第92話 久々の休暇を満喫しよう(5)
翔太がギルドハウスを出る際に、ヴァージルと会った。ヴァージルは書類の山を抱えて1階のギルド職員の休憩室へ行くところだった。ヴァージルは翔太と目が合うと何か言いたげな表情をしたが、翔太もやる事がある。それに、もう必要以上ヴァージルに深入りするのは良くないだろう。だから会釈だけをしてギルドハウスを後にした。
翔太の残りの予定は、カヴァデール店へ行くことだ。その後、テューポとの約束通り、『七つの迷宮』の7階層へ訪れる。
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カヴァデール店に入ると、ディヴが駆け寄って来た。
嬉しくてたまらないというように目をキラキラ輝かせるディヴに、若干引き気味にその理由を尋ねる。
翔太が作った【伝説級】を除く【日本刀モドキ】がこのほんの数日で完売したらしい。
周辺、遠方の町、他国からでさえも大勢の人が【日本刀モドキ】を求め、カヴァデール店を訪れた。【日本刀モドキ】は飛ぶように売れ、ついには完売と相成った。その結果、カヴァデール店発足以来の高収入をたたき出したのだ。
ディヴは莫大な金で鉄屑を死ぬほど買い込んだらしい。カヴァデール店の中庭に積まれた鉄の山に顔を盛大に引き攣らせる翔太。いくら《鍛冶》スキルが【深淵系】となった翔太でも、これだけの鉄で武具を作るのは毎晩徹夜を強いられかねない。ディヴという人物は限度を知らない人物らしい。まあ、翔太自身、人の事は言えないので、乾いた笑いを出すにとどめておく。
兎も角、『七つの迷宮』があればいつでもエルドベルグには来ることができる。毎日数時間ずつコツコツ仕上げればよいだろう。
今日、翔太には2つほどやりたい事があった。
まずは、【日本刀モドキ】以外の武器の作成だ。カヴァデール店の目玉商品が【日本刀モドキ】である事は良い。だが、異世界の武器――刀を扱えない者は思いの他多い。フィオン曰く、刀はその持ち主の力量により性能自体が変化する特殊な武器だ。よって、冒険者の約半数は日本刀の機能を上手く引き出す事ができないということだった。とすれば、日本刀以外の武器を求める者も当然多いであろう。
ガルトとディヴには返せない程の大きな恩がある。翔太とラシェル、フィオン、ヴァージルの武器の作成のために、ディヴがその人脈を駆使して新たな金属を集め補充してくれたのだ。加えて、もし、彼らがいなければ前のオーク戦でラシェルもレイナも無事ではいられなかった。多分、一生彼らには頭が上がらない。翔太は彼らに報いるべきなのだ。
次がフィオンの武器の作成だ。勿論、【超越級レベル2】である。
大切なフィオンのための武器だ。生半可なものを作るつもりはない。しかし、レイナのときのようにフィオンの存在自体を変化さえてしまう武器は作るべきではないだろう。レイナのときは、レイナのためだけの武器を作るため【魔力】や【体力】を無意識に込めてしまい失敗した。つまり、真剣に、かつ、【魔力】や【体力】を込めないように武器を作らなければならないのだ。これは、そもそも武器を作る際に自然に込めてしまう翔太にとって思いの他難解であると思われる。もうじき日も暮れる時間だ。『七つの迷宮』の7階層へ訪れるのはかなり遅くなってしまうだろう。
「今日は【日本刀モドキ】以外の武器にも挑戦してみたいと思います」
ディヴにそう告げるとディヴは驚喜に近い表情を顔面に漲らしながら翔太の両手を固く握って来た。
「ほ、本当かい? それはとんでもなく助かるよ。他の種類の武器はないのかというお客様も沢山いらっしゃってさ。それで今日はどんな種類の武器を作るつもりなんだい?」
「ロングソード、ショートソード、ブロードソードと、クレイモア、スピアを作ろうと思います。それと、今日は無理ですが、そろそろ防具にも挑戦してみたいと思います」
ディヴは目の中に幾多の星を輝かせながら、翔太の両手を固く握り締めながらブンブン振る。よほど嬉しいらしい。
「ほぼ、カヴァデール店で扱っている武器の全種類じゃないか。ありがとう。これはきっと、売れるぞぉ~~!」
ディヴは天を仰来ながらガッツポーズをしつつ、今後のカヴァデール店の商売について商売戦略を練っている様子だ。ブツブツと独り言を呟いている。
