第9話 勇者の誕生 キャロル
「す、すごい。すごいですわ。さすが勇者様!」
聖法教国アグレシア第一王女キャロル・エイリング・アグレシアは普段冷静な彼女らしからぬ興奮気味な上擦った声をあげ、目の前の二人の人物に賛辞の言葉を述べていた。
今は【称号カード】を作成し簡単な実際の身体能力や魔法のテストをしているところである。そのテストで目の前の二人――有馬悠斗と月宮日葵はまさしく超人ともいえる能力をキャロルの前で行使してみせた。
正直キャロルは父である国王のローレンス・エイリング・アグレシアほど、勇者なる者に期待などしてはいなかった。ローレンス達アグレシア教国重臣達の圧倒的な声に押されて今回の勇者召喚に踏み切っただけである。
キャロルが勇者召喚に反対した理由はメリットよりもデメリットの方が遥かに大きいと判断したからだ。
一番大きなメリットは勇者の戦闘能力であるが、勇者が一人今回の戦争に参加した程度で戦況が変わるとも思えない。さすがに一人で絶望的な力を有する魔人族の将校クラスに勝てるとは思えなかったのだ。だとすればメリットは勇者という人類の英雄を出現させ、それを旗印に兵士の士気を高めることだ。
デメリットは勿論、勇者の怒りを少なからず買うという事である。今回の召喚は片道切符。召喚元の世界へ帰還する方法をキャロルたちは勇者達に提供できはしないのだ。だから脅迫ともとれる魔王を倒せばアイリス神から帰還方法が与えられるというハッタリにも等しい提案をした。
勿論アイリス神から帰還方法が与えられることも十分あり得るし、帰還をするには魔王を倒すしかないと言っても過言ではない。だが、魔王を倒したからと言って確実にアイリス神が帰還させてくれるとも限らない。これを勇者達が知れば激怒するだろう。キャロルとて同じ状況に置かれたら烈火のごとく怒り狂う自信はある。そうなれば勇者達はアグレシアへの協力を拒否する。最悪寝返る可能性すらある。そうなれば勇者を旗印にした事がかえって仇となり、兵の士気は最悪と言ってよいほど下がることになる。
そこまで分析してキャロルは勇者召喚に反対した。だが今回ばかりは自分の分析が誤っていたと考えざるを得ない。メリットがデメリットを遥かに上回っていたのだ。
これは有馬悠斗と月宮日葵の【称号カード】を作成したことで明らかとなった。【称号カード】とは冒険者ギルドのギルドカードと同様の機能をもつカードに【称号】の機能を追加設定したものである。
この称号の機能は獣王国に仕える異世界人であり七賢人の一人である発明王、『レナルド・ダンクワース』が発明したものだ。
この称号の機能は過去に人間達の国々と獣王国との同盟締結の際に獣王国の恒久的同盟維持の切り札として用いられた。この称号の機能を有するカードは獣王国にしか知られていない技術が用いられており獣王国でしか作ることができない。仮に獣王国に宣戦を布告した国があれば、その国と加担した国には称号カードの輸出が全面ストップする。だからこの数十年間人間達の国は獣王国と友好的な同盟関係を構築してきたのだ。
この【称号カード】はその者ステータスと共にその者の称号がカードに示され様々な能力補正がつくというものである。【剣士】や【傭兵】など、ただの称号ならばそこまで強力な補正はつかない。だが目の前の二人の『称号』はその格が違ったのだ。
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ステータス ユウト アリマ
レベル 1
才能 50
体力 7
筋力 7
反射神経 8
魔力 2
魔力の強さ 2
知能 2
EXP 0/10
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スキル
【勇者覇気(第1級)】 0/100
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称号
勇者……常に【才能】を2倍
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スキル
【勇者覇気(第1級)】
■説明:才能以外全能力を十数分間2倍に上昇させる
※ただし使用後24時間は使用不可能
■必要使用回数:0/100
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ステータス ヒマリ ツキミヤ
レベル 1
才能 100
体力 2
筋力 2
反射神経 2
魔力 10
魔力の強さ 12
知能 11
EXP 0/10
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スキル
【勇者覇気】 0/50
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称号
【勇者】……常に【才能】を2倍
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スキル
【勇者覇気(第1級)】
■説明:才能以外全能力を十数分間2倍に上昇させる
※ただし使用後24時間は使用不可能
■必要使用回数:0/50
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この2人の称号カードを見たときキャロルは目を疑った。次に機械の故障かと考えもう一度カードを作成してもらったが結果は同じ。暫しその二つのカードを眺めて呆然としていた。それほどすべてが異常過ぎたのだ。
