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鳴神の娘  作者: かざみや
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第一章 「雷(いかづち)の娘」 三話

既に何年も前に完成しており、自サイトなどに掲載している長編を、少しずつ分割しながら連載投稿しています。

前作「月傾く淡海」よりは、ややライトなテイスト(ラノベより)で、恋愛要素もあります。

全五章で、一章が約十話弱です。

一話の長さにはばらつきがあります。

--時は、泊瀬の大王(後の、第二十一代雄略天皇)の御代。

 かつて国中を巻き込んだ動乱も一通り納まり、豊葦原の国々は、とりあえず大和朝廷の大王に恭順を示す事で、平和の均衡を保っていた。

 だがそれは、けして大和が豊葦原の支配権を確立したことを意味するわけではない。

 豊葦原では今も、出雲、筑紫、蝦夷……等の巨大国家がそれぞれの独自の繁栄を誇っており、すきあらば自らが覇権を奪おうと水面下で牙をといでいる。

 各地の巨大王国は、無用な争いを避けるため、大和の大王をかりそめの盟主として認めているに過ぎなかった。そして大和は、無論そんな自国の危うさを誰よりも強く認識している。それ故に彼らは大王の権威を周囲に知らしめし、他国の勢力を削ぐことに余念がなかった。

 そんな大和にとって、身近な脅威の最たるもの--それが、他でもない吉備国だった。

 吉備には幾つもの大きな河があった為、その恵みによって、豊富な農作物の収穫を得ていた。しかも、瀬戸内の海を領内に有していたので、塩もとれる。古来より他国との交易もさかんで、様々な品や技術が入ってくることから、全国の先進地ともなっていた。

 これだけの好条件に恵まれた吉備が、巨大国家へ成長しないはずがない。しかも、吉備は地理的にも大和から遠くない場所に位置している。いつ大和にとって変わってもおかしくない、危険な巨大王国--それが吉備だった。

 大和は長年に渡り、吉備の力を削ぐために、数々の策謀を仕掛けてきた。

 吉備系の姫を何人も大王の妃として差し出させ、大王家の血に取り込んでいく。その一方で、王国を分断させるため、幾度も内政に干渉し、反乱や混乱を引き起こした。

 そうした大和朝廷の干渉の結果、現在では吉備王国は完全な一枚岩であるとは言えなくなってきていた。

 吉備内部は、大きく上道、下道、波久岐、三野、加夜の五氏族に別れ、それぞれの連合王国のような形をとっている。

 これら五つの氏の王族と、その巫女達が年に一度一堂に会する場--それが、睦月の晦日に中山にある吉備津の社で執り行なわれる『鳴釜の神事』なのだった。

 

--だが。

 肝心な巫女達によって神事への参加を拒否された加夜王の娘・斐比伎姫は、怒れるまま、全速力で草原を疾走していた。

 吉備、特に加夜地方は、温暖な気候の地域である。よって、真冬--睦月の中旬といえど、滅多に雪がつもることはない。人気の無い広い草原では、わずかに残った枯れ草が風に吹かれていたが、斐比伎はそれを踏み荒らしつつ、荒い息を吐いて走り続けた。

 やがて、彼女の目の前に細い小川が現れる。川岸までたどりつくと、やっと斐比伎は走るのをやめた。

「……っ、はあ……」

 肩を上下させながら、激しい息を繰り返す。浅瀬に踏み込んで、斐比伎は思いっきり水を蹴り上げた。

「……あんの、くそばばあどもっ!!」

 飛沫が、色の薄い冬空に舞った。

 冷たい川の水は、容赦なく斐比伎の肌を刺す。だがそれを気にすることもなく、斐比伎は拳を握り締めて空を睨んだ。

「なーにが火の巫女よっ。火をおこすことさえやっとの、権威にしばりついただけの老い

ぼればばあどもっ! あんな奴らに神意が聞こえるもんかっ」

 斐比伎は続けざまに何度も水を蹴り上げた。乱暴な飛沫が一面に飛び散る。

「絶対、父様に言いつけてやるからな--!」

 叫んで、斐比伎は最後に拳で水面を打ち付けた。水が顔に跳ね返り、その拍子に結い上げていた横髪が解け落ちる。

 ぽちゃん、と間抜けな音をたてて髪飾りが川へ落ちた。

 碧玉で飾られた金の簪が川底へ沈んでいく。

 去年、大人になった祝いに、父・建加夜彦から送られたものだった。新羅との交易で手に入れたものだという。大和の王族でさえ容易には手に入らない品だというそれを、斐比伎は毎日髪にさしていた。

「吉備王族の、誇り……」

 静まった水面を見つめ、斐比伎は呟いた。

 冷たい冬の水面は、磨ぎ澄まされた鏡のようだ。斐比伎の顔を、正確に映し出す。

 化粧などせずとも、肌は白く、唇は赤い。大きな黒い瞳が印象的なその面は、幼いが、美しいと言えるものだったろう。だがそれよりも、彼女を見た人々が一番に抱く印象--それは、「激しさ」だった。