商魂が凄まじいディヴに苦笑いをしながらも、自分が作った武具を多くの人が使うという事実に奇妙な達成感を感じる翔太だった。
地球では全く社会の役に立ったことがなかった。そんな翔太にとって、初めて社会とのつながりを持ったことを実感したからだったからかもしれない。
ディヴと今日の簡単なミーティングを行う。時計が壊れてしまっているので、腕時計を持つディヴに時間を聞くと現在午後18時であった。
テューポとの約束もある。今日訪れると言ってしまった以上できる限り日付が変わる前に、『七つの迷宮』の7階層へ訪れたい。よって、鍛刀ができるのは5~6時間くらいだろう。それ以上をすれば、テューポとの約束を守れない。
フィオン専用の武器を作る時間が3時間程必要だ。とすれば、2時間はカヴァデール店の利益に捧げることにした。
ディヴに【旧ガルト工房】を借りると言い、工房内に足を踏み入れる。久々の工房は、数日使っていなかっただけでどこか物寂しくまるで死んだようである。工房を生き返らせてやる必要がある。
工房のランプに火をともし、炉に命たる炎を灯す。工房内がランプと炉の光により、徐々に息を吹き返していく。工房内を簡単に片づけて軽く箒で掃く。加工台を軽く布でふき、磨き上げる。これで全ての準備が完了した。
まず、作成するのは【特質級レベル4】だ。深淵級となった翔太の《鍛冶》スキルからすると、通常の方法で作成すれば、すべてこれになってしまう。だから、まず最初に5本ほど作成した。その内約は次のようになった。
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【ショートソード】
■クラス:特質級
■レベル:4
■性能:比較的短い剣。鉄さえも切り裂く。
力+5、体力+5 反射神経+10の特殊効果を持つ
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【ロングソード】
■クラス:特質級
■レベル:4
■性能:比較的長い剣。鉄さえも切り裂く。
力+8、体力+8 反射神経+4の特殊効果を持つ
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【クレイモア】
■クラス:特質級
■レベル:4
■性能:篭柄の片手用刀剣。鉄さえも切り裂く。
力+5、体力+5 反射神経+10の特殊効果を持つ
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【スピア】
■クラス:特質級
■レベル:4
■性能:槍。鉄さえも切り裂く。
力+5、体力+10 反射神経+5の特殊効果を持つ
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【ブロードソード】
■クラス:特質級
■レベル:4
■性能:幅広い剣。鉄さえも切り裂く。
力+5、体力+10 反射神経+5の特殊効果を持つ
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これらは【特質級】といってもレベル4、性能的には【伝説級】に限りなく近い。
だから、【特質級レベル4】は通常のルートでの販売はしない事をディヴと話し合いにより決めている。
この武器が商品として登場するのはカヴァデール店の名を上げるため品評会に出品するケースや、開店記念日、支店の開店などの特別な日に抽選で数点だけ販売するケースだ。数を限ったこの程度の武器では、世界のパワーバランスを崩す事はないだろうとの判断からだ。
もっとも、翔太やディヴは【神話級】を量産するという阿呆みたいな現実を見ている。だから、かなり感覚がおかしくなっており、これさえも世界には過剰な刺激になるかもしれないが……。
次が一番厄介だ。上記以外で販売の対象となる商品は【特質級】のレベル2以下にしないといけない。そうでなければ、ステータスの上昇がなされてしまい、売り物にならなくなるからだ。
正直これが一番大変だった。【心眼(鍛冶)】100%解放により、鍛刀による完成度の差異は限りなく零になってしまう。つまり、普通にすれば、すべて、【特質級】のレベル4に固定されてしまう。
もっとも、これにはある抜け道がある。用いた金属の種類で作成可能な最高の完成度に固定されてしまうということだ。つまり、用いた金属がより悪ければ、【特質級】のレベル2以下にすることもできるはずである。
