第24話 魔の森中域を探索しよう(1)
いつの間にかエルドベルグの城門に来ていた。
どうせなら、気晴らしに魔の森でも探索しよう。デリックもいくらでも探索すればよいと言っていた。構いはしないだろう。フィオンとレイナも誘おうかとも一瞬思ったが、今日は一日中一人でいたい気分だ。一人で行く事にする。
門衛がアルではない事も幸運だった。今日はもう誰とも会いたくはない。門衛にギルドカードを提示してエルドベルグを後にする。
魔の森浅域に入ると直ぐに驚愕に目を見張ることになった。それは異様な光景だった。
至る所に魔物がいる。いるのだが、人間の翔太に驚くほど敵意を感じられない。皆、何かを緊張気味に待っているかのようだった。それは高校受験の時の面接前の受験生にかなり雰囲気が似ていた。その異常な光景に心底ドン引きしながらも歩を進める。
「はぁ? 何これ?」
浅域が終ると今度こそ比喩でなく絶句する。中域が綺麗サッパリ消えていた。木々は、確かに存在はするが疎らであり、まるでサバンナのようだ。
だが、そんなものは序の口だ。もっと目を見張る事が他にあった。
魔物が列をなして中域の荒野を並んでいたのだ。何匹になるかはあまりに数が多すぎて分からない。
どの角度から見ても人間種にしか見えない存在が魔物達の交通整理をしている。その存在の放つ威圧感はとても魔物とは思えず、『七つの迷宮』の執事やメイド、衛兵のようにも思えた。さらに、遠くに巨大な塊が見える。それはあたかも、街や都市のようで……。
翔太は頬をヒク憑かせて目の前の非現実な景色を暫らく見ていた。どうやら、完全に思考が停止してしまっていたようだ。ヴァージルのときもそうだったが、翔太は異常事態になると考えるという行為を止める傾向にあるらしい。
やっと考えるだけの余裕ができた。疑問は大きく分けて2つ。
1つ目は、中域が荒野化していることだ。だがこれは予想がつく。ヴァージルとネリー、デリックが呟いていた神様同士の戦いの跡だろう。これほどの非現実的な状景をみせられると、恐怖や焦燥など沸かず、むしろ妙な諦めがあるだけだ。こんな事をできる存在とエンカウントしたら一切の抵抗も許されず瞬殺だろうから。
2つ目は魔物の行列だ。実際に見ればこの異常性が分かる。荒野化された中域に蛇のように魔物の列が存在する。列をなす魔物は真剣そのものであり、極度に緊張している様子だ。そして、ある事実に気付く。列の先は昨日訪れた炎鬼の根城の方角へ向かっていた。悪寒が全身を稲妻のように駆け巡り、身を震わす。
(この魔物の行列、炎鬼さんが原因? まさかね。でも――)
行列の先に足を運ぶしかこの不可解な現象を理解することはできまい。そう考え、万が一のため《隠密》スキルを発動させて、列の先まで歩いて行く。予想に反せず、列は炎鬼の根城の洞窟入口まで伸びていた。
洞窟前に到着する。炎鬼の部下らしきゴブリンが6色のカードを魔物に渡している。炎鬼の部下らしきというのは、以前顔は見たことがあるが、そのあったはずの頭の角が消えており、人間種にしか見えないからだ。加えて、姿以上にその存在の力強さは以前と別次元と化していてとても昨日会った炎鬼の部下と同一の魔物とは思えない。
カードを渡された魔物達は興奮気味に洞窟の中に入って行く。
翔太がさらに観察を続けると、もう一つわかった事があった。洞窟に入る魔物とほぼ同数の洞窟から出て来る魔物がいるとの事だ。もっとも、出て来る魔物は全て、魔物といってよいのかわからない程人間種に近い姿をしていた。かろうじて、魔物特有の尻尾や、耳、翼、触覚、角などがあることで、人間種ではないと判断できる。
だが、そんな姿など陳腐に思える程、魔物達からは異常な存在の強さを感じる。具体的にはオストロスや白猿王程度の圧だ。炎鬼以上の圧を感じる個体さえちらほら目に入り、頬を痙攣させる。
それらの多数の魔物の個体は喜びを顔にみなぎらせながら洞窟を出ると6つの方角へそれぞれ向かって行く。6つの方角の先には6つの巨大な集落があった。勿論炎鬼の根城に向かう道中とっくにその存在には気付いていた。なにせ、一つの集落でエルドベルグ程の大きさがあるのだ。気付かないはずもない。ただ、あまり考えないようにしていただけだ。
さすがにもう現実を無視するわけにもいかず、その集落の一つを注視する。多数の様々な大きさの建物が立ちならんでいる。近くに行ってみないと詳しい事は判断しようもないが、摩天楼のような建物もあるくらいだ。アースガルズの技術で作れるとは到底思えない。嫌な予感が翔太を駆け巡る。そして、その一つの集落がアスファルト舗装されているのを見て、悪い予感が的中した事を理解した。
(こんな悪ふざけするのはテューポさんだよね……というか、『七つの迷宮』を管理しているテューポさんにしかこんな事できないしさ。一体どういうつもりなんだろう?)
