馬運
貴方がこれを読んでいるということは、私はすでに中京競馬場にいることでしょう
一歳秋。カボチャの季節が終わった頃。
俺は信じられないものを目にしていた。
それは前世には無く、この世界にも無いと思っていたものだ。
早朝、今日もトレーニングするぞぉ!と気合いを入れていたら、遠くから地響きが聞こえた。震度3くらいかと、元日本人を発揮していると、《《それ》》は現れた。
馬運《《馬》》車。馬が牽く馬を運ぶための馬車。
前世界では徒歩から鉄道、そして馬運車と輸送方法は変わっていったはずだ。こんなものは知らない。
見た目はタイヤの付いた馬房(馬の部屋)といったところか。
御者台の前には二頭の馬がこんにちはしている。ペルシュロンだろうか。首も脚も短くがっしりした体躯が特徴。
これから何処に行くかとか、そこで何をするかとか分からないことだらけだが、今からの旅が快適ではないことは容易に想像ができ───
快適であった。
馬車はサスペンションが効いてて、舗装された道路は滑らかでトレビアンだった。
俺が勝手に中世ヨーロッパっぽいって思ってただけで、技術は現代並みだったりするのだろうか。いや、こんなクソ田舎でも舗装されているなんてのは現代でも無かっただろう。
なら未来なのか?でも、機械を見た覚えが無いんだよな。
ここはどんな世界なのか。まあ、そんなのはどうでも良い。未来世界なのか、異世界なのかなんて、人間から馬になったことに比べれば誤差である。
脚を止めて考えに耽ったことで、俺はとあることに気付いた。外の音が一切しない。あれほど荒々しい音を立てていた馬車が。不気味なくらいに。再び脚を動かせば、耳に入るのは自分の足音と寝藁が擦れる音だけ。
これは考えるだけでは答えは出ないと諦め、俺は外の景色を眺めてみることにした。
遠くにある小さいヒト型の物体が逃げるように離れていく。魔物だろうか。ブルルル
さあ、やってきました!馬車に揺られること、······揺られてないな、約一週間。ここは!!······いったいどこなんでしょうね。
日本の競走馬なら生産牧場の次は育成牧場だよな。育成牧場ってどんな所か俺詳しく知らないんだけど。
馬房も無い柵で囲っただけだった故郷と違って、the牧場って感じはするね。
農場から一緒に来たカボチャの人に連れられて牧場案内をされる。どちらかというと牧場スタッフへの俺の紹介だろうか。
堂々と歩く俺に道行く人や馬が振り返る。そうかそうかそんなに俺の月毛が美しいか。フハハ、そうだろう、そうだろう。
うん、俺の他に月毛いなくね?
俺の知識では月毛はクォーターホースの中では一般的で珍しい部類ではなかったはずだ。月毛は綺麗だから人気だったんだ。
しかし、周りを見てもサラブレッド、サラブレッド、サラブレッド。純粋なサラブレッドには月毛は産まれない。
薄々感じていたが、俺はサラブレッドのレースを走らされることになるんじゃないだろうか。
俺ちゃんハーフクォーターホースよ?アイビスサマーダッシュ(日本中央競馬最短の1000m直線コース)だってスタミナ持つか分からんレベルよ?
