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鳴神の娘  作者: かざみや
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第一章 「雷(いかづち)の娘」 四話

既に何年も前に完成しており、自サイトなどに掲載している長編を、少しずつ分割しながら連載投稿しています。

前作「月傾く淡海」よりは、ややライトなテイスト(ラノベより)で、恋愛要素もあります。

全五章で、一章が約十話弱です。

一話の長さにはばらつきがあります。

『……成程な。ではお前は【雷の娘】か』

 斐比伎が初めてこの能力を顕現した七歳の時、側にいた父・建加夜彦は感嘆したように言った。

『【いかづちのむすめ】ってなんですの、父様?』

『雷は、水津波みづはに属する力だ。水の巫の中に、ごく稀にこうした能力を持つ者が現れると聞く。闇於加美神くらおかみのかみの巫女姫の系譜にもあったらしいが……。しかし、周りに誰もいないのは幸いだった。斐比伎、これからはけして人前でこの力を見せてはいけないよ』

『どうして?』

『……危ないからだよ』


 --その時の斐比伎はまだ幼かったので、父の言葉を額面通りに受け取った。しかし成長した今では、斐比伎にも、父が何故自分の力を戒めたのかがよく判る。

 強すぎる力は、他の人々の心に恐怖を呼び覚ます。それは、やがて「禍」となるものだ。

 神代から離れたこの人の世にあって、これ程の力は良くない「おそれ」となるだろう。

 だから、斐比伎の本当の力を知っているのは、建加夜彦だけだった。火の巫女達も、斐比伎の水の属性を感じ取り、本能的に反発を感じてはいても、彼女がこれ程の脅威であるとは想像していまい。

(……ああ、でも、だからあの婆さま達は、私を『鳴釜の神事』に呼びたくないの知れな

いなあ……)

 あの神事は、火の神の祀りだ。その最も神聖な場に、「敵」ともいえる水の巫女を招き入れる馬鹿がいるだろうか?

「どうせ、たたりが起こるとでも思って怯えてるんだろうな」

 だったらいっそ、乗り込んでいってどんな災厄があるのか試してやりたい気もするが。

 しかしそんなことをすれば、吉備が--何より父である建加夜彦が、困ったことになるかも知れない……。

(どうしたものかしらね)

 溜まった怒りを放出して、幾分すっきりした斐比伎は、川から上がろうと、両手で裳裾をたくしあげた。岸へ向かって歩き出そうとする。

 --その時。

「待たんか、そこの娘!」

 突如、甲高い叫び声が響き渡った。

「えっ!?」

 仰天して斐比伎は振り返る。

「誰!? 誰かいるのっ?」

 慌てて斐比伎は周囲を見回した。

(見られた!? そんな……)

 雷撃を落とす前、ちゃんと周囲に人影がないことは確認したはずだったのに。見落としていたのだろうか--。

「ここじゃ! ここにおる! はよう、見つけんかっ」 

 声は更に斐比伎を急かす。斐比伎は焦りながら声の主を探すが--。

 彼女の眼前にあるのは、ただ流れる川とそれを取り巻く荒れ野のみ。遠くに、立ち枯れた木々が立っている。更に遠くには、かすむ山々が見えるが。

 人の気配など、どこにもありはしない。

「ねえ、どこにいるのよ!」

 困惑して、斐比伎は叫び帰す。

「ここじゃ!」

「ここってどこよっ」

 不毛な問答が続く。それにしても、奇妙な声だった。

 口調はじじむさくて横柄なのに、声音はどうも、幼い少年のようなのである。

(子供? 子供なんてどこに……)

 斐比伎は困り果てる。ついに、声が焦れたように叫んだ。

「ここじゃっ。お前の足下じゃ!」

「えっ!?」

 斐比伎は驚愕し、己の足下を見下ろした。 剥き出しの素足の浸る、小川。その、水の中に--。

「…………『蛾』?」

 水面を凝視したまま、斐比伎は頓狂な声をあげた。

 水の中に、ほのかに光る、掌くらいの大きさの蛾が浸かっていた。ばたばたともがきな

がら、溺れかけている。

「が、が、がが、蛾がしゃべった!!」

 異様な光景に呆然としていた斐比伎は、我に返って大声を出した。

「な、何なの、蛾のくせに! 大きい。光ってる。しゃべってる!」

「その位のことで驚くな! お前のほうが、よっぽど変わった生き物じゃ、『雷の娘』」

「えっ」

 斐比伎の顔が強ばった。何故、突然現れたこの奇妙な『蛾』が--いきなり斐比伎の本質を言い当てるのだ?