テューポの意図が全く読めず、暫らく呆然とその異常な光景を眺めていた。
いつまでも呆気にとられているわけにもいかず、炎鬼の根城に入る。魔物で充満した通路を通り、奥へ行く。魔物の行列は、最終的に6つの異なる部屋へ入って行く。
翔太はその様子を観察することにした。明らかに子供ほどの身長のゴブリンらしき魔物が入って行く。そのゴブリンは魔の森浅域の生息する翔太達が散々倒した典型的なゴブリンであった。暫らくして、角が生えた赤い色の服を着た人間に似た青年が出てきた。青年は顔一面に満悦らしい笑みが浮かべながら、洞窟の外へ向かい移動していく。すかさず、《解析》スキルをかけてみる。
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○五作
■種族:ゴブリン(魔物)
■クラス:ハイゴブリン
■眷属:鬼神
■称号:【剣士】
■スキル:
【炎操作】、【剣術】
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ステータス 五作
レベル 5
才能 190
体力 112
筋力 110
反射神経 113
魔力 105
魔力の強さ 104
知能 116
※眷属補正:才能ステータス+100
才能以外全ステータス+100
EXP 0/50
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(こ、このゴブリン、鬼神の眷属? もしかして昨日の神様達の戦争って、 テューポさんが絡んでるとか……あり得る。絶対あり得る。というかそれしか考えられない。
とすると、鬼神ってまさか……)
髪の毛の根を締めつけられるような感じに襲われながら、最悪の予想を否定しようとゴブリンが出てきた部屋へ入る。だが悪い予感は見事に的中する。
部屋の中は12、3畳程度の広さがあり、部屋の中心には2つの椅子置いてある。その一つの椅子には角が消えた炎鬼の部下らしき可愛らしい女性のゴブリンが座り、もう一つの椅子には4m以上のオーガらしき魔物が座っている。
炎鬼の部下らしき者は、額に玉のような汗を浮かべながら、オーガに向けて右手をつき出し、2つの羊皮紙を空中に出現させた。
(っ!? あれって儀式契約の羊皮紙? でも2枚だし……駄目だ。駄目。サッパリわからない。予測不能だよ)
炎鬼の部下とオーガが光り輝き、それが数分間続く。その間、オーガの身体は徐々に小さくなっていき、2mジャストまで縮む。牙がなくなり、鋭く長い爪も短く細くなる。少し身体が大きな細マッチョの人間種の爽やかな青年にしか見えない姿となっていった。唯一、角が一本頭に生えてはいるがそれだけだ。
細マッチョの青年は、オーガのときには腰みのしか身に着けておらずほぼ全裸だったので、下着と赤い服を受け取りすぐに着用する。そして、炎鬼の部下に何度も頭を下げて部屋を出て行った。
炎鬼の部下の女性はよほどの疲労なのだろう。疲れたような血の気のない顔をしながらも、次の魔物を呼ぼうとする。少しは休ませた方良いだろう。このまま作業をすれば、倒れかねない。
《隠密》スキルを切り、炎鬼の部下に話しかける。
「ねぇ、君さ。少し休んだ方が良いよ。まだまだ、沢山いるみたいだし――」
「…………」
《隠密》スキルが解除され急に気配が生じたこと、翔太の言葉を聞いた事で、驚いてきょとんと小首をかしげる仕草をしたが、すぐに表情を消す。その瞬間、炎鬼の部下に羽交い絞めにされていた。可愛らしい女性に密着しているという事実に僅かに顔が赤くなるが、そんな桃色な状況では断じてない。いくら、スキル《高速再生》が深淵級となり、人間を止めたとはいえ、痛いものは痛いのだ。
「痛い! 痛いって! 僕は敵じゃないよ」
【憤怒】を装備し、かなりのステータスになっているにもかかわらず、あっさり制圧されてしまった。どれほど力が上がったのだろう。その事実に戦慄しながら、必死で炎鬼の部下の誤解を解こうとする。
「ふん。賊は皆そう言う。貴様何者だ?」
「僕は、ショウタ・タミヤ。昨日、エンキさんに連れられて来たはずだよ」
「昨日? お前など見たことが……ショウタ・タミヤ?」
「うん。そうだよ。ショウタ・タミヤ!」
どうやら話が通じたようだ。身体に圧し掛かっていた重圧が取れ、ほっと胸を撫で下ろす。
翔太が起き上がると、炎鬼の部下は翔太に跪いている。デスマスクを思わせる生気を失った顔をしながら小刻みに震えていた。疑問符が翔太の頭の周りを舞踊る。サッパリ意味がわからない。
「主とは露も知らず、大変なご無礼お許しください」
「いや、頭を上げてよ。敵でないってわかってくれたなら別にいいから。それに、勝手に部屋に入って、突然声をかけたんだ。非はむしろ僕にあるさ」
「とんでもございません。私を気遣ってくださった主に対する無礼。到底許されることではありません――」
