第8話 七色会議
会議の招集を願い出るためにエセルが去ったあと、しばらくして別の案内係がやって来た。
「本日は、来賓用の客室をご利用ください」
通されたのは、応接室の建物とは別の、白く大きな建物の中にある客室だった。
扉も壁も白を基調としている。磨き込まれた石と、淡い木の色、薄い金の金具が整っていて、上質だけれど、無駄が美しく削ぎ落とされているような部屋だった。テーブルと椅子、簡単なキッチンもある部屋を挟んで、寝室が二つある。
案内係が下がる。
「……きれいね」
セレフィナがぽつりと言った。
「うん」
窓の外には塔が見え、その奥には青い山肌に雪を乗せた山脈が連なっていた。塀と結界で覆われているけれど、七つの領が集まっているというだけあって、相当の広さがあることが感じられる。
コフクが窓辺に飛び上がって、羽をふくらませた。
『すごいね。七色会議と言い、この広い部屋と言い、良い扱いだ』
その言葉に、私は顔を上げた。
「七色会議、七つの連邦の長が集まるって言ってたね」
それだけ大きな願いを、自分たちは持ち込んだのだ。そう思うと、また少し、胸の奥に緊張が戻ってくる。
するとセレフィナが、ふと思い出したように顔を上げた。
「あ、そろそろ、お茶の時間じゃない?」
私はまばたいた。
言われてみれば、確かにそうだ。壁にかかっている時計も、いつもの午後のお茶の時間を指していた。
「こんな時こそ、よ」
セレフィナは少しだけ真面目な顔で言う。
「落ち着くためにも」
どんな時でもお茶を忘れないのが、セレフィナらしくて可笑しい。
(今は待つしかない。休んでおこう)
そう思って、私も少しだけ肩の力を抜いた。
セレフィナがテーブルに置いてあった鈴を振る。澄んだ鈴の音が響き渡ると、先ほどの案内係が戻ってきた。
「あの……お茶はありますか?」
案内係は軽く頭を下げた。
「承知しました。ご用意いたします」
扉が閉まったあと、私は思わずセレフィナを見る。
「用意してもらえるのか」
「楽しみだね」
しばらくして運ばれてきたのは、湯気の立つ白茶と、小さな皿にのせられた透明な砂糖菓子だった。茶は淡い黄色で、口に含むと優しい渋みと、ほんの少し花のような余韻がある。
「白茶でございます。こちらは、光砂糖の菓子です」
皿の上の菓子は、小さくいくつも角があって、星のようだった。角の先が光を受けてきらきらと綺麗だ。口に入れるとごく素直な砂糖の甘さが広がった。
セレフィナはひとつ口に入れて、少しだけ首を傾げた。
「きれい、ね」
「うん」
私もうなずく。綺麗だし、上品だ。でも、セレフィナやフルールたちの菓子のような、複雑な味とは少し違う。
その微妙な表情に気づいたのか、セレフィナが小さく言う。
「上品だし、悪くないの。でも……」
コフクがひと欠片つついた。
『ただ、甘い』
「そう。甘い」
「そのまんまだね」
思わず笑って、少しだけ緊張が解けた。
結局、夕方になってエセルが戻り、会議は翌朝になると告げた。
「本日中に整うかと思いましたが、議長を含め、全員の予定を合わせる必要があります」
「明日……でも、開かれるんですね」
少し明るい声で私が言うと、エセルはうなずいた。
「ええ。明日、会議は開かれます」
その言い方には、曖昧さがなかった。
「明日の朝、お迎えに上がります。会議中呼ばれても良いように、別室で待機していただきます」
少し、前に進んだ。
夜、客室の灯りが落ち、窓の外の白い塔が月の光を受けて青く見える頃になっても、私はなかなか寝つけなかった。
会議は開かれる。でも、承認されるかどうかは分からない。明日、会議に呼ばれて自分が何かを問われた結果で決まるのだろうか。象たちの夫のこと。父のこと。いろいろなものが、頭の中で静かに渦を巻く。
間の部屋へ出て行き、水を飲む。
「眠れない?」
隣の寝室から、セレフィナの声がした。
「少し」
「私も」
セレフィナが続ける。
「でも、来てよかった気はする」
私はグラスを手にしたまま、ゆっくり息をついた。
窓辺ではコフクが丸くなって眠っていた。こんな場所でも平気そうなのが、少しだけ頼もしい。
「うん。私も」
それだけ言って、寝室へ戻った。
そして私も、いつの間にか寝ていた。
◇
翌朝。