 内に抱く苛烈な魂が、覆い隠せぬ激しさとなって、斐比伎の印象を決定づけている。

「きついって、ことだね……」

 斐比伎はふと苦笑した。自分でも、認めざるを得ない。

 幼い頃から、よく言われたものだ。「可愛げのない子」。「なんてきつそうな瞳をした姫」等々。

 けれどそれは、斐比伎にとってむしろ誇れることだった。容赦の無い現実を生き抜くためには、激しさは一番必要な武器であったから。

 苛烈な魂は、誇らしいものだ。--父はそう言ってくれた。斐比伎も、そう信じていた。

(でもそれがせめて、幼い頃望んだように、焔の激しさだったなら……)

 簪を拾って、斐比伎は立ち上がった。疾走した上に暴れたので、長い黒髪は目茶苦茶に乱れている。

「これじゃあまるで、狂い女か罪人だね」

 斐比伎は笑って呟いた。こんな姿の斐比伎を見ては、加夜族の姫だと思う者もいまい。

 真冬の川の中に立っていたため、斐比伎の素肌はすでに紫色に変色していた。浅黄色の裳裾も川につかり、水は膝の辺りまで上がってきている。

 当然、冷たさは感じている。だが……。

「真冬の川でこんなことして、あんまり苦痛を感じないどころか、かえって気持ち良いくらいだなんて。やっぱり、私は……」

 その続きは、口にはしなかった。

 斐比伎は確かに幼くてわがままではあったが、決して愚かではなかった。いや、むしろ、人よりも洞察力に優れていると言っていい。あの巫女達が、言葉の裏で何を思っていたのか--彼女には、ちゃんと判っていた。

 「拾い子」であることを誰よりも自覚していたからこそ、逆に吉備を激しいほど愛し、加夜の姫として誇り高く--時には横柄とまで言われるほどに振舞った。

 『鳴釜の神事』に参加できる事は、吉備の王族達にとって、成人と--一人前と認められた証である。斐比伎は自分もそれが叶えば、本当に吉備族の一人として認められるような気がしていた。だから、大人になる日を指折り数えて待っていたのに……。

 所詮は、無意味な夢だった。

 血の問題だけではない。二重の意味で、斐比伎という存在は吉備にとって異端者だったのだ。

「……大吉備津彦命は、やっぱり私を許してくれないのかな……」

 斐比伎は呟いた。

 「吉備津彦」は、はるかな昔に実在し、吉備を護るために大和の侵略軍と戦った伝説の英雄である。彼はその死後年月の経過に従って、それまでの守護神・火之迦具土神と同一視されるようになった。今日においては、二柱共に同格神として「吉備津の社」に祀られている。

 元々は、別の神であったはずなのだが……。

「--でも、たとえ大吉備津彦命が許してくれても、火之迦具土神は、絶対に私のことを認めないよね」

 斐比伎は自虐的に笑った。頭を振り、前方を見据える。

 表面上押さえた怒りは、身の内に溜められて、荒ぶりながら出口を探していた。

「……っ」

 斐比伎は右手に鋭い痛みを感じた。見下ろすと、白い肌のまわりで青白い火花が舞っている。

 衣を纏う彼女の身体のいたるところで、青白い火花が弾けていた。乾燥した真冬の空気に反応し、バチバチッと鋭い音をたてる。

「だめだな、これは……」

 呟いた投げやりな言葉とは裏腹に、斐比伎の眼は輝き始めていた。

「出してしまわない、とっ……!」

 斐比伎の幼い顔に、挑戦的な笑みが浮かぶ。高ぶる心のまま、両手を頭上に高く掲げた。

「誰もいないよねっ!」

 確かめるように叫んだ。荒涼たる真冬の川辺には、ただ寒風が吹きすさぶのみ。答えるものは何もない。

「よーしっ。行っけ--っっ!!」

 叫びながら、勢いよく両手を振り下ろした。

 同時に、力の奔流を彼方の川面に向かって叩き付ける。

 すさぶる力は、導かれるまま斐比伎の身体から躍り出た。空を焦がし、そして--。

 ピシィィッッ!!

 光柱が、川面に突き刺さった。

 斐比伎の放った雷撃は、激しく大気を焼いて落ち、勢いのまま水中を走った。

 高圧の電流が満ちる水の中で、斐比伎は楽しそうに笑う。

「気持ち良い……!」

 無邪気にはしゃぐ彼女は、心から楽しそうだった。

 この、解放感。

 この瞬間に勝る爽快など、どこを探してもありはしない。

 斐比伎は風になびく髪をかき上げ、楽しそうにばしゃばしゃと水を蹴った。

「これが私の力よっ。誰よりも、誰よりも強いんだから! 巫女のばばあが束になったって、足下にも及ぶもんかっ」

 嬉しそうに、斐比伎は叫ぶ。

 因習に縛られた婆どもが、その権威を背に何を言おうと。

 もしも自分が、本当にその気になれば。

 微弱な力しか持たぬ火の巫女達など、指一本でねじ伏せることが出来る。

 それほど強力な雷撃を、自分は意のままに操ることが出来るのだ。

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