第四章 「星、堕(お)つる」 二話
既に何年も前に完成しており、自サイトなどに掲載している長編を、少しずつ分割しながら連載投稿しています。
前作「月傾く淡海」よりは、ややライトなテイスト(ラノベより)で、恋愛要素もあります。
全五章で、一章が約十話前後です。
一話の長さにはばらつきがあります。
一度アナログで作ったデータをデジタル変換した際に、一部改行に不具合が出た部分があります。
(……本当に、愚かな女だ……)
母との対話を思い出し、磐城は馬上で美しい顔を歪めた。
稚媛は、事あるごとに故郷吉備の名を連呼する。その度に磐城がどんな思いになるか、彼女は気付くこともないのだ。
--実際、磐城は稚媛を慕うどころか、むしろ憎んでいた。
(……あの女の腹から生まれ出てしまったために、忌まわしい吉備の血が流れているのだ。この、私の身体に……)
磐城は手綱を握り締める。
--それは、思い出すたび身が震えるほどのおぞましい現実だった。
磐城は稚媛を母とは感じていない。……星川を、弟とも思えない。
彼は、血縁者全てとの絆をひどく希薄に感じていた。……いや、自分が「磐城」であることさえも、時々忘れそうになる。
(……全ては、あの夢のせいだ。物心ついた頃から、繰り返し繰り返し見る、あの夢--いや)
磐城は唇を噛んで、目を閉じた。
(--夢ではない。あれは『記憶』……そう、私の魂に刻み込まれた、深い『記憶』だ)
……磐城の脳裏に鮮やかに蘇るのは、遙か古の光景だった。
そのころの磐城は「伊佐芹彦」と呼ばれており、やはり大王の御子の一人だった。
今の「磐城」と違い、その頃の「伊佐芹彦」は、とうてい日嗣に立てるような立場ではなかった。
父である太邇の大王(第七代孝霊天皇)には、皇后・細媛との間に生んだ皇子・根子彦命がおり、当然彼が将来の大王として人々のあつい支持を受けていた。
後ろ盾のない国香媛を母として生まれた伊佐芹彦は、常に不安定な立場にあった。
大王位を狙えるだけの力もないのに、男御子というだけで、皇后側からは一方的に危険視される。
宮中での皇后の勢力は絶大だったので、誰もが彼女の怒りに触れることを恐れ、伊佐芹彦には近づかなかった彼は孤独なまま、宮内で成長した。
青年となったある日、大王から伊佐芹彦に一つの命が下された。
「吉備国を平定せよ」--と。
……あるいはそれは、目障りな伊佐芹彦が遠方で戦死することを願った、皇后側の策略だったのかもしれない。
たとえ戦場で死すことがなくとも、敗れて戻れば、その責を負って死を賜ることになる。
『……勝つしか、道はないのです。私には』
出陣の前、同母姉である百襲姫のもとを訪ねて、伊佐芹彦は言った。
大王に勝利を捧げ、大和の将軍としての自分の立場を固める。……日嗣を望めぬ皇子の生きる道は、それ以外なかった。
『……では、これをそなたに預けましょう』
百襲姫は、神府より取り出した一本の神剣を伊佐芹彦に与えた。彼女は当時、大物主神を祀る三輪山の巫女をつとめていた。
『姉上、これは?』
『--神剣・天叢雲剣。……かつて、我らが先祖である邇邇杵尊が天降る時に持ってこられた、三種の神器の一つです。……きっと、そなたを護ってくれるでしょう』
ありがたく神剣を受け取ると、伊佐芹彦は姉に別れを告げ、吉備へ向かった。