白い回廊を、エセルに案内されて歩く。昨日よりも、こつこつと、足音が響いて感じられた。
大きな扉の前で、エセルが足を止める。
「ここが、七色会議の間です。お隣の控室にご案内します」
そう言って、大きな扉の前を通り過ぎ、隣の小さな部屋へ通された。セレフィナと席に座り、コフクもテーブルに留まって、出されたお茶を飲みながらしばらく待つ。
コンコン、と扉を叩く音がして、私は思わず立ち上がった。入ってきたエセルが静かに告げる。
「会議が終わりましたので、お越しくださいとのことです」
そのまま、大きな扉の前へ連れて行かれる。
私は思わず喉を鳴らした。
扉の向こうに、自分たちの願いを測る者たちがいる。昨日から分かっていた。けれど、いざその前に立つと、胸の鼓動が速くなる。
エセルが扉を開いた。
その先には、朝の光を受けた広間と、円形に置かれた七つの席があった。
それぞれ赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、七色の光の付いた席を背に、七人の長たちがこちらを見ている。
中央奥の、紫の席に座る初老の男が、静かに口を開いた。
「私は議長ルミエル。紫の領の長です。あなたたちの願いについて、まずは合議しました」
声は穏やかだった。けれど、重い。
七つの席にいる長たちの視線が、静かに二人へ注がれていた。見られている。測られている。その感覚が、肌の上を冷たくなぞる。
私はまっすぐ前を見た。
どんな結論でも、受けとめなければいけない。
少しの沈黙のあと、ルミエルは続けた。
「しかし、結論はまだ出せないとなりました」
議長は続ける。
「あなたたちが求めるのは、浄化の力。帝国の闇に対抗する力。軽々しく託せば、この国の責任が問われます」
セレフィナも隣で息を潜めている。
「ですが――」
そこで、議長の視線が少しだけ和らいだ。
「願いが真であり、その器があるなら、試す価値はあります」
七つの席の気配が、わずかに動いた。
「ここに揃った、七色の長の課題を受けなさい」
そう言うと、ルミエルは手に持っていた白金の小箱を差し出し、蓋を開いた。
セレフィナが小さく息を呑み、私も目を瞬く。
箱は手に収まるほどの大きさだったが、中には赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七つのくぼみが円を描くように刻まれていた。
ルミエルは蓋を閉めてこちらに近づき、小箱を私の差し出した手の上に置いた。
「あなた方が光を託すに足る者であるか。各色の長が、それぞれの問いをあなたたちに与えます」
ルミエルの声に合わせるように、卓の中央の光が七つに分かれた。
「課題を越えた時、その色の長は、ひとつずつ証を渡します。それを、この箱に納めなさい」
私は、箱の表面を見つめた。白金の縁の中に、七色の窪みが静かに光を待っている。
ルミエルは続ける。
「渡されるものは、それぞれの問いに応えた証であり、最後の試練に必要な素材でもあります」
「素材……?」
セレフィナが思わず聞き返す。
ルミエルの菫色の瞳が二人をまっすぐに見た。
「はい。七つの課題を越え、七つの素材を集めた後――あなたたちには最後に、それを使ったある課題を行ってもらいます」
他の六人の長も、それぞれの表情で、私たちを見ていた。
私は、箱から目を離せなかった。
七つの課題と素材。最後の課題。
まだ何を作るのかまでは分からない。
ルミエルは、小箱に視線を落とした。
「七つを集め、最終課題を越えたなら――その時初めて、我々は力を与えます」
セレフィナが、箱を見つめたまま小さく呟く。
「……つまり、試されるのは力だけじゃないのね」
「我々が見たいのは、何のためにその力を求めるのか、です」
私は、自分の胸の中へ意識を向けた。
父を助けたい。象たちの夫を助けたい。闇を解きたい。それは、間違いなく本当だ。けれど、それだけではだめなのだろうか。
ルミエルが最後に言う。
「これが、アルカルキス連邦七色会議の決定です」
箱は、二人の前で静かに光っていた。
私は、静かに息を吸った。
これから、試される。何が来るかは分からない。
でも、確かなことは一つ。
――力を得たいなら、逃げずに、越えるしかない。




