第九話「正面から行くぞ」
「飛ぶなよ」
「分かっとる」
「転移もだ」
「分かっとる」
「外へ出るのもなし」
「分かっとると言っとるじゃろ」
摩天ちゃんは瑠倫ちゃんの背中を見た。
リュック。
大きい。
ぱんぱん。
「その中身は?」
「非常用じゃ」
「使うのか」
「使わん」
「置いていけ」
「嫌じゃ」
「なぜ」
「非常時に困る」
摩天ちゃんは少し考えた。
「……それはそうだな」
二人の前には、塔が立っていた。
雲より高い。
黒い岩。
窓も扉もない。
表面には、螺旋状に白い突起が並んでいる。
足場らしい。
ただし。
三秒に一度。
ばちん。
青い雷が、塔の頂上から地面へ走った。
白い突起を順番に伝って。
上から下へ。
ばち。
ばち。
ばち。
最後の一本が光る。
地面が焦げる。
瑠倫ちゃんが笑った。
「よいじゃろ?」
「いいな」
摩天ちゃんも塔を見上げた。
「どこで見つけた」
「昨日」
「登ったのか」
「頂上には行った」
「登ったのか」
「転移で」
摩天ちゃんが瑠倫ちゃんを見る。
「それは登ったとは言わない」
「じゃから呼んだんじゃ」
瑠倫ちゃんは塔を指した。
「正面から行くぞ」
摩天ちゃんの口元が少し上がった。
「私向きだな」
*
一段目。
瑠倫ちゃんが跳ぶ。
白い突起へ着地。
直径は靴二足分ほど。
摩天ちゃんも続く。
二段。
三段。
四段。
上から。
ばちん。
「来るぞ」
白い突起が青く光った。
頂上から。
一つ。
二つ。
三つ。
雷が降りてくる。
摩天ちゃんは次の足場へ跳んだ。
瑠倫ちゃんも跳ぶ。
直後。
さっきまで立っていた突起が青白く弾けた。
「ほっほ!」
「笑うところか?」
「面白いじゃろ!」
「まだ下だ」
「では上はもっと面白いな!」
二人は登った。
階段ではない。
壁から生えた石を。
跳んで。
掴んで。
蹴って。
上へ。
雷は三秒ごと。
最初は上から順番だった。
百メートルを越えたところで。
順番が変わった。
下。
上。
真ん中。
「学習しとるぞ!」
瑠倫ちゃんが叫ぶ。
「こちらを見ているな」
摩天ちゃんは壁へ片手をついた。
次の光。
右上。
左下。
瑠倫ちゃんの足元。
「おっと」
跳ぶ。
雷。
空中。
次の足場まで遠い。
瑠倫ちゃんの手がリュックへ伸びる。
止まる。
代わりに壁を蹴った。
身体が横へ飛ぶ。
指先が突起へ届く。
ぶら下がる。
「今、使おうとしたな」
上から摩天ちゃん。
「使っとらん」
「手が動いた」
「非常用の確認じゃ」
「便利な言葉だな」
「便利じゃぞ」
瑠倫ちゃんが身体を振る。
次の突起へ。
着地。
「そっちこそ魔法は?」
「使っていない」
「剣は?」
「置いてきた」
「本当に置いてきたのか」
「使わないからな」
瑠倫ちゃんは自分のリュックを見る。
「……わしの方が未練がましいみたいではないか」
「非常用だろう」
「そうじゃ」
「なら持っていろ」
「急に優しいのう」
「落ちたら面倒だ」
「落ちても平気じゃ」
「知っている」
摩天ちゃんが上を見た。
「だから落ちるな」
瑠倫ちゃんも上を見る。
頂上は。
まだ遠い。
「ほっほ」
笑った。
「よし」
*
雲へ入った。
白い。
何も見えない。
濡れた岩だけが近い。
雷の音が変わった。
ばちん。
ではない。
腹の奥へ響く。
ごん。
次の足場が見えない。
瑠倫ちゃんは手を伸ばした。
空。
「摩天ちゃん」
「いる」
声は右上。
「見えるか?」
「見えない」
「よいな」
「何がだ」
「初めてじゃ」
「何が」
「ここをこうやって見るのが」
瑠倫ちゃんは笑っていた。
頂上へは昨日行った。
景色も見た。
写真も撮った。
けれど。
濡れた壁に指を掛けて。
次の足場が見えず。
隣にいる摩天ちゃんの声だけを頼りにするのは。
初めてだった。
「左上、二つ」
摩天ちゃんが言う。
瑠倫ちゃんが跳ぶ。
指。
石。
掴む。
「その上は?」
「ない」
「ない?」
「右へ三メートル」
「遠いのう」
「行ける」
「誰に言っとる?」
