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鳴神の娘  作者: かざみや
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第二章 「大和の皇子」 一話

既に何年も前に完成しており、自サイトなどに掲載している長編を、少しずつ分割しながら連載投稿しています。

前作「月傾く淡海」よりは、ややライトなテイスト(ラノベより)で、恋愛要素もあります。

全五章で、一章が約十話弱です。

一話の長さにはばらつきがあります。

一度アナログで作ったデータをデジタル変換した際に、一部改行に不具合が出た部分があります。

     倭は 国のまほろば たたなづく 青垣

          山隠れる 倭し 美し          (古事記歌謡)


「大和は、最も秀でた国だ。重なり合い、青い垣をめぐらしたような山々、それに囲まれた大和は、美しい」

 

……そう謡ったのは、古の皇子。今より九代遡る、忍代別の大王(後の第十二代景行天皇)の皇子、小碓命だったという。

 今一つの名を倭建命やまとたけるのみことといい、数々の英雄伝承と悲恋物語を残したこの皇子の母もまた、吉備系の姫--若建吉備津日子の娘、伊那毘大郎女であった。

 そして、この忍代別の大王よりも、更に五代前。太邇の大王(後の第七代孝霊天皇)の御代に、吉備国は、皇子・伊佐芹彦いさせりひこによって凄まじい侵略を受けた。

 当時、吉備津の首長であり、吉備王国の盟主だった「吉備津彦」は、大和の侵略に対し、最後まで激しく抵抗したが、ついには伊佐芹彦の手によって討たれた。この時、吉備は一度壊滅的な打撃を受けた。

 --だが、大和に平定された後。滅び去るかに見えた吉備は、再び蘇った。

 吉備津彦亡き後も、吉備にはいくつもの血統が脈脈と受け継がれていた。表面上大和に服属するように見せながら、その裏で吉備は時と共に力を取り戻し、復興を果たす。

 小碓命おうすのみことに部下として付き随った吉備武彦もまた、失われなかった吉備の血脈の一つである。吉備武彦は、「吉備津彦」の死後に現れた、別系統の始祖であった。政略として親大和派をとった彼は、小碓命配下の将軍として、越の国の平定などに力を尽くす。彼の娘である吉備穴戸武姫は、小碓命の妃の一人となり、讃岐綾君の祖となった武卵王と、伊予別君の祖となった十城別王の兄弟を産んだ。

 --こうして、相手の懐深く入り込みながら、吉備は再び勢力を取り戻していった。

 吉備と大和の関係は、古より複雑を極める。相手を攻略しようとして長く相克しながら、その血の絆は絡み合い、歴史は多くの面で重なり合う。敵であることは多分に意識しているが、相手を食らいつくしてしまえば、それは己の致命傷にもなりうるのだ。

 微妙な均衡をもって並び立つ、二つの強国。吉備と大和は、互いが互いにとっての「諸刃の刃」であった。


「……まあ、美しい国だっていうのは、確かに認めるけど」

 大和の宮殿内を散策しながら、吉備加夜族の姫・斐比伎はひとり呟いた。首をぐるりと回して、はるか彼方を見張るかす。

 低いなだらかな山々が、遠く都の周囲を取り囲んでいる。確かに、この景観は一種独特のものだ。夕陽の落ちる頃合などは、えも言われず美しい。それは確かに認めよう。

「でも、『国のまほろば』っていうのは、納得できないわ」

 斐比伎はやや怒ったように言った。

「大和が、豊葦原で最も秀でているだなんて。色々と各地を回ったわりには、何もおわかりではなかったのね、小碓命」

 斐比伎は古の皇子に語りかけるように言った。無論、返事など返るはずもない。

 小碓命は、父である大王の命で、蝦夷、熊襲など各地の征伐を行なった。そして、大和に戻れぬまま、遠方の地で客死したという。その途中、遠い故郷を思って謡った思国歌が、「倭は 国のまほろば……」の歌であるといわれているが。