「だいだい、わしは蛾ではない。--いや、そんなことよりも、早う助けんか! お前が考えなしに雷撃など落とすから、わしの船がひっくり返って溺れそうではないか!」

 蛾は必死にもがきながら、怒りの声を上げていた。              

 よく見ると、蛾のそばに、ガガイモ(羅摩とも呼ばれる薬草の一種)の割った実がひっくり返って浮いている。それは確かに小船の形に似ており、この大きさの蛾の「船」としてはちょうどよい代物であったが……。

「判ったわよ。今助けるから、ちょっとじっとしてて」

 斐比伎はとりあえず、身を屈めて、水の中から蛾と--ついでにガガイモの実も拾い上げた。疑問は数々あったが、このまま放っておけば、本人の言葉通り蛾が溺れ死んでしまいそうだったのである。

 斐比伎は岸に上がると、蛾と小船を土の上に置いた。そのまま彼女もしゃがみこみ、蛾の様子を凝視する。

 よく見てみると、それは確かに『蛾』ではなかった。中指くらいの大きさの『小人』が、蛾の皮を被っているのである。

「まったく、なんということをするんじゃ。おかげでひどい目にあったわい。わしは、お前と違って水の属ではないんじゃぞ!」

「……じゃあ、何よ」

 斐比伎はぼそりと呟いた。それは、とても素朴な疑問だった。

「神族じゃ」

「神族ぅ!?」

 斐比伎は疑わしげに聞き返した。

 濡れそぼった蛾の皮を被って、ぶるぶると震えるその姿は、非常に哀れなものであった。

とてもではないが、神族の威厳などは感じられない。

「……まあ、ようするに……小人なんでしょ。初めて見たけど」

 斐比伎は自分なりに納得して呟いた。初めこそ驚いてしまったが、そういえば、いつか古老の昔語りで、古の時代にはこういう生き物がいたと聞いたことがある。

 大体、自分だってどちらかと言えば人外に近い存在だ。他にも異端の存在があったとしてもおかしくはないだろう。

「ただの小人ではない。『小人神』じゃ!」

「やっぱり小人じゃない」

「だから、神の一員なのじゃっ」

 小人は、顔を赤らめてそう主張する。むきになっている彼の姿は、落ち着いて眺めてみると結構おもしろかった。

「……神っていうよりも、濡れネズミみたいよ。あ、『濡れ蛾』、か」

「誰のせいじゃと思っとる! ……ううう、しかし寒くてたまらん。溺れ死にの次は、凍え死にしそうじゃ」

 小人は、本当に寒そうに身体を震わせた。

 『雷の娘』である斐比伎は、水に浸ろうが電流を感じようが、何ら苦痛には思わない。いや、むしろ心地よいくらいだ。

 しかし、『神族』を主張しながらも、「水の属」ではないという小人にとっては、この状態は結構危険なものなのかも知れなかった。

「とりあえず、その濡れた蛾の皮を脱いじゃえば?」

 言うが早いか、斐比伎は小人を捕まえて、その身に纏った蛾の皮を引き剥がした。

「うわあ、きったない……」

 斐比伎は、顔をしかめながら蛾の皮を放り捨てた。

「なにをするんじゃ! やめんかっ」

 小人は必死に抵抗した。乱暴に扱われることを嫌がっているというよりも、皮を剥ぎとられ、裸になってしまったことが恥ずかしくてたまらないようだった。

「あなたのためにやってるんでしょ。ばたばたしないで!」     

 斐比伎は肩に掛けていた領布をはずし、それで小人の身体を拭いた。

「大体、何恥ずかしがってるのよ。あなた小人っていっても、まだ子供じゃない」

 斐比伎はお姉さんぶって言った。小人の外見は、人間でいえば十歳位の幼い少年のものだったのだ。

「ばかものっ。わしは、生まれてからゆうに数百年は経っておる」

「ああ、そうねーー、『神様』だものねー」

 あまり本気で相手にはせず、斐比伎は領布で、泥に塗れていた小人の顔を拭いた。

「あ、可愛いじゃない、あなた」

 斐比伎は明るい声を出す。現れた少年の顔は、かたち整い、非常に愛らしかった。

「当たり前じゃ。それより、わしの皮を返せ」

「あんな汚いの、もう捨てちゃいなさいよ。大体、神様だっていう人が、何であんなみすぼらしいもの着てたわけ?」

 乱暴に全身を拭かれ、ぼさぼさになった小人の頭を、斐比伎は指先で軽く整えた。

 長い黒髪は、小さいながらも結構質がいい。後できちんと角髪を結ったら、なかなかりりしい少年になるだろう。

「ばかものっ。天の羅摩船に乗り、蛾の皮を着て、波頭を伝わり、光り輝きながらやってくる。これが神代からの、わしの正しい現れかたじゃ」

「じゃ、どうしてもまた蛾の皮が着たいの?」

「うむ。そうでなければならぬ」

「でも、どうするの? さっきのは、もう使い物にならないし。この季節じゃあ、蛾なんて飛んでないわよ? 大体、あんな大きな蛾、どこで捕まえてくるのよ」

「……」

 斐比伎に指摘されて、小人は口ごもった。

 どうやら、蛾の皮を着れないということは、彼にとって相当の衝撃だったらしい。

「まあ、元気だしなさいよ。とりあえず、今はこのまま領布にくるまってればいいじゃない。御館に戻ったら、昔使ってた人形の衣を探してあげるから。それ着たほうが、きっと似合うわよ」

「……うむ。まあ、ではそれでも良かろう。案内せい」

「はいはい、神様」

 あくまでも高飛車な態度の小人を連れて、斐比伎は里へ向かって歩き出した。



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