第22話 悪ふざけ
モーゼ化した魔物の道を通り、浅域を出ると冒険者達に囲まれていた。ショウの真紅の覇気の垂れ流しを見たせいだろう。取り囲んでいる冒険者の誰もが、顔面蒼白で小刻みに震えていた。ここで、全員眠らせてもよいが、少々疲れすぎた。ここで暴れれば本当に殺しかねない。デリックとの関係上できる限りそれは避けたい。
すぐに、アドルフ、チェス、フィオンが駆けつけてきた。
「ショウ様、一連の騒動はどうなった?」
アドルフの『ショウ様』という言葉にフィオンが目を白黒させて、チェスがそれを見て吹き出している。チェスとアゼルはこの人を食ったところがどこか似ている。ショウとしては非常にやりにくい。疲れを隠しもせず答える。
「全ては終わった。浅域にいるケダモノ共は当分襲って来ねぇよ。祭りは終いだ。テメエらもとっとと帰って寝ろ」
「そうか。わかった。最低限の人数を残して引き上げるとしよう。ではまた」
アドルフがショウに一礼して去っていく。他の冒険者に指示を飛ばす声が徐々に遠ざかって行く。チェスも手をブンブンわざとらしく振って去って行く。
出会いたくはない筆頭の人物――フィオンはそんなアドルフとチェスの様子を眺めながら、躊躇いがちにショウに尋ねて来る。
「お前、ショウタ……か?」
(チッ、今日はマジでついてねぇ。アゼルといい、フィオンといい、どうしてこうも会いたくねぇ奴にばかり会いやがる。さて、なんて答えるか。
まあ、フィオンも抱き込むしかねぇだろうな。翔太の兄では通じんだろ。異世界人だとバレてんしな。大体、翔太の奴に尋ねられたら厄介だ)
「ああ。俺はショウタ・タミヤさ。だが、テメエのよく知っているショウタとは違う。この意味わかるか?」
フィオンは両腕を組みながら目を閉じる。いつもの瞑想モードだ。この仕草には妙な安心感がある。翔太の残滓であろう。暫らくして、目を開けたフィオンはショウを真剣な表情で見つめる。そして――。
「それでショウタとどう違うんだ?」
こんなふざけた事を聞いてきた。
「ああ? 何から何まで違うに決まってんだろうが! あんな胸糞の悪い腑抜けと一緒にされんのだけは我慢なんねぇんだ」
「そうか? 俺にはそうは思えんがな。ショウタ、お前はお前だよ。それ以外の何者でもない」
(此奴……全く人の話聞く気ねぇ。やりにくい。
兎も角、翔太に俺の存在がばれるのはマズイ。あのチキン野郎の事だ。俺の存在を知れば、恐怖して封じ込めにでもかかるかもしれねぇ。普通の奴なら放って置けばよいが、翔太は別だ。彼奴の行動力と無茶苦茶ぶりは異常だ。本当に俺の封じ込めに成功しかねねぇ。まったく、糞面倒な奴と一緒になったもんだ)
「そうかよ。だが、翔太に俺の存在を教えるな。もし、教えれば――」
ショウは殺気を全身から吹き上げさせる。その殺気は竜巻のごとくショウの周囲で渦を巻く。そのショウを見た周囲の冒険者から悲鳴が漏れる。腰を抜かす者さえいたくらいだ。フィオンもショウに怯える。そう思っていた。
しかし――。
「…………」
フィオンはその殺気を冷めた様子で見るだけで悲鳴どころから、眉一つ動かさない。
「テメエ……俺が恐ろしくねぇのか?」
「全く。そんな、敵意を全く含まない威圧をみせられてどう恐ろしがればいいんだ? 今ので、確信した。お前はショウタだよ。うん。そうだ。間違いない」
(なんだ? 遂に納得しちまったぞ。やり悪さが半端じゃねぇ。マジで勘弁してくれ!)
「あのなぁ……はあ……もういい。俺は疲れてんだ。帰って休みたい」
フィオンに危害を加えることはショウにはできない。ショウも翔太も田宮翔太であることには変わりはない。田宮翔太ができない事は絶対にする事ができない。今の脅しでどうにもならないのなら、もうショウには打つ手がない。
「そうか。なら俺も途中まで一緒に戻ろう。俺もギルドに報告があるしな。
それと安心しろ、ショウタにはお前の状態の事は言わないよ」
「そうか。ありがとうよ」
言葉を発すると同時に、フィオンに構わずスタスタと歩き出す。フィオンも無言でショウの後をついて来た。途中、フィオンに今のショウの状態について聞かれたので、ある程度端折って説明をする。それで、フィオンは大方の理解をしたらしい。レイナから翔太に間接的にショウの事を知られても困る。レイナには今のショウの事は秘密にする事と相成った。
門衛は交代となったのだろう。アルではなかった。ギルドカードをみせ、エルドベルグに入り、メインストーリーをひたすら歩く。もう体力も限界だ。今回ばかりは意識を保っているショウ自身に命一杯の称賛を送りたいくらいだ。
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まだギルドハウスに用があるフィオンと別れて、メインストリートから宿屋キャメロンのストリート――カップル通りへ入る。
だが、今日のショウは殊の外、運が悪い。フィオン以上にこの世界で絶対に逢いたくない奴に逢ってしまう。確かに、今はもう午前6時程。朝の散歩でもしていてもおかしくはない。もしかしたら、翔太に逢うためにこの辺をうろついているのかもしれない。目下狙われているというのに、マジで頭が痛くなる。
それは、ショウの最も大切な存在。ショウの生きる意味の全て。黒いローブにとんがり帽子、長い金髪が似合う少女――ラシェルがショウに近づいて来る。
近づくたびに、心臓の鼓動が跳ね上がる。手と足が震える。心が押しつぶされる。一度でいいから話がしたい。翔太のように近づいて頭を優しく撫でたい。強く抱きしめたい。だが、それはできないし、決してしてはいけない。それをする事はショウには許されていない。そういう存在として作られたから。
ラシェルの傍を通り過ぎる。無表情でいたつもりだが、出来た自信は全くない。おそらく今のショウはとんでもなくみっともない顔をしている事だろう。どう肯定的にみても子供のエルフに対してする表情ではあるまい。立派なロリコン(変態)だ。翔太のことなどとても言えない。そんな馬鹿な事を考えながら、足を前に動かす。
すれ違い様にショウの表情を見たラシェルの目が大きく見開くのが見えた。ラシェルが振り返るのが気配でわかる。少し、自らの足が動くのが速くなっているのを感じる。これではまるで逃げているようだ。背中に強い視線を感じながら、やっとのことでキャメロンまで行きついた。
キャメロン2階の自分の部屋まで行く。だがあり得ない光景を見て絶句する。美しい女性――ヴァージルがショウの部屋の扉の前で座って寝ていた。いくら今は狙われていないとはいえ、いい歳をした女が寝るのがふさわしい場所では決してない。案の定、他の冒険者達の好奇心という名の的となっていた。このままにするわけにもいかない。仕方なく、ヴァージルを抱きかかえ、部屋へ入れる。起きる様子もない。
もう意識を保てない。翔太には散々迷惑を被っている。少しくらい痛い目を見てもらうとしよう。ヴァージルをそっとベッドへ寝かせる。髪留めを外し、メガネを付ける。
そして、ショウもヴァージルの息がかかる程距離に顔を近づけ、ヴァージルの背中に両手を回して優しく抱きしめる。そして固く目を閉じた。
翔太とヴァージルがどれ程驚くか見ものである。後で記憶を認識して腹を抱えて笑ってやろう。記憶の認識とは実体験をするに等しい行為だ。色も、匂いも、感触も、痛みさえも感じることができる。実際に体験するよりぼやけるが、ほぼ同様の体験をすることができる。翔太という主人公の演じる喜劇を見るとはさぞかし愉快であろう。
最後の最後で、うまい具合に仕返しができた。そう満足感を感じた瞬間、ショウの意識は呆気なく刈り取られた。