最終章 「絆を絶つ者」 四話
「……私は……斐比伎でいたいから……斐比伎でいるために……吉備津彦の残した負の絆を絶つんだわ」
自分自身に言い聞かせるように呟くと、斐比伎は再び磐城を見据え、布都御魂剣を構えた。
「……もう、これで終わりにしよう。伊佐芹彦--いえ、磐城!」
斐比伎は布都御魂剣を振り上げ、磐城に向けて雷撃を発した。
磐城は素早く天叢雲剣を構える。神力を発して力場を作り、布都御魂剣の雷撃を無力化するつもりだった。
--だが。
「--なんだとっ!?」
磐城は驚愕の叫びをあげる。
雷撃は天叢雲剣を真っ二つに叩き折り、そのまま磐城の胸を貫いた。
「何故だ……」
崩れ落ちながら、磐城は呟いた。
「何故神力が発揮できない……前は……」
『……古とは違う』
空に浮いていた若日子建は磐城の前に降り立ち、彼に向かって語った。
『伊佐芹彦だったお前は、かつてその旧く濃い天孫の血をもって、天津神剣の神威を発揮した。……だが、あれから長き時がたち、お前の身体に流れる天津神の血は薄められてしまった。……今のお前は、母の吉備の血のほうが濃いのだ』
土に膝をついたまま、凄絶な瞳で若日子建を見上げていた磐城は、苦し気に顔を歪めると、狂ったように笑い出した。
「……ふ、ふふ、ははははは! なんてことだ。なんという呪われた縁だ! あれ程憎んだ吉備の血が、今、この私を滅ぼそうとは!」
磐城は笑い続ける。--その姿は、どこか哀れに見えた。
「磐城……」
斐比伎は、宿敵だった男を見下ろしながら、その名を呟いた。
彼女の隣にいた五十猛は、塀から飛び降りると、磐城の前に立った。
「禍夢の終わりだ、大和の皇子。……出来るなら、今度は違う血の裔に生まれてきな」
五十猛は十拳剣を振りかざし、磐城の背に突き刺した。
末期の呻きを残し……磐城は息耐える。
斐比伎は布都御魂剣を持ったまま、塀から飛び降りた。
絶命した磐城を見下ろし……呟く。
「……終わったのね。これで……」
磐城は、死してなお美しかった。
絡まった負の絆の果てに、消えていった大和の皇子。もしも縁がこんなふうにもつれていなければ……自分たちには、違う道もあったのだろうか?
「--いや。終わってないさ、まだ」
斐比伎の後ろで、五十猛が言った。
驚いて振り返った斐比伎に、彼は十拳剣をつきつける。
「俺とあんたの戦いが残ってる」
「私とあなたが--戦う? どうして!」
切っ先を向けられたまま、斐比伎は信じられない思いで叫んだ。
「……それはな、嬢ちゃん」
五十猛は、それまでの彼とは打って変わった真剣な面持ちで告げた。
「俺が国津神の裔で……あんたが天津神の裔だからだ。--さあ、神代の決着をつけようぜ」