「私に言わせるとね、『まほろば』っていうのは、やっぱり吉備のことだわ」

「--長旅をして大和まで来た挙げ句、言うことがやっぱりそれかの」

 斐比伎の襟の中で、少彦名がこっそりと呟いた。

「だって、そう思うんだもの。大和も確かに美しいけれど、やはり吉備にはかなわない。吉備は、豊葦原で最も--そう、「都」よりも素晴らしいところよ。それをこの目で確認できたってことは、とっても大事なことだと思うけど」

「……どうでもよいが、少し声が大きいぞ。怪しまれるわい」

「平気よ。誰もいないじゃないの」

 斐比伎は平然と呟いた。

 海路と陸路と伝って、やっと大和に都入りしたのは二日前。斐比伎たち加夜王の一行は、仮屋として宮殿の一棟を与えられたが、何せ、王族、供部、端女など、総勢数十人の大所帯である。落ち着くまでが一騒動であり、その間、斐比伎は棟の一室から出ることを禁じられていた。

 無為な時間を強制されていた斐比伎は暇を持て余し、遂には父に泣きついた。そして、やっと外出の許可をもらったのである。

『……ただし』

 許しを出すとき、父は厳しい顔で斐比伎に言った。

『今宵は祝いの宴だ。夕刻までには必ず戻ってくること。それから、出歩いていいのは、宮殿の中だけだ。わかったな?』

『はい、父様』

 父の言いつけを、斐比伎は一も二もなく承諾した。そしてすぐに外に飛び出した。

 しばらくは心配した乳母達が後を着いてきたが、面倒だったので、結局まいてしまった。帰ったら怒られるかも知れない。

(……でも父様は、「一人で出歩くな」とは言わなかったんだから、言いつけには背いて

ないわ)

 斐比伎は歩きながら、一人で勝手にそう納得した。

 初めて見る大和の宮殿は、何もかもが目新しかった。広い敷地内には、王の御館に匹敵するような、壮麗な建物が幾つも幾つも建ち並んでいる。庭には玉砂利が敷きつめられ、その上を、数多くの舎人や采女たちが笑いさざめきながら闊歩していた。       

「……でもねえ」

 宮殿内をきょときょとと見渡して歩きながら、斐比伎は少彦名に--というより、自分自身に言い聞かせるように呟いた。

「確かに、華やかなのは認めるわ。豪華よ。それに、人が凄く多くて、活気に満ちてる。--でもね、それだけよ。一つ一つの御館を比べれば、吉備のほうが立派だし、きっと進んでるわ」

「そうかの」

「うるさいわねえ。私がそう思うんだから、それでいいの!」

「まあ、別にそれでもかまわんが。それより、ここはどこじゃ?」

「……私が知るわけないでしょ」

 斐比伎はやや不貞腐れたように答えた。

 棟を飛び出してから、斐比伎は物珍しげに宮殿の内を歩き回った。

 はじめは、どこへ行っても人がいっぱいいた。他氏の王族や、その従者。宮殿で働く、様々な人々。--だが、調子に乗って歩き回り、角を幾つも回り、建物を何個も過ぎるうち--だんだんと、人影がまばらになってきた。なんだが、随分奥まったところへ来てしまったと思ったときには、既に帰り道が分からなくなっていた。

「……どうやら、迷子になってしまったようじゃのう」

「いちいち声に出して確かめないでよ」

 斐比伎は嫌そうに言う。だが、現実は少彦名の指摘した通りだった。

 宮殿の内部は、一つの里ほどの広さがある。誰かに尋ねなくては、とても帰りつけたものではないが--さっきまであんなに人が大勢いたのに、気がつけば周囲には誰もいない。

「もうすぐ陽が落ちるぞ。どうやって帰る気じゃ?」

「うるさいわねえ。今考えてるわよっ」

 少彦名に言い返し、斐比伎は辺りを見回した。どうやら、奥まった棟の、内庭らしき所に迷い込んでしまったようである。

 さて、どうやってここから戻ればよいのか。--そう、斐比伎が思案にくれた時。

「誰だ貴様っ!!」

 不意に、背後から鋭い声が飛んだ。


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