第四章 「星、堕(お)つる」 四話
大和宮殿の、奥深く。
母に呼び出され、人払いした一室で話を聞いていた星川は、その内容に愕然となった。
「……しかし、母上、それはあまりにも……」
「では、どうすると言うのです。磐城はもはや、完全に吉備を潰す気でいるのですよ」
稚媛は落ち着いた口調で言った。彼女は、既に覚悟を決めているのだった。
「あの子は恐ろしい。大王でさえも、今では磐城の言うがままではないか。--このまま磐城が宮殿を動かしていては、吉備だけでなく、大和までが取りかえしのつかないことになります」
「……そうかもしれません。ですが、だからといって……」
「磐城が大王になれば、間違いなく豊葦原は滅びへと向かうでしょう。あれは、謀略と戦火を好む、呪われた皇子なのです。そうなる前に、星川、そなたがこの国を救うのです」
「救う……」
星川はうつむいて呟いた。
彼が今、最も救いたいもの。それは大和でも豊葦原でもなく--ただ一人の少女だった。
(斐比伎姫は、あんなお可哀想な状態で……)
星川は、同じ宮内にありながら、遠く隔てられた少女のことを思う。
斐比伎が大和入りした直後に、一連の吉備の反乱が勃発した。そのため彼女は正式な妃として披露されることもないまま、半ば人質のような状態で、厳重な監視下におかれている。
(斐比伎姫があんなことになっているのは、兄上がきちんと彼女をお守りしてさしあげないからだ)
星川は日々、兄への怒りを募らせていた。
仮にも己の妃として呼んだ姫だというのに、兄は斐比伎を庇うこともなく、放置している。
(--僕だったら。僕だったら、絶対にそんなことしない……)
だが、今の星川に何の力があるだろう。
今のままでは、斐比伎を助け出すどころか、二度とその姿を眼にすることさえできないのだ。今のままでは……。
「--星川。大王位を奪るのです」
稚媛は息子の耳に囁いた。
「お前が大王になるのです。……この国の、全ての人々のために」
「……母上……」
星川は、助けを求めるように母を見上げた。
「本当に、救えるのでしょうか。この僕に。救うことが、できるのでしょうか……」
「ええ、勿論。お前だけに、できるのです」
稚媛は優しく星川の額を撫でた。
「……どうすれば」
「--まず、大蔵の官をとりなさい」
稚媛は決然とした面持ちで言う。
全ての計画は、既に彼女の中にあった。