第一に、二人の異常なステータスの高値があった。王国騎士団の一般騎士の平均レベルは20でありステータスの【才能】を除いた平均が5~6である。副団長クラスになってレベルが40に達し始めて14~16になる。二人のステータスの【才能】を除いた値の平均値はレベル1の状態で有馬が4.6、日葵にあっては6.5にもなる。つまりレベル1の段階で二人ともレベル20の王国騎士団の一般騎士に匹敵しているのだ。これには驚くのを通り越して呆れてしまった。
キャロルがステータスの値をこれ程重視するのにも訳がある。一般の成人の平均を1と換算されているこのステータスの数値については、数値と実際能力が単純に比例するわけではない。たとえば、【筋力】が8ならば、一般人の8倍の【筋力】を有するわけではないのだ。竜人や獣人などの人間という種を明らかに上回る能力を有する種にも用いられているこの数値は、数値が上がる程、実際の能力は高く推定される傾向にある。先ほどの例でいえば、【筋力】が8である場合と、【筋力】が16である場合には単純に2倍の差があるという事にはならない。むしろその差は埋めようがない絶望的なものである。
第二が全ステータス項目中核となる【才能】の値が【勇者補正】により出鱈目に高くなっていることにある。
有馬が補正込の状態で100である。これは竜人国、獣王国、エルフ国、ドワーフ国の最高幹部達、魔国に5人しかいない最高幹部たる魔将軍にすら匹敵するだろう。これほどの才能の持ち主は今現在アグレシア教国には一人としていない。
だがこの有馬さえも子供にも思える【才能】の値を示すのが、日葵である。勇者補正を入れないで100、勇者補正をいれれば、200を示す。これほどの値を示すものは各種族の突然変異体と呼ばれる者達のみだ。すなわち竜人王、獣王、エルダーエルフ、エルダードワーフ、魔王。その中でも最強とされる魔王でさえも200は示さないと考えられる。つまり日葵はレベルが上がればこの世界最強の一角になると言える。
この世界における【才能】の占める位置は残酷だ。【才能】がなければどれほど努力しても強さでは決して勝てない。特に人間は他の種族よりも【才能】の値が低い傾向にある。200はおろか、有馬のように100を示す者が人間ではSSSクラスの冒険者に2人いるにすぎない。あとは70を示すものが帝国と王国にほんの数名存在するだけだ。アグレシア教国にあっては最高で騎士団長の50が最高である。それらが原因で人間は最弱の種族と揶揄されていたのである。
そして数十年前、御丁寧に竜人国の七賢人の異世界人『知識王』――『ソピアー・グランデ』が全世界に【才能】と【ステータス】の相関関係を示す数値表を流布した。この数値表は次のようなものだった。
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〇才能10:
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~1
■10~20まで 1~2
■20~30まで 2~3
■30~40まで 3~4
■40~50まで 4~5
■50~60まで 5~6
■60~70まで 6~7
■70~80まで 7~8
■80~90まで 8~9
■90~100まで 9~10
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〇才能20:B~C級冒険者、教国騎士団一般騎士
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~2
■10~20まで 2~4
■20~30まで 4~6
■30~40まで 6~8
■40~50まで 8~10
■50~60まで 10~12
■60~70まで 12~14
■70~80まで 14~16
■80~90まで 16~18
■90~100まで 18~20
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〇才能30:A~Sクラスの冒険者 教国騎士団副団長
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~3
■10~20まで 3~6
■20~30まで 6~9
■30~40まで 9~12
■40~50まで 12~15
■50~60まで 15~18
■60~70まで 18~21
■70~80まで 21~24
■80~90まで 24~27
■90~100まで 27~30
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〇才能40:
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~4
■10~20まで 4~8
■20~30まで 8~12
■30~40まで 12~16
■40~50まで 16~20
■50~60まで 20~24
■60~70まで 24~28
■70~80まで 28~32
■80~90まで 32~36
■90~100まで 36~40
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〇才能50:教国騎士団長 SSクラスの冒険者
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~5
■10~20まで 5~10
■20~30まで 10~15
■30~40まで 15~20
■40~50まで 20~25
■50~60まで 25~30
■60~70まで 30~35
■70~80まで 35~40
■80~90まで 40~45
■90~100まで 45~50
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〇才能60:
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~6
■10~20まで 6~12
■20~30まで 12~18
■30~40まで 18~24
■40~50まで 24~30
■50~60まで 30~36
■60~70まで 36~42
■70~80まで 42~48
■80~90まで 48~54
■90~100まで 54~60
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〇才能70:王国と帝国のトップ
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~7
■10~20まで 7~14
■20~30まで 14~21
■30~40まで 21~28
■40~50まで 28~35
■50~60まで 35~42
■60~70まで 42~49
■70~80まで 49~56
■80~90まで 56~63
■90~100まで 63~70
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〇才能80:
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~8
■10~20まで 8~16
■20~30まで 16~24
■30~40まで 24~32
■40~50まで 32~40
■50~60まで 40~48
■60~70まで 48~56
■70~80まで 56~64
■80~90まで 64~72
■90~100まで 72~80
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〇才能90:
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~9
■10~20まで 9~18
■20~30まで 18~27
■30~40まで 27~36
■40~50まで 36~45
■50~60まで 45~54
■60~70まで 54~63
■70~80まで 63~72
■80~90まで 72~81
■90~100まで 81~90
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〇才能100:SSSクラスの冒険者、竜人、獣王国、エルフ国、ドワーフ国の最高幹部達、魔将軍
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~10
■10~20まで 10~20
■20~30まで 20~30
■30~40まで 30~40
■40~50まで 40~50
■50~60まで 50~60
■60~70まで 60~70
■70~80まで 70~80
■80~90まで 80~90
■90~100まで 90~100
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〇才能200:魔王、獣王、竜人王、エルダーエルフ、エルダードワーフ
レベル ステータスの平均値
■10まで 0~20
■10~20まで 20~40
■20~30まで 40~80
■30~40まで 80~120
■40~50まで 120~180
■50~60まで 180~240
■60~70まで 240~300
■70~80まで 300~360
■80~90まで 360~420
■90~100まで 420~500
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その数値表が流布された当初、キャロル達は誰も本気にしなかった。【才能】によりこれだけの能力の差があるなど常識ではありえない事であったし、この数値表が正確である根拠に乏しかったからだ。竜人国の他国を動揺させる新たな一手だと高を括っていた。
だが【才能】とステータスの能力値の相関関係があまりにも正確であった事と、その数値表の編纂には他の7賢人全てが関わっている事が後にわかり、ものの数年でその数値表を疑う者はいなくなった。この数値表が本物だと確信したときキャロル達アグレシア教国の重臣達は深く絶望した。教国には他の国と異なり、7賢人もいなければ、才能が100の者などいない。最高が50の騎士団長にすぎないのだ。明らかに人材不足だったのだ。
そしてそこへのアグレシア教国への魔人族の侵略だ。
だからこそ有馬と日葵のステータスにキャロルは頬が火照り胸が弾んだ。さらに極め付けは、他の異世界人達も有馬と日葵程ではないがかなりのものだった。それぞれ称号による補正をいれて志賀神奈が60、赤城大輔、坂上卓也、佐藤信二が50を示した。
長谷川心菜はステータスをキャロル達に見せることを拒否し、作り方を聞いて自ら作成していたので詳細は本人にしかわからないが、立ち振る舞いから見ても同等クラスの力をもつと思ってよい。
つまりアグレシア教国はたった一日で複数のアグレシア教国騎士団長クラス以上の戦力を得たことになる。
これだけの戦力だ。魔人族との戦いもアグレシア教国優位で終結することが可能だろう。加えてアグレシア教国は王国と帝国を大きくしのぐ国力を付けたことになる。これは魔人族との戦後に教国の発言力を増す礎となる。少なくとも有馬と日葵がいる限りはだ。
だからこそキャロルは有馬ももちろんだが、日葵だけは絶対に失わないように行動しなければならない。そう考えキャロルはこの数日間の日葵を思い出していた。
日葵は竹内蒼との口論以後元気をなくして死人のようになってしまっていた。キャロルが教国は必ずショウタなる人物を探し出し、いの一番に日葵に知らせると両手を握って約束すると顔に色が戻って来た。
異世界人達が召喚された初日に教国をあげての歓待の席で日葵が紹介されたとき、アグレシア教国の重臣達、貴族達は暫し言葉を失った。あまりにも美しすぎたのだ。キャロルから見ても嫉妬するのが馬鹿馬鹿しくなるくらい美しい。他の異世界人の長谷川心菜や志賀神奈も教国でトップクラスの美しさであるが、日葵はもはや別次元だ。神話にでてくる女神がいたらきっとこんな姿なのだろう。
歓待の席は教国の慣行に沿って立食形式をとっている。案の定、日葵の周囲には人だかりができていた。教国の重臣達や公爵家、侯爵家、伯爵家等の上位貴族の息子達、さらにはキャロルの兄、弟までいたときには内心で頭を抱えた。
キャロルの兄や弟が顔をぽっと桜色に染めているのを見ると、どうやら一目惚れでもしたのだろう。
キャロルの妹たちも有馬と話して頬を紅色に染めていた。一体私の兄弟姉妹たちは何をしているんだと呆れたものだが、冷静に考えればこれは利用できるかもしれない。
日葵と有馬がキャロルの兄弟姉妹と恋におち婚姻すれば彼らは元の世界へ戻りたいとは考えないだろう。むしろこちらの世界でうまくやって行くことを望むはずだ。キャロルの兄や弟は王としての器はないに等しいが顔と優しさだけは人一倍ある。有馬と同等かそれ以上だろう。
妹たちも日葵程ではないにせよかなりの美人だ。それを考えれば、この方法も日葵と有馬を繋ぎとめるには良い手なのかもしれない。
この数日間、見た感じでは有馬は日葵に惚れているのは間違いない。キャロルとしては有馬と日葵に魔王討伐後にもアグレシア教国にいてもらえればそれでよいのだ。兄弟姉妹には悪いが有馬と日葵が婚姻しこのアグレシア教国に永住してもらう事でも全く構わない。
では日葵の気持ちはどうなのかというとキャロルの女子脳をフル回転させてもそこが良く分からない。最初は日葵と翔太なる人物が恋人関係なのか、日葵が翔太なる人物に惚れているのかと思った。本人にそれとなく聞いたが恥ずかしがってしまい会話が成立しない。日葵という人物に恋愛の話はタブーであるらしかった。
他の異世界人に聞くと長谷川心菜以外の全員がそれを明確に否定した。他の異世界人の話だと、日葵と田宮翔太はそもそも友達ですらないらしい。さらにわからなくなった。恋人でも友達でもない相手の事であそこまで一喜一憂するだろうか。異世界人達にそこを聞くと日葵が必要以上に優しいからだそうだ。彼らの言を信じるならば日葵が田宮翔太を心配する心は王族が国民を思う気持ちに近いのかもしれない。
意外にも日葵は歓待の席で、異世界人の中では一番積極的に騎士達と話している様子だった。歓待の席に居合わせた騎士達は男女とも感激して声を震わせていた。歓待の席にいる騎士達は、副団長、団長クラスだ。彼らは比較的王族との関わり合いに慣れている。その者達が日葵を前にして少年、少女のように顔を赤らめて恍惚の表情で見る姿を見て、日葵には人を引き付ける不思議な力があることを確信した。日葵の役割は今回の戦争で想像していたよりも大きな役割を担うのかもしれない。
その歓待の次の日、王国の修練所で今、身体能力と魔法の力のテストを行っているのである。日葵は鬼気迫る迫力で取り組んでいた。その姿を見て居合わせた騎士達が感激と羨望の入り混じった目で見ている。祖国のために女神のような美しい勇者が額に汗して真剣に取り組む姿はキャロルでさえもドキリと胸を高鳴らせるのだ。当然といえよう。
「素晴らしいですわ。ユウト様! たった一日で、魔法を取得なされるなんて! 本来、魔法は数年かけて取得するものなのですよ」
キャロルの妹――テレーザ・エイリング・アグレシアは歓待の席以後、有馬に纏わりついて離れない。有馬も満更でもない様子である。
「そうね。悠斗君、もう魔法2つも覚えたんでしょ? 私なんてまだ1個よ」
妹のテレーザに対抗するように、志賀神奈も有馬から離れない。女の争いが目下進行中であった。
「いやそんな事はないよ。僕よりもすごいのは日葵さんだ。たった数時間で新しい魔法を6個も取得してしまった」
「「……」」
この有馬の言葉に、テレーザと志賀神奈の二人は複雑な表情をする。ライバルにするには日葵は大きすぎる。キャロルから見ても日葵は何もかも持っていると言っても過言ではないのだ。だから妹や志賀神奈に少し同情する。
二人の表情に気付かないはずもないのに、有馬は日葵に近づき語りかける。
「日葵さん。さすがだね。聞いたところ君の【才能】は、この世界では最高の値と言ってもいいものらしいよ」
有馬が月宮日葵の事を『日葵』と名前で呼ぶようになったことに今、城に存在するほとんどの異世界人が気付いている様子だ。
このアグレシア教国においては苗字を持つ者は貴族に限られるし、苗字よりもむしろ名前で呼ぶのが作法である。だが異世界人の場合の異性の名前は親密な関係にならないと呼ばないという事も資料で事前に確認済みだった。だから無礼にならぬようキャルロも有馬の名で呼んでいるのである。
この有馬の変化をキャロルは、有馬と日葵の二人のみ称号が【勇者】となったことにより、有馬にとって日葵はもうすでにただの友達ではなく、選ばれた二人という位置づけになったのだと予想した。
これが有馬以外の男ならば、気持ち悪いと周囲からみなされてしまうだろうが、有馬のイケメンフェイス、高度なコミュ力、爽やかな雰囲気がそう思われることを否定していた。
もっとも、キャロルには日葵はそんなことに全く興味がないように見えた。今の日葵は自分の能力を上げる事に対する執念のようなものがあり色恋沙汰には興味すらないようだ。
この有馬の行為につき志賀神奈は明らかに不快であるという表情を顔に示していた。キャロルの女子脳を刺激する。
(さ、三角関係? テレーゼも入れれば4角関係ね。でもヒマリは全く興味がなさそう。これでも四角関係っていうの?)