まあ、出されたら全力で走るだけなのだが。
走ることは好きだ。それしかすることが無いからではある。
この施設に入るということは乗馬ではなく、俺は競走馬路線なのだろうか。
いや、まだサラブレッドと一緒に走ると考えるのも早計かもしれない。
この国にクォーターマイルレースが無いのかもしれないだけで、よその国にレースしに行くのかもしれないしな。
キリがないから、この考察は一旦止めておこう。時が来れば分かることだ。馬の体では入ってくる情報が少なすぎる。
前に黄色や青系統は識別できると言ったな。俺のクリーム色の馬体もばっちし範囲内だ。
なので目立つ。睨まれる。
馬の知能は人間の3歳程度だったはずだ。元人間の俺様は睨み返すだとか威嚇するだとかいう大人気の無いことはしない。
旨い牧草は俺のだ。食うんじゃねえ(威嚇)。
◇
轟音が近付いてくる。親父が頼んだ馬運馬車だ。
「親父、行ってくる」
「おう、牧場の技術でも見て盗んでこい」
少しは息子の心配でもしろよと、小さく悪態をつきながら村外れの小屋に背を向ける。
荷物を御者台と移動馬房の間の小さいスペースに放り込み、御者の隣に腰を下ろす。
前は重種の尻。でかくてゴツい。
「やっぱり重種は迫力が有りますね。カッコいい」
「そうですね。盗賊が馬の気迫に道を譲るくらいですよ」
話しかけやすい優しそうな人で良かった。旅は長いんだ。
少しの間、御者の人とどうでもいい世間話を挟む。
そして、ついに車輪が回転を始めた。
村から離れるのは初めてでは無いが、その時はいつも親父が傍にいた。少しホームシックだ。
そんな気持ちを仕舞うために御者の人に話し掛けることにした。
「どうですか、うちの馬。馬運馬車の御者さんならたくさん馬を見てきたんですよね。そんな人から見たうちの馬の評価が聞きたいです」
「そうですね······この月毛の馬は何というか凄いオーラを纏ってますね。レースに出るなら応援しますよ。儲けさせてくださいね」
「ありがとうございます」
車輪の音に負けないように、すぐ隣にいるが少し声を張って応える。
自分が育てた馬が褒められると、社交辞令だと分かってても嬉しくなるな。
「それにしても、車輪の音が大きいですね。こんな爆音、田舎の馬車でも聞かないですよ」
「これはですねぇ、わざと音が鳴るようになってるんですよ。車輪というより道に仕掛けが有ってですね」
僕は外に視線を投げた。
車輪から鳴ってる気もするし、その下から鳴ってる気もする。
「コボルトやゴブリンは耳が良いですから、普通の道で静かに走っても気付かれます。そこで、あえて大きな音を出すことで不快で近寄ってこないという仕組みなんですね」
「それ馬は大丈夫なんですか」
馬は人より耳が良い。僕がうるさいと感じる音が聴こえないはずがない。
しかし、プースや重種たちに音を気にした様子は無かった。
「うちの子は特殊なメンコをしています。馬房の方も特殊加工で、完全防音ですよ」
「メンコってあの覆面のことですよね。馬車の馬がしてるのは初めて見ました。あれってただの布じゃないんですか」
「企業秘密です」
この馬車は国営だったはずなので、国家秘密なのでは。これ以上は触れてはいけない気がした。
昔、街に出たときにこんな音聞いたかな。
「この音、実は一定の重量以上じゃないと鳴らないようになってるんですよ」
「えっ、そうなんですか。それは何故」
「ほらっ、他国から貴族の方が来たときに問題になってしまうでしょう」
本国にはない噂で聞いただけの、ごってごてに飾り付けられた馬車が轟音響かせている姿を想像して小さく頷いた。
「なのでこの音がなるのは馬運馬車や材石屋などの重いものを運ぶ馬車くらいですね」
なんて雑談をしながら秋風に包まれていた。
駅と呼ばれる人馬兼用の無人宿を何度か経由しながら馬車に乗ること八日、ようやくイロンデル牧場に着いた。
こんなにも多くの馬を生で見たのは初めてだ。
ここが育成牧場。これが牧場の匂い。臭い。
糞の匂いをゆっくり鼻腔に溜め、激しく嗚咽する。
揺れがないとはいえ、ストレスを感じながら待っているであろうプースの馬房の扉を開ける。
プースは立ったまま眠っていた。
馬は立ったまま眠ることもあるし、足を畳んで眠ることもある。
プースは睡眠時間が他馬よりも長く、観測できる限り、一日のうち20分くらいの立ち寝が七回、横寝は夜中にしているようだ。たまに朝まで寝ている。
ちなみに父のステファンは15分が六か七回。観測範囲内で35分ほど違うのだ。
プースが起きるまでの間にイロンデル牧場の牧場主さんと雑談で時間を潰した。
牧場主さんは牧場の話を。こちらが聞いてばかりでもあれなので、此方はプースの話をお返しする。
プースはカボチャが好きで、カボチャと言うと反応して、カボチャが······カボチャで······。思いの外、僕はプースのことを何も知らないみたいだ。
牧場主さんに苦笑いをされてしまった。もっとプースのことについて興味を持った方がいいのかもしれない。
少し危機感が生まれた僕は今日からプース観察日記を録ることにした。
ウイポ楽しい←きたる週一以上投稿から目を逸らしつつ




