第四章 「星、堕(お)つる」 十話
「そんな……そんなことって……」
建加夜彦の枕元で、斐比伎は呆然と呟いた。突然に聞かされた話は、何もかもが信じられなかった。
--自分が武御雷神の子で? そして、吉備津彦の末裔で? --しかも、その吉備津彦本人の生まれ変わり?
「……真の出自を伏せるため、俺はお前に、自分を『水の巫女』だと思わせた。……だが、お前が雷の力を持っていたのは、水の巫の異端種だったからではない。お前が、雷神の子だったからだ。……しかも、武御雷神は、火の神の御子であられる。故に……斐比伎、お前は、誰よりも尊く濃い吉備の血と魂を継いだ、火の裔なのだ……」
建加夜彦は言った。
「父様……それが……それが、本当のことなのね?」
「……俺が嘘を言ったことがあったか?」
「ないわ……」
斐比伎は建加夜彦の手を握り締める。
--何がなんなのか。どう理解すればいいのか。
あまりにも急に色々なことを聞かされて、すぐには頭も心も整理できないけど。
ただ、今は。
この人の言うことを、信じよう。
--それでいい。それだけでいい。
「……しかし、にわかには信じがたいですな、今のお話は」
重臣の一人が声を上げた。
それを契機に、幕内がざわめき始める。
--その時、彼らの頭上に、一つの低い声が落ちてきた。
『……偽りではない』
『わ、若日子建命!』
叫んだのは斐比伎ではなく、隅に控えた大巫女だった。
『……我がわかるか? 吉備の巫女よ』
幕内に出現した若日子建は、大巫女を見下して言った。
「はい。あなたさまは、長い間我らに託宣を下された御方。大吉備津彦命の弟君であらせられます」
『……ほお。しばしば託宣を読み違え、先祖の直系を吉備の異端と決めつけたそなたでも、そのくらいはわかっておったか』
若日子建は淡々と語る。大巫女は深く恥じ入り、ひたすら彼に向かって平伏した。
『吉備の者達よ、聞くがよい。我は吉備津彦の弟、若日子建である。我は長き間、兄に代わって遠くより吉備を守護してきた……何故なら』
若日子建は、周囲を睥睨して言った。
『吉備津の社に、吉備津彦の魂はなかったからだ。兄の魂は長い間別の場所をさまよい続け--そして、ついに蘇った』
若日子建は、視線の先で斐比伎を捕える。
--そして、告げた。
『この娘は、間違いなく我が兄・吉備津彦の蘇りし御魂。--そなたらを導く、新たなる吉備の王である』
託宣を聞いた大巫女が、感極まったように叫び声をあげる。それをきっかけとして、重臣達は次々に、若日子建と--斐比伎に対して平伏した。
「……斐比伎」
床から半身を起こすと、建加夜彦は傍らの娘に呼びかけた。
「……俺はお前を養女として以来、妻問いもせず、子も作らなかった。--それは、いつの日か、お前だけにこれを渡すためだ」
建加夜彦は首にかけていた紐をはずし、それを斐比伎に渡した。
「これは……」
斐比伎は己の手の中にあるものを見つめる。
それは、焔を象った、金の勾玉--吉備王の証だった。
「お前こそ……紛う事なき、吉備の『火継』。一族を背負え--起て、斐比伎!」
斐比伎の肩を掴み、建加夜彦は激しい瞳で彼女を見据える。
吸い付けられたように、斐比伎は建加夜彦の強い眼を見返た。
--そして、迷いを捨てた声で言う。
「--わかりました、建加夜彦。私は--あなたを継ぎます」