(主? また、意味不明な事を……やっと、今日のデリックさんの気持ちがわかって来たよ。えへへへぇ……そろそろ僕も限界だぁぁ~~)
頭が現実逃避を初めていたが、炎鬼の部下の女性はこのままでは自害しそうだ。カサカサの笑を浮かべながら、事態の収拾を図る事にする。
「じゃあさ、君は少し休憩しなよ。それか、誰か違う人と変わってもらいなね。それが君への罰」
「いや、しかし――」
「はい。口答えはなし。済まないと思っているならちゃんと休憩取ってよ」
「もったいない……お言葉……」
炎鬼の部下は涙ぐみ始めた。このオーバーリアクション過ぎる反応に、戸惑いを通り越して逆に冷静になってきた。やっと、考える事が許されるらしい。
炎鬼の部下の会話中にあった『主』という言葉は、テューポが翔太に対して使う言葉だ。つまり、この目の前の女性もテューポがらみで動いていると思って良い。これはあくまで翔太の予想にすぎないが炎鬼がテューポの配下になり、その結果、炎鬼も翔太の配下になった。それが、一番確率が高そうだ。
普段なら一言翔太にあってもよさそうなものだが、あのテューポが独断で動いたのだ。深い訳があると思われる。兎も角、テューポの行動を否定できるほど、今の翔太は自分の行動に自信が持てない。テューポに会い理由を聞くのが一番だろう。
テューポに姿を現すように呼びかけているのだがやはり駄目なようだ。『七つの迷宮』から出ていると思われる。この中域のどこかにいるのは間違いない。探すしかあるまい。
「じゃあ、十分休んでから再開してね。それはそうと、テューポさん、知らない?」
炎鬼の部下の女性はその名を聞いてビクッと身を震わす。この反応からして翔太の予想は見事に当たりだろう。
「テュ、テューポ様は今、神王区ができるまで『赤鬼国』に臨時で設置されている『中央議事堂』にいらっしゃいます」
(『赤鬼国』? 『中央議事堂』? 何それ? まあ聞くしかないか……)
「『赤鬼国』の『中央議事堂』ってどこにあるの?」
「はい。少々お待ちください。すぐに、ご案内いたします」
自分で行けると言おうとしたが目の前の女性は心身共に疲れ切っている。翔太の案内をさせて休ませてやるのが良いであろう。
女性は部屋の外に小走り出て行ってしまうが、すぐに、転がり込むように、炎鬼の部下らしき者が部屋へ入ってきて跪く。昨日は見たことがなかったゴブリンだったが、炎鬼の部下の中ではかなり高い地位なのだろう。先ほどの女性のゴブリンが緊張している様子だ。翔太に恭しくも跪き話し始める。
「主。お初にお目にかかります。私は炎鬼様の配下のセツキと申します。どうぞお見知り置きを」
すぐに、女性のゴブリンも跪きながらも、頭を上げ、視線を床から翔太に向ける。
「私はキナサと申します。よろしくお願いいたします」
「う、うん。よろくね。それで案内を頼みたいのだけど……」
『七つの迷宮』を再現したような対応に、むず痒さがマックスとなり、いつものように話を切り上げるとする。
「はい。勿論です。キサナ! 丁度交代の時間だ。主を『中央議事堂』までご案内して差し上げろ。くれぐれも失礼のないようにな!」
「はい! わかりました!」
翔太の想像以上にキサナは疲れ切っていたのだろう。キサナは嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませながら答える。
子供のようにはしゃぐキサナの様子に苦笑いをしながらも、セツキは翔太を丁重に洞窟前まで送ってくれた。
キサナは鼻歌を歌いながらまるで跳ねるように翔太の前を歩いている。その度に赤色のショートカット髪がユラユラと揺れ、キサナの可愛らしさをより引き立てる。翔太はそんなキサナの姿に内心ほっこりした気持ちになりながらついて行く。
キサナは最初程、翔太に対し恭しい態度をとって来ない。これは翔太がさほど恐ろしい存在ではないと判断したからだと思われる。これは翔太にとって非常にありがたかった。セツキのような態度を四六時中とられては、息が詰まっていけない。
まあ、オーバーリアクション気味なのが玉に瑕ではある。途中、キナサに疲れは大丈夫かと社交辞令に聞いただけで涙ぐんでしまったくらいだ。傍から見ると女性を泣かせている男の図である。マジで勘弁してほしい。
「主、主、主ぃ。あれですよ~~。あの巨大なのがそうです」
得意そうにキサナは翔太ににっこりしながら、指先を前方に向ける。キサナの指が示す先には、巨大な都市があった。その都市はまだかなり遠いにもかかわらず、その異常性を翔太に見せつける。
アスファルト舗装がされた道路に、数多くの建物。一体、半日程度でどうやってこれほどの建物を建てたのだろうか。通常の方法ではとても不可能だ。とすれば、通常の方法以外の方法で行ったのだろう。考えられるのは一つ、『七つの迷宮』から土地ごと持ってきたということだろう。それならすんなり説明がつきやすいのだ。テューポは翔太が思っているよりもずっとせっかちな柱らしい。




