第四章 「星、堕(お)つる」 一話
既に何年も前に完成しており、自サイトなどに掲載している長編を、少しずつ分割しながら連載投稿しています。
前作「月傾く淡海」よりは、ややライトなテイスト(ラノベより)で、恋愛要素もあります。
全五章で、一章が約十話前後です。
一話の長さにはばらつきがあります。
一度アナログで作ったデータをデジタル変換した際に、一部改行に不具合が出た部分があります。
吉備の侵略を開始した大和は、順調に各地を制圧していった。
上道、下道は既に大王軍の手に落ち、三野と波久岐も敗色が濃い。建加夜彦王に率いられた加夜だけは、最後まで根強く抵抗していたが、大和はまもなく加夜にも総攻撃を仕掛けようと、入念に準備を進めていた。
これら一連の戦略の総指揮をとっていたのは、無論、日嗣である磐城の皇子である。
--吉備攻略の最後の要ともなるべき、加夜総攻撃を前にしたある日、磐城は僅かな供人を連れ、尾張へと向かっていた。
「……しかし、このような大事な時期に、皇子さま自ら行かれずとも、使いをおやりにならばよろしいのでは……?」
供人の一人、大伴室屋が馬上で磐城に告げた。
彼は大王の寵臣であり、磐城を日嗣として擁立した、主要な後ろ楯の一人であった。
「私自身で行かねばならぬのだよ。あれを受け取るためには」
自ら馬を駆りつつ、磐城は言った。
彼が向かっているのは、尾張国年魚市郡にある、熱田の社だった。そこの斎宮に会い、直接手に入れなければらない物がある。
……磐城が宮殿を旅立とうとした朝、珍しく母・稚媛が彼のもとを訪ねてきた。
旅の支度に追われていた磐城は、慌ただしく母と対面した。
「……どうなさいました母上、突然に」
実の母子であるというのに、ここしばらくは言葉を交わしたこともない。久々に見る母の顔を眺めながら、磐城は穏やかに言った。
「--磐城。そなた、どういうつもりですか」
冷静な磐城に対して、稚媛の様子は尋常ではなかった。
「どういうつもりとは?」
「とぼけるでない! 今度の事、全てそなたの策略であろう。この母にはわかっております」
稚媛は剣呑な瞳で実の息子を睨み据えた。
「--そなた、吉備を潰すつもりか?」
「……母上」
磐城は困ったように微笑した。
「私は日嗣として、大王の意にそうよう、精一杯努めているだけですよ」
「吉備はそなたの故郷でもあるのですよ!」
「--母上」
磐城は笑いを納めて母を見つめた。
「私は、大和の皇子です。……吉備が故郷などと、一度たりとて思った事はありませんよ」
「……磐城……」
我が子の眼差しに、母は戦慄した。稚媛を見据えた磐城の表情のない顔は、本当に恐ろしかった。
「母上、あなたは大王の妃なのです。失われる故郷になど、いつまでもこだわっているものではない。……少なくとも、あなたが大和で生き残っていたいのならば……」
磐城は凄絶な笑みを浮かべる。
稚媛は顔をひきつらせ、逃げるようにして息子の前から退出した。