そんなアホな事をキャロルが考えていると日葵が答える。
「うん。ありがとう」
明らかに作り笑いとわかる笑顔を顔に浮かべて日葵は答える。
「そういう悠斗もスゲーじゃん。俺達でさえもこの国の最強クラスの騎士団長の【才能】はあるらしいぜ。悠斗達は軽くそれを超えるんだろう?」
佐藤信二が満面の笑みで有馬に話しかける。自分達が超常的な能力を手に入れたことに対する優越感がそうさせているのだろう。志賀神奈も佐藤信二と同様に自分がまるで生まれ変わったような感覚に酔いしれているようだ。
「ホント、【称号】って凄いわよね? こんなに身体が軽いのは生まれて初めて」
佐藤信二の言葉に志賀神奈も肯定する。
他の3人の興奮した印象とは対照に日葵は冷静に今行使した魔法を分析しているらしい。
「私、もう少しさっきの魔法の発動が早くならないか試してみる」
日葵は再び修練所の的に初級魔法である《火球》を放つ。これも異常な才能のなせる業なのだろう。一般騎士では数分はかかる魔法の演唱を高速ですっ飛ばし、数十秒で、日葵の目の前に炎の巨大な球体が出現しそれが高速で的へ向かって弾丸の様に飛んでいき目標を焼き尽くす。
キャロルは目を大きく見開いて目の前の馬鹿げた現象を見ていた。他の騎士達もキャロルと同じ気持ちだろう。今の光景をみて面食らってぽかんとしている。今の《火球》の大きさは宮廷魔術師でもトップクラスのそれだったのだから。それをあんな数十秒で発動させて的を射ぬくなど、アグレシアの宮廷魔術師でもできるのは数人と思われた。それを始めてからたった数時間の人間が可能とする。このことはキャロルの心を大きく揺さぶった。
(す、すごすぎますわ。勇者は確かにたった一人で戦況を変えかねません。絶対にヒマリだけは失うわけにはいかない。アグレシアが生き残るためにも……)
「日葵さん。素晴らしいよ。やはり僕達は特別なんだ」
「ありがとう。有馬君」
日葵は女のキャロルが見ても頬を赤く染めるような、美しい微笑を浮かべて有馬に御礼の言葉を述べる。その姿にあてられ修練所の騎士達に卒倒した者まで出たくらいだ。笑顔を見ただけで卒倒するなど絵本の中の話だけだと思っていた。この現実にドン引きだ。
(この笑顔を有馬に見せるだなんて……。やはり日葵も有馬の事が好きなのかしら)
そんな女子脳を無駄に活性化させたがそれが間違いであることはすぐにわかった。有馬は顔まで真っ赤になりつつもいつもの様に日葵の肩に手を掛けようとする。だが日葵はその手をすり抜け宮廷魔術の下へ行き新しい魔法の教えをこう。
そんな日葵に有馬は面食らったような顔をしていた。それもそうだろう。キャロルも面食らったのだ。
この光景を見たときキャロルには日葵を最初に見たときと同一人物とはとても思えなかった。最初にみたときの日葵の印象は協調性も高いが、依存性も高く、相手を強く拒絶できない。そんな人物であると読んでいた。
だが今の日葵は高い協調性を持ちつつも、依存性がなくなり、必要とあらば明確な拒絶もする。そんな人物になっていた。異世界に来た事で何らかの心境の変化があったのだろうが、あまりにも変わり過ぎだ。
キャロルは日葵がさらに気になりだした。これほど一人の人物にのめり込んだのも初めてかもしれない。興味が尽きない宝石箱のような人物だ。これからの事に胸を躍らせながらさらにキャロルは日葵を観察する。
お読みいただきありがとうございます。