駅
先月スプリンターズステークスが有りましたね。えー······気付いてなかったわけではないですよ。書き溜めできてなかったわけでもないですよ。
乗り合い馬車に乗り込み、軽く会釈し「こんにちは」と言えば、ちらほらと返ってくる。
一つだけ残った一人席とまだまだ余っている二人席。僕は少しも迷うことなく一人席に座り、ポケットから取り出したクランを起動した。
最近のマイブームは{ジャンバと他国の違い}板だ。掲示板アプリを開き、板と呼ばれる分類区分が並んだページを{厩舎}や{ばんえい競走}など馬関連のものを高速でスライドし、下にある{その他}をタップする。
目当ての板を開き、立てられたスレッドを流し見る。
田舎から出てきて、自分の無知を自覚した。子供とは親の仕事を継ぐための準備期間。そんなのが常識の世界で、畑仕事とクレンから得た少しの馬のこと、これが僕の全知識だった。
外で様々なものと出会い、もっと知りたいと思った俺がたどり着いた先がこの{ジャンバと他国の違い}板だった。
知らなかった自国のこと、架空の話のような他国のこと、一つの学問として面白い。
ノートアプリを並列で開き、気になったことなんかをメモったりしていると、今夜の駅に着いていたみたいだ。
駅に着いて最初にすることは部屋の確認。馬車に乗っていたのは御者さん含め13人。それと護衛の3人を合わせた16人。この駅の寝室は30。
大事なのが他の利用者がいるかの確認。寝室ドア上のモニターで赤い点が無いことを確認する。この赤い点は中の熱を感知し反映される。
なぜこんな仕組みになっているのか。一日あれば柵に蜘蛛の巣ができるように、魔物や盗賊なんかの巣窟になっていないかを安全に確認するためだ。
駅は国営。一日おきに清掃と見回りが行われるが、絶対はない。自分たちの身は自分たちで守るのだ(掲示板に書いてあった)。
問題無さそうなので、各々部屋を決めて荷物を置く。寝室と言ってもベッドも備品もなく、人が一人寝転がれるスペースがあるだけだ。備品室から毛布を引っ張り出し、先に敷いておく。
後から来る利用者に説明する責任者部屋、駅入り口横の寝室には御者さんを設置。これは押し付けているわけではなくジャンバの常識だよ。ホントだよ。
暗くなる前に夜食を取ろうと大広間で床に尻を着けた。馬車乗車券の代金に食事代は含まれているので、出来上がりを待つだけだ。
一人静かに待つのも寂しいので、剣を携えている護衛冒険者の青年に近付いた。
「お疲れ様です。僕はラッジって言います。ちょっと暇で、少し話してもいいですか」
「うん、良いよ。僕はシャフィク。パーティのリーダーをやっているよ」
彼が紹介してくれたのは鎧の大男とローブの爺さん。本当に彼がリーダーなのか。
「なんというか、歪なパーティですね」
「成り行きでね。今回はこの馬車の護衛を任されてるよ」
「そうですか。僕達の命、しっかり守ってくださいね」
僕がそう返すと彼は不思議そうな顔をした。
「知らないのかい。護衛対象は馬だよ。冒険者は魔物狩り専門だからね」
「?······どうして魔物狩り専門だと馬の護衛になるんですか」
僕はゴブリンやオークなどの魔物を頭に思い浮かべた。
「魔物っていうのはね、基本的には知性がなく、習性と本能で生きている。この習性っいうのは魔物ごとに違うんだけど、この国の魔物だけに共通してる特徴があって」
そこで彼は一息入れた。一息入れるような内容なのだろうか。
「馬の肉が好きなんだ」
一息入れるような内容なのだろうか。
「これは他の国の魔物にはない特徴らしくてね。ジャンバのオークは女よりも馬を狙う。ジャンバの馬が特別美味しいのか。何か魔物を惹き付けるフェロモンでも出ているのか」
「覚醒の影響でしょうか」
「良い目の付け所じゃのう」
これまで黙っていた爺さんが会話に交じってきた。
「昔、こんな対象実験があってな。覚醒した馬が原因なのか、馬が生まれた土地が原因なのか、魔物が生まれた土地が原因なのか、魔物が育った土地が原因なのか」
「その結果はどうなったんですか」
そこで爺さんは口を閉じた。
「け、結果は?」
「直前でジャンバ国民が馬を実験に使うのに耐えられなくなり馬と逃げたのじゃ」
「実験できてないじゃないか」
「まあ、覚醒させた外国の馬が外国の魔物に狙われないから覚醒は関係無いのだろうという結論が出てるね」
自国民にはほとほと愛想が尽きる。
「最近ジャンバと他国の違いについて興味があって。皆さんはジャンバ生まれですか」
「僕とマルクはそうだね。オーギュストは違うんだっけ」
マルクと呼び、指を指した方向は大男。ならオーギュストは爺さんだろう。
「他国との違いで大きいのは馬と料理らしいのですが、オーギュストさん?はどう思いますか」
長く伸びた白い髭を撫でながら少し間を置き、続ける。
「そうじゃのう。後は治安かのう」
「チアンですか。すみません無学で。チアンってどういう意味なんでしょう」
掲示板にもたまに出ていたが、意味が分からなかったので無視していた。
「簡単に言えば犯罪が少ない、比較的安全な国。ルールが守られてる国といった感じかのう」
「安全、他の国を知らないのでなんとも実感しづらいですね」
「こんなもの実感せんでいい。魔物からは儂ら冒険者が、人からは土地所属の衛兵が皆を守る。守られていることを気付かせないなんて格好良いじゃろう」
格好良い。そんなポカポカがボディブローのようにじわじわと効いてくる。
「君に夢はあるかな。僕は故郷に像が立つような英雄になりたい。子供っぽい夢だし、英雄なんてのが生まれるような災難なんて起きない方が良いんだけどね」
「夢ですか」
「おいおい夢も分からないのかい」
「違います」と大きく否定する。
「親の仕事を継ぐと思って生きてきたので、将来のことなんて考えたことなかったので」
シャフィクは夢から話を展開させたかったんだろうな。困ったような表情になった。話題を変えよう。
「それより皆さんの話が聞きたいです。一番大変だった魔物とか」
「そ、そうか。そうだなぁ、エルフっていう女の姿をした魔物がいてな、基本的に害は無いんだが、刃物を見ると襲──」
そうして僕たちは同じ鍋のスープを啜った。
毛布にくるまりながら、僕は一人考え事をしていた。
「夢······か」
最近は親父に追い出されてから、色んなことを経験した。牧場手伝いや騎乗の特訓、牧場近くの町の定食屋やパン屋、風呂屋、ブティックなんかでヘルプに入ったり。僕は何をしてるんだ。まあ、おやっさんたち悪い人じゃないし。ちゃんと給料払って貰ってるし。
騎手はあり得ない。数千人の前で舞台に立つとか吐く。元々痩せ型だけど身長はあるから、減量とか少しキツい。美味しいものは好きなだけ食べたい。田舎と違ってこっちは美味しいもので溢れてる。
商いは向いてない。僕は計算が苦手。そもそも親父の仕事を手伝ってきたからか長時間椅子に座っているというのが肌に合わない。
······牧場か。
僕は窓から覗く月に手を翳した。彼は、プースは僕のことを考えてくれているだろうか。
思えば家を出てからはずっとプースに付きっきりだった。思考は彼のことばかり。
離れてからそれを強く意識するようになった。
彼も僕に会えないのを寂しく思ってくれているだろうか。
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