「瑠倫ちゃんにだ」
「なら行けるな」
跳ぶ。
雲の中。
三メートル。
足場。
着地した瞬間。
青。
目の前が全部、青くなった。
雷。
避ける時間がない。
瑠倫ちゃんは。
両腕を上げた。
受けた。
音が消えた。
一瞬。
雷が瑠倫ちゃんの腕の前で潰れる。
次の瞬間。
逆流した。
上へ。
塔へ返る。
どん。
雲の上で何かが爆ぜた。
「……」
摩天ちゃんが黙った。
瑠倫ちゃんも。
腕を見る。
「返せた」
「今のは何だ」
「能動防御じゃ」
「全部返したか?」
「いや。何割か」
「そうか」
間。
「もう一回来るぞ」
「え」
「構えろ」
「待て、今のは偶然」
「なら次で確かめる」
「摩天ちゃん!?」
ごん。
上で雷が鳴った。
瑠倫ちゃんの目が。
少しだけ楽しそうに細くなる。
「……よし」
*
二回目は失敗した。
避けた。
「今のは防御ではない」
「分かっとる!」
三回目。
返した。
四回目。
摩天ちゃんが先へ跳んだので追った。
五回目。
瑠倫ちゃんが構えたところで、雷が摩天ちゃんへ行った。
「こっちじゃ!」
「雷に言うな」
六回目。
二人同時に跳んだ。
七回目。
雲を抜けた。
青空。
塔の頂上。
あと二十メートル。
白い突起はもうない。
壁だけ。
摩天ちゃんが止まる。
瑠倫ちゃんも止まる。
「どうする?」
「登る」
「足場がないぞ」
「壁がある」
「垂直じゃぞ」
「だから?」
摩天ちゃんは壁へ指を掛けた。
小さな凹み。
爪ほど。
身体を持ち上げる。
瑠倫ちゃんが笑った。
「そう来るか」
「正面からだ」
瑠倫ちゃんも壁へ張りつく。
飛べる。
転移できる。
外へ出て頂上へ回れる。
昨日はそうした。
今日は。
爪ほどの凹みを探した。
一つ。
二つ。
三つ。
風が強い。
リュックが引かれる。
「重い!」
「置いてくればよかったな」
「言うな!」
摩天ちゃんが先。
瑠倫ちゃんが追う。
あと十メートル。
五。
三。
一。
摩天ちゃんの手が縁へ掛かる。
瑠倫ちゃんも。
同時に身体を上げた。
頂上。
平らな黒い岩。
中央に一本。
透明な柱。
中を雷が走っている。
空は青い。
雲海が足元に広がっていた。
瑠倫ちゃんは寝転んだ。
「疲れた」
摩天ちゃんも座った。
「そうか」
「摩天ちゃんは?」
「少し」
「嘘じゃろ」
「少しだ」
瑠倫ちゃんは笑った。
カメラを出す。
雲海。
透明な柱。
摩天ちゃん。
ぱしゃ。
「昨日も撮ったのか」
「撮ったぞ」
「同じ景色だろう」
「違う」
「どこが」
瑠倫ちゃんは昨日の写真を出した。
同じ頂上。
同じ柱。
同じ雲海。
昨日の写真には。
誰もいない。
今日の写真には。
摩天ちゃんがいる。
瑠倫ちゃんの袖が少し焦げている。
二人の靴に黒い泥がついている。
「ほれ」
摩天ちゃんは二枚を見た。
「違うな」
「じゃろ?」
短く答えた。
それだけだった。
瑠倫ちゃんは今日の写真をしまった。
「次はどうする?」
摩天ちゃんが聞く。
「次?」
「ここは登った」
「うむ」
「別の場所だ」
瑠倫ちゃんが起き上がる。
「行く気か?」
「面白い場所があるんだろう」
「山ほどあるぞ」
「なら選べ」
瑠倫ちゃんは少し考えた。
そして。
首を振った。
「次は摩天ちゃんが決めろ」
「私が?」
「わしの場所ばかりでは不公平じゃ」
「条件は」
瑠倫ちゃんが笑う。
「正面から行くと面白いところ」
摩天ちゃんは立った。
「分かった」
即答だった。
「一つある」
「もうあるのか」
「ある」
「どこじゃ」
「帰ったら決める」
「今教えろ」
「嫌だ」
「なぜじゃ!」
「楽しみが減る」
瑠倫ちゃんは。
数秒。
黙った。
それから。
「……それは分かる」
二人で笑った。
帰りは。
転移した。
登ったからには。
帰りまで同じにする必要はない。
その日の写真の裏。
瑠倫ちゃんは書いた。
『正面から行った』
その下へ。
少し空けて。
『次は摩天ちゃんの場所』
と書き足した。
場所の名前は。
まだ聞いていない。




