最終章 「絆を絶つ者」 二話
既に何年も前に完成しており、自サイトなどに掲載している長編を、少しずつ分割しながら連載投稿しています。
前作「月傾く淡海」よりは、ややライトなテイスト(ラノベより)で、恋愛要素もあります。
全五章で、一章が約十話前後です。
一話の長さにはばらつきがあります。
一度アナログで作ったデータをデジタル変換した際に、一部改行に不具合が出た部分があります。
斐比伎は高みに立ったまま、自分の破壊した大和の宮殿を見下ろした。
燃えさかる炎の中で、人々が必死に逃げ惑っている。彼らは一体何が起こっているのか理解も出来ぬまま、ひたすら恐慌状態に陥っているのだ。
斐比伎は息を吸うと、眼下に向けて大声で叫んだ。
「我は吉備の女首長! これは大和に対する襲撃である! 出てくるがいい、日嗣の皇子
よ!」
斐比伎は宮殿を見下ろしたまま、磐城が出てくるのを待った。
しばらくすると、混乱する人々の中で、制止する舎人たちを振り切りながら、磐城が進み出てきた。
「貴様は……加夜の斐比伎姫。……一体どうやって……!」
「久しぶりだ。いいざまだな、大和の皇子」
自分を見上げて驚く磐城に、斐比伎は嘲るような笑みを返した。更に言を紡ごうとして、ふと気付く。
--磐城の手には、一本の抜き身の神剣が握られていた。
(あれは……!)
斐比伎は驚愕に眼を見開いた。
蛇行型の刀身。今生にあるべきはずもないあの神剣は、七百年前に吉備津彦の命を奪った--。
「--神剣……天叢雲剣……」
斐比伎は、磐城の姿を凝視しながら呟く。
その瞬間、全てが理解できた。
……何故磐城を見るたび、魅かれていくような不思議な気持ちになったのか。愛情とも錯覚するような、特別な『感覚』。--ああ確かに、かつて『彼』に親しみを抱いたときもあった。
(なんて滑稽なんだろう。この男を、一度でも愛しいと思ったなんて……)
心の中で、斐比伎は激しく自嘲した。
愛と未紛うほどのそれは、『執着』だったのだ--かつて自分を殺した男への。
「大和の皇子! ……私が分からないか?」
斐比伎は磐城に向けて、手に持った布都御魂剣を振りかざした。
斐比伎を見据える磐城の瞳に、やがて驚愕の色が浮かぶ。
「……それは……布都御魂剣……では、貴様は、まさか!」
「そうだ、俺だ--吉備津彦だ。……会いたかったよ、伊佐芹彦」
斐比伎は挑むように笑う。
しばらく呆然と彼女を見つめていた磐城は、やがて激しく笑い出した。
「……ああ。ああ、私も会いたかったよ、吉備津彦。まさかこんな形で、再び出会えるとはな!」
「覚えているか? 伊佐芹彦。俺は、あの時誓った。必ず再び蘇り、貴様を討つと」
「忘れるものか。--忘れられない。けして、忘れられなかった」
独言のように言うと、磐城は斐比伎を睨み、天叢雲剣を構えた。
「貴様のせいで、私は解けない呪いの底に堕ちたのだ。吉備を--貴様を滅ぼし尽くさぬ限り、この呪いは解けない」
憑かれたように磐城は言った。
彼を見下ろしながら、斐比伎もまた布都御魂剣を構える。
対峙する二人の転生者の間に、緊迫した気が満ちた。
周囲にいた宮人はみな、ただ息を呑んで事の行く末を見守る。
--その時、突如第三者の声が割って入った。
「……ずいぶん盛り上がってるねえ」
斐比伎は驚いて、声のほうを見る。
自分と同じ塀の上に、いつのまにか見覚えのある男が立っていた。