そこで、実験を繰り返した結果、屑鉄の質にもレベルがあり、下質、中質、上質があることがわかった。これは、【心眼(鍛冶)】100%解放の全金属の最適な加工の仕方を取得可能という効果の付属効果により、金属の性質も識別がつくようになった事から可能となったことである。
この能力により調べるとカヴァデール店の中庭に積まれた屑鉄の山の構成成分は、下質が50%、中質が40%、上質が10%というところだった。実際の鍛刀よりも、これを調べ、分けるのに一番時間を要した。
このうち、上質、中質の鉄屑のみで作ると問答無用で、【特質級】のレベル4になることわかった。同様に、下質の鉄屑の身で作ると、【希少級】のレベル4になる。これがわかってからは、ひたすら、上質、中質と下質を混ぜて作成していた。すると、上質と下質を50%ずつ混ぜると、【特質級】のレベル3になり、上質を40%、下質を60%で、【特質級】のレベル2になる事がわかった。次に中質が50%、下質が50%で【特質級】のレベル2になり、中質を40%、下質を60%で【特質級】のレベル1になった。
そこで、まずは優先的に下質と中質・上質を混ぜて作成する事に集中していた。その結果、【特質級】のレベル2を20本、【特質級】のレベル1を20本作成した。流石に、【特質級】だけだと、何かと不味いと思い、次に下質だけで、【希少級】のレベル4を今日の時間が来るまでひたすら作っていた。28本の【希少級】のレベル4を完成させたところで、今日の終了の時間が来た。
ディヴに完成した武器をみせると、飛び跳ねて喜んでいた。相も変らずオーバーリアクションな人である。
ディヴにフィオンの【超越級】を作成すると伝える。すでに閉店の19時はとうの昔に過ぎており、ディヴも【鍛刀】を見学する事になった。
【日本刀工房】も息を吹き返らせる。ディヴがいれてくれたお茶を飲みながら、フィオンの武器について考える。
フィオンの武器は【超越級レベル2】だ。やり過ぎだとは思わない。少し前ならば躊躇していたかもしれない。
しかし、今回の事で十分すぎる程わかった。世界に強者など星の数ほどいる。翔太は自惚れているだけだった。自らよりも強いものなど殆どいないと心のどこかで思っていた。だがそれは大きな間違いだ。なぜなら、あれほど簡単に翔太は敗北し、その後、いいように玩具にされたのだから。
確かに、今回はラシェル達には何も被害はなかった。しかし、それもよくわからない偶然が続いただけだ。今後、翔太のくだらない感傷で大切な人を失うのだけは御免だ。
フィオンは剣術をメインの武器とする。しかもフィオンが前々からの装備は刀だ。作成するのはもちろん【日本刀】だ。しかもとびっきりの【日本刀】を作る必要がある。勿論イメージもできている。
今回用いる金属はオリハルコン、アダマンタイト、ガルヴォルン、オイルーン、クレリアである。特殊素材は、黒龍の鱗となる。
まずは金属を特殊加工し、特殊な性質を発現させなければならない。その後その金属を特定の温度で融合させる。最後に、形を日本刀の形に整える。
オリハルコン、マズカレイト、黒龍の鱗を用いる理由は【フラゲルム・デイ】と同じだ。すなわち、マズカレイトにより周囲から【魔力】を集め、その【魔力】によりオリハルコンの精神感応性を発現させる。【黒龍の鱗】を用いるのは強靭さ確保と魔力の増幅のためだ。
加えて、ディヴが新しく市場から集めてくれた金属もせっかくなので使う事にした。それが、アダマンタイト、オイルーン、クレリアである。
アダマンタイトはとにかく固い金属である。おそらく、この世界で最高の硬度を誇る鉱石であろう。それは、完全特殊加工されたオリハルコンですら破壊するのは困難と言われるほどだ。フィオンの主要な戦闘方法が剣術を駆使した接近戦にある以上、刀の硬度が最も重要な要素になると思われる。この金属は不可欠であろう。
次のオイルーンであるが、この金属は特殊加工することでアダマンタイトの硬度を数百倍増強させるという反則的な効果を持つ。だが、この金属は『死を呼ぶ金属』とも呼ばれ、所持者の【体力】を奪うという呪われた金属でもあるのだ。そこで、その呪いを取り除くために、クレリアを用いる。このクレリアは、神の祝福を受けた金属であり、呪いの効果を解除する効果を持つ。加えて、たった一つだけ、特殊な効果を付与する事ができる。ただし、その効果はランダムであり予想は不可能である。
以上が金属と素材の特殊加工の効果である。
そろそろ始めるべきだろう。
翔太は意識を鍛刀に集中する。徐々に感覚が研ぎ澄まされていくのがわかった。金属の特殊加工の至適温度、槌の振り下ろす力加減が手に取る様にわかる。そして、武器の完成の道筋が翔太の前に示された。
翔太はゆっくりと行動に移す。火と槌を自在に操る事により金属と素材を特殊加工しそれらを融合させ形を整える。そして、アースガルズ大陸に2本目の怪物兵器が誕生する。
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【村正】
■クラス:超越級
■レベル:2
■説明: 妖刀
■性能:
【鬼神憑依】:一定時間鬼神を召還し憑依させる。
一定時間、スキル《剣術》が【超越級】になる。
一定時間、筋力、体力、反射神経が倍化する。
※ただし、一日3回までしか使えない。
【不死賽子】:倒した敵をアンデットとして支配する。
※アンデッド化の確率はダイス×10%
※アンデッドのレベルは元々の敵のレベル+ダイス×10
※アンデッドの才能は、アンデッド前の【才能値】+ダイス×10
スキル等級+2
百刀千華:村正の全力解放
筋力+600、体力+600、反射神経+500
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(またか……。出鱈目な機能だ。【不死賽子】と【鬼神憑依】の機能は僕にも予測不可能だった。鬼神を召還し憑依させるって、一時的とはいえ神になるという事だよね。なんちゅう理不尽……。
大体、【不死賽子】って何? アンデッドを作り操る? しかも、【アンデッド化】、【レベル】、【才能】がダイスできまる? これ完璧にゲームみたいだよ)
そうなのだ。この頃、翔太にはこの世界自体が巨大なゲーム版のように思えて仕方ない。如何にも都合が良すぎるではないか。実に都合の良いギルドカードと、神々の武器の産生。強者との度重なる遭遇。そして絶対的敗北にもかかわらず生き残る。あたかも、何者かが、翔太のレベルアップを図っているかのような錯覚さえ覚える。
とすれば、さしずめ翔太はそのゲーム版を動かす者の駒の一つ。ゲームで言えば、プレイヤーに操作されるキャラクターの一つということになる。今迄の翔太の行動自体がその者の意思で全て動いているという事になりはしまいか。もしそうなら…………。
そのような馬鹿げたことを考えて冷たいものが背中を伝い、思わず首を振り、その考えを振り払う。
とにかくフィオン専用武器が完成したのだ。今はそれでよしとするべきであろう。
色々、超常的な翔太の行為が目立ち、ディヴも大分感覚が麻痺しているらしい。以前のような気絶のような過剰な反応は示さなかった。震える手で【村正】に触れる。
「こ、これも、【超越級】。神々の兵器ですか……。まさか、二度も御目にかかる事になろうとは……」
「はい。【超越級】のレベル2。前の【フラゲルム・デイ】と同じ兵器です。性能をお教えしますか?」
ディヴは生唾を飲み込みながらも、大きく頷く。
「はい。お願いします」
「この兵器の名は【村正】、その性能は――」
翔太が性能を話し終えると、ディヴはブルブルと全身を震わせていた。以前のように、畏怖のためかとも思ったがどうやら真逆らしい。興奮のため顔を赤く輝かせながら、【村正】を手に取り、色々な角度から眺め回す。目じりに涙が浮かんですらいる。
「す、すごい。やはり、【超越級】はすごい。これほどの力を持つ武具に再び出会えるなんて――」
その後、ディヴは暫らくの間感動で打ち震えていたが翔太の手を取り何度も礼を言った。寧ろ、礼を言いたいのは翔太の方であり、気まずい気持ちを抱きつつも明日も顔を出す事を固く約束し、カヴァデール店を後にする。
すぐに宿屋キャメロンの翔太の部屋へ直行する。いよいよ初めての『七つの迷宮』7階層の訪問である。
大分遅くなってしまった。ディヴに別れ際に聞いたところによれば、まだ午前零時は過ぎておらず、テューポとの約束は守れそうである。
翔太は『七つの迷宮』のコントローラーを取り出し、第7階層に設定し、画面に表示された開門のボタンを押す。