第21話 眷属契約
ここからが正真正銘の真剣勝負だ。
スキル《契約――眷属契約》と《契約――儀式契約》を同時に発動させる。2枚の羊皮紙が宙に浮かぶ。
ここからのコツは、2つある。
儀式契約により、眷属契約の意思の絶対隷属という内容を縛る事だ。儀式契約の内容はできる限り具体的であることが望ましい。
次に、融合後に眷属に与える魂をできる限り元と同じ性質で返すこと。要はショウの魂と混ぜ合わせたものをそのまま返すイメージだろう。これはかなり難解だと思われる。だがやり遂げてみせる。その程度、できないようでは目の前の者達の主としては失格だ。
まずは、炎鬼からだ。眷属契約の内容が羊皮紙に自動的に書き込まれてゆく。同時に儀式契約の内容を『眷属契約執行中、眷属は主の命に必ずしも従わず、自らの意思でのみ行動する』とし、羊皮紙に内容を書き込んでいく。このようにできる限りショウの命令に反する行動がとれるような契約内容にする。それでも、眷属契約の性質上、ショウが本気で命令すれば従わざるを得まい。羊皮紙が光り輝き、同時にショウと炎鬼の全身も光に満ちた。
ショウの身体の中心に何か形容し難い小さい存在が流れ込んで来るのがわかる。これが炎鬼の魂だろう。それはショウという魂の渦という大海に浮かぶ一片の角砂糖のようなものだ。大海に呑まれれば、完全に溶けて同化してしまいショウでも二度と分けることは出来まい。その小さな存在を隔離しショウの魂とゆっくりと形を崩さない様に混ぜ合わせる。ゆくっり。ゆくっり。ゆくっり。ゆくっり。ゆくっり。ゆくっり。ゆくっり。ゆくっり――。
……
…………
………………
暫らくすると、その小さな存在は以前とは比べものにならない程の禍々しい力を放つようになっていた。大きさも当初の数千、万倍はあるが、その密度も依然とは桁違いだ。その魂を炎鬼の身体に慎重に返してやる。いきなり返せばおそらく身体が負荷に耐えられず破裂してしまうだろう。
炎鬼の身体が徐々に変化し、その魂に見合った身体に再構成されてゆく。
「ば、馬鹿な! これは眷属契約などではない! これは……これはぁぁぁ――」
テューポの言葉が遠くに聞こえるが、今のショウには其処に意識を向ける余裕などあるはずもない。額に脂汗をにじみ出しながら、奥歯を砕けんばかりに食いしばりながらも、炎鬼の身体に魂を馴染ませてやる。
数十分後――それはショウにとっては気が遠くなる程の時間だった。後4体も同様の作業を行わなければならない。その事実に心底げんなりしながらも、なんとか意識を周囲に向ける。
炎鬼は倒れ意識を失ってはいる。外見は大して変わってはいない。ただ。トレードマークだった角が消失しており、人間種ともはや見分けがつかなくなっていた。だが、外見など比較にならないほど変化したのは中身だ。炎鬼は以前とは全く別の生物へと変貌していた。寝ているにもかかわらず、途轍もない力が全身から溢れだし、部屋を満たしている。
オストロス達も呆然と炎鬼の変化を眺めるだけだ。誰も一言も発しない。
滝のように身体を流れる汗が気持ち悪い。額の汗を右腕で拭っていると、 テューポがショウに意味ありげな視線を向けてきた。
「主よ。貴方は今、御自分が何を為されたのかわかっておいでか?」
そのテューポの鬼気迫る様子に僅かに戸惑いながらも答える。
「眷属契約だろ?」
「違います!!」
テューポの叫び声が部屋中に木霊する。テューポが声を張り上げる等、初めて見たショウはその事実に目を見開く。
「お、大きい声張り上げんなよ。ビックリすんだろ。それに耳がキンキンする」
「し、失礼いたしました。主よ」
テューポは自らを落ち着けている様子だ。普段極めて冷静な所しか見ていないショウには違和感ありまくりだった。
「今の眷属契約……じゃねぇのか?」
「やはり、わかっておいででなかった………フフフ、これだから貴方の配下は辞められない。それでこそ我が主。至高の存在――――」
テューポはブツブツと独り言を呟き恍惚の表情で自分の世界に入ってしまっていた。これ以上、テューポの説明を待っても無駄だろう。別の世界に飛び立ってしまったテューポは放っておいて、次に移ることとする。この眷属契約はショウの体力と精神がガリガリ削られる。何時、意識を失ってもおかしくはない。
次はオストロスだ。オストロスに視線を向けると大きく頷いた。ショウを信頼しきっており、その成功を微塵も疑ってなどいない様子である。その事実に苦笑しながらも、作業を再開する。
炎鬼のときと同じように、スキル《契約――眷属契約》と《契約――儀式契約》を同時に発動させ、羊皮紙を2枚だす。そして――。
眷属契約終了後、オストロスは床に仰向けに倒れ込み意識を失っている。流石のショウもこのオストロスの変化に絶句していた。同時に頬が引き攣るのが自分でもわかる。
ショウのこのお決まりの反応も今回ばかりは過剰ではない。そう断言できる。だってそうだろう? 腰まで伸ばした青髪の美しい女が寝ていればそのリアクションをしても許される。案の定、周囲は面食らってぽかんとしていた。
(こ、此奴女だったのか? というか、炎鬼もそうだが、なぜ人間の形に固定される? 眷属契約の効果にそんなものはなかったはずだ。わけがわからん)
気を取り直して、白猿王、ミクトラン、カルラ、リリスにも眷属契約を行う。
やはり、全ての者が人間の形に固定された。白猿王は、白髪、長髭の仙人のような老人に、ミクトランは美しい黒髪の青年に変化した。
カルラとリリスはオストロス、白猿王、ミクトラン程外見に違いはなかった。だが、カルラは翼がなくなっており、リリスも翼と角がなくなっており、美しさが大分増しているようだ。エルドベルグに一度でも出れば、目立って仕方がないだろう。
眷属契約が全て終了した。全ての眷属が以前とは異なる高位の生物へと変化している。《解析》スキルをかけようと思ったが、このスキルを使うと疲れる。今は全てが億劫だ。とっとと、エルドベルグに帰って寝るとしよう。
「テューポ、事後処理頼む。国の件はお前にすべて任せる」
テューポは自らの描く遠い夢をうっとりと見やるような表情を浮かべながら、跪き深く頷いた。
「承りました。主よ」
すぐにカタカタと弱音を吐く脚に鞭をうって、立ち上がり、部屋を出る。
空がいぶし銀のようにぼうっと明るくなり、魔の森中域を優しく照らしている。
ショウは荒野化した中域を突っ切り浅域に入る。
浅域に入り次第、土や木々、水等様々情報を『七つの迷宮』の指輪に吸収させる。これで後は帰って寝るだけだ。
魔の森浅域はやはり、魔物が充満し、熱気が充満し、まるで満員電車の中にいるようだ。疲れているため、ショウはもうスキル《隠密》も使わない。ただ、エルドベルグの宿屋キャメロンに歩を進める。
人間にしか見えないショウが歩を進めると魔物達の群れ中に道ができる。それはモーゼの奇跡ように、浅域の出口まで続いて行く。跪いている魔物までいるのは幻覚だと思いたい。
理由はショウの歩くたびに出る真紅の覇気のせいだろう。中域の怪物との戦闘、続く眷属契約で途轍もなく疲れていてもう制御困難なのだ。事実上覇気の垂れ流しであった。止めるのはこの浅域を抜けてからで十分だ。




