。この球体が出現した途端、周囲の温度が急上昇し、球体の周囲の視界がグニャリと歪む。白い火花に触れると地面はバシュッと大きく抉られる。
「《火球》!」
翔太の言葉を契機に蒼炎の火炎球は高速で周囲の地面を抉り飛ばしながら、砲弾のごとく藁人形に迫る。
ドンッ!
衝突と同時に眼が焼かれんばかりの真白な閃光を周囲に発し、凄まじい轟音と共に藁人形ごと地面が爆ぜる。土煙が周囲に立ち込め視界が戻るまで暫らくの時間を要した。
視界が戻りその惨状を見て皆はワニのような大口を開けて放心状態となる。それもそのはずだ。藁人形は跡形もなく消し飛んでいる。蒼炎の球体の暴虐な振舞により巨大なクレーターが形成されており、その惨状の壮絶さを遊説に語っている。
(なるほど。可燃性物質を多く混じると爆発するわけね。じゃあ、今度は球体を多数出してみよう。できるはずだよ)
翔太が再度魔法を行使しようとするのを察知して即座にエレナが止めに入る。
「ちょ、ちょっと待てぇ――!」
「ふへ?」
翔太が驚いてきょとんとする。
「『ふへ?』じゃない! お前は訓練所を全壊するつもりか? そうなんだな? そのつもりなんだな?」
熱中し過ぎでそこまで気が回らなかった翔太は冷や汗を浮かべる。確かに、地面には巨大なクレーター、藁人形も半分以上も消失している。さらには、訓練室の壁や天井にも蒼炎の球体の暴虐の痕跡が深く刻み込まれていた。
「す、すいません――」
(ありゃあ? 地面抉れてる……あの壁と天井の修理いくらするんだろう? まさか弁償なんてこと言われないよね。うん、大丈夫。そこまで理不尽じゃあないはず……多分……)
「先ほどの魔法もぜひ教えてください!」
現実に帰還したメリリース達が、エレナを再び押しのけて目を充血させながら迫る。翔太は脱線してしまった自分に呪いの言葉を吐きかけながら頷く。
「皆さんと僕の魔法の違いがわかりますか?」
「申し訳ありません。全くわかりませんでした」
「皆さんの唱えた呪文には発動の中核となる言葉が含まれていませんでした。ここからは僕の予想ですが、多数の呪文の演唱が発動のキーとなる言葉の代わりを務めているのだと思います」
「……。それはつまり、発動の中核となる言葉を唱えれば先ほどの術が発動すると考えてよろしいのでしょうか?」
「単に演唱しただけでは駄目です。あくまで言葉の発現を世界に願うのです」
メリリース達の頭には多数の疑問符が舞い踊っている。
「現にやってみた方が早いですね。メリリースさん。《炎気を集め炎土を用いる熱炎球》の言葉が実現するように世界に願っていください。残りは効果が発動した後で詳しく説明しますよ」
メリリースは頷き獲物を狙う猫のような顔で残り半分になってしまった藁人形に視線を向ける。
「《炎気を集め炎土を用いる熱炎球》! っ!? 《炎気を集め炎土を用いる熱炎球》! 《炎気を集め炎土を用いる熱炎球》!」
メリリースは何度も叫ぶが一向に発動しない。泣きそうな顔でメリリースが翔太を見る。周囲の者も著しく落胆している。
(キーの言葉はわかっている。わかってないのは『世界に願う』という行為だろう。どうやったらうまく理解してもらえるかな……『世界』の意味がわからないか? なら駄目元で――)
「メリリースさん。今度は言葉が実現するように貴方の信じる神様に願ってもらえますか? そうすれば貴方の信じる神様が奇蹟を与えてくれるはずです」
メリリースは再び頷く。
「《炎気を集め炎土を用いる熱炎球》! アイリス様、私に言葉の奇跡を実現させる力をください!」
メリリースの言葉が完了すると同時に彼女の目の前の地面に足元に魔法陣が出現し、その上空に蒼炎の球体がフワっと現れ目の前に揺らめいていた。
「っ!? やった! ショウタ殿! できました」
「はい。後は普通の《火球》と同じです。藁人形に向けて放ってください」
「《火球》!」
メリリースは無言で翔太の命に応じ、蒼炎の球体を藁人形に向けて放つ。蒼炎の球体が藁人形を襲いほんの僅かな時間で炭と塵にかえる。
「で……きた……」
メリリースは顔を上気させながら全身を震わせていた。メリリース以外の者達から歓声が上がる。全員が高く空の上へ引き上げられるような興奮に襲われていた。
「お見事でした。では次に先ほどの魔法の説明をしたいのですがよろしいですか?」
「「「「お願いします!」」」」
翔太の言葉に即座に答える一同。素直さに苦笑しつつも話を続ける。
「先ほどの火炎の球体を作り出すためには3つの要素が必要です。
一つ目は可燃物質、燃料、つまり薪のようなものです。
二つ目が酸素という燃やすために必要な空気中にある物質。
三つ目が発火するのに必要な一定の温度の上昇です。
メリリースさんの呪文はこの3つ目の温度の上昇が中心でした。正確には一つ目の燃料もほんの少しだけ含まれていましたが……要するに、燃料と酸素を周りから集めて熱で発火するわけです。ここまでで質問ありませんか?」
「二つ目の酸素とはどういう物質なんですか?」
予想通りのメリリースの質問に頬を緩める。翔太がメリリース達の立場でもこれはまず疑問に思うはずだから。
「酸素とは空気中に存在する燃やすために最も大切な物質の事です。これがなければ、通常物は燃えません」
「空気中? 私には全く見えませんがそれは精霊のようなものですか?」
(精霊? 科学が未発達のこの世界ではそういう理解になるのか……)
「いいえ、精霊ではありません。見えませんが存在するものです」
「見えないが存在するもの。そしてそれは精霊ではない……そういうものとして理解するしかないのですね。わかりました。ありがとうございます」
「他に質問ありませんか?」
「いえ、ありません」
周囲を確認しメリリースが代表で答える。感無量な面持ちで熱心に次の翔太の言葉を待つメリリース達。
「一つ目の『燃料』が『炎土』と言う言葉に、二つ目の『酸素』が『炎気』という言葉、三つめの『熱』は『熱炎球』という言葉に対応しています。そして回りから、『炎土』と『炎気』を集めて、『熱炎球』で発火するわけです」
この説明でメリリース達は大まかな流れを理解したのか、全員が《炎気を集め炎土を用いる熱炎球》、《炎気と炎土を集めし熱炎球》を使えるようになっていた。
続いて昨日オークが使った《大地の鋭棘》の習得も全員完了したので、翔太の魔法教授は終了する運びとなった。
メリリース達にまた教授してもらえないかと翔太がドン引きする剣幕で頼まれたが、これ以上深みに嵌りたくはない。丁重にお断りした。
全員、痛々しいほどションボリしていたがマジで勘弁願いたい。
そのような中で嫌らしい笑みを浮かべているエレナを見て全身に鳥肌が立つ。すぐにこの場を逃げ出したくなるが、エミーとの約束があるのでそれもできない。内心で壮絶な舌打ちをすしながらエミーを探すことにした。
お読みいただきありがとうございます。
《俺》が出てくるところまでは修正はあまりしないつもりなのでできる限り早く投稿いたします。